神官とのやり取りは平行線をたどることになった。
 そのため、訴えは巫女姫側によって一方的に切り上げられることになってしまったのであった。
「そのまま帰れって言われなかったのは、カヲル君のおかげなんだろうけどね」
 一行には部屋が与えられることになった。
 明日以降、もう一度懇願のための時間を作ると約束を取り付けられただけでも、上出来であると言えるだろう。
 カヲルの部屋は豪奢であった。
 間取りが大きいこともあるが、きちんとしたベッドもあれば、窓の外にはテラスがあり、神殿の足下に広がる街を一望することもできた。
 問題があるとすれば、山の上にあるだけに、寒すぎると言うことだけだった。
 常に暖を取らなければ、ただの人間にはきつい部屋であるが、カヲルは暖炉に火を点けたりはしなかった。
 彼には必要がないからである。
 そしてまた彼女にもそのようなものは必要がなかった。機族のアスカは作り付けの机に腰掛け、椅子に足を置き、水差しから陶器の器へと水を注いでいる。
 もちろん自分で呑むためである。この部屋の仮主であるカヲルや、招かれているシンジに振る舞うつもりなどは無い。
 彼女はパイロットスーツのままである。
 防寒機能でも働いているのだろう。アスカの顔は寒さにやられることなく、血色は良いままだった。
 ことりと音をさせて器を腰の脇に置く。
「認められなくて当たり前ね」
「なんでさ」
「あの子たちにとっちゃ、あんたはサードチルドレンの名を(かた)ってる、偽者でしかないんだからさ」
 シンジは心外だと訴えた。
「サードチルドレンだなんて言って、乗り込んできたわけじゃないのに」
「まあ、吹き込んだのは」
 カヲルを見る。
「どこぞの正体が使徒って言うチルドレンみたいだけど」
 カヲルはとぼけるように首を回した。
「確認は取ったはずだけどねぇ……」
 そう言って、シンジに責任を押しつける。
 シンジは、その責任を回避しようとした。
「確認ってなにさ? 僕が本物だって証明は結局取れてなくて、そのままになってるじゃないか」
 どういうことよとアスカが興味を覚えた。
「カヲル君が言ったんだよ。僕は機族の研究所で作られた人間なんじゃないかってね」
「は?」
「爆発事故で逃げ出したのがいるんだろ?」
「ああ、そういう話は聞いたことがあるけど」
 それはないわねと、アスカは考えもせずに口にした。
「チルドレンタイプでは、もうセカンドの個体情報が残っているだけだもの。男性型については製造どころか、研究ももう行われていないのよね。フィフスラインだって、随分と前に凍結されちゃってるし」
「そうなんだ……フィフスライン?」
「ここに本物が居るんだもの。どうやったって魂が宿ることはないしね」
 大事なのは霊的なものであって、肉体のような物体ではないのだと言う。
 そしてと続ける。
「サードチルドレンに至っては、サードインパクト後、オーストラリアに建設された収容所の顔を持った使徒関連の技術研究所で引き起こされた爆発に巻き込まれて死亡したってことになってるわ。エアーズロックとほぼ同じサイズの穴を穿った爆発は、使徒との戦いであった支部の消失以上の規模だったとも記録されてて、そういうこともあって、コア関係での暴走事故なんじゃないかって疑われてもいるのよね」
「全てが消えて、真相は闇の中だよ」
「そ。それが公式の記録で、結局その記録が全部になったの。特に世界をどん底にたたき落としたのが、サードチルドレンの消失ね。サードチルドレンについては、記録もなにもかもがその収容施設にまとめられていたらしくってね、あらゆるものが消えてしまったの」
 どう? と記憶の照合を求められ、シンジは素直に応じた。
「爆発……には覚えがあるよ」
「死んだって自覚は?」
「……ないよ。爆発みたいなのに飲み込まれたのは覚えてるけどね」
 重くなっても仕方がないと、軽く答える。
「でも次に目覚めたのは、この世界の山の中だったんだ」
 曖昧ね……と、アスカはごまかしているのかという疑う目を向けた。
「一応、そこでサードチルドレンについてのすべては消えてしまってるの。だから複製なんてあり得ないのよね」
 つまりとカヲル。
「可能性としては、その爆発事故によって君は過去からこの世界へ飛ばされてきた。と?」
 どうなんだろうと、むしろ自分が知りたいと口にした。
「どう思う? そんな話ってあるのかな」
 さてねとカヲルは返した。
「あるのかもしれないとは思うよ。でもねぇ……」
 その通りさと、シンジはカヲルの真似をして肩をすくめた。
「どのみち証明できないことだよね」
「証明できるとすれば……」
 二人は機族の少女を見た。
「なによ……」
「まあ、君がそれはないというのなら」
 シンジを見て……嘆息した。
 シンジは嫌な顔をする。
「なに人を見てため息なんてついてるんだよ」
 だってねぇとカヲル。
「本当に、証明するってことについては、興味を持っていないんだねぇ」
「いまさらなんだよ」
 呆れかえる。
「僕が本物だとか言ってるのは、君だろ?」
「だからこそだよ」
 熱い眼差しを向ける。
「みんなにも、信じてもらいたいじゃないか」
 うっとうしいと、シンジはそんなカヲルの視線に身を引いた。
「僕にとっては、もうどうでも良いことなんだよ」
 これにはアスカも口を挟まざるを得なかった。
「どうでも良いって……あんたね」
 だって、ね、とシンジ。
「君たちが騒いでるだけだろう? サードチルドレンじゃないのかってことについてはさ」
 実際、この世界の人たちは、サードチルドレンがどういう人間で、なにを成し、なにができなかったのかについて、詳しく知りはしないのだ。
 シンジのことを、元チルドレンだと知ったとしても、利用できると感じる程度に過ぎないのである。
 まあ、それはそうだねと、カヲルは認めた。
「だけど間違いなく君は本物なんだよ」
「口にして回れって言うの?」
「魂の声まではごまかせないさ」
「どんな声よ……」
 アスカが頭を抱えていた。
 どうしたのとシンジが問いかけると、彼女は体を跳ね起こした。
「頭が痛いのよ!」
「叫ばないでよ」
 つばを避ける。
「どうしたのさ?」
「あのね! こいつが!」
 カヲルを指さす。
「使徒なのは、常識ってレベルで認識されてるのよ、機族の間じゃね!」
「はあ」
「そのフィフスが、あんたのことを、本物だって認めてるのよ? でも証明されたわけじゃなけりゃ、証拠も見つけられる当てはなくて、永久にグレーのままっていうんじゃ、これまで通りに追いかけ回すしかないじゃない!」
「勘弁してよ……」
「サードチルドレンだっていうのなら、放置するわけにはいかないでしょうが!」
 これにはカヲルが同情した。
「君たちの立場から言えばそうだろうねぇ」
 ねぇ? っとシンジは尋ねる。これは好奇心からのものだった。
「もしも僕が偽者ならさ、モルモット扱いされなくても済むのかな?」
 いいえとアスカはかぶりを振る。
「それならそれで、あの強力なATフィールドはなんなのかって話になっちゃうわ。どっちみち貴重なサンプルだってことには変わりないのよ。捕獲しないとって話が変わることはないわよ」
 ふぅんと言うシンジ。
 そんな横顔を見て、カヲルは脈絡のない尋ね方をした。
「いいのかい?」
「なにが?」
 僕のことさと言う。
「君が疑われていることばかり話題になっているけど、君だって僕が本物なのかどうか疑っていなかったかい?」
 ああ、そのことかと、シンジは嘆息した。
 ぱたぱたと手を振って、本当にどうでもよさそうにシンジは答えた。
「それももういいよ、どっちでもさ」
 おやっと驚いた顔をするカヲルである。
「傷つくねぇ、その言い方は」
「だって、君が僕の殺したカヲル君でも、そうでなかったとしても、君が僕に対して取る態度は、変わらないみたいだからね」
「それは自分のことを言っているのかい?」
「君の知ってる碇シンジと、僕は、そんなに違う態度を取ってる?」
「昔の君は、もっと怯えていた気はするけどねぇ」
「人付き合いが苦手だったからね。嫌われたくないって思いばっかりだったし」
「その観点から言えば?」
「……あの子は、ちょっとね」
 唐突な飛び方に、アスカは意味がわからなかった。
「なによ? なんの話?」
「巫女姫のことだよ」
 シンジは二人へと目を向けた。
「あれ、誰さ」
「誰って……」
「巫女姫だよ。ファーストチルドレンの血統を名乗っている、ね」
 そんな馬鹿な話はないとシンジは言い切った。
「綾波は特別だ。特別なんだよ」
 シンジの脳裏に浮かんでいるのは、無数にも見えた綾波レイの『素体』が浮かぶプールの光景であった。
 彼女たちには魂など無かった。
 クローンであっても、知能が発達する余地はあるのに、彼女たちには決定的なものが欠けていた。
 それはコピー元が綾波レイであったための欠損であった。
 魂を持つことがなかったのである。
 綾波レイは使徒という名前の単体の生命体であったがために、そのコピーに対して宿ろうとする群体としての命、分裂して発生した魂は存在していなかった。
 これが第十八使徒、人類のクローンであったなら、肉体を失った状態にあるどこぞの魂が入り込んだであろうが……。
「綾波は死んでない」
「そうだね……彼女はあそこにいるんだから」
 シンジはカヲルの視線を追って空を見上げたが、そこにある黒い月に対してはなにも思わなかった。
 ただ、やはりカヲルは思い違いをしているのだなと悟っただけである。
 綾波レイを継承している魂は月には居ない。あの黒い月にではなく、自分の中で安らいでいる。
 シンジはそのことを明かさないことにした。
(間違いなくこの子は綾波なんだよ。綾波の魂は一つしかない、一つしかない魂が綾波なんだ。それは僕が一番知ってるんだからさ)
 ジオフロントで。
 本部で。
 魂のない彼女をたくさん見て。
 自分たちと、群体としての生命体とは違う綾波レイは、『自分たち』に魂が別れて宿ることはない。
 宿るとするなら、どれか一つの『自分』に宿ることだろう。
 その辺りの解釈については伏せたままで、シンジはおかしいだろと訴えた。
「あの子のどこが綾波に見えるっていうんだよ?」
 君からすればとカヲルは注釈を付けて語り出した。
「違和感どころじゃないんだろうね。顔も雰囲気もまるで違う。でもね、写真もない世界では、絵画や伝聞でのみ特徴が伝えられ、知る程度になってしまうものなのさ」
「だけどさ」
「でも、魂が無くとも、子は宿せる」
 ぎょっとする。
「そんな!?」
「もっとも、それも彼女(ファーストチルドレン)がいわゆる『血を流す女』だったとしたらの話だけどね」
 自分たちは人を模した存在でしかないとカヲルは言った。
「僕たち使徒は、光のようなものが人の形に固体化しているだけなんだよ。タンパク質によって構成されているのではなく、光のようなものがタンパク質やアミノ酸を真似ているだけなのさ。だから、人の染色体が、僕たちの似非遺伝子と結合するようなことはないんだよ」
 だからこそ、機族のフィフスラインは閉ざされたのだという。
 もしそうでなかったのなら、今頃はフィフスの子供たちが世に溢れていたことだろう。
 それならとシンジは言う。
「結局は肉体的にも魂とかの話になっても、綾波とは無関係ってことなんじゃないの?」
 その通りよとアスカ。
「ここの巫女ってのはね、使徒を降ろせる子のことなのよ。その中でもアルビノの子がファーストチルドレンの『称号』を継承してる。ただそれだけなの」
 他にも呼び出せる子がいるのかと呻く。
「そんなので、どうして綾波だって名乗ることになるんだよ?」
 言えてしまうのがこの世であるとカヲルは言う。
「僕はもちろん、本部で顔を合わせているからね。記憶もしっかりしているよ。君の顔を忘れていないようにね」
「なのに名乗らせているっていうの?」
「名乗るのは勝手だろうしねぇ……それに」
 まあこれは個人的な秘密だよと、カヲルは何かをあからさまに隠した。
「まあ、使徒を降ろして使役することができる。それだけでも信者があがめる対象としては十分だろう?」
「そのこともだけどさ」
 シンジは聞いても良いものかと迷ったが、結局は尋ねることにした。
「なんであの子は使徒を操れるんだよ」
 これはアスカが否定した。
「操っているわけじゃないわ。ただ使徒を呼び込んでるだけよ、この世界にね」
 なるほどそれならと納得する。
「召喚ってやつか……」
 シンジはテッサに聞かされた話のことを思い出した。
「異世界から天使や悪魔を呼び出すことができるって聞いたけど、それと同じようなものなのかな?」
 そうだねぇとカヲルは言う。
「使徒は単体の生命体だからねぇ。確かに召喚術で呼び出すこともできるかも知れないね」
 その口ぶりから、彼はこの方面に関して、あまり明るくないことがわかった。
「単体の生命体か……」
 シンジは考え込む。
「結局、使徒ってなんだったのかな」
 え? アスカが顔を上げる。
 きょとんとしているようにも見えた。
 驚きから口にする。
「そんなことも知らないの?」
 そうかとカヲルは理解を見せた。
「さっきの爆発の話が本当なら、シンジ君が持っているのは四百年前の知識だと言うことになるね……」
「それなら知らないのも当然か……」
 シンジは好奇心から身を乗り出した。
「研究が進んだの?」
 カヲルが説明役となった。
「使徒は別次元の生き物だよ。ただし、単体の、ね」
「それはわかってるけど……」
「いいや、君の認識とは違う意味なんだよ」
 いいかいと。
「想像してみて欲しいんだ。この世界に散らばっている命……いや、元素といった方が良いかな。それらが一つに集約している姿をね」
 アスカも教え役となる。
「ビッグバンって知ってる? それが起こって、この宇宙に星や生き物なんかを作るいろいろなものが散らばった。そういう話」
 もちろんとシンジが頷くと、カヲルは次を教えた。
「その散らばる前のたった一個であったもの。それが使徒なんだ」
「は?」
 シンジは惚けた。
「ちょっと待ってよ……。もしそうなら、そんなものに勝てるわけ……」
 アスカが肩をすくめる。
「まあ確かに、どれだけのエネルギー体なんだって話よね?」
 でもねとカヲル。
「それはあくまで、彼らの世界……僕たちの生まれた次元での話だからね」
 この次元に置き換えると話は変わるんだと解説する。
「一つの世界において進化の極みに達するということがどういうことか、わかるかい?」
 わからず首をかしげる。
「えっと……?」
 アスカが言う。馬鹿に物を教える口調で。
「箱の中で風船をふくらませたら? 箱の限界を超えてふくらむことはできないでしょう? それでもふくらんだとしたら?」
「箱が壊れる?」
「そうよ。でも壊れた箱の外にも世界があったとしたら?」
 想像する。
 箱が壊れたとしても、箱というものがある空間が外にはある。
 あっと気がつく。
「それが、ここ?」
「そうよ」
「それがこの世。君たちが三次元と呼ぶ世界なのさ」
 使徒にとっては上位に当たる位相空間だと口にする。
「使徒は君たちより低位の生き物に過ぎなかったんだよ」
 ただしと……。
「一個体であるがゆえに、密度がものすごい状態になっているんだけどね。とある次元においては飽和状態にあって、世界の枠を壊してしまうほどのエネルギーが凝縮されていることになるんだよ。そんなものが存在していたら空間はどうなると思う? ひずみ、ゆがむんだ」
「それが異相空間、位相差、絶対領域」
「ATフィールドと呼ばれるものの正体だね」
「ま、使徒って呼ばれることになった生き物は、生まれた世界においては確かに限界に達していたかもしれないけど、それは高位次元に当たるこの世界では、巨大と呼ばれる『程度』のものでしかなかった、というわけよ」
 だからこそ、N2などの、より大きな力で干渉することが可能であったのだと説明する。
「僕たちは、生まれた世界を飛び出して、より大きな世界へと移り住もうとしていただけなのさ」
「生き物が、暮らすには限界となった環境に見切りをつけて、より活動しやすい場所を求めて渡りを行った。その程度の話でしかなかったわけよね?」
「生物としては当たり前の習性なんだけどねぇ」
「けど迷惑な話でしかないわ」
「そして倒される度にエネルギーを失って、この次元においては存在を維持できなくなって引き返して……」
「形を変えては十七回ほど現れて!」
「叩き戻される度に、その先にある世界。これから棲むことになる世界での一番の形を模索して。そうしてついには、その世界で一番繁殖している人間って個体と同化することが一番であると結論づけたんだよ」
「逆に言えば、その答えにたどり着かせるための使徒迎撃戦だったってわけよね」
「だけど」
 シンジを指さす。
「君にその戦いを強要した人たちの目的は別にあったんだ。戦いそのものは時間稼ぎでしかなかったんだよ。人類が使徒と同じ道を、先へと旅立つための道へ乗るための、そのための準備を終えるまでの時間を稼ぐためのね」
「それもはた迷惑な話だったらしいわね」
 シンジは驚いていた。
「サードインパクトって、そういう話だったの!?」
「サードインパクト、人類補完計画と言うよりは、使徒迎撃戦に限っては、という話だね」
 裏事情など知るよしもない。
 おおむねは理解していても、なぜ進化が閉ざされ、滅びの道に乗っているからと言って、単体の使徒にならねばならないのか?
 シンジはそこまでのことは知らなかったのである。
「その迎撃戦だけどさ……」
「ん?」
「どうして第三だったの? そりゃ地下の巨人……アダム……ほんとはそうじゃなかったらしいけど、あれがあったからだっていうのはわかってるけどさ」
 そうだねと、わかりやすい例え方を探す。
「君たち『ヒトのタグイ(リリン)』は、最初の人間(リリス)から生まれ、広がった」
「うん」
「じゃあ死ぬと?」
「回帰する、つまり、リリス……まあわかりやすく言えば、母なる源へってところよね」
「そうだね、リリスとはリリンの総体なのさ」
 リリスの分体として広まった人類は、死すとリリスへと回帰する。
 それはリリスから生えるいびつな人の部品によっても観察できていたことだった。人であった頃のことが忘れきれない魂が、その残留思念が、リリスに人の手足と言った部品を生やすことになっていた。
 リリンがリリスより放射されるエネルギーとするならば、肉体は分離状態を保つための枠組みに過ぎない。
 この殻を失ったエネルギー体は、再びリリスへと回帰する。そうした循環のことを人間は輪廻転生と呼んでいた。
 リリスは人類にとって(かなめ)となるものであった。人が深層心理において繋がっている、という話も、人が無意識の領域でわかり合うことがあるのも、リリスを介していると考えれば、それは当然の事なのだ。
 そして人類が繁栄すれば、リリスという存在は分割されて、縮小し、希薄になり、逆に人類の数が減少すると、リリスは総体として元の形と大きさを取り戻していく。
「なら一番大きな存在、拡散しているエネルギー体の中枢へと向かうのは、間違っていないだろう?」
「だから、第三を目指して、使徒はやってきていたって?」
「まあ、もしリリスを失ったとしても、即座に人類が滅亡するわけではなっただろうけどね……」
 だが輪廻の法則(システム)を失ってしまうことになるのである。
 回帰先である源を失えば、死は転生ではなく消滅へと意味合いを変えてしまうのだから。
「後は減るだけ、だね」
「まあ産めよ増えよで宇宙にまで溢れて充ち満ちても良かったんでしょうけどね」
「SF小説のように、次は別次元の宇宙へ! というものでも、意味合いは大して変わらないからねぇ」
「でもそれを待てなかったんだよね?」
「そうだね。君たちは進化を進歩に置き換かえてしまった。それが終息へと向かう流れを生んでしまったんだよ」
「どういうことさ?」
「理論や論理、理屈をこね回すことを覚えて、無駄に時間を費やし、数だけを増やすようになってしまったってことさ。参加人数が増えれば増えるほど、議論は白熱して収拾が付かなくなるだろう? そうして費やされる時間ばかりが増していって、宇宙に出る前に星の上で飽和してしまったんだよ」
「メンタルで言えば、不安よね。人間って生き物は、不安に対して見て見ぬふりをすることで精神に安定を施す生き物だけど、そんな習性だけでは無視できないほど多くの問題が溢れてしまった」
 ゼーレを成していたような者たちは、あまりにも世界というものを見過ぎていた。
 戦争、貧困、病魔、自然人災に関わらず、どれだけ『現在』が危うい秤の上にかけられているのかを恐れてしまったのだった。
 そうした不安を極大にまで膨れあがらせて、それがまさに取り返しが付かない形となって実行されたのが、補完計画であったのだと言う。
「この先がない状態を憂いた一部の人間たちが、一個の生命体に戻って、進化の段階からやり直しを願ったんだ」
 ほんっとうにと、アスカは愚痴る。
「迷惑なだけの話よね」
 なんて話だとシンジは思った。
「だけど待ってよ……だとしたら、君はなんなの?」
 それはカヲルのことであった。
「僕は君を殺したはずだよね?」
「そうだね」
 自分の首に右の手刀を当てて、とんとんと叩く。
「君は首を落としたよね」
「そうなんだよね」
 だからこそわからないとシンジは尋ねた。
「もしも君の話が本当ならさ、君は人になっていないとおかしいんじゃないのかな? なのに使徒のままで、記憶まで失ってないじゃないか」
 シンジが本当に尋ねたいことはわかるとカヲルは答えた。
「次のための素体があったとしても、記憶の継承が行われることはない。そう言いたいんだろう?」
 あの子は記憶を失っていたのにと、その理不尽さを尋ねているのだとカヲルにはわかる。
 なぜならシンジの心の隙につけいるために、情報を与えられていたからだ。
 綾波レイが三人目になっていたこと、その綾波レイに碇シンジがどのような形で精神的なショックをおわされることになったのか?
 しかし、カヲルは、自分のことは慰めにはならないと言った。
「僕と彼女は、同じようでいて違うとしか言えないね」
「そっか……アダムとリリスだっけ、使徒って言っても、それぞれなんだよな」
「詳しいことは、これで、ね?」
 と、唇に指を当てる。
「ふぅん……」
 シンジはアスカがいるからかなと彼女を見た。
「なによ」
「正解だよ」
「だからなにがよ!?」
 アスカへと笑みを向ける。
「君は敵だからねぇ……君がいる場所で僕の秘密は話せないさ」
 立場を明確にする言葉だった。
 それ故に、シンジは確認を取った。
「敵なの?」
 その通りだよとカヲルは認める。
「機族は敵だよ。僕にはね」
 そう、と、シンジは追求を諦めた。
 これ以上は彼の不利益になるからだ。
 シンジには、そこまでのことをするつもりはなかった。
「でも」
 ため息をこぼす。
「まいったな。僕のことでこんなにもめるとは思ってなかったんだ」
 二三日の遠出程度の考えであったのに、なんだかんだで一週間を超えることになりそうだった。
 愚痴ったシンジを、小馬鹿にした言葉が襲う。
「それはあんたたちの考えが浅かっただけなんじゃないの? どこの誰かもわからない人間を、都合だけで騎士に任じろとか、なに考えてんのよ」
 それは実に当たり前の話で、それだけに反論もできなかった。
「僕もそう思ったけどさ……みんながうまくいくって言うから」
 言い訳がましく、周りに押し切られたのだと口にする。
「その気になっちゃったしね」
 はぁん? とアスカは剣呑な目を向ける。
「どの気よ?」
「やる気!」
 興味を示したのかカヲルが身を乗り出したところで、巫女姫の使いだという者が現れた。
 その者も女性であったが、真っ白なローブを身にし、顔もフードで隠していたため、年齢まではわからなかった。
「しかたないね」
 カヲルは肩をすくめると、少し出てくると立った。
「好かれてるわね」
「彼女たちにとって、僕は現世神だからねぇ」
「生き神様なんだね」
「うさんくさいわね」
「酷いね。悲しいよ、信じてもらえないなんて」
「あいにくと神も仏もないものだって、身をもって覚えて来たんでね」
 シンジはカヲルに着いて部屋を出ようとし、袖を引かれた。
「……なんだよ?」
 シンジはアスカに腕を組まれ、眉をしかめた。
 嫌な予感しかしない笑みを浮かべて、アスカは彼に身を寄せ、顔を見上げた。
「ちょっと付き合って」
 その言葉にも、本当に嫌な予感しかしなかった。

[BACK] [TOP] [NEXT]