地上に戻って、夜となった。
「実際に証拠が出てきてしまうと、もうなにも言えませんね」
はやての城の工房は、城の背部から専用エレベーターによって降りていったところにあった。
地下施設の格納庫を工房として使っていたのだ。
エレベーターの入り口は、地面が左右に割れる形で現れる。せり上がってきた鋼鉄の台に乗って降りていくのだが、これは発進口だろうとシンジは感想を持たされた。
深くサーバインを運び込むと、鉄塔がレールに沿って移動し、工作機械をサーバインの元へと運んで、取り囲んだ。
整備工場、あるいは格納庫。シンジの知っている生産工場のイメージとは違っているし、テッサたちの錬金術的な雰囲気を持っている工房とは、さらにかけ離れた造りをしてた。
アーバレスト──神像はここでしか組み上げることができなかったと、テッサは話していた。
それはそうだろうとシンジは思った。強獣を加工するのとは訳が違う。マイクロチップなどこの世界の技術ではどうにもなりはしないだろう。
だがここにはプログラムを開発するための設備すら整えられている。
テッサはこの工房の使用を許可されたいきさつで、はやてたちとは知り合いになったと語っていた。アーバレストの整備の度に立ち寄っていたものだから、かなり親密になったと言う。
「やはり異世界人ではありませんでしたね」
その隅に木箱で机と椅子を作って、シンジとテッサとアスカが固まっていた。
「驚かないんだね」
「驚いてますけど……過去に戻ることはできなくても、未来に行くのはそう難しいことじゃありませんから。理論的には、ですけどね」
「どういうことさ?」
「物体は光速に近づくほど、時の流れが遅くなるんです。つまり、周りは先に進んじゃうんですね」
「まさに理論的には、だね」
「そういうことです。そういう稀人の記録ならありますから、まだ許容できます」
「でもその理屈だと、やっぱり元の世界には帰れないことになるな」
「帰りたいわけじゃないんですよね」
「可能性が無くなった以上、この世界で生きてくしかないだろうね」
「職の問題ですか」
「人殺し以外の職業が見つかれば良いんだけどさ」
手に職があるわけじゃないしなぁとぼやく。
「それで、僕がエヴァのパイロットだったって話については?」
感想を求めているのではない。エヴァのパイロットであったことは既に話しているからだ。
「それについては」
声を潜める。
作業機械の音が大きくて聞こえはしないだろうが、それでも注意した方が良い話題だからだ。
「慎重になった方が良いでしょうね。神さまに祭り上げられるか、騙りとして裁かれることになるか、どちらかになるだけだと思いますから。なにしろ神話に登場する巨人ですから」
まあ、そうだろうねとシンジも同意する。
「ただの兵器だって言ってもわかってもらえないだろうしな……結局、北に行ってお墨付きを貰うっていう話を変更するわけにはいかないのか」
「そうなりますね」
「そういうわけだから、アスカも黙っててよ?」
了解と、もぐもぐと口いっぱいにクッキーをほおばったままうなずいた。
テーブル代わりの木箱は食べクズだらけになっていた。
城の食堂で入れてきたというコーヒーは量が重視で味などむちゃくちゃで、アスカが飲むには苦すぎる。
それでもクッキーに口の中の水気を奪われ、苦しいのか、ちびちびとは飲んでいる。
ポットの中身はずいぶんと減っていた。
「こんな時間に食べ過ぎだよ」
「いいの!」
そんな二人の関係に、テッサはため息をこぼす。
「すっかり砕けちゃってますね」
シンジも、まあねと笑ってしまった。
「さすがに人前じゃまずいけどね」
「わたしの前ならいいんですか?」
「共犯は多い方が良いさ」
「共犯ですか……」
「寝床の問題もあるからね。僕が一緒に寝るわけにはいかないだろ? アスカだって、今日あったことを話せる相手くらいは欲しいだろうしさ」
一人で寝かせるという選択肢はない。これはアスカが子供だからと言うわけではなく、安全のためである。
「……少しでも漏らした途端、わたしの立場が危うくなるような話題ばっかりなんですけどね」
気がつけばずいぶんと深入りしてしまっている。
シンジのことを笑えなくなっていた。
「頼むよ。僕は今日は眠らないしね」
「わたしだって徹夜なんですけど……寝ずに出るんですか?」
「明日からは昼は寝て夜は移動の生活になるんだ。出発も夜なんだから、昼に眠ることにするよ」
そう言ってシンジは立ち上がり、去るのをアスカが手を振って見送った。
そしてシンジが人間用のエレベーターに乗り込むのを待って、彼女はごっくんとクッキーを飲み込み、「ところで」と切り出した。
「聞いてたよね? はやてと話してたとき」
「……はい」
「どうしたらいいと思う?」
おそらく、自分以上にシンジのことについては理解している。そう思えるからこそ、言葉少なにテッサへと尋ねたのだ。だがテッサから返されたものは、全く別の問題についてであった。
「闇の書について……おそらくシンジさんはわたしと同じ、もう一つの答えについて悩んでいます」
「もう一つの答え?」
はいと頷く。
その答えは、アスカの懸念が現実になるかも知れない代物であった。
「ホルスターって、バランス悪いんだよな」
地下施設のロッカールームで見つけたホルスターを装備する。
左胸の脇位置に来るのだが、入れるものがガウルンからの習得品であるあの銃だ。
重すぎて体が傾く。
城の中、階段を上っていく。内部の低層階は構造が四角張っていた。つまり、元はなにかの地上施設であったのだ。
それをこの時代の人間が、住みやすいよう改築していった。上部に階を増やし、内部に部屋を造り……。
コンクリートを扱えない彼らは、石を積んでいったのだろう。それが結果的に、擬装のように見えることになってしまった。
それが外壁でシンジがいぶかしんだものの答えであった。
シンジは城の二階にあるテラスに出た。空を見上げてため息をこぼす。
「星座くらい覚えておけば良かったな……四百年くらいじゃかわらないだろうし、そうすればすぐに地球だって気がついたかも知れないのにさ」
だがと思う。データバンクにもなかったものが空にはあった。
「黒い月……」
昼も夜もほぼ同じ位置に浮かんでいた。
つまり、地球の自転、公転に合わせて、漂っていることになる。
「でも太陽の光を反射して月みたいに輝いたりするわけじゃない……昼間だってそうだ。太陽と重なったりしてるのに、日の光が陰ったこともない」
なんなんだ、あれ? わからないことだらけである。
「あんなものがあるから、地球だなんて思わなかったんだよな……衛星っていうより、影って気がするしさ」
なにより、ずっと頭上にある気がしてならなかった。浮かぶ方角が変わるほどの距離を移動したことがないので、なんとも言うことはできないのだが、人を追ってきている気がするのだ。
不意に甲高い音がした。ウイングキャリバーであった。降下してくる。
ウイングキャリバーははやての城とコウゾウの領地とを夜を徹して往復し、荷物と人を運んでいた。
(どうしたもんかなぁ……)
ネルフが出てきたことで、もはや無関係ではなくなってしまったのだ。
はやてたちが読めないと言うことで、シンジはこっそりと他のデータにもアクセスしていた。
魔法を使えるのは、なにもはやてやシグナムたちのような人造人間やその直系の者たちばかりではない。サードインパクトの後、純粋に生き延びた人たちもいる。研究施設の人たち、彼らの家系にも魔法使いは現れたのだろうか?
はやてに尋ねてみたところ、人の身の内にはリンカーコアと呼ばれるものがあるのだという。魔力素とでもいうのだろうか? 人の身の内に魔法の源のようなものがあるというのである。
コアという単語には嫌な思い出しかない。人類も使徒である以上、それは同じ物なのかも知れない。実際、身の内に宿しているものと、シグナムのリンカーコアとは同調し、共鳴したのだから、ある意味においては既に実証を終えてしまっていた。
だがと思う。
(たった四百年で、オーラ力とか、魔法とか、そんなものが当たり前になるっていうのかよ?)
だったらセカンドインパクト前の世界は、もっと混沌としていたに違いない。
(データには、四百年より前から魔法があった、なんて記録はなかった。僕が収監されてた研究所でも、魔法の存在なんて確認されていなかった。いや、そもそも人類保管計画なんて、動いてたのか? 僕がいなくなった後で人の前に機族とかが現れたのか? 人類とか生物とか、プログラムはどうなったんだ? 再生されたのか?)
保管計画は、人が滅んだときのために用意されていたはずのものである。
それが、人が生き残ったというのに、起動したというのだろうか?
(それに、強獣だ。僕はまだ見たことがないけど、サーバインの母体になるような怪獣が、たった四百年でどこかから進化して生まれたっていうのかよ?)
闇の書というデータバンクからでは、これらのことはわからなかった。それは闇の書に新しいデータを収集する機能がなかったためである。
つまり、サードインパクト後の出来事については、それ以前に登録されていた計画書と、記録されているログから推察するしかない。
(ログ……か)
笑ってしまう。
夜天の主とヴォルケンリッター。それらがネルフの背後にあった組織が生み出す元になったというのであれば、サードインパクトに絡んだ自分自身が、見て見ぬふりはできないだろう。
一人一人の顔を思い浮かべる。地下ではあのように語っていたが、はやて、シグナム、ザフィーラ、ヴィータ……。
そこにテスタロッサを加えると、一つの考えが生まれてしまう。
(もう一つだけ、はやてさんを助けられるかもしれない方法があるんだ、だけど!)
ぎゅっと唇をかみしめる。
彼にはそれを伝えるだけの勇気がなく、迷っていた。
「なにやってんだよ」
声に振り向くと、ヴィータだった。
シンジは苦悩を読み取られたかと焦り、言葉を詰まらせた。
「ちょっと良いか?」
顎をしゃくる。
彼女はそんなシンジの様子には気付いていなかった。
「はやてに言われたんだよ。お前を武器庫に案内して、適当なのを見繕ってやってくれってな」
ああ、そういえばと、シンジは思い出した。
「そんな話もあったんだっけ」
「なんだよ、欲しくないのかよ」
「いろいろあって忘れてたんだよ」
「いいけどよ」
それはまあお互い様だなと、手の内にあったなにかを振るう。
するとハンマーが現れた。
「もう一回、お前の実力を見せろ。今度は逃げずにだ」
力量を見て、相性の良さそうなものを選ぶと言い出した。
「本気でやれってこと?」
「ああ」
ため息をこぼす。
「気付いてるんだろ? 僕が……本当は大したことがないってさ」
どんっと鉄槌の柄を床に落とし、右手一本で支え、左手は腰に当てて、ヴィータは「ああ」と頷いた。
「シグナムは召喚士じゃないかって言ってたけどな。お前、なにかを憑依させてるんだろ?」
「見えるの?」
「ずれてるんだよ。お前と、力と、ずれがあるんだ。魔法みたいなのが発動したときに感じられる源みたいなもんが、お前の中心からは、ずれてるんだよな」
正解だよとシンジは明かした。
「これは、借り物の力なんだ。向こうが好意で貸してくれてるんだよ。僕が借せって命じて使ってるわけじゃないんだ」
これは重要な点だった。
向こうの気まぐれで失われる力だとシンジは言う。
借りようと思ってどうにかしたわけではないと。召喚士というわけではないのだ、契約によって呼び求めたりすることもできやしない。
そんなシンジに、ヴィータは呆れた声を吐いた。
「それにしちゃ、お前、でかいこと言ったらしいじゃないか」
「まあそうなんだけどね」
「ひっどい奴だなぁ」
「何事にもはったりは必要だよ」
「お前、それで騙されたとかって言われたら、どうするんだよ」
「どうもしないさ」
慣れてる──それがシンジの回答である。
「期待されるのも、失望されるのも、慣れてるよ」
その顔に、ヴィータは息をのむ。
「冷めてるな、お前」
「まあね」
「だけどな、使えるなら、今は使え。こっちだって、やりたいことを後回しにして、お前たちに協力しようってんだ。それくらいはサービスしろよな」
「やりたいこと?」
お前のせいだぞ──トンカチを肩に担いでヴィータは責める。
「お前がよけいなもの見せるから」
側によって睨み上げる。
「余計なものって……地下のあれ?」
「ああ。おかげで希望が見えちまった。なのに、はやての奴」
舌打ちする。
「お前たちに協力する方が先だってよ。シグナムも、ほんとは一番、真っ先にはやてのために機族をつかまえに行きたいくせによ」
「ごめん」
「謝んなよ。希望が見つかっただけマシなんだ」
「だけど、難しい話なんだよ。君たちの急所と同じなんだから、それを触らせようって言うんだ。信用できる人間でないといけないし、そもそも、機族なら誰だって触れるとは限らないし……機族が人間だとも限らないし」
シンジが見つけたもう一つの方法とは、つまりこれを解決できるものであった。
身近な場所に、同じく『プログラム』を理解している人間が居る。神像の開発に携わったテスタロッサのことである。
彼女が闇の書のOSを理解できるようになるかどうかは賭けになるが、神像のためのOSをこの施設で組み上げているのだから、可能性がないわけではなかった。
神像は機械であってオモチャではない。発掘品を組み合わせたからと言って、人間のように動くものにはならないのだ。それを制御するためのプログラムを、誰かが作り直さなければならない。
テッサは、それを成している。ならば地下の闇の書についても、プログラムを解析してしまえるかも知れない。なぜ彼女たちがその発想にたどり着かないのかと言えば、答えは簡単で、彼女たちは闇の書を神像と同じプログラムによって制御されているだけの機械だとは思っていないからである。
闇の書は、闇の書という、魔導書だと思っているのだ。だからシンジと同じ答えにはたどり着けない。
だがシンジは、たどり着かなくて良いと思っていた。テッサに問題の解決を託すためには、もう一つの問題を解決しなければならないのだから。
──邪魔者という存在を。
「そういう技術者がのこのこと南から出てきてるとは思えないな」
「わかってるよ。だからこそ焦ってんだ。はやてがはやてである内にって思うとな、時間なんていくらあっても足りねぇよ」
それにと続ける。
「お前、あたしらの矛盾、わかってんだろ?」
無言のまま、表情を変えないシンジに、ちっと舌打ちする。
「生体ユニット生成機だっけか? それがいかれてるから、はやてみたいな普通に生まれた子が代用品にされようとしてんだ。じゃあ、あたしらはなんだ?」
睨み付ける。
「答えろよ」
シンジは観念し、目をそらした。
「守護騎士システム。そのユニットは代替わりなんてしない……はやてさんが言っていたみたいな、代々の騎士なんて存在しない」
「そうだ」
こっちを見ろと、ヴィータはシンジの足下に立って、彼を見上げた。
「あたしらは大昔に作られたただ一騎の騎士なんだ。ただし、記憶は主の代替わりに付き合って消されてるけどな」
「…………」
「もっとも、消されてるって言っても、それは個人的な記憶の方だけで、経験値の方は蓄積されてる……だからわかるんだよ。代々の主がどんな目に遭ってきたのか。その主を守るために、どれだけ酷い戦いをこなしてきたのか。あたしたちの強さがそれを証明してるんだ」
シンジは一度目を閉じた後、ゆっくりとヴィータを見た。
じっとその目をヴィータは見つめる。
「いいか。そのあたしたちが焦ってるんだ。焦っていても、お前たちに協力しようって言ってんだ。だけどあたしらの手を借りてなんとかしようとしてるってんなら、付き合っちゃらんねぇんだよ。それじゃいつまで付き合わされることになるかわからねぇからだ」
「協力できるのは、余裕のある部分で、その範囲、範疇で、ってことだね」
「ああ」
どこかで聞いた話だと思う。
「つまり、シグナムを借りられるのは、君たちがはやてさんを助けられる機族を見つけるまでの間」
「そういうことだ」
最悪の時には、最悪の方法を明かさなければならないのだろうか?
シンジは悩む。
闇の書のOSを改変しようとすれば、必ずこの小さな女の子を含んだ守護騎士たちが攻撃に出るだろう。
つまり、はやてを助けたいのであれば、守護騎士たちを……。
──はやての笑顔が思い浮かぶ。
駄目だと思う。この子たちがいなくなれば、はやては失意の底に沈むだろう。
どれだけ大事に思っているかなど、今更考えるまでもない。
シグナムを失いかけたとき、はやてはどれほど取り乱したか?
笑顔を失わされてまで救われたところで、はやてが生きていこうと思うだろうか?
それはシンジの理念に反していた。「よかったよかった」で終わることが一番なのだ。この方法ではやてを救ったとしても、今度ははやてという悲しみを生むことになる。
シンジは背を向けると、十歩ほど歩いてから、振り返った。
(今はまだ……時間がある。そう思うしかないんだ)
そして、すぅっと息を吸い込むと、小さく、「お願い」と身の内に頼み込んだ。
《Ok. My master. Setup to you.》
シンジはポケットに両手を差し入れた。
そうして、ゆっくりと息を吐く。
(今は……時間を作るしかない)
アスカの件を片付けることができれば、ヴォルケンリッターの手を空けることができる。
彼女たちは自由にはやてのために行動できるようになる。
そのためには、北へ行き、アスカの側にいるための免罪符を手に入れるしかないのだ。
ならば全力を見せるしかない。
全力を見せて、協力を取り付けて、北の地へ行く間のアスカの守りを引き受けてもらうしかない。
息を吸い込んだことによって伸ばされていた背骨が、吐くことによって正しく腰骨の上に乗る。
真っ直ぐに背筋をのばし、やや顎を引き、シンジはヴィータと視線を合わせた。
「いつでも良いよ」
「いくぜ!」
目に見える変化がなくともわかる。
ヴィータは純粋に喜び、ハンマーを振り上げ、飛びかかった。
──ギン!
ヴィータの一撃に金剛壁が瞬いた。
「うぉおああありゃぁあああ!」
シンジは焦りもせず、ただそこにいるだけである。
ヴィータは力任せに鉄槌を振り抜こうとし……ついにはじき返された。
ATフィールドが残滓を散らして消失……見えなくなる。
「次元障壁か! これならどうだ!」
《Raketenform. 》
鉄槌の頭の片側にドリルが、反対側にロケットが形作られる。
ロケットが噴射を始め、それは彼女の小さな体を軸にした回転力を生み出した。
三度身を捻って加速を加えた一撃を放つ。
「てりゃああああ!」
激突と衝撃。ATフィールドが激しく瞬く、そして砕けた。
「どうだ!」
振り抜かれたドリルがぶつかる寸前に、シンジは一歩下がって直撃を避けた。
「やるね」
「でかい衝撃は次元すら超えて響くんだ、覚えとけ!」
「知ってるさ、そんなことはね!」
シンジは踊り場より中庭へと飛んだ。
空中で右手を振るう。光の鞭がしなって、追撃に飛んだヴィータを強襲した。
「見え見えなんだよ!」
ハンマーヘッドではじき飛ばして着地する。
「だからなんだよ!」
今度は左から右へとなぎ払う。
「この!」
芝生を蹴って側宙でかわしたヴィータに、左手を突き出す。
手のひらから伸びる刃。槍にも見える光の剣が、ヴィータの眉間を貫いた。
ヴィータの幻影が消失する。
ヴィータは空中を回転しながら、さらに回転して空に上がっていた。
「てりゃああああ!」
空中を蹴った。足の裏に瞬間的に魔法陣のような波紋が浮かんでいた。
《Gigantform.》
ハンマーが巨大化する。
柄が50%ほど長くなり、ヘッドに至っては彼女自身よりも大きくなった。
巨力な質量による一撃が大地に叩きつけられ地響きと地割れを起こす。
シンジの光の剣は触れただけで砕き折られていた。
返す刀をシンジは身を引いて避ける。
眼前をうなりを上げて、視界いっぱいに埋めるほど巨大なハンマーヘッドが通り過ぎた。
「これは!」
どうだとばかりに両腕を突き出す。
両手の中で渦巻いた粒子が、加速されて放出される。
「いまさらビームが利くかぁ! アイゼン!」
ハンマー型の魔導器──グラーフアイゼンでビームをたたきつぶす。
その飛び散る粒子の中で、ヴィータの衣装が変化する。
粒子とともに衣服が光となって散って消え、入れ替わるように赤い騎士服が彼女を覆い、ビームの残照を弾き裂く。
「それが君の!」
「本気の姿だ!」
アイゼンの横なぎの攻撃にシンジが消える。
「幻影魔法!? 違う、精神攻撃かよ!」
集中力を高めて惑わされないように注意する。
武器が巨大では見える範囲に陰ができる。彼女はグラーフアイゼンを元の姿に戻した。
その一瞬の制止を狙って、左右から同時にシンジが襲いかかる。
「精神攻撃じゃねぇ!? 分身!」
二人のシンジが同時に鞭を振るう。その鞭をその場で右足を軸に回転し、アイゼンで絡め取り、巻き取った。
振り回されて衝突したシンジが一人に戻り、投げ飛ばされた。
「やるね!」
身を捻って着地をし、膝をつく。
「パンツァーガイスト!」
ヴィータは追撃をせずに手のひらを突き出し、魔法陣を展開した。バリア障壁であった。
シンジが右手を大きく振るっていた。
不可視の攻撃が魔法陣を寸断する。
魔法障壁の裂け目に向かって、シンジは走り寄った。
「うわぁああああ!」
シンジは両手でハンドガンを握っていた。
一発、二発と射撃する。
「うぉおおおお!」
ヴィータはその弾をハンマーで弾きながら、シンジに向かって駆け出した。
ぶつかり合う。
振り下ろされるハンマーを、銃を握ったままの右の甲で弾いて飛ばす。左の拳の返答は、ハンマーの柄で跳ね上げられて失敗に終わった。
高く上がった腕に吊られて、シンジは無防備にも腹をさらけ出してしまった。ヴィータの前に魔力光弾が四つ並び浮かび上がる。彼女はそれをハンマーのヘッドで一度に弾き、打ち込んだ。
爆発が……起きない。
(なっ!?)
ヴィータはシンジの正気を疑った。
バリアで避ければ致命傷とはならない攻撃だ。
障壁で爆発が起こって終わる程度の攻撃だ。
だがそれも無防備に受ければただではすまない。
三つまではシンジの体をかすめただけだった。それでも身は裂け、削れ、血が飛び散った。
四つ目はシンジの左肩を直撃していた。肩が一瞬、背後の方向におかしく曲がり、それに引っ張られる形でシンジの体が吹っ飛ばされ……なかった。
鎖骨あたりからの骨が砕け、肉は激しくえぐり取られた。
シンジの体はぶれなかった。あろうことか、彼は衝撃に負けて弾かれぬよう、体に強化をかけて対抗したのだ。
反動によって弾かれていれば、大した怪我にはならないはずのものを、真っ向から衝突することを選んで前に出たのだ。
「お前!?」
それが隙となった。
跳ね上げられていたシンジの右拳が、斜めに振り下ろされた。
それはヴィータの顔を狙うものであったが、どこを狙っても同じであった。
ATフィールドの位相差の落差を利用しての攻撃であった。密度の高い次元から密度の低い次元へと空間そのものを引き込めば、圧力の軽さから空間は膨張し、暴発する。
悲鳴を上げる暇もなく、ヴィータは莫大なエネルギーの奔流に叩きふせられた。反動で弾き飛ばされ、地面を二度三度転がった。
見ればシンジもまた爆発にはじき飛ばされ転がっていた。
ヴィータは痛む体を押して、這いつくばっている状態から、腕を突っ張り、無理に上半身を持ち上げた。
「ば……っかやろう!」
全力の思いで罵った。
「やり方ってもんが、あるだろうが!」
シンジは頬を地面に当て、無様に転がったままで笑った。
痛みに顔をゆがめながら、それでも笑った。
「いつも……こんなもんさ」
見せろと言ったろう?
肩と首との間の、肉のえぐれた部分から、血がだらだらと流れ広がっていく。
「いつも、体を張って、なんとか勝ちを拾って……他にやり方なんか、知らないよ」
「お前……」
地面が赤黒くなっていく。
「これが……僕の、戦い方だ」
そして彼は気を失った。
「おいっ、おい!」
焦って起き上がろうとするが、予想以上のダメージを貰っていたらしい。ヴィータは顎から再び落ちた。
這いずってでも近づこうとするが、それでも力がわき起こらない。
「ちくしょう!」
誰か、と、わめこうとして、彼女は息をのんだ。
「なんだ!?」
光の粒子がシンジの体から立ち上っている。
それに合わせて、シンジの肩口、シャツの破れ目の下の肉がうごめき、盛り上がり、傷を埋めていく。
だが彼女が目を丸くして見ていたのはそんなものではない。
シンジの側に立ち、彼を無表情に見下ろす、半透明の、真っ白な少女である。
ゾッとするような畏怖を覚え、総毛立つ。
言葉どころか、息も吐けなくなる。彼女はただ見入ってしまった。
少女の纏う淡い光が、夜の闇を払っていた。
「ヴィータ! シンジ!」
はっとする。シグナムの声だったが、そこまで気は回らなかった。
少女の姿は消えていた。本当にいたのかわからないような唐突さで消失していた。
「血だらけじゃないか! お前たち……やりすぎだぞ!」
「あ、ああ……わりぃ」
そんな言葉を無意識の内に吐きながらも、ヴィータは考え続けていた。
(あんなもの、取り憑かせてるってのか、こいつは)
過去からの騎士であるからこそ、わかることがあった。
(とんでもねぇ……化け物じゃねぇか)
がくがくと震えが来る。
記憶はなくとも、知識はある。
だがその中のどんな戦闘経験を持ち出してみても、勝つための方法が見つからない。逃げることすらかなわない。
そんなものを身に宿らせながら、平然としているこの少年こそが……。
(本物の、化け物ってもんだろう?)
続く!