光の正体はビームであった。散らされた閃光が高熱の火花となって降り注ぎ、周辺の木々や草を焼き焦がす。
 シグナムは背後を振り仰いだ。
「助かった、すまない」
 ガウルンがめずらしく動揺を声にあらわした。
「なんっだよ、今のは……」
 熱線によって樹木がなぎ消されていた。シンジたちが逃走した方角から、一直線にである。
 ガウルンが説明を要求する。
「おい!」
『問題ない……と、言いたいところだが』
 ぎりぎりだったと、ソースケは息をついた。
『昨日の理力甲冑騎の剣よりもよほど利いた……。どういう魔術なんだ』
 神像の障壁をあわや突破するほどの力を、生身で発現して見せる。
 そのあまりの非常識さに、三人は二の足を踏んでしまい、追うことにためらいを持ってしまった。


 一方でシンジたちは、脱兎の勢いで逃亡にかかっていた。
「けっ、賢者の石でも、埋め込んでるんですか、あなたは!」
 月明かりが消えてしまうと、森の中は暗黒に包まれる。なにも見えなくなってしまう。
「似たような、ものだよ!」
 足下が見えている間に、できる限り離れなければならなかった。
 体力には自信のない人間であるテッサは、はやくも息を荒げていた。
「はーなーしーてー!」
 シンジもまた、腕に抱えているアスカが暴れるため、余計な体力を使わされていた。
 一応の距離を取ったところで立ち止まり、シンジはアスカを放り出した。
 木の根の股に転がし、ぱんっと彼女の頬を手で挟み込んで、拘束する。
「あのね!」
 むーっとアスカの顔がつぶれ、面白い顔になった。
「あたしなんて、どうでもいいんでしょ!」
 それでもアスカは止まらない。
 つばを吹き出し反抗する。
「どうでも良いって言ったくせに!」
 そんな風には言っていないと、シンジは怒鳴りつけた。
「どうでも良いなんて、言ってないだろう!?」
「なんでよ!」
「なんで……って……」
 シンジは困ってしまった。困ったが故に、途方に暮れた。
 子供そのものの癇癪を起こしているようにも見えるのだが、言いたいことについては理解できてしまったのが痛かった。
 確かに騎士になどなりたくはない。
 だが酷いことになるとわかっているのなら、見捨てることはできない。それは人間の心情、心理である。
 しかしながらシンジには、その考えをうまく伝え、宥めるための言葉回しが見つからなかった。
 わかれよ、では通じない話であるし、口にしなければならないとは感じても、シンジにはこういった状況に置ける経験がなかったのである。そのため、言葉がうまく出なかった。
 アスカはその間を自分のものにしてしまう。
「あたしは、一人で考えて、一人で戦う! 誰の手も借りない、誰にも手出しさせない、だって、だって、そうでなきゃ……」
 ああ……とシンジは思う。テッサも同じ思いなのか、沈痛な面持ちが見えた。
 リョウジたちにとって、騎士や平民と、王族であるアスカとの命は対等ではない。
 アスカを死なせはしない、死なせるわけにはいかない。それが彼らの考え方だ。そのためならば死ぬことすら厭わない。
 だがアスカにとっては違っていた。自分の命と、大勢の命とが等価であり、自分一人と、大勢との命が引き替えになるなど、許せるものではないのだろう。
「あんたたちの手も借りないの! だからもう行って……」
 あたしを置いて行ってよとわめくアスカの迫力に勝てず、シンジは言葉を失ってしまった。
 さらには木々が倒れ、枝葉の擦れる騒音が森を騒がした。三人は逃げてきた方角へと目をやって、赤い巨人が立ち上がるのを見た。
 それはガウルンの声で叫んだ。
『闇に紛れても逃げられやしねぇぜ!』
 テッサが正体を看破する。
「あれは、ヴェノム! そう、そういうこと……」
 シンジはヴェノムに、アーバレストと同じ印象を持った。明らかに同じ発想(アーキテクチャ)で設計されているようだった。
「神像だね、あれも」
 はいとテッサは肯定する。
 彼女はシンジを見て、怯えているわけではないと安心するが、シンジは別のことに気をとらわれていた。
(あのロボットも、僕やあの銃と同じように別の世界から来たもの?)
 そんなシンジの懊悩(おうのう)に気付かないまま、テッサは解説した。
「あれは西国(さいこく)の傭兵団、アマルガムが所有する神像です」
 シンジは、西国ねと、そこを流した。
 この国のことさえわかっていない状態である。詳細を聞かされたところで反応に困る。意見も感想も的外れのものになって、さらなる詳細を求めるはめになるだけだと黙って、注意点だけを確認した。
「あの赤いのは、余所の国の兵器で、傭兵って言った?」
「誰かが雇ったということでしょうね」
 テッサらしくない口調に、シンジはなにかあるのかと訝しんだ。
「気になるの?」
 はいとテッサ。
「傭兵を雇うこと自体は、それほど珍しいことではありません。けれど他国から兵器を持ち込むためには許可が必要になるんです」
「あれを許可した人間が居るってわけだ」
「それなのですが、神像ともなればただの役人に許可できるものではありません。持ち出される側、持ち込まれる側、双方で許可を取る必要もあるんです。そこでヴェノムほどの神像が審査を受ければ、うわさ程度でも話が広まらないはずがないんです」
「つまり秘密裏に持ち込まれたか、密入国してきたってわけだ」
「この国の人間が雇ったというのであれば……」
「そんなことをできる人間が後ろで糸を引いているってことになる?」
「はい。あれほど大きなものを極秘の内に入国させうるルートを持っている、誰か……そんなの、そう多くはありません」
「でもそれって、危険なことなんだろう? 無茶っていうかさ」
「もちろんです。陛下の承認無しに、神像の入国なんて認められるものではありませんから。首が飛ぶくらいではすまない行為です」
 そしてテッサは、アスカの父である国王が、そんな許可を出すはずがないと言い切った。
「アマルガムのような傭兵を使えば、多くの死人が出ることはわかりきっているんです」
「でも誘拐犯からお姫様を取り戻すって名目なら」
「それなんですけど」
 テッサは違和感を感じると話す。
「早すぎるんです。アスカ様が城から連れ出されてからまだ幾日も経っていないんですよ?」
「それは……そうだね。リョウジたちは計画的にアスカ様を連れ出したのかな?」
「いいえ。ですから、きっと、最初からアスカ様が狙いだったに違いありません」
「本当なら、王都の城でなにかをするつもりで……だからこの国に詳しいあの白い神像とか、シグナムって人が補佐に付いてる?」
「そう考えるのが妥当です」
「赤い奴が単独で密入国して、あとの二人を雇った可能性は?」
「もちろんありますが」
「なにさ?」
「その場合、アスカ様は外国の組織に狙われているということになるんです。なんのためにでしょうか」
 機族に狙われているような子供である。面倒ごとを背負い込むことになるだけなのだ。
 利害が見えないというテッサに、シンジは唸った。
「結局、混乱するばかりだな。確かなことは、どこかに雇い主がいて、アスカ様を欲しがってるってことだけか」
「アスカ様を利用して、誰かを追い落とすためだけなら、ここまでのことをする必要はないはずです。ではアスカ様のどこに価値があるのかと問われると……」
 アスカのことをおもんばかって、テッサは話を切ることにした。コウゾウとリョウジも居たあの場所での話を、アスカには聞かせたくなかったのである。
 だがアスカは聡明さでもって、ごまかされた部位を自己補完し、理解した。
「追い落とすって、なに?」
「それは……」
「利用って、機族に狙われてるあたし、ってこと? それを守ろうとして馬鹿を見る、ってこと? ううん、それじゃあ追い落としにならない。逆? 守らないなんて、ってこと? 守らないような……」
 青ざめた顔を二人に向ける。動揺から、目の焦点が怪しくなっていた。
「王様や、お義母さまなんて……」
「そういうことさ」
 肯定したのはシンジであった。
「自分の子供すら、迷惑になれば見捨てるような王様たち。そういう噂って、致命傷らしいよ」
「シンジさん!」
「この子自身が言ったんだ。自分で考えて決めるって……そうだろ?」
 ぽんとアスカの頭に手を置く。
 ぐりぐりと撫でくってから、シンジは続けた。
「そんな王様たちなんて、いなくなってしまえって、そういう話を広めようとしてる人たちがいるみたいだね。その後のことまではわからないけど、君を玉座に据え付けるつもりなのかな? 傀儡政権って言うんだっけ……コウゾウ様の話じゃ、君には死んでもらった方がありがたい人間が多いってことだったけど」
「あたし、殺されるの?」
「その方がありがたいって考えている人間はたくさんいるってだけさ。でもあの連中は」
 探索のための機械を動かしているらしい、突っ立っているままのヴェノムへと顎をしゃくった。
「君をなんとしてでもさらおうとしてる。どこかにね。これって、死んでもらっちゃ困るってことじゃないのかな? となれば生かして利用するって方向性なんだろうけど……」
「でも、それだとあたしを狙ってる機族に襲われたり……」
「さっさと利用した後で、やっぱり機族には太刀打ちすることなんてできませんでした、なんて言って、降伏するってシナリオはアリなんじゃないのかな? いや誰も見てない内に引き渡してしまっても良いんだ。誰も君がどうなったのかわからないなら、君はまだ無事なんだってことにできるんだから。そうして悪いことをすればいい」
 へこむアスカを見かねて、テッサが口を挟む。
「シンジさん、考え過ぎじゃ」
 そうかもねとシンジ。
「性分って奴なのかな。楽観的にものを考えて、期待や願望って妄想を予測や予想とすり替えて失敗したりしたくはないんだよ。それで取り返しのつかないことになるよりは、最悪のパターンを考えて慎重に行動した方がずっとマシじゃないか」
 とにかくとシンジ。
「『アスカ』、君はどこへも行っちゃいけない。戻るんだ」
 アスカは反射的に涙目を上げた。
「でも!」
「君がどんなに見たくないって願っても、みんなが君を心配していることは本当なんだから」
「みんな?」
「そう、みんなだよ。たとえば」
 そうだなと彼は会ったこともない人の名前を引き合いに出した。
「君は、ユイって人を知ってる?」
 アスカはきょとんとした。
「ユイ様?」
 うんとシンジ。
「リョウジはね。ユイさんから君のことを頼まれたんだってさ。君は機族に狙われてる。だけど君は王族だ。お姫様だ。……国民っていうのはね、いざとなったら貴族や王様が守ってくれるってわかってるから、どんなに不満があっても耐えられるんだ。だけど相手が機族だからって、お姫様を簡単に渡してしまったら、みんなは一体どう思うだろうか、っていうのはもうわかってるんだよね」
 さっきもした会話である。なぜ繰り返すのだろうかとアスカは興味を持ったようだった。シンジは続ける。
「この国はお姫様を、王様は自分の子供ですらいざとなったら……。国王の側にしてみれば、そう思われたら最後だ。でも逆に今の王様が邪魔な人たちにとっては、都合の良い話じゃないか」
「大臣達のこと? それとも王族の人たち?」
「それはわからない。でもついでに君自身にも消えてもらった方が都合のいい人達も居るらしい。僕にはその理由に検討がつかないけど」
「ママなのかな……新しいママが」
 悲痛な声に、シンジは違うよと否定した。
 同時に、ここかとシンジは見つけていた。
「王妃様は犯人に仕立て上げられているだけらしいよ。君が死んで、一番得をして、それで一番そういうことをしてもおかしくない立場の人と言えば……ってことでね」
 そう言えば、養子という、微妙な立場で継承権を持っている人の話があったなと思い出した。
「王妃様がそういうことをしようとしているように、誰かが見せかけようとしているんだってさ。リョウジが言ってた。ユイって人も同じ意見なんだって」
「じゃあ、ママは」
「君のことを心配しているそうだよ。噂は、でっちあげだ」
 ああと、アスカは崩れ落ちる。
 その体をシンジは支え、アスカがなにを一番の問題としていたのか、確信を得た。
「ユイって人は、君と、誤解されている君の義理のお母さんと、全部をなんとかしたいって思って、とにかく君を逃がしたんだ。逃がしてくれたんだよ。リョウジたちに頼んでね」
 シンジはリョウジとコウゾウから聞かされた話に、勝手に味付けを行っていた。興奮しているアスカは、どうしてシンジがそこまで知っているのか、気が回らなかった。
 もちろん横で聞いていたテッサは、すぐにシンジが作り話をしていると気が付いた。だが口を開かなかった。今のアスカにとって必要なことは、義理の母親を疑う必要はないという話なのだと、シンジと共にわかったからである。
 愛する父。その父の選んだ女性。その女性が自分を殺そうとしているかもしれない。
 そのことが心の負担になっていたのだとわかった以上、説得するためには必要な嘘であると許容できた。
 シンジは木の尖塔の向こうに見える、ヴェノムの顔を見た。
「あいつらも、そういうからめ手の一つなのかもしれない。いいかい?」
 今度は優しく、濡れているアスカの頬に手をあて、顔を上げさせた。
 両者がしゃがみ込んでいるために、まるでアスカにキスでもしようとしているような、そんな姿勢になった。
「君は、それでいいの?」
 涙で濡れる、青い瞳に、シンジが映る。
「いろんな人の思惑が、いろんな風に絡み合ってる。だけど君が自分で考えて、自分でなにをするにしたって、そんな自棄になったことで、いいの?」
「でも……」
「僕のことだけどさ、みんなからは君を守って欲しいって言われてるんだ。だけど騎士になんてならなくても君を守れる。そうだろう?」
 だけど、ならなんで騎士にならなくちゃいけないんだろうと、シンジは口にする。
「騎士になってもならなくても、君を守ることはできるんだ。だけどみんなは騎士になって、君だけを守ってくれればそれで良いって言うんだよ。 でもそれってさ、君さえ無事ならあとはどうでもいいって、そういう考え方なんだろう? けど、僕に無理だよ。できない。そんな風にはどうしても考えられないんだ」
 決して君より自分が大事だからとか、君のために他のみんなを犠牲になんてできないからだとか、そんな理由で見捨てることにしたのではないと、今度はちゃんと伝えようとしていた。
 目的のためになら取捨択一できるような人間ではなく、碇シンジという者は、目の前の物事にとらわれて右往左往してしまう当たり前の人間なのだと明かしていく。
「昨日だって、なんとかしなくちゃって、なんとかしたいって、なんとかできるならって思ったんだ。だから僕は甲冑に乗ったんだ。騎士だからじゃないんだよ」
 君のことだってと続ける。
「心配になったから、ここに居るんだ。騎士だからじゃないんだよ」
 君はどう? シンジは尋ねる。
「君にも自分だけが無事ならそれでいいなんて考えられなかった。だから逃げ出したんだろう? みんなから。傷つこうとするみんなから。傷を負っていくみんなから。その価値があると信じてくれる、みんなから」
 君は昔の僕と同じだねとシンジは明かす。
「逃げ出したことがあるんだよ、僕にもね。怖くなって。勝手に価値を押しつけてくるみんなのことが、怖くなって」
 頬から手を外し、もたれかかるようにして、シンジはアスカを抱きしめた。
「僕には自分の価値なんて信じられなかった。なにもないって思ってた。いらない子なのって確かめて回るばかりで、なにもしようとしなかったんだ。そのせいでなにもかもを手遅れにして……僕は、みんなが思ってるような人間なんかじゃないんだよ。恐がりで、臆病で……」
 震えがアスカに伝わっていく。
「でも、逃げてもなにも良いことなんてなかったよ。どこに行っても思い返しちゃうんだ。どうなったんだろう、どうしているんだろうって。いつまでも、いつまでも。僕はもう、あんな風に振り返るのを我慢したくない。だから僕はここにいるんだ」
 逃げちゃだめだとシンジは語る。
「見なくてすむならなんて、そんなことはないんだよ。見えないところで、なにがどうなっているのかわからないなんて、これほど怖いことはないんだよ。逃げても、自分の中で、ふくらむだけなんだ。僕は、君が傷ついているんじゃないかって、泣いているんじゃないかって、思ったよ。心配になって、たまらなくなった。だから、こうしたくて、安心したくて、ここまで来たんだ。目の前のことや、不安に立ち向かっても、その先で待ってるのはもっと酷いことかもしれないし、怖いことかもしれないけれど、だからって、見えなくても、見ていなくても、なにもなかったことにはならないし、なにも起きてないことにはならないんだよ。そうでしょう?」
 期待してはぬか喜びだったと教えてくれた、あの姉のようだった人に倣う。
「見なくてすむならなんてごまかしたって、嘘だよ、それは。だって、本当ってものは、こんなにも暖かくて、安心できるものなんだからさ」
 優しく彼女の髪を撫でて()く。
 それからやや体を押し離し、シンジは彼女の額に口付けた。
 触れていた時間はやや長かったかもしれない。その行為は芝居がかっていたが、自然とそうしてしまえる雰囲気があった。
 唇を離し、涙ぐんでいる瞳を見つめて、シンジは微笑む。
「帰ろう? みんなのところに……みんなが君を待ってる」
 努めて優しく語りかける。
「君も、帰りたいんだろう? みんなのところに」
 ね? と笑いかけると、シンジの服を掴むアスカの手に力がこもった。
 たまらず抱きつき、ぎゅうっとしがみついて、アスカは声を震わせた。
「許して」
「ん?」
「みんな」
 かすれるような声で漏らされた言葉に、大丈夫とその背を叩く。
 自分勝手に飛び出して。
 自分のために怪我をさせることにして。
 そのすべてを、シンジは背負う。覚悟を決めた。
「君は、笑っていて。あとは僕がなんとかするから」
 アスカは彼の肩口に顔を押しつけ、口をつぐみ、泣き出した。
 シンジの覚悟が伝わっている。
 凍っていた心が解けだした。テッサは感動から笑みを浮かべ、そして遠方の景色の変化に気が付いた。
「シンジさん、あれ!」
 シンジはゆっくりとアスカから身を離し、テッサの指さす方角を見た。
 アスカもシンジと同じように顔を向けた。
 シンジは苦笑する。なんという都合の良さかと、テッサへ笑顔を見せる。
 テッサが指した方角にはコウゾウの城がある。
 アスカの目尻に浮かぶ涙を指でぬぐってやり、シンジは微笑みかけた。
「運まで、君に味方してるよ」
 ごらんと両肩に手を置いて、ほのかに白く輝く世界を見せる。
 朝でもないのに、地平が発光していた。
「世界も、君に笑っていて欲しいって、願ってるよ」


「ガウルン」
 シグナムはヴェノムの顔の横に降り立ち、城の方角を見ろと言った。
「なにかの合図か」
 地平が発光している。よほど光量のあるなにかを使っているようだった。
 マイクを使ってガウルンは話す。
『まさか応じるほどマヌケじゃないだろうが』
 答え返すような真似をすれば、自分の居所を知らせるだけのことになる。
 しかしなんらかの意図が垣間見える発光であった。
 城の人間が誰かに何かを知らせていることは明白である。
『ノンビリしていられるのも、ここまでってこったな』
 ヴェノムが動き出す。アーバレストと違い、西洋の甲冑を思わせる形状をしていた。
 まき散らしている雰囲気が禍々しすぎる。その点にもまた大きな違いがあった。
『逃がさねぇよ。嬢ちゃんと一緒なら、手を出されねぇ、なんておもわねぇこったな!』
 なにをする気だとソースケが声を荒げる。
 ガウルンはにんまりと笑って返した。
『ナパームを使う』
『姫様まで殺す気か!?』
『あの坊主が居る限り、死にやしねぇよ! あぶり出してやる!』
 シグナムには、ナパームという固有名詞の意味はわからなかった。
 だがソースケの慌てようから、尋常ではない危険な代物だと察しが付いた。
「やめ……」
 静止の声は、ポヒュッという、軽い音にかき消された。
 ヴェノムの抜いたポンプアクション式の銃から、深緑色の缶が発射された。
 それが木々の向こう側へ見えなくなった次の瞬間。
 シグナムは腕で顔をかばった。
 炎が地を舐めるように広がった。津波のようにシグナムの立つヴェノムの足下を流れていった。
 後には炭となった、樹木の残骸が残っていた。自重に負けて倒れ、折れていた。あるいは熱波そのものに引っこ抜かれて転がっていた。
 輻射熱が陽炎を生み、炭が赤い光を漏らして周囲をぼんやりと浮かび上がらせる。
「なんてことを」
『居やがったな』
 ガウルンが焼いた範囲の外側であったが、金色(こんじき)の光がちらちらと木々の隙間から漏れて見えていた。
 ナパームが着火した空間からは離れていた。その辺りは熱にあぶられ、枝葉に火が点いているかどうかという程度で済んでいる場所だった。
 炭となるほどの熱量に襲われることはない位置ではあったが、熱さそのものは人間の限界を超えていて、そのために障壁の展開をせざるを得なかったのだろうと察しがついた。
 不吉に笑い、ガウルンはヴェノムを屈伸させ、高く跳ねさせた。


「見つかった! 信号弾を!」
「はい!」
 突然正面に赤い柱が立った。木々を踏み倒したそれは、もちろんヴェノムの足だった。
「くっ!」
 テッサが隠し持っていた銃を空に向かって撃つ。高く上がった光玉が弾けると、辺り一帯に雪のような発光体が降り注いだ。
 夜の森の中というものは、自分の手のひらすら見えなくなるほど真っ暗な闇に覆われている。逃げる方角を変えようとしても道はなく、簡単には走れない。
 発光体のおかげで完全な闇という場所はなくなったが、それでも足下がはっきりと見えるわけではなかった。
「逃がさねぇって言ってるだろ」
 ヴェノムは逃げる彼らへと向き直すと、左腕を上げ、指をはじく仕草をした。
 殺気に、シンジが叫ぶ。
「伏せて!」
 ゴッと痛げな音がして、シンジが頭から吹っ飛んだ。
「シンジさん!」
「お兄ちゃん!」
 シンジは木を三本へし折って落ちた。その上に折られた木が倒れかかり、下敷きとなる。
 隙間から手足だけが見える。
 青くなるふたりに、ヴェノムからの声が降り来る。
『普通、弾けてミンチになるんだがな……ただの障壁じゃねぇな。シグナム、生きてると思うか?』
「おそらくな」
 あまりにも近い声に、ぎょっとしてテッサとアスカは身を固くした。
 そんなふたりの反応を見ないように努めながら、シグナムはシンジへと近づこうとした。
『やめておけ』
 アーバレストからの声に立ち止まる。
「なぜだ」
『罠だ』
 ぴくりと、シンジの手が動く。
 そしてわっしと身の上に乗ってる木の幹を掴むと、とうてい人の力では動かないような倒木を、ごとりと動かし、押しのけた。
「いったぁ……まったく、やってくれるよね」
「そんな……」
 シグナムは目を丸くした。
「それは……コダールの一撃をしのいだのだから、障壁は展開していたはずだが、しかし……」
 コダールとはヴェノムの別称であるが、些事である。
 シンジは無傷であった。
「シンジさん!」
「おにいちゃん!」
 ふたりが駆け寄る。シンジはふたりを抱き受けると、ヴェノムへ向かって再度宣言した。
「返してもらうって言ったよ?」
『今度は弾かせてもらうぜ』
「そうはいかないよ」
『隠し球でもあるってのか?』
「いや……持ってないけど、呼び寄せただけさ!」
 身構えるガウルンとシグナムに、ソースケが叫んだ。
『上だ!』
 飛来したものは蜂型の戦闘機に見えた。
 その戦闘機は彼らの頭上を通り抜ける際に、足で掴んでいた自身とほぼ同じ大きさの巨大な人形を地に放りだした。追ってきた爆音と暴風が人形と共にヴェノムに激突し、ヴェノムに膝を付かせた。
『なんだ!?』
『ウィングキャリバー!』
 いきなりの事態に状況の把握が追いつかない。ガウルンはなにかが上に乗って、それが機体に絡んでいることはわかっても、混乱からは抜けられなかった。
 シグナムが言う。
「甲冑だ! 発光塗料はこれの受け取りのための」
 光が弾ける。
「閃光弾!」
 ヴェノムとアーバレストのモニターには影響はなかった。カメラにフィルタ機能が働いたからである。
 しかし理力甲冑騎を押しのけたばかりのヴェノムはシンジたちを見失っていたし、アーバレストはヴェノムが邪魔で彼らを押さえることができなかった。
「目が!」
 そしてまともに見てしまったシグナムは、視力をすぐに取り戻せないでいた。
 シンジたちは今の内だとばかりに理力甲冑騎へと取り付いていた。
 テッサが工場の人間を褒めた。
「間に合ってくれて!」
「ちょうど良いタイミングだよ!」
 開いたままのハッチに、まずはテッサが手をかける。
「早く!」
「きゃ!」
 お尻をわしづかむようにコクピットへと押し上げられて、テッサは悲鳴を上げた。持ち上げるシンジの親指が、へんなところに食い込んでいた。
 テッサはシンジの顔を、嫌がらせに足で蹴ってはい上がった。
 シンジは「痛いよ!」と批難してから、続いてアスカを放り上げるようにして投げ込んだ。最後に自分は飛び上がり、ハッチのヘリに手をかけて、懸垂の要領で転がり込んだ。
『てめぇ!』
 アスカを左に、テッサを右の腿の上に横座りにさせる。
 そうして操作管の中に腕を入れると、ふたりの腰に腕を回し、抱きしめる形になるのだが、他に体を固定させる方法がなかったために、あきらめた。
 二人が小柄であることが救いだった。視界の邪魔にはならない。
 ようやくガウルンが理力甲冑騎の存在を認めた頃には、シンジは完全に態勢を整えていた。
『なめるな!』
 ヴェノムが起動させまいと飛びかかる。
「もう座ってるよ! 綾波……レイ!」
 シンジから少女の形をした光の粒子がふわりと剥がれ、コクピットいっぱいに満ちるように広がりながら、理力甲冑騎へと浸透した。
「今の、なに!?」
「前、来るよぉ!」
「ひっ!」
 正面いっぱいに迫り来るヴェノムの体当たりに、テッサはシンジの胸に手を置くようにして身を固くした。アスカは彼の服をつかんで怯え、目を閉じる。
 激震が三人を揺さぶった。
 理力甲冑騎は左肩に固定された、半身(はんみ)以上の大きさのある盾で、ヴェノムの体当たりを受けとめた。
 またしても、である。起動前に理力甲冑騎は動いていた。
 ヴェノムと押し合いながら、コンバーターが起動して、虹色の噴煙をはき始める。
 甲冑の獣の目に光が宿った。
「くうぅうう!」
 振動の中でテッサが叫ぶ。
「あの、この子の修理と、調整は!」
「わかってる。左腕はないけど!」
「腕代わりに盾を固定してっ、肩の関節を使うので、ある程度の方向には向けられるはずで!」
 上に大きく、下に細くなっていて、やや湾曲している、下に尖端のある二等辺三角形の盾であった。
 裏側になにか取り付けられてあった。シンジはそれを見て、十分だと感じた。


「ちっ」
 ガウルンはつばを吐き捨てた。
「手間かけさせやがるぜ」
 俺がという通信機越しの声に、いらだたしく返す。
「お前は手ぇ出すな」
『なぜだ』
「一緒にいたのは、お前の女だろ?」
 通信機ごしでも、ソースケの苦々しい息づかいが聞こえた。
 くっくっくっと、ガウルンは笑い出す。
「わりぃがな、仕事が優先だ。安心しろ、手妻の種の割れてるぼろぼろの甲冑なんざ、敵じゃねぇんだよ」


『さあ、やろうぜ!』
 両腕を広げて天に吼える。
 ヴェノムからはき出されるエネルギーが、ナパームや理力甲冑騎によって荒れされた地をさらに吹き飛ばし、なだらかな円形の闘技場を作り上げた。
 くっと、腕を盾に耐えたシグナムを、アーバレストの両手が持ち上げようとする。
『離れるぞ』
「頼む」
 拡声器からの声にうなずいて、シグナムはアーバレストの手に乗った。
 ソースケはアーバレストを五キロほど離れた場所にまで後退させた。そこには背後に絶壁があり、ソースケはウインチを使って、この上にまで移動した。
 登り切ったところでアーバレストを振り向かせ、ハッチを開いて外に出た。
「どうなると思う」
 アーバレストの、上向きに開いている手の上で、シグナムは難しそうな顔をした。
「ヴェノムには勝てない……と思うが」
 シンジを思う。夕べとはまるっきり変わっていた。力も、体捌きも。
 得体が知れないとの寒気が走った。彼の使った力について、威力だけならかなわないと、シグナムは負けを認めていた。


「いくぜ!」
 ヴェノムが腰部マウントより銃を抜く。ショットガンであった。抜き放つと同時に発射する。
 散る玉の弾頭一つ一つを、ガウルンの殺意が物理的な力となって包み込み、強化する。
 搭乗者の意志を物理的な効果へと変換する。それがヴェノム、そしてアーバレストの力だった。
 一方シンジの乗る甲冑は、右足を半歩分引いただけだった。
 左腕として固定されている盾で体をかばう。
 弾がまず甲冑の障壁に衝突した。フィールドが瞬き景色を白く、または金色に浮かび上がらせる。
 瞬時の拮抗の後に、理力甲冑騎のフィールドは破られた。だが弾頭もまたまとわりつかせていた虚弦斥力場を失い、ただの弾として盾に弾かれる。
「ちっ!」
 ガウルンはすでにヴェノムを右へと走らせている。
「やろう、力におぼれるタイプじゃねぇのか」
 スモールとさえ渡り合ったのだから、その力を過信していてもおかしくはない。もしそうであれば油断が期待できた。
 理力防壁で受け、反撃してくるようであれば、次の一手で終わらせることができた。だがきっちりと盾で受け……それも正面からではなく、弾くように、盾を弾道に対して斜めに傾けていた。
 ソースケの、銃との戦い方を知っているという叫びの意味を理解する。
「臆病なのか慎重なのか。はは、楽しいじゃねぇか!」
 ぐるぐると回っていても仕方がない。
 撃ち尽くしたところでガウルンはヴェノムの足を止め、銃を捨てさせた。
 今度はナイフを抜き放つ。大振りで、小刀と言っても差し支えない太さと大きさだった。
「りゃあ!」
 止めた足に力を入れて、地を蹴って駆け出させる。
 シンジは向かってくるヴェノムに、コンバーターに装備されている剣を抜いた。
 こちらの剣は、鉱物をただ熱して叩いて作り上げただけの剣だった。はっきりと言えば、剣の形をした棍棒である。
 その剣で、ヴェノムの突きをやや下気味から切り上げ、受け流す。
 理力甲冑騎の剣は鋼材であり、ヴェノムのナイフは、鋼鉄のチェーンソーだ。なのにふれあった刃は、材質からは考えられない火花を散らしあって離れた。
「くっ」
 シンジはうめいた。
「盾が……重いんだ」
 機体が軽く回らない、だがとテッサが口にする。
「でも、ないと……」
「わかってる」
 まるで逆だと思う。理力甲冑騎はどう見ても軽装兵のなりだ。なのに大型の盾を手にし、長剣を構えている。対してヴェノムは重装兵のような甲冑を着込んでいるのに、やっていることはナイフを使う、盗賊まがいの戦法だった。
「でもね」
 盾を背の側に、剣を真っ直ぐヴェノムへと向け、伸ばし、半身の構えを取る。
 剣をゆっくりと縦に上げる。
「負けやしないよ!」
 ヴェノムが理力甲冑騎の行為を誘いとわかっていながらも懐へと飛び込んでいく。
 その兜をたたき割るべく剣が振り下ろされる。
 ヴェノムは身を回転させてかわした。身を、だ。
 足が地から離れて、地に対し水平に胴体が一回転する。
 着地するまでの一瞬の時間。その時間を理力甲冑騎は利用して、飛ぶ。追ってヴェノムも跳躍した。
 ヴェノムがナイフを突き出す。それを理力甲冑騎が剣で返す。返される度にヴェノムはなにもない空を蹴って、宙を舞い上がり、理力甲冑騎を追う。
 二機はからまりあって月へと上っていく。金と、黒。二つの月が並ぶ真ん中で二体は斬り結んだ。
 そして光が散った。広く、大きく、光が左右に広がる。それは理力甲冑騎の羽が放出する燐光であった。
「あああああ!」
「おおおおお!」
 刃が弾け合い、堅さに劣る理力甲冑騎の剣が弾けて割れる。
 月明かりを背に受けた理力甲冑騎が、金色の中、影だけの姿で腕を振り上げた。
 背の羽がいっそう強く虹色に輝いた。右手に残された剣の柄より光があふれ出し、集束し、刃の形を取る。まるで月の光を剣にしているようであった。
 一方のヴェノムは一旦地に落ち、月を見上げた。
 その彩色は赤く、まがまがしく血の色に塗れているようだった。
 大きく振り戻したナイフを再び振り切る。その刃より黒い光が伸びる。虚弦斥力場が生んだ闇の刃であった。
 理力甲冑騎が降下する。ヴェノムが高く跳ぶ。そして二者は互角の力で斬り結ぶ。
 ──ははは!
 斥力場の干渉光が目を焼くのにもかまわずに、ガウルンは楽しげに笑った。
 な、なに!? そう焦ったのはテッサだった。
 フロントウィンドウ一杯に、読めなくなるほどに重なって、様々な言語の文字が浮かび上がったのだ。それは立体感を持って、コクピット内に溢れ、踊った。
「これ、文字、言葉!?」
 その中にはテッサの読めるもの、読めないもの、シンジの知る文字、知らない文字があった。
 あげく、くぐもった声が内部に響いた。
【楽しいじゃないか、嗤えるぜ、だろう!? おい!】
「これ、ヴェノムの、パイロットの!」
 焦るテッサと違い、シンジは本能的に反応していた。
「そんなわけないだろう!」
【てめぇの守ってるもんがなんだかわかってんのか? ああ!? そいつはな、鬼子なんだよ! 生きてるだけで災いを呼ぶなぁ!】
「そんなわけないって言ってるだろ!」
【ははぁ! そうかい!? そいつが居るところにはな、こうやって争いが生まれるんだよ! そいつが災いでなくてなんだ! よこせよ!】
「なにを!」
【殺し合いだよ殺し合い! だろう!? そいつが居りゃ、いくらでも殺し合いができるようになるんだよ!? こんなに楽しいことがあるか!】
 それが目的とテッサが呻いた。
「まさか、欲しいのは戦争のための火種?」
 青ざめる。
「アスカ様を火種に!?」
 それは王位簒奪(さんだつ)や現王権の打倒とはまるで違う話である。
 この国そのものが狙われているということなのだ。
【だから、邪魔するんじゃねぇよ!】
 殺し合いを求める狂気の声に、ぎゅっとアスカは小さな手に力を込めた。
 彼もまた戦いの中に楽しさを感じてしまっているのだろうかと、彼女はシンジの顔を不安げに見上げた。そして哀れむような表情に気が付いた。
 シンジは操作管より手を抜いてアスカの頭に手を置き、ぐりぐりと撫でた。
「殺し合いをやっているつもりはないよ」
 頭を胸に抱く。アスカの手に力がこもっていることは、服の握りしめ方から伝わっていた。
「ただ、嫌なんだ。それだけさ」
 理力甲冑騎は手首を返すように剣を操り、刃を絡め、ヴェノムのナイフを奪い取った。
 なにが嫌なのか、言葉にどんな思いが込められているのか、彼の心中はこの場にいる誰にもわからないものだった。
 だが甲冑だけが、まるでシンジの気持ちを汲むように、操作管によって操られずとも動いていた。
 剣を奪い取られても、ヴェノムには虚弦斥力場生成システムがあった。左腕を突き出し、右腕を添えた。
【わけわかんねぇんだよ! お前は!!】
 ドンッと力場を砲弾にして打ち出した。
 これを理力甲冑騎は円を描く回転飛翔でかわし、一旦下側に回り込んで、自由落下に入ったヴェノムへと押し迫った。
【足りねぇんだよ! まだだ!】
 ヴェノムは身を捻って下に向き、腕を突き出した。
「飽きたよ」
 甲冑が理力で出来た剣を突き出す。ヴェノムは斥力場をまとわりつかせた右腕で弾く。
 シンジはさらに盾の先端を突き出した。ヴェノムは腹を突こうとする盾の先端を左手で受け止め……そしてそこに隠されていた物を見て、ガウルンは吼えた。
【くそがぁあああああ!】
 盾の裏に隠し砲があったのだ。
 ガウルンの力はシンジのそれほど細やかではない。ヴェノムは自身を守る斥力場の内側からの砲火にさらされ、爆炎の中、装甲をまき散らし、そして煙をまとわりつかせて落下した。
「そこ!」
 シンジは盾を切り離し、光の剣を振り上げた。
 いっそう強く、天空に高く光の柱が屹立する。まるで月までも届きそうなその凝縮された力を、シンジはヴェノムへとたたきつけた。
「あああああ!」
 シンジの咆吼が大気を震わし、光の塊をたたきつけられたヴェノムは、そのまま大地に落下した。
 地に叩きつけられたヴェノムが、光の中で砕け散る。
 弾けた力が爆発となって地を這った。木々が折れ、吹き飛んだ。
 ヴェノム自身も爆発し、大きな火の玉となって森を吹き飛ばし、大きなクレーターを誕生させたのであった。


 この一部始終を目撃して、シグナムとソースケは身震いをした。
 彼らはあまりの戦いに言葉を失っていた。
「ガウルンが……負けた?」
「そんな」
 ソースケはあわてて操縦席へ戻り、シグナムは剣を手に途方に暮れた。
 理力甲冑騎と目があったと思ったからだ。
 理力甲冑騎はしばし宙を漂っていたが、ふたりが迷っているのを幸いとでも思ったのか、ゆっくりと後ろ向きに離れ始めた。
 見上げるシグナムとアーバレスト。それを見つめる理力甲冑騎……。
 酷い緊迫感であったが、やがて十分な距離が生まれたところで、いままでどこに舞っていたのか、蜂型の戦闘機、ウイングキャリバーという乗り物が戻ってきて、理力甲冑騎をつかまえた。
 足に捉え、急上昇し、上空の気流に乗って彼方へと消える。
 二人はようやく脱力した。
 視線を理力甲冑騎の去った方角から、戦いの痕に向ける。
 ガウルンの生死を確かめるということすら思いつかないまま、呆然と破壊の痕跡……なぎ倒された森と、内部骨格をさらけ出して横たわる残骸を眺め、彼らは途方に暮れたのであった。

続く!

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