シンジが眠っていた間のことである。
 彼の世話をテッサに任せて、シグナムとヴィータの二人は部屋の外で話し込んでいた。
 部屋の扉の横に居並んで、壁にもたれ、ヴィータはじろりとシグナムを見上げた。
「あいつの中にいるもん、ありゃなんだ?」
 シグナムは、胸を持ち上げるように腕を組み、わからんと返した。
「どう思う?」
「たぶん、デバイスなんだろうけど」
「似たようなものではあるだろうな」
「そこんとこが、はっきりしないんだよなぁ」
 ああもう、いらいらすると、ヴィータは頭をかきむしった。
「でも、とんでもないぞ、あれ。すげーってレベルじゃねぇよ」
「ああ、わたしもそう思う」
 主は見ていないはずだと、シグナムははやてのことを思った。
 シンジとの対決で、最後に自分を破ったのはシンジではない。その中にいた者だ。
(そのことを知っているのは、わたし自身と、シンジだけのはずだ。アスカ様にわかったとは思えんしな)
 ふぅむと顎先に手を当てる。
 もしもあの時、はやてが間に合っていたのなら、シグナムのために飛び出していないはずがなかった。
 だが彼女が出てきたのは、シグナムがシンジにとどめを願ったときである。
 そんなシグナムに、ヴィータが言う。
「デバイスってのは、宿主に力を貸すもんだろう? なのにあいつのは、勝手に出てきた上に、勝手に魔法らしいのを使って、シンジを癒やしやがったんだ」
 それについては、シグナムにも思うところがあった。
 シグナムが攻撃を受けた際も、シンジの意志は介在していなかった。
 直後のシンジの表情を見ればわかることである。
 実に不本意だと物語っていた。
 その時に振るわれた力は、その者からサポートを受けていたシンジよりも、圧倒的で、破壊的であったのだ。
「デバイスは共棲するもののはずだ」
「けど自立型だってんなら、シンジの中に棲み着いてる意味がわかんねぇんだよ」
 シンジは魔法使いでもない、ただの人間である。
 光の剣やビームと言ったものを生み出せる術も器官も持ち合わせては居ない。ただの人間なのだ。
 ならばシンジが振るっている力もまた、デバイスらしきものが発現している力であって、シンジは借りているだけに過ぎない……ということになる。
(ということなら、あの時の手……あの手に連なるものこそが本体だというのなら)
 シグナムが見たのは一部が顕現した姿に過ぎなかった。
 では全貌はどれほどのものであるのだろうか?
「あんだけ強力な本体なら、直接顕現して独立行動する方が良いはずなんだよな」
「それをしない理由がある、か……」
 宿主に力を貸しているというのなら、代わりになにを得ているのか?
「単独では存在できない? あるいは存在が揺らぐ?」
「それこそおかしいだろ。あんなもんを人間が支えられるとは思えねぇよ」
 ただの人間が存在維持に力を貸せる限度を超えていると感じられた。
「第一、あれがデバイスだってんなら、リンカーコアを持ってるはずだろ? リンカーコアはエネルギーの凝縮体なんだ。エネルギーが固まって、濃縮されすぎてコア……魂が発生して、リンカーコアになってんだ。宿主無しじゃ崩壊するなんてコア、聞いたことねぇよ」
「コア無しのデバイス……」
「やっぱ違うのかなぁ、あれは」
 シグナムは思う。自分にわかりやすい形で納得しようとしてはいけないのかもしれないと。
(だとして、だ)
 そうすると、違ったことに恐怖を覚えるのだ。
(それほどのものが巣くえるというのか? シンジには)
 それこそゾッとする話であった。
 この点については伝えあっていなかったが、ヴィータもまたシンジの中に居る者であるらしい少女の姿を見た際に、同じような感想を抱かされていた。
 それは、人が受け入れ、間借りを許すには、あまりにも巨大すぎる存在であった。
 およその人の持ち得る許容量では、あり得ない話なのである。
 もしそんなものに、存在を継続させるために間借りを許しているというのであれば、それに存在するための力を与えているのは、宿主であるシンジだという話になるのである。
(人間に、あれだけのものを支えられるというのか? そんな……)
 だからこそ、不自然だという話になるのだ。
(アンバランスに過ぎる。なんの力も持たないただの人間でありながら、神や悪魔に匹敵するものを宿せるだと? それだけのものがあるのなら、普通はなにかしらの力、異形が表層化するものだろう)
 人の埒外にあるというのなら、それは特異点そのものだ。
 たとえば人にあるまじき才能、力、もっとわかりやすく身体の形状。
 どこかに普通の人間とは違った部分となって、そんな特異さは現れるものだ。
 だが、シンジにはなにもないのである。
(どこからどう見ても、ただの人間なんだぞ?)
 まったく違った形で立ち合ったというのに、二人は似たような懸念をもたされてしまっていた。
 もしそれを明かしあっていたならば、それは自分の抱いているものが、自分だけの思い込みではないという確証となっていただろう。
 だが今は、二人ともそれを口に出しはしなかった。
 だからこの話は、二人の注意が、テッサやはやてとは違って、シンジの性格よりも、むしろそちらへと傾いている、というだけの話にとどまってしまったのであった。


 とにかく出てこいと、シグナムとシンジは二人がかりでテッサの体を引きずり出した。
 ジグナムはアームレストの、レバーと背もたれの間にある空間に腰を据え直し、横向きの姿勢を取った。
 テッサはシグナムと向かい合う形で、シンジの左側に座らされる。他に『置き場所』がなかったからであった。
 とはいえ、それほど広くはない空間である。シグナムよりもお尻が小さいとはいえ、体の半分はシンジへと傾けなければ固定できないし、脚もシグナムと同様に、シンジのももに乗せるような形で置かなければならなかった。
「えと……ごめんなさい」
「……我慢してよね」
 シンジとテッサはお互いに照れて赤くなった。
 あまり豊かではないとはいっても、女の子の体だ。シンジがその体臭や柔らかさに赤面させられてしまうのもやむをえないことだった。
 シンジも男の子なのだとその反応で思い知り、テッサも釣られて赤くなったのである。
 先に照れたのがシンジであったことで、アスカとシグナムは不機嫌そうな顔つきになった。
 テッサを意識させたからである。シンジが照れなければ、テッサも意識することはなかっただろう。
 特にアスカは、脚の間に落とすように座らされている状態である。そこから女性二人に脚で股を開かれているシンジを見上げるような形になっているのだ。まるで女性をはべらせているようで、面白いはずがなかった。
 わたしにはしなかった反応だなとシグナムにつねられて、シンジは足……というよりも、股の間からアスカがじとっと見上げていることに気がついた。
 どういう状況だと居心地の悪さを感じて身じろぎをすると、シグナムがため息混じりに決断を迫った。
「それで、どうするんだ?」
「連れては行けないよ」
 シンジもため息をこぼした。これでは、この国に居ないはずの二人……という、当初のもくろみが台無しであった。
「だいたい、僕一人だと勝手に死ぬからって……それでアスカ様を連れて行ってなにかあったらどうするんだよ」
「本末転倒だな」
「そうだよ。守るべきはアスカ様で、僕はそのために使い捨てにされる予定の駒だろう?」
 一瞬、女子側が目を見合わせた。
 この点についての見解を一致させる。
 既に使い捨てにできない人間となっている。そのことについて、三人は同じ考えであると、視線だけで確認し合ったのだった。
「どうしたものかな」
 シグナムの言葉は、そんなシンジに対するものとも、現在の状況に対してのものとも取れる声音だった。
「正直、北の国境(くにざかい)について、テスタロッサほど知っている人間はいない。となれば、力強いことは強いんだが」
 テッサと北の地との間にどんな関係があるのか、シンジは気にはなったが、問いはしなかった。
「テッサは目立つんだよ」
「どういう意味ですか?」
「綺麗すぎるってことさ」
 そうだなと、多少の嫉妬を交えて、シグナムは口にする。
「銀色の髪というのは、どこに行っても目立つ物だし、お前は顔が整いすぎているんだよ。髪の色をどうこうした程度ではごまかせないだろうな」
 隠密行動には向かない。そう口にされて拗ねるテッサに、シグナムは苦笑する。
「拗ねるなよ、綺麗だと褒められているんだぞ?」
「まあ……行きたいと思って乗り込んだわけじゃないんですけどね。サーバインから離れずにこもっていれば……」
「北ではどうするんだ? 謁見がかなったなら、姿を見せないわけにはいかないだろう? あちらにはお前のことについて斟酌(しんしゃく)しなければならないわけなんかないんだ。なら、こちらの国の者に、国境を越えていたと漏らされでもしたら……」
「それはシグナムだって同じでしょう?」
 はやてに対するときと同様に、シグナムに対しては、テッサの口調は軽くなる。
「この国だけじゃなくて、よその国でだって、あなたの顔を知らない者なんてそうそういないんだから。その上、騎士であるあなたは」
 多くの恨み、ねたみを買っているというのである。
「なんなら、髪を切って仮面でも被るさ。それくらいのことはやるつもりだ」
 せっかくの綺麗な髪を……シンジはため息をこぼした。
「切らせるつもりはないよ」
「そうか?」
「うん……なんかうれしそうだね?」
「わからなければ良い」
「なんなんだよ……テッサとアスカも」
「さあ?」
「なんのこと?」
 居心地悪いなぁとシンジ。
「実際的な話をしよう……、でないと先が進まないよ」
「実際的とはなんだ?」
「現実的ってことですか?」
 うんと頷く。
「結局は計画を続行するかどうかだろ?」
「中止は駄目です。今戻ったら、いつの間に発進していたんだって、監視しているはずの者たちに警戒心を抱かせることになってしまいます。もう一度は無理でしょう」
「だね……なら降ろせるかどうかは?」
「それもちょっと……。この先どこで降ろされたとしても、アスカ様を連れて安全な所にまで逃げるなんてこと、わたしには無理です、できません」
「シグナムなら?」
「お前一人で北を尋ねられるのか?」
「無理だね」
「誰かを頼るというのはどうだ?」
「このあたりでのわたしの評判を知っていてそれを言うの?」
「だな……」
「それにわたしがコウゾウ様のところに身を寄せていたことは広く知られている話です。役人に見つかった場合、間違いなく身柄を押さえられてしまうでしょう」
「連れて行くしかないのか……」
 ずりずりとシートに沈む。
「確かに、一つ一つ考えていくと、降ろすっていうのは現実的じゃないんだよね……」
「どちらにせよリスクはあるな」
 しかしなぁと、シグナムは身じろぎをした。
 お尻がアームレストと壁との隙間に挟まり、痛くなったからだ。体を持ち上げ、腰かけ直す。
 少し前屈みになって、シンジの顔を横向きにのぞき込む。
「まあ、シンジが連れて行くというのなら反対はしないが」
 そんなシグナムとシンジの距離感に、テッサはため息をこぼした。
「はやてが心配していた通りになってるみたいね」
 シグナムは不思議そうにした。
「主はやてが、なにを?」
「あなたは一旦気を許した相手には、無防備になりすぎるって言っていたわ」
「どういうことだ?」
「こういうことよ」
 テッサは指を伸ばすと、無防備にさらされている彼女の胸をつんとつついた。
 ひゃんっと、柄にもない悲鳴を上げてシグナムは身を引いた。
「な、なな」
 アンダースーツによってはっきりと形が作られている胸を抱きかばい、真っ赤になった。
「なにを!」
 ほとほと呆れたといった調子で、テッサはこぼした。
「シンジさんだって男の子なんだから、そういうところには気を遣いなさいってことです。上着くらい羽織りなさい」
「考え過ぎだ!」
 胸を抱き隠し、頬を染めるシグナムに、テッサはじとっとした目を向けた。
「あなただって、氷付けにされたシンジさんなんて、見たくないでしょう?」
「うっ……」
 えっと驚くシンジである。
「え!? そこ唸るとこなの!? っていうか誰にさ!」
「はやては怖いってことです」
「そういうことなの!?」
「なんだか残念そうに見えるんですけど」
「いや、別にそういうわけじゃなくてさ」
 なにっとシグナムがかみついた。
「そういうわけじゃないだと?」
「そういうわけじゃないなら、どういうわけなんです?」
「シンジって、シグナムみたいなのが好みなの?」
「いや違うって!」
「違うのか……そうか」
 しょんぼりとした。髪が落ちる。
「なんで落ち込むんだよ!?」
「さいてー」
「最低ですね」
「ショックだ」
「あのねぇ!」
「なんだ?」
 急に真顔でのぞき込まれて、うっと詰まる。
「ええと……」
「シンジさん」
 シグナムの肩を掴み、シンジから押し離す。
「ほんっとに、こういうのには慣れてないんですね……」
「ほっといてよ」
「だめですよ、油断してちゃ。こういうのが、女の子の罠なんですから」
「遊ばれるシンジが悪いんだよね」
 そうだねとシンジ。
「でもショックだよ……遊びやすい相手だとしか見てもらえてなかったなんて」
「そう返すか」
 で、だ。と、シグナムは話を戻し、体を捻るように低くかがませて、アスカへと顔を近づけた。
「わかっておいでなのですか? シンジはアスカ様をお守りするために行くのですよ? なのにそのあなたが危険な旅に随行したのでは、意味がないではないですか」
 問題ないとアスカは言う。
「大丈夫よ、シンジがあたしを守るから」
 これにはシンジも呆れかえった。
「あのね、それとこれとは話が違うだろ」
「同じだよ」
「違うって……」
「シンジは騎士として従うっていったもん。ご主人様はあたし。だからどうするかはあたしが決めるの。シンジは守ってくれればいいの」
「自分から危険なことをするような人を守るだなんて、やってられないよ」
「じゃああたしを見捨てるの?」
「そういうことじゃないだろう?」
 シンジの声に苛立ちが混ざる。
「シンジ」
 シグナムは片目だけを開いていた。その目は落ち着けと言っていた。
「守ると誓った以上は、守るしかない。それが騎士だ」
「それは理不尽だよ。好き勝手したいならそうすれば良いけど、そんなのかまってられないよ」
「ならばどうする? 見捨てるか?」
「それはできないけど……それを弱みって思われるのは嫌だ。我慢できないよ」
「ならばどうする?」
「アスカはわかっているはずだ」
 シンジは冷めた目をして見下ろした。
「守られる人間には、守られるだけのものがなければいけないって。僕がなんで怒ってるのかわかってて、そういうごまかしを言うから、僕は怒ってるんだよ」
 シグナムは首を捻るだけだったが、テッサにはシンジの言いたいことが多少は伝わったようだった。
 これは誘拐事件の時に触れた話題であったからだ。
 アスカは迷うように視線をさまよわせたが、最後にはごめんなさいと謝った。
「でも他に方法が思いつかなかったんだもん」
「僕が勝手に死ぬかも知れない。それがそんなに嫌なの?」
「嫌なんじゃない。失うわけにはいかないって気がしてるの」
 それは勘にしか過ぎない。あるいは感情がそうごまかしているだけかも知れない。
 理詰めで説得された場合、それは言い訳としては通じないようなものである。だからアスカは口ごもっていた。
 だがシンジは笑わなかった。アスカの感性については、ある程度信頼しても良いと思っていたからである。
「わかったよ」
「シンジ?」
「でもけじめは付けさせて貰う」
 シンジは耐えるように、すぅっと息を吸い込んだ。
「アスカ!」
「はい!」
「目を閉じて顎を引け!」
 ごちん! っと、その頭に拳を落とした。
 アスカは目から火花が散るという表現を体感した。
「反省しろ!」
 頭を抱えてうずくまるアスカに吐き捨てる。
 その様子に、シグナムは口元に右手拳を当て、くつくつと笑った。
「仮にも一国の姫君を相手に……」
「騎士っていうよりも、お守り役って改めた方が良いかもしれないね。教育係を任せられるような人が居てくれたら良いんだけど」
 まったくと、シンジは頭をかきむしった。
 周りはおもしろがって助長を促すか、策にはめられるような頼りない人間ばかりで……。
「主犯については、帰ったら説教してやる」
 これははやてとヴィータのことである。
「遺憾ながら、手伝おう」
 まったくとシグナムも呆れていた。
「でも大丈夫かな、あっちは」
「城のことか?」
「うん。テッサの話だと、はやてさんがフォローしてくれてそうだけど」
「いや、その点は、ヴィータが絡んでいるなら問題ないだろう」
「そうなの?」
「ああ見えて、ヴィータは計算高いところがあるからな」
 シンジはため息をこぼした。
 どうもはやてという人物は、初見の時ほど真面目な少女ではないようなのだ。どこか物事をおもしろがって行動している節がある。
 むしろおもしろがっているように見えるヴィータの方がしっかりしているというのは、上がだらしなければ下がそうなるという見本なのだろうかと思った。
「アスカ」
 アスカは両手で頭のてっぺんを押さえたまま、「なに?」と涙目にシンジを見上げた。
 シンジは、ふぅっと鼻息を吹いて、そんなアスカの両脇に手を入れて、彼女を持ち上げ、抱きかかえた。
「わかったよ……君の勝ちだ。連れてくよ」
 まだちょっとおびえているアスカの前髪のあたりを、ぺしっと叩いてやる。
「君を守るって誓ったけど、それは君の気持ちをないがしろにするってことじゃないもんな」
「シンジ!」
 諦め顔であることは関係ない。
 アスカは素直にうれしいと喜び、シンジの首にかじりついた。
 シンジのことを案じているからこその行動である。
 それと同時に、理解しがたい直感的な洞察力も働いている。
 シンジがその両方について、自分の感性というものを否定せずに認めてくれた。
 アスカはそのことがうれしかったのである。
 シンジはアスカを降ろすと、ほほえましく見ているシグナムに、これで良いんだよねと確認を取った。
「騎士ってのは、もっと杓子定規なもんだと思ってたんだけどさ」
「だからこそ、お姫様には逆らえないということだ」
「なんか、都合が良すぎるけど……」
 頭を振る。
「要は守る、それだけを考えろってことか。どこに行くのもなにをするのもアスカの自由だ。僕が決めることじゃないって思えってことだね」
 いいやとシグナムは否定する。
「それでは見捨てたのと同じだ。言い方が悪いぞ」
「そうかもしれないけどさ……今は他に良い言い方なんて思い浮かばないよ。まあ、ちゃんと危ないことは注意するさ。危険から遠ざけてばかりじゃ人は成長しない……って本で読んだことがあるしね」
「それも真実ではあるな」
 こうして話は一段落を見たかに思えたのだが……さらなる問題が持ち上がったのであった。
「わたしはここから動くつもりはないぞ」
 強行にシグナムがシンジの右側を主張する。
「あたし左!」
 次いだのはアスカだった。テッサよりも反応速度が早かった。
「え? え? じゃあ、わたしは……」
 二人の女子の目がテッサを見た後、くいっと顎を動かして後ろのハッチを指し示した。
「ええー!? そんな!」
 シンジはこらえきれずに吹き出した。
「お姫様をそんなところに放り込むわけにはいかないだろ? シグナムには無理だしね」
「どうせ体積の量りやすい平面体型ですよ!」
「そこまで言ってないって」
 いじわるですっと喚くが、誰も聞き入れようとはしなかった。
「早くしてよ」
「あとで覚えててくださいね……」
 非常に恨みがましく、テッサは物入れへと、足から後ろ向きに潜り込んでいった。
 もちろん一人では入れないため、シンジに両脇に手を入れて上半身を持ち上げさせた。穴に対して体が水平になるように協力を求め、彼に押し込んでもらったのである。
 シンジは思った。
「意識のない人間を、どうやってこんなところに押し込んだんだ……」
「ヴィータが力尽くで丸め込んでたよ」
 言葉の使い方が違うと、テッサはアスカに喚いたのであった。


 北の国境。
 そこには小さくはあるが、街があった。国境警備隊の家族などが住んでいた村が育ったものである。
 国境(くにざかい)ということもあって、堅牢な城壁が囲みを作っていた。
 元は人の手で作られた物だったが、国境にあり、戦が起こった時には一番に襲われるという考えから、理力甲冑騎の手によって、とても頑丈なものへと作り替えられている……ということだった。
 北からの、あるいは北へと向かう交易の流れもあって、それなりに商業が発達し、潤っている街であった。しかしそれだけに出入りは厳しく監視され、監視の手として理力甲冑騎も配備されていた。
 その街を見下ろす位置にある山の中に、シンジたちは潜んでいた。
 切り立った崖が逆ぞりになっている。山の斜面が崩落してできた地形だった。
 その顎の部分に、ちょうど隠れられる岩棚があったので、シンジはそこにサーバインを潜り込ませ、両手両足を突っ張らせて固定していた。
 丸見えに近いが、問題はなかった。
 ハッチを開いて、双眼鏡で一望し、シンジはテッサに双眼鏡を手渡した。
「警備がすごいね」
 姿隠しの魔法によって、この棚は外からでは壁としか判別できなくなっている。探査魔法にかかるほど強い力を必要としない魔法だということで、シグナムを頼って張って貰っていた。
「北とは友好条約を結んでいますから、それほど警備はきつくないはずなんですが……」
 テッサは相変わらず腹ばいになったままだった。シンジの頭の後ろ、シートの頭に胸を乗せ、双眼鏡を覗いている。
 シンジの肩に両肘を乗せ、彼の頭を顎の置き場所にしているのだが、シンジは怒るどころか、逆に彼女のために動かないようにしてやっていた。
 手を額にかざして遠望していたシグナムが、だがと反対意見を口にした。
「理力甲冑騎が三機編隊で三部隊飛んでいように見える……」
 シンジは同意した。
「奇遇だね、僕にもそう見えるよ。理力甲冑騎って、そんなに数はないんだよね?」
 頭上からの返事は、こちらも訝しんでいるものだった。
「そもそも、乗ることのできる人が、限られていますから……」
「なら、国中の理力甲冑騎が集まってきてるってことになるのかな?」
「少なくとも、大半が集まっているな。どういうことかは……考えるまでもないか」
 シグナムの目がアスカを見た。
「あたし?」
 不安からの言葉ではない。実際アスカは、シグナムを真似て操縦桿手前の肘掛けに腰掛け、シンジの股の間で足をプラプラ揺らしてリラックスしていた。
 彼女が両手で持っている水筒を取り上げて、シンジは一口含んで答えた。
「僕らがどういうつもりでどこへ向かうことにしたかは……コウゾウ様のところで話していたことだから、知られてしまっているかもしれないけどさ」
「アスカ様が同乗している件についてまで、知られているとは思えませんね」
 水筒をシグナムへ回す。
「どちらにせよ裏切り者の存在は確定的か」
 受け取り、一口含んでから、今度はテッサへ。
「コウゾウ様たちは大丈夫でしょうか?」
 テッサは逡巡してから、思い切ったように水筒に口をつけた。そしてやはり理由は不明だが、ちょっとだけ顔を赤くしていた。
 水筒はアスカへと戻る。
「もうそろそろ、リョウジがかき集めてる人たちが城に行ってるんだよね?」
 シグナムが言った。
「主はやてに迷惑をかけるな」
 その中にも裏切り者が混ざり込んでいるのだろうか?
 まあっと、比較的気楽にシンジは口にした。
「こっちの詳しい状況なんてわかりっこないよ」
「だが北を頼ろうとしている。その動きをつかまれているだけでも、それはそれで厄介な話だ」
 けれどもとシンジ。
「それこそ幸いだろう? いざとなったら逃げるだけだよ。みんなアスカ様を助けるために頑張ってるんだ。なら、アスカ様さえ無事なら良いと思ってもらおうよ」
「あとは見殺しか?」
「貴い犠牲だよ」
 冷たい言いぐさだが、真理でもあった。
「魔法使いで騎士のシグナムに、理力甲冑騎とそれを整備できるテッサ。そしてその理力甲冑騎を動かせる僕。最低限必要な面子は揃ってるわけだしね。逃げ回るだけならなんとかなるさ」
 と、水筒を戻されたアスカが、なにか赤くなって水筒の口を見たり見なかったりしているのだが、気付いたのはテッサだけであった。
 ふたりは同じことを考えているのかもしれない。
 シグナムとシンジは、そんなふたりに気付かなかった。
「身元不明の素浪人に、一度は敵に回った裏切り者、それに……」
 意味深な言葉は、テッサを示したものである。
「そろそろ教えてくれる?」
 テッサは、確かに頃合いだと、観念したようだった。
「シグナムあたりだと、知っている話なんですけど」
「ああ、知っている。テスタロッサは、元は特殊部隊で指揮官をしていたんだ」
 シンジは仰天した。
「指揮官!?」
「なっ、なんですかその驚き方は! そりゃあ女の子が指揮官っていうのはって、わかりますけど……」
 じゃなくってと、シンジは頭の上を振り仰いだ。
「元って、それ、いくつの時のこと!?」
 きょとんとテッサは返す。
「去年のことですけど……」
 シグナムにはシンジの驚きの理由がわかったのだろう。彼女はくすくすと笑って教えてやった。
「こう見えてもテスタロッサは十八だ」
 シンジは悲鳴を上げた。
「十八ぃ!?」
「なっ!? そんなに驚くことはないでしょう!?」
 だがシンジの驚きは別にある。
「年上!?」
 へ? とテッサ。
 そしてシグナムまでも怪訝そうに眉をひそめる。
「ちょっと待てシンジ。お前いくつだと思ってたんだ」
「いや、あっても同じくらいだろうって……まさか二つも上だったなんて」
「じゅうろ……」
 今度はテッサが愕然とする番だった。
「二つも下!?」
「いかんな少し下過ぎる」
 シグナムの台詞は謎だった。
「僕、いくつだと思われてたんだ……」
「いえ……なんていうか、こう……リョウジと比べると、確かに下に見えるんですけど……」
「雰囲気とか、空気だな。丁寧語や尊敬語を使いたくなるようなものがあるんだよ」
「なんだよそれ」
「まあ、気にするな、褒めてるんだ」
「そうかなぁ?」
 話を再開する。
「わたしが知っているのは、テスタロッサが指揮をしていた部隊が不正規戦を専門にしていた特殊部隊であったということくらいだ。そして活動拠点が、まさにこの北の地との国境(くにざかい)だったということくらいだな」
 国境という単語の曖昧さをシンジは突いた。
「この辺りってことは、向こう側にも?」
 忍び込んでいたとテッサは認めた。
 でもとシンジ。
「北の国は、友好条約を結んでるんでしょ? なのにさ」
 テッサの答えは、アマルガムに関係していた。
「彼らもまたこの地で活動していましたから」
 そういうことかとシンジは納得する。
 相手が秘密組織であるのなら、活動範囲の限られている正規部隊では分が悪い。
 そういうことであった。
「でもここで、わたしたちは女の子を一人連れ去られてしまいました。いえ……その女の子を捕らえるために、アマルガムが罠をはっていました。そして……」
 シグナムが後を引き継ぐ。
「ソースケだ。あいつはその子を救い出すつもりだ。そのためにアマルガムの末端に食い込もうとしている」
 ソースケくんかと、シンジは白い巨人のことを思い返した。
「だが、正直無茶で無謀だ。組織はそんな甘いものではないはずだからな」
 どうなるかはわからないとシグナムは言う。
 だが今は、彼の話をしていても仕方がない。
「だからこのあたりには詳しいってわけか」
 シンジの総括に、テッサははいとうなずいた。

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