シンジとミサト、二人の会話を、アスカはヨーロッパ本部……すなわち、シンジの真下にある施設の中で聞いていた。
 姉の話に及ぶに当たって、彼女はついに口を挟んだ。
 次々と撃墜された機体と、機体が落下したことによる被害報告が届けられる管制室の中で、彼女の声はやけに静かに広がった。
「姉さんを……どうしたの?」
 彼女の存在に気がついて、オペレーターたちは手と口を止めた。
 責任者のそばに立つ少女の、白に近いほど青ざめた顔に目を奪われる。
 その声の主のことを、シンジがアスカか──などと確認することはなかった。
 彼には一声でわかったのだろう。だから、とても親しげな口調で回答された。
「捨てたよ」
「捨てた?」
「ああ……聞くことは聞いたし、楽しませてももらったしね……用はなくなったから、ここに来る途中で捨てさせてもらったよ」
 非常に楽しい笑いであった。
 楽しませてもらったということが、なにを意味しているのか? 下衆な想像がそのまま正解であることを肯定する笑いでもあった。
「どこかで、ひきがえるみたいにつぶれてるはずだよ。……ああ、知ってるよね? ひきがえるってのは」
「あんた……」
 アスカはぎりっと歯をかみしめた。
「なんでよ……なんで」
 悔しげに、彼女は数時間前にあった、姉の幸せそうな姿を思い起こした。
 人生のなかで、最良に部類される瞬間、あの人は幸せを享受して、満たされた生をこれからも送っていくはずであったのだ。
「なんで!」
「要求を、告げる」
 シンジは、アスカの存在を無視した。
「俺の要求は、ただひとつだ」
 それは誰にも想像のできないものであった。
「綾波レイの引き渡し……それだけだ」
 日本、ヨーロッパ。その二つのネルフ施設が、シンジの言葉に沈黙した。


 何を言っているのかと……。
 誰もが口にしようとしてできなかった。
 綾波レイは生きていたらしい。
 そして、彼を襲い、返り討ちにあった……それが事実であるのだろう。だから、彼女の遺体がそこに、返り討ちにした本人の後ろにあるのだ。もてあそばれるようにして、道具となっているではないか。
 だが、シンジの目は真剣だった。
「綾波レイ……まだ、いるんだろう?」
 シンジが体を揺すったのは、足下に転がしたレイの頭を踏みつけた揺れであった。
「この一体だけってことは、ないよね?」
 いない……と、ミサトには答えることができなかった。
 シンジを亡き者にしようとたくらんだのが、どこかの地区の本部であるのか、あるいは支部であるのか、またはそれ以外の……一部の部局の独断であったのか、一瞬で想像をふくらませていく。
 誰が、綾波レイのコピーを隠していたのか? 憶測と想像がふくらみすぎて、彼女は言葉に詰まってしまったのだ。
「確かめなくて、良い……」
 あらかじめ、そんな反応を予測していたのか、シンジは身を乗り出した。
「ここにいることは、わかってるんだ……だから、ここに来たんだよ」
 ヨーロッパ本部への疑惑が高まる。
「この首が反応してる。こんなにね?」
 彼女が唇をふるわせているのは、そういうことであるらしい。
 そして肉体の方も興奮しているのか、朱に染まっているように見えた。
「どうせ……おとなしく渡せって言ったって、上は知らない、下は隠す、だから、実力行使、させてもらいます」
 待ってというミサトの声は間に合わなかった──。
 目的がレイであるのなら、なんのためにアスカの姉をさらったのか?
 なにを聞き出したというのか? この謎が解けないままとなる。
 だが、もう、間に合わないのだ。
 臨戦態勢が確立された。
「ヨーロッパ本部、迎撃体制に入りました」
 一辺一キロに近い施設の中央にほど近い場所に、見慣れた巨人の姿が現れた。
「『エヴァンゲリオン』の出撃を確認……」
 ミサトは絶望をかみしめた。
「いくら……初号機と同等の反応が見られたからって」
 スモールは、スモールであるし……。
 エヴァンゲリオンは、エヴァンゲリオンである。
「レイの……いいえ。リリスの力を利用しているからって、エヴァンゲリオンの前には、シンジ君も……」
 もはや状況は、収拾のつかない方向へと転がり始めていた。
 ……それが希望でしかないことは、承知している。
 だけど……と、思いたいのだ。どんな理由があるにせよ、彼のあのようなゆがんだ顔は見たくはない。
 止まれるものなら、止まって欲しかったのである。
 シンジの証言と、シンジの乗る機体、それにレイの生首と体があれば、ヨーロッパ本部に査察を入れて、彼女がシンジの代行をつとめることは、十分に可能だと思われた。
 だから、間に合う内に、引き下がってもらいたかったのだ。
 けれど……。
「シンジ君……あなた、なにをそんなに急いでるのよ」
 自分の手を血に染めてまで……と、つい、本音がこぼしてしまう。
 一方、シンジは、舌なめずりをして、エヴァンゲリオンを観察していた。
「量産型改造機か……」
 機体頭部は、単眼化された三号機の兜であり、胴体は翼を持っていた量産機のものであった。
 翼は四枚に増加されていた。大きなものが二枚に、小さな羽が二枚……それを小器用に羽ばたかせて、エヴァンゲリオンは力強く飛翔に入った。
 上昇し、迫ってくる。
 対比率は四倍。まさに巨人と小人、人間と人形の状態であるが、シンジはひるみもしなかった。
「僕の目的は、綾波だからね」
 上昇してきたエヴァンゲリオンの手をすり抜けて、急降下する。
 そしてシンジは、エヴァンゲリオン発進口のシャッターを、相転移現象を利用した重力攻撃によって粉砕し、施設の中へと突入した。
 広大な施設が激震に揺れる。
「小型機の行えることじゃないぞ!」
 地震に足下を揺さぶられ、転げそうになるのを手短なものにつかまって耐えた誰かの言葉である。
 同サイズのものについては、彼ら自身でも開発と運用を行ってきているのだから、できることの範囲はわかっているつもりであった。
 ──あなどっていたのだと、理解する。
 長い縦穴、射出口を抜けると、その先にあるのは格納庫である。
 悲鳴を上げて、工員たちが逃げまどう。シンジの操る機体を指さし、退避、退避と金切り声を上げている。
 戦闘部局の要員たちは、銃やバズーカーを手に現れた。施設内を高速移動するためのバギーに乗って到着し、素早く攻撃態勢を取って砲撃を開始した。
「無駄だって、なんでわからないかな」
 通常兵器が通用しないことくらいはわかるだろうにと、シンジはあきれと哀れみを込めた目で彼らを眺めた。
「時間がもったいない……無理矢理行かせてもらうよ」
 これ以上地下に潜るルートはないと判断し、シンジは偏向装置の出力を上げた。
「全く同質のATフィールドを同時展開できると、こういうこともできるんだよ!」
 偏向装置が、レイと機体のATフィールドを変質させる。
 過去の戦いにおいて、エヴァンゲリオンの展開するATフィールドは、中和、浸食するという方向性での面を見せただけだった。
 本来、同時に発生した、同質のATフィールドは、差違がないために融合し、ただ出力の高い単一のフィールドとなるだけのはずであった。
 だが、偏向装置の存在が、この二つを反発し合う性質のものへと変化させていた。
 共鳴による、相乗効果が発揮される。
「遅いんだよ!
 追って現れたエヴァンゲリオンをあざ笑い、シンジは逃げの態勢に入った。
「行くよ」
 足下に転がる生首へか、それとも背後の肢体へか、あるいは逃げまどう群衆に対してか?
 シンジはつぶやき、ATフィールドに意味を持たせた。
 ──降下を始める。
 非常にゆっくりとした動きで高度を下げていく。外側にいたものたちは、機体が薄暗い空間を発生させたように感じられた。それは間違いではなかった。
 静かに降下した機体の足下、ATフィールドの球体の底辺、その接触面、床部分が、ぼろぼろと崩れて掘削されていくのである。
 高密度の重力場を形成することによって、フィールドに接触した物体に崩壊という結果を与えているのだ。
 ──止めようがない。
 つかみ、捕まえようとしたエヴァンゲリオンが、悲鳴を上げてのけぞった。
 右手の平が消失していた。
 人が放つ物理兵器も、このフィールドにぶつかるなり、分子レベルで消失していく。かといって、フィールドの持つ位相差を超えるような破壊衝撃を加えることはできない。施設の中で、そのような破壊力の過大な兵器を使用することは許されなかった。
「……現ヨーロッパ本部、かつてのネルフ第三支部、か」
 ドイツ支部とも呼ばれていた。
「弐号機開発の陰に隠れて色々やって……、最後にはゼーレの残党の立て籠もりの穴蔵になった場所。確かにここの秘密区画なら、ゼーレの遺産を隠すには十分だよね」
 綾波レイのマンションには、彼女が使っていた包帯などの、多くの利用できる品が残されていた。
 そのようなものから、小さな組織がレイのクローンを作り出そうとしていたことを知ったのは、あの日、レイを殺した後、彼女に拾われてからのことである。
 アスカの姉だと名乗る女性が、義理の父から盗み見た資料で知ったのだ。もっとも彼女らの父に罪があるわけではない。彼はそのような組織を取り締まる側の人間であり、彼女に資料を見られたことは、ただの不注意にすぎなかったのだから。
「長かった……けど、これで最後だ」
 そのような組織と戦うために、シンジはレイの生首を利用した。
 レイは自身のコピーに引きつけられて、その隠し場所を教えてくれた。
 さらに、ATフィールを展開し、彼を隠しも、助けもしてくれた。
「これで……」
 そして、シンジは到達した。
 ヨーロッパ本部最下層、ゼーレ秘匿研究施設。
 そこは、奈落(アビス)と呼ばれた場所であった。

─Bパート─

「ここ……か」
 特殊鋼の床を浸食し、穴をあけ、機体と同じ太さのある配管の群れを破壊してたどり着いた岩盤のさらに下、シンジがくぐり抜けた先にあったのは、巨大すぎる地底湖だった。
 シンジのあけた穴から、太いパイプが落下した。
 途中、穴の縁にぶちあたり、機体の頭ほどもある岩塊を発生させて、連れ立って落ちていく。
 薄赤く、明るいのは、湖自体が光っているからであった。発光しているのだ。
 湖の底には、火山があるのだとうかがわせる現象であった。
 ──ようやく、落下物が着水する。
 水柱の大きさが、地底空間の広さと高さを実感させた。
「あれだな」
 知らず、口数が多くなる。不安の表れだった。
 北方(きたかた)の絶壁に、地下の河川を通って流入しているらしい滝があった。
 壁から幾本も勢いよく噴き出している。
 そんな滝の狭間に、断崖に張り付くように建造されているダムがあった。そして水は、調節を受けて足下に作られたプールへと注ぎ込まれていた。
 あのプールかと、機体を誘導する。ふわりとした軌道を描く小型機は、まるで見えない手でつかみ動かされているようだった。


「シンジ君……」
 ミサトは通信が切られていないどころか、彼の乗る機体から延々と映像が流されていることに不安を感じていた。
「なにを見せたいの」
 そして彼女は、驚愕する。


「あった……」
 シンジが発見したものは……かつてミサトがアダムだと思い見たもの。
 そして真実は、リリスと呼ばれるものであったものと、同じであった。
 プールの底に、腰をずり落とした格好で沈んでいた。
 シンジは、機体がふるえていることに気がつき、やはりなのかとつぶやいた。
「やっぱり、そうなんだね……母さん」
 シンジのつぶやきに、小型機の(あぎと)のロックが外れた。
 機体は咆哮を上げた。まるでシンジの気持ちを代弁するかのように。
 なんなの……と聞こえた。ふるえていた。ミサトであった。
「ゼーレの遺産ですよ」
 シンジは声だけつなげて教えてやった。
「ミサトさんたちが、あまりにも手早くゼーレを崩壊させてしまったために、処分されることなく残されてしまった、そんな遺産の一つです」
 ──そして。
「僕のおばあさんです」
 次の瞬間。
「シンジぃ!」
 爆発が天蓋部分で起こり、大量の土石が粉塵を広げた。
 傘のように広がる灰燼(かいじん)。その中で光る四つの目と巨人の影。シンジは少女の声に、来たかと笑い、出迎えの態勢を整えた。
「生と死は等価値……か」
 シンジは、初めて好きと言ってくれた人の笑顔を見た。
 アスカの鬼気迫る迫力のある声に、心が反応してしまった証拠でもあった。
「今になって、僕は君の気持ちがわかるよ、カヲル君」
 そして彼は、機体の腹部を真下に向けて滞空状態に入らせると、ハッチを開いて綾波レイの生首を落とした。
「僕を導いてくれ、綾波ぃ!」
 まるですがるような声のトーンは、彼の父、碇ゲンドウが、かつて綾波レイに放った絶叫によく酷似していて……。
 そのことは、本当の彼を知る者にとっては、彼が未だに迷い子であるのだという確信を抱かせるに、実に十分すぎるすがり声であった。


 ──この場には、真に彼を理解する者がいなかったことが、誰にとっての不幸となるのか、わからなかったが。
「シンジぃ!」
 自由落下する赤い巨人。
 彼──あるいは彼女は、湖面に派手な着水を披露したが、次の瞬間には噴水を起こして空中へと舞い上がった。
 伸ばされる腕。手のひらからすり抜けるように逃げる『敵機』。シンジがコクピットへと戻るのが見えた。すなわち、あの機体は、彼が操縦することなく回避行動を行ったのだ。
(操縦装置を通すことなく反応してる? エヴァと同じようにインターフェースを通して操っているの? それともシンジを守ったの?)
 アスカの思考は二分割されていた。
 姉を殺されたことによって冷静さを欠いている激情型の思考と……。
 それでも状況を整理しようとして、平静さを保っている冴えた頭脳の種類とに。


 シンジは機体の震えから、最初の成功にうち震えた。
 こみ上げてくる笑いを隠そうともしない。
 根元の存在に、綾波レイの意識を打ち込むことに成功したのだ。後は、結果を待つだけである。
「家族の団らんに……」
 必要なのは──時間。
「土足で踏み込むのはっ、どうかしてると思うんだけどな!」
 両腕の機銃を掃射する。しかしエヴァンゲリオン弐号機の装甲の前には、豆鉄砲以下である。
 ATフィールドを展開する必要すらないものだった。
「あんたは!」
 自在に空を飛び回り、弐号機はシンジへと肉薄した。
「人の家族をぶちこわしておいて!」
 シンジはかっとなって言い返した。
「それは、こっちのセリフだ!」
 初撃の貧弱さから油断していたアスカは、同じ機銃掃射を無防備に受けてしまった。
「あうっ、クッ!」
 肉をえぐる苦痛に身をよじる。
 機銃掃射を隠れ蓑にした重力子弾の砲撃が行われたのだ。
「シンジぃ!」
 おそらくは機体の傷口であろう場所を手で押さえて体を伸び上がらせる。
 弐号機の目が光り、アスカの気迫を反映させて速度を上げた。
 比例して、ATフィールドの出力も上がった。
「さすがに弐号機が相手だと、無理があるか」
 自分の乗る機体に対し、シンジは過大な期待など抱いてはいなかった。
 いくら綾波レイとATフィールド偏向装置を備えていようと、偏向装置も無しに重力遮断を行い、空を自在に舞って見せる本当の実力者を前にしては、奇策を練る以外に勝ち目はない。
「しょせん僕は、凡才だものな……」
 だからと言ってと、彼は願う。
「天才の(いしずえ)にされるなんて、ごめんなんだよ!」
 シンジはアスカに、ありったけの憎悪を込めた念を放った。
 機体を反転させて、正面から突撃する。
 なめているのかと、アスカは目に怒りの火を灯らせた。
 ──そして、激突。
 はじき飛ばされるはずのスモールは、弐号機の質量に負けず拮抗へと持ち込んだ。
 二機は空中で制止した。両者の中間で巨大な八角形の干渉光が幾度も、幾重にも瞬いた。
 アスカはシンジの乗る機体が展開するATフィールドが、一瞬初号機そのものの形となって光ったのを見た。
 鬼の顔が、口腔をのぞかせて咆哮して、消えた。
「くっ!」
 気迫負けして、アスカは退()いた。
 気合いの抜け具合が、ATフィールドの発生にも影響したのか、弐号機の浮遊高度が一時的に下がる。もちろん、シンジはこの隙を見逃さなかった。
「人を足蹴にして自分だけ幸せになろうなんて浅ましい奴は、死んじまえばいいんだよ!」
 何のことかとアスカは応じた。
「誰が!」
 スモールの蹴撃(しゅうげき)を両腕を組み合わせて受け止める。
 それでも加えられた、明らかに機体の質量を上回る衝撃に揺さぶられて、アスカは舌を噛んでしまった。
 今度は、小型機の握り拳に、ATフィールドを砕かれそうになってしまう。
 この事実に、アスカは勢いだけでは負けてしまうと、認識をここで改めた。
「なに言ってんのよ!」
「共謀したことは、わかってるんだ!」
 シンジは下がることなく、二度、三度と、光の壁を殴りつけた。
「俺の暗殺をもくろんだ奴らから言質は取れてる! 『僕』が死んで、自分一人が悲劇のヒロインになることが、アスカの望みだったってね!」
「あたしは、そんなこと!」
「いまさら、人の葬式で笑ってた奴が、ごまかすなよ!」
 アスカは言葉を失った。あのとき……自分はどんな表情をしたのだろうか?
 自分をさげすんでいたのは覚えているが、細かなことなど過去のことで……。
 そんな一瞬の迷いが、シンジにどのように写ったのか? この瞬間のアスカには判断することができなかった。
「おまえなんかに、俺のじゃまをする権利が、あるもんか!」
 アスカは頬を強烈に殴りつけられて、意識の半分を失ってしまった。
 このままでは殺されるだけだという思考に、頭の中が乗っ取られる。
 とにかく、話を聞き、聞かせるためには、このままではいけないのだと、それだけはわかった。
「シンジぃ!」
「アスカぁ!」
 言葉でだめなら、力ずくで……。
 だが、シンジの心は、アスカとは別のモチベーションによって支配されてしまっていた。
 今度こそ、ATフィールドの光は、はっきりとした初号機の形を持って現れた。
 あげく質量を伴っているのか、再び上昇してきた弐号機とがっぷりと組み合って見せたのである。
 指を絡め合い、力の比べあいを展開する。
 アスカは光の巨人を出現させたシンジに対して、会話を続けようと試みたが、できなかった。
 歯を食いしばり、力を込めることに必死で、そのような余裕など捻出できなかった。
「めざわりだ……、このまま、消えろ」
 彼女は、シンジの怨嗟の声に、肌を粟立たせた。
「自分が幸せだと思うためなら……他人のことなんて、都合良く考えられる人間に、俺のじゃまをする権利なんて、ない」
「シンジぃ!」
 自分の存在を、声を、あらゆる言葉を否定し、却下する態度に、アスカは切れた。
 飛行するために必要なATフィールドの展開も忘れて、彼女は純粋な力としてそれをふるった。
 がぁっと、悲鳴が叫ばれた。
 シンジの乗っている機体の左側、左胸から外側が切り取られ、爆発した。
 さらに追い打ちをかけるように、上方からの爆撃が行われた。
「シンジ!?」
 自分以外の者の手による攻撃に、アスカは誰よと怒りを覚えた。それは地上戦で敗退した二機の小型機であった。再出撃してきたのだろう。
 さらに、右の手のひらを失ったエヴァンゲリオンまで現れ、翼を広げ、シンジに迫った。
 煙を噴きながら、ほうほうの体でよろけて離れていく小さな機体に、アスカは手を伸ばそうとした。かばいたかったのだ。だが、間に味方機に割り込まれて、手を引かざるを得なかった。
 弐号機をやらせるな! 逃がすな! チャンスだ……。
 そんな気合いのこもった声が聞こえる。やめろとアスカはわめこうとしたが、シンジの雄叫びに声帯を奪われてしまった。
「綾波! 僕を連れて行ってくれ!」
 背中を見せて、なりふり構わない、逃走の気配をうかがわせた。
 追い打ちをかけるヨーロッパ(サイド)の機体。先ほどはまったく受け付けなかった機関銃の掃射で、背部にある電力供給装置を撃ち抜いた。
 あやなみ──。
 ノイズと、ショートによる小さな爆発の中に聞こえる声。
 落下していく。
 ──綾波っ、母さぁん!
 再びの絶叫。そして四枚の羽を持つエヴァンゲリオンの追撃。
 ふるわれた左の手刀が小さな機体を打ち砕いた。
 ……爆発。そのときだった。地下湖の一角にあった人工プールから、真っ白で巨大な腕が伸び上がった。
 腕に引きずられるように、上半身を起こすもの……それは、人だった。
「レイ……」
 アスカの見る前で、レイはいとおしそうに、炎の固まりを抱きしめた。
 そして、体を丸めて、愛おしい者を守ろうとした。
 ──そんな二人を飲み込むほどに巨大な噴火が、突如としてあたり一辺より発生した。
「火山が!?」
 突然起こった噴火は、まるで二人が二人だけの世界を望んでいるかのように、二人の姿を炎の中に呑み込んだ。
「セカンドチルドレン、撤退を! 聞こえていますか!? 下がってください!」
 小型機が左右より接近し、量産型改造機が背後より組み付いて、弐号機を強く地上世界へ引き上げにかかった。
 アスカは、呆然として、火柱の中に消える影……レイの姿を持った巨人のことを見つめていた。
 その姿が、天蓋の穴に引き込まれることになって見えなくなろうとも、アスカはずっと凝視していた。
 彼女の中には、いくつかの謎が渦巻いていた……その中には……。
 今、彼女の手元には、彼女だけに送られた秘密があった。それは……とある街の地図と、位置と、座標と、何かの鍵となるコードであった。

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