ドンッと神殿全体が震動する。
 爆圧によって壁が吹き飛び、瓦礫と粉塵が吹き荒れる。
 その煙を突き破って、シンジが飛び出した。
「怪我くらいは我慢してよね!」
 部屋に向かってビームを放ったのだ。部屋の奥に向こう側はない。ビームによる爆発は戸口に向かって逆流した。
 部屋の前を通る道を爆風が伸びる。そこに詰めていた巫女や神官たちはなぎ払われた勢いで体をしたたかに打ち付けたのか、苦悶の声を上げている。
 のたうち回るほどではないが、誰も彼もが気を失う手前で痛みに横たわっていた。
「ごめんよ!」
 その上をシンジは飛び越える。
 ATフィールドがあるからこそできる自爆攻撃だが、威力がありすぎるなとシンジは後悔した。
《We have no choice.》
「わかってる! 君に文句を言ってるわけじゃないよ!」
《Is it so?》
「感謝してるよ、ありがとう!」
《…………》
(不満なのかよ!)
 学習しているのか、成長しているのか、判断に迷うところだが、悩んでいる暇もなかった。
「神官とかって、刃物とか禁止なんじゃないの!?」
 そういう宗教ではないらしく、剣があれば(つち)もあり、弓があれば隊列を組んで弩弓を構え、居住区の出口で待ってくれていた。
《It is guided.》
(とうとう忠告までしてくれるようになったんだ)
 その内、説教とかされないだろうなぁと、少し不安になりつつも逃げ惑う。
 通路のあちこちでは格子が落とされ、行き止まりを作ってくれていた。
「こっちもか!」
 しかし、常に横道があるのだ。
 どう考えても怪しいと思いつつ、それでもシンジは誘いに乗った。
(どこに連れて行こうっていうのかわからないけどさ)
 罠だろうなとは思う。
 しかしこの神殿に、シグナム以上の使い手の気配はない。なら、使徒を呼び出されない限りは、なんとでもなるだろうと、高をくくっていた。
 もちろん、それは甘い予測に過ぎなかったのだが。
 ややあって、シンジは壁に掲げられているたいまつのものではない、自然光を見つけた。
 通路の先に広い空間が見えた。背後からの矢が頭の右側を追い越していった。
 出口だと、より一層突っ走る。大勢の追いかけてくる声が、少しずつ遠ざかる。
 ──広い空間に出る。
 天井は高く、先は奥深く、夜の山野が目に入る。
 最奥は切り立った崖、絶壁となって、外への出口となっていた。つまりここは、格納庫兼滑走路であった。
 月明かりがだだっ広い空洞に淡く差し込み、理力甲冑騎(サーバイン)の姿を暗闇の中に浮かび上がらせている。
 膝をつく格好で、サーバインは静かにたたずんでいた。
 どうしてと思う。
 追い立てるなら取り押さえやすい場所へだろう。最大の武器の元へと誘導するなど、意味がわからなかった。
 そのサーバインの足下だった。
 きらりと揺れる、金糸の輝きが目の端に止まった。
「来たわね」
 それは月に照らされた彼女の髪の輝きだった。
 絹の衣は、彼女の体の線を隠すことなく、影として透けて見え……。
 掻き上げられた髪は、そのまま肩を滑るようにふわりと落ちた。
 シンジは息をのんだ。
「アスカ……」
「え……?」
「あっ、ごめ!」
 焦ったシンジに、アスカはふぅっと、息を吐いた。
「呼びやすいように……呼べばいいじゃない」
 シンジは戸惑った。
(なんだろう? なんだか照れてる気がする)
 今のやり取りのどこにそんな要素があったのかと、シンジは首をかしげた。
「……君がそれでいいなら、アスカって呼ばせて貰うけどさ」
 追っ手は来ない。
 代わりに、逃げられないよう、通路口には格子が落とされていた。
 アスカを見たまま、それを後ろ向きに親指で差す。
「……これは君が?」
 アスカは肩をすくめて見せた。
「いいえ、あんたのことが気にくわないってやつがね」
 誰だろうと思う。
 巫女姫かとも考えたが、周囲に関心があるとも思えず、その発想は放棄した。
「誰だかわかんないけどさ……なんで」
「許せないんじゃない? ファーストチルドレンとサードチルドレンのつながりは、戯曲になるほど有名だもの。その相手があんたみたいな冴えない奴なんじゃね」
「勝手だよ。僕は自分からサードチルドレンだなんて言ってないのに」
「否定もしてないでしょうが」
「だいたい、サードチルドレンだったとしたら、なんだっていうんだよ? サードチルドレンなんて、エヴァがなければなんにもできない、ただの子供じゃないか」
「あんたは生身でもそこそこやるみたいね」
 含んだ物言いに、シンジは身構えた。
「……それがなんだっていうんだよ」
 アスカは正面を向き、軽く足を開いて、左の腰に手を当てた。
 衣がたわんで、裾が広がる。
「あんたは魔法なんてなかった時代から来たって言った。なのにそれらしい力を使いこなしてる。おかしくない?」
「魔法だなんて言った覚えはないけど?」
「じゃあ人間とは思えない力?」
 先ほどまでの友好的な気配は消え、スモールの前で見せられたような、寒々しい姿で突きつけられる。
「リンカーコアって言うの、知ってる? なんでも大気中の魔力を体内に取り込んで蓄積して、放出する器官のことだそうよ。これは先天的なもので、後天的に恵まれる人間はまずいないらしいわ。ねぇ? あんたのその力のこと、どう説明するの?」
 リンカーコアを手に入れたとでも言わせたいのだろうかと思う。
(魔法なのかどうなのかってところから教えろって?)
 シンジはなんとなくむっとして、ふてくされたように答えてしまっていた。
「説明する必要がある?」
「説明できないってこと?」
「さあね」
「そういうの、好きくないな」
「だったら?」
「説明したくない、話したくないって言うことは、そこに聞かれちゃ困る真実があるってことよ、そうでしょう?」
 嫌な笑い方だ──シンジが身構えると、二人を取り囲むようにローブ姿の少女たちが姿を現した。どうやら魔法で姿を隠していたらしい。
 大気が歪んで、陽炎のような状態から、復帰する。
 彼女たちは神官戦士であるらしかった。手には棘付き鉄棒を鎖で柄に繋いだ武器、フレイルと、円形の盾を持っていた。
 フードは取り払っていた。どの顔も、レイを名乗った姫巫女に似ていた。
 あるいは姫巫女も、同じ基準で選ばれたのかも知れなかったが……。
(でもその基準自体が間違ってるんじゃ、選んだり選ばれたりしてる意味がないだろうに)
 言ってもわかってもらえないだろうなとは思う。
 まだ他にも姿を隠して潜んでいる可能性はある。シンジにはそれを見抜く力はなく、アスカを不満のはけ口にするほか無かった。
「謀ったね」
 シンジはアスカに対して剣呑な目を向けたが、アスカは肩をすくめて受け流した。
「手伝っただけよ。あんたが気付くかどうかってことを見たいと思ったのは、否定しないけどね」
「で、結論は?」
 わからないとアスカは言う。
「フィフスが認めているのなら、そうかもしれない。でもあんたは、あたしたちが知るサードチルドレンとはあまりにもかけ離れてるのよ、その力も、性格もね」
「…………」
「サードが戦士や剣士のように……ううん、『兵士』としての訓練を受けたことがあるなんて話は、聞いたことがないのよね」
 シンジは背筋を伸ばした。
 ポケットに両手を入れる。まるでかつて見た渚カヲルのように。
 エヴァンゲリオン初号機に対してさえ、崩すことの無かった余裕の姿をシンジは真似た。
 そしてヴィータと戦ったときのように、隙無く右から左へと、少女たちと目を合わせていく。
(八人か……)
 そうして最後に、アスカへと顎を引いて、上目遣いに笑って見せた。
「だったら?」
 不敵な笑みに、アスカはたじろいだ。
「あたしには、あんたが碇シンジだって、断定できないのよ」
「じゃあどういったのが、碇シンジなんだよ?」
 さあねと彼女は肩をすくめた。
 じりと少女たちが囲いを閉ざし始めた。
 合わせて、アスカが一歩下がり、輪から外れる。
「だから、示してよ、あんたが碇シンジ……サードチルドレンの碇シンジだってところをね」
「そんなの、証明のしようがないだろうに!」
 魔法は怖いなと、シンジは自動で守ってくれるよう、身内に頼んだ。


 改めて確認する。
 神官戦士はすべて女性で、巫女姫と近い年齢の少女ばかりだった。
「だから、別に騙った覚えはないって言ってるだろう!?」
 足下を狙ったフレイルを飛んでかわすと、その顔面に向かって矢が飛んできた。
「なんとぉ!?」
 必死になって首を捻る。
 頬を浅く裂かれたが、それで済んだのは僥倖だった。
 着地する。正面に足下を狙った少女がいる。
 目が合って、シンジは思わず体をこわばらせてしまった。
 茶色というには赤い色をしていた。『彼女』と目を合わせたときのような錯覚を覚えさせられる。
 そして同時に、瞳の中に、おびえがあることを見て取ってしまっていた。
(どうしろっていうんだよ!)
 相手が年下に見えたからではない。
 ただの人間だと気づき、シンジは手を失った。
 これがシグナムのような者たちが相手であれば、遠慮無く中の子の力を振るえるのだが、なんの力も持たない子たちが相手となると、手加減の度合いも難しかった。
(ビームを撃っただけで、この子たち、蒸発する!)
 エヴァンゲリオンでの戦闘記憶が蘇る。
 使徒のビームと、それを受けた際に襲いかかってきたフィードバックと。
 皮膚が、肌が、熱に溶かされ、崩れていく感覚。
 そのようなものを生身の体に味合わせてやれるのかと、シンジは自問し、不可を出した。
 えいやとフレイルを振り被って襲いかかってくる愛らしい少女の顔が、半分がたどろりと溶けているように幻影を見てしまった。
 めくり上がる皮膚、その端は焦げて炭化していて……。
「くっ!」
 振り下ろしの一撃を避けて飛び退(すさ)ると、背後の少女にぶつかった。
 そのまま身をかがめつつ独楽のように回って足をすくい、転倒させる。
 きゃあっという可愛らしい悲鳴が聞こえ、シンジはますますやる気をそがれた。
「こんなの!」
 転んだ少女のフレイルを奪う。
 そしてその重みにゾッとした。
(こんなの、よくて骨折……)
 悪ければ内臓が破裂するだろう。
 頭にでも当たれば確実に即死『させる』ことになる。
 シンジは自分が食らった場合のことは考えず、相手の怪我の心配をしてしまっていた。
 そしてそれは余裕であり、そのような姿にも、アスカは注意を向けていた。
(反射神経? 反応速度……違う、知覚そのものの速度が人間の領域じゃない。もっと早い)
 アスカは、遠慮することはないと教えてやった。
「そいつらも、巫女姫ほどじゃないけど、アルビノの兆候があるでしょう?」
「だったら、なんだっていうんだよ!?」
「そいつらの白さはね、ただの遺伝子疾患じゃないの。普通、異常な染色体を抱えた個体が繁殖を繰り返していけばどうなると思う?」
 フレイルをヌンチャクのように振り回して、並んで打ち込んでくる少女たちをいなす。
「いきなりなんだよ!?」
 いなされた少女たちが、勢いに転がった。
「劣性遺伝子を抱えてるにしては、元気だと思わない?」
 すぐに少女たちは膝を立てて、顔を武器を持つ手の拳でぬぐい、また駆け出す。
「同意するけどね!」
 かすり傷を負わせる程度ではだめなのかと、手に困る。
 そんなシンジに、アスカは言う。
「なのにね、悪性遺伝子にやられることなく、こいつらはコロニーの拡張を続けてる。この北の連中のやってることは、ある意味あたしたち機族と同じよ。アルビノ化は病気のためじゃない。変質の結果なのよ。そんな変質の見られる個体同士を掛け合わせて、より異質な力を持った子を産み出して……そうして一番強い力を発現している個体が、巫女姫という名前を与えられて、頂に位置するというシステムによって維持されているのが、神国と呼ばれているこの集団、北の国の正体なのよ」
 それだけでは説明が付かないと、シンジは縦に振るわれたフレイルを、奪ったフレイルで弾き返しながら怒鳴った。
「だからって、同じ年の子ばかりになるわけが」
「長命、長寿。その上で限りなく不老に近い。その子たちだって、実年齢は何歳なんだか」
「なんだよそれ!」
「血筋によって人外化を行っているってことよ」
 ふとシンジは、シグナムと語り合った話を思い出した。
(より良い個体同士の掛け合わせで、血の純粋化……いや、研磨を行っていった結果、紫外線とかウイルスなんかに左右されないような強さを手に入れたから、肌の色が必要なくなったって、そういうことなの?)
 不老長寿という名前の異常が種族特性として引き継がれているのなら、メラニン色素などは必要なくなり、肌は白く、目も赤くなっていくのかもしれない。
 丈夫だからこそ、そのような免疫特性や抗体力の必要がなくなるのだ。
「見た目ほど可愛くないわよ? こいつらはね」
「いま身をもって味わってるところだけどね!」
「えげつない。だっけ? コトバ。やってることは機族よりも変質的なのよね。それこそ使徒を使役できるほどの個体が誕生するまで、歪んだ行為を続けたっていうんだからさ」
 アスカの周囲を回るように後退しつつ、棍をさばく。
「使徒を呼び出す……確かにあれには驚かされたけどさ」
 納得がいかないなと口にする。
「それだと話がおかしくならない? 僕がどうこうって言うんじゃなくてさ、サードチルドレンは、使徒を倒すためにいたんだよ? なのになんでサードチルドレンにこだわってる人たちが、敵であるはずの使徒を使うんだよ」
 だんっと足を踏み出し、相手の懐に入る。
 あどけない顔を無視して、ふくらみ掛けの胸に拳を打ち込む。やはり力一杯にはできなかった。
 ヴィータにできたことができない。それは彼女たちにヴィータほどの迫力が見られないからだった。
 おびえが目に見て取れるのだ。
 だから打ち込みも加減をしてしまう。
 打たれた少女は、胸を押さえてうずくまる。それでも使命だとばかりに、涙目で立ち上がろうとする。
「ああもう!」
 苛立つシンジに、アスカは小首をかしげた。
「なにが言いたいわけ?」
「チルドレン崇拝なんだろって話だよ!」
 怒鳴り声で、少女たちを下がらせる。
「チルドレンにとって、使徒は滅ぼすべき敵なんだよ!? なのになんで使徒を呼んで、使うんだよ!」
 そんなこと、とアスカは言う。
「あんただってエヴァを使ってたんでしょ? 同じことなんじゃないの?」
「違う! エヴァには」
「ママが居た?」
 ああもうと、シンジは神官の盾を力任せにフレイルで叩いた。
 盾が一撃で割れる。これにはぎょっとしたのか、少女たちは下がって、シンジに会話をするための余裕を与えた。
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ! チルドレンは使徒を倒すために集められてた人間なんだよ!? なのになんでそれを崇めてる連中が使徒を呼ぶのさ!?」
「こいつらが崇めてるのがファーストで、チルドレンじゃないからじゃないの?」
「だったらなんでサードチルドレンにこだわるんだよ!?」
 だからぁとアスカはため息をこぼす。
「言ったじゃない……戯曲でも有名だって。ファーストチルドレンの思い人がサードチルドレンで、サードもまたそうだったけど、お互いそれを表に出すことはないまま……」
 アスカはきょとんとした。
 アスカが言葉を切ったのは、なんだそりゃと、シンジが手で顔を覆ったからだった。
 敵の前でこれは自殺行為であったが、神官戦士たちはあまりにもあからさまな隙に、逆に足を踏み出せずにとまどっていた。
「違うの?」
 思わずアスカが尋ねると、シンジは唸るように指の間から声を漏らした。
「『僕と綾波』は……そういうんじゃないよ……」
 思わずと言った言葉に、アスカは食いついた。
「それは、認めたと思っていいの?」
 シンジの返答はただの独り言であった。
「ここが本当に未来の世界なのかどうかを別にしても、やっぱり納得できないよ」
 その独り言にアスカは返す。
「でもそこは定説なのよね。碇シンジと綾波レイ。サードチルドレンとファーストチルドレンのカップリングは」
 シンジは叫んだ。
「ファースト崇拝だって言うのなら、綾波のことくらいわかれよ! わかってろよ! 綾波は好きとか嫌いとかで僕にかまってくれてたんじゃない! そんなこともわからないのに、僕みたいなのがサードチルドレンかどうかなんて、なんでこだわることができるんだよ!」
偶像崇拝(アイドル)だからでしょ?」
 しかし、この物言いと、アスカは呻く。
(本当に、怒ってる……)
「そこにあるのが悲恋だから、こだわるんじゃない」
「違う! 綾波は人が恋しかっただけだ! そんなこともわかっていなかっただけだ! 自分のこともわからないで……」
「その寂しさを、サードを介することで埋めていくことになったのであれば」
 その声はアスカのものではなかった。
「窓口となったサードチルドレンのことを、失いたくないものとしてこだわったのは、ファーストチルドレン様の慕情であったのだと、なぜ理解することができないのですか?」
 寂しいから、恋しいから。
「その隙間を埋めてくれたものを愛しく思うのは当然の帰結だと、なぜわからないのですか?」
 音を立てて、通路の格子が上がっていく。
 たいまつの明かりの下に出た少女神官の名をアスカが口にする。
「マヤ」
 シンジは、改めて彼女の顔つきを観察した。
(ここでもか!)
 格納庫出入り口の通路から現れた彼女は、三人の神官を従えていた。
 マヤたちはアスカ、シンジと、それに自分を置いた三角形となるように歩みを止める。
「このような話もあるのですよ?」
 彼女はシンジだけでなく、アスカの表情も観察した。
「機族、北の国……そのほかの国々の主が主命として授かっている言葉。この世界を、ヒトが滅びぬように導いて欲しいと……それはサードチルドレンより賜りし言葉なのです」
「はぁ!?」
 シンジは仰天する。
「なんだ、それ!?」
 驚いたのはアスカも同じであった。
「なによ、その話は……」
 マヤは機族生まれの人間とした語った。
「マザーが……機族の中枢であるマザーシステムが、サードチルドレンより託されたという至上命題。未だにシステムの管理者たちが解除できないでいる最上位命令。システムのブラックボックスの中央、中枢、中心に存在しているというコマンドの話です」
 まてよとシンジは思う。
 この際、なぜ彼女が機族の事情に詳しいのかは聞かなかった。
「それってさ、機族の守っている命令が、この世界の国々にも強制されているってこと? それって」
 アスカは、その点についてはと言う。
「それぞれの国には、機族の人間が入り込んでいるわ。このマヤみたいにね」
 そういうこともあるのだろうなと思う。
 生体回収の話から、想像は付いていたから驚かなかった。
「わかっていたみたいね。放牧していた個体から回収に迷いがないのは、そういうことなのよ。その土地土地に、検査して、審査して、確定する人間が潜んでいるの」
 でもと彼女はマヤへつばを吹く勢いで叫んだ。
「機族の行動原理が、サードチルドレンの意向で決定されているなんて話は、初耳だけどね!?」
 シンジも訴える。
「僕は知らない、知らないよ! そんなことは」
 そうでしょうねと、マヤはすんなりと訴えを受け入れた。
「この命令が入力された日付は、サードチルドレンが収容されていた施設の、爆発事故以降のものになっているのです」
 なんだそりゃ、と、ぽかんと惚ける。
「死んだ人間が、命令を入力したって言うのかよ……」
「あるいは、そのクローンが」
「……偽者って可能性は」
 マヤはかぶりを振る。
 システムというものが、それほど単純なものではないからこその否定であろう。
 マヤはシンジの目を真っ直ぐに見た。
「これは未だにわからない話なのです。サードチルドレンは死亡している。そのクローンは存在していないとされている。なのに機族のマザーシステムには、彼が死亡後に接触したという記録が刻まれているのです。ならばサードチルドレンは死んでは居なかったのかも知れない。あるいはクローンが代行したのかもしれない」
 アスカに問う。
「本当に、断言できますか? 碇シンジのクローンが、過去に存在しては居なかった、と」
「それは……」
 アスカは否定しきれなかった。
 本国を牛耳っている二つの団体、議会と委員会。そのどちらか、あるいはどちらともが、相手を出し抜くために切り札として温存している。
 その可能性がないではないのだ。
「あるいは、彼は生きていたのか」
 シンジを見る。
 彼女は武器を抜いた。それは(やいば)でも鈍器でもなく、銃であった。
「正体を、見せるのです」
 間を取らず、彼女は引き金を弾く。
 銃弾がシンジの眉間を直撃する──流れだったが、これは当然のごとく弾かれた。
 彼女の力によって。
「ATフィールド!?」
 直視したアスカが叫ぶ。
 その悲鳴をきっかけに神官戦士たちが襲いかかる。
「くそ!」
 二人、三人と連携して振るわれるフレイル。その隙をつく弩級の矢。
 シンジはそれらを、拳で弾いた。
 右、左と、打ち返す。
 そのたびに、拳が干渉光を放ち、格納庫という暗がりに金色の明かりを灯らせた。
 アスカはその青い瞳に、一つ一つの輝きを映り込ませた。
「人間じゃない、あんた、使徒なの!?」
 マヤが表情を変えずに口にした。
「馬脚を現しましたね」
 シンジは怒鳴り返した。
「馬脚ってなんだよ!」
 三人を倒し、残る三人に追い詰められる。
 倒したと言っても、気絶させるにとどめていた。相手は女の子だ、手荒なまねはできない。
 力のことがばれたのならと、もう遠慮はせずに、利用する。
 拳を、手刀を打ち込み、そのたびに電流を流す。
 この電流はビームを生成するのと同じ理屈で生み出しているものだった。
 それでも、生身で起こせる現象ではない。
「シンジ!」
 なじみの声。
 シンジが誘導されてきたものとは違う通路からの声だった。
 長く伸びる光。次いで爆発。少女たちが吹き飛ばされる。
 爆風から腕で顔をかばいつつ、シンジは「無茶しないでよ!」っと叫んだ。
「相手はただの女の子なんだよ!?」
 シグナムはざっと状況を見渡した。
「すまんな、惚れた男の窮地に、頭に血が上ってな!」
「冗談言ってないで!」
 互いに駆け寄る。シグナムはテッサとアスカを伴っていた。アスカはシンジの足にかじりつき、テッサもその左後ろに回った。
「そっちでも?」
「急にな。ただ、命を取ろうとする感じではなかったが」
 だろうねと、シンジは敵対する者たちへと目を戻した。
「ごめんね。僕の巻き添えだよ」
「らしいな」
 通路からばらばらと追っ手が増える。
 二十人を超える神官戦士団の垣根の向こうで、マヤは言った。
「あなたは碇シンジ……いえ、サードチルドレンではありません」
「で?」
 苦笑を通り越して、吹き出した。
 笑って口にする。
「だったら、どうだっていうんだよ!」
 それは偽者が開き直ったときに取る態度そのものだった。
「ねぇっ、巫女姫!」
 いつの間にか、彼女は居た。
 マヤの背後に、カヲルと共に立っていた。
 そして見ていた。初めて意志があるように、シンジのことをじっと見ていた。
 シンジは並んでいる二人を見て、ようやく何かに気がついた。
(似てる?)
 綾波レイには似ていない。
 だが肌と髪、瞳が同じ色をしているだけという話でもない。
(なんだ?)
 かんに障るとでも言うのだろうか?
 無視できない感じがして、苛立った。
 そこに、マヤの叫びが空洞にこだまする。
「サードチルドレンは、天空におわすあの方の愛しき人……なればこそ、その騙り、許されざることです」
 はっと笑う。
 まさにあざけって宣言する。
 シンジはこの演劇に付き合った。
「自分の名前を名乗るのに、誰かに許してもらう必要があるのかよ!」
 この言いぐさにマヤはキレた。
 彼女は口を開くと文言を唱えた。
「ならば真なるチルドレンの力を持って、あなたにその罪深さを教えしましょう!」
 地響きが起こる。
 神官戦士たちまでも縦揺れに足を取られて転がった。
 はいつくばった姿勢で、機族のアスカが叫んだ。
「この震動!? 使徒? なにかでかいものが来る!」
 ぬっと……。
 月の光が遮られた。
 淡く光の差し込んでいた発進口を、巨大な何かがふさいでいた。
 ──巨眼であった。
 爛々と光る瞳であった。血走り、ぎょろぎょろと回転し、そして笑うように上下の肉が縮んで目を細くする。
 ──無音となる。
 誰もが恐怖に動けなくなった。
 眼球だけで人の何倍もあるようなものがそこにいるのだ。
 すっと……その影が消えた。移動した。
 発進口から離れたのだ。だが安心はできなかった。
 次の瞬間、シンジは叫んでいた。
「逃げろ!」
 発進口をぶちこわし、天井と床を削る、巨大な壁が押し迫る。
 それは手だった。怪物の手が突き込まれたのであった。
 腕が大きすぎるために途中でつかえる。それでも指先は奥にまで届き、直線上にいた女の子たちが……。
「きゃああああ!」
 幼いアスカが悲鳴を上げる。
 ──反応したように、サーバインが立ち上がった。
 踏み出した足に力を入れて、少女たちをまたいで、両腕を突き出し、指の腹を受け止めた。
 足の爪で床に傷を付け、押し下げられながら、踏ん張った。
 オーラコンバーターが爆発的な燐光を噴出し、サーバインのマッスルが一回り以上膨張する。
 この風に飛ばされそうになった巫女たちが床に這いつくばった。
 ふしゅると呼気を吐き出して、サーバインは眼球を動かし、シンジを見た。
「サーバイン!?」
 誰も乗っていないのにとテッサは思う。
(以前はシンジさんが乗っていた、けどっ、でも!)
 今度はもう、誰の指示も無しに動いていた。
 コンバーター下のコアが、また少し大きくなって、その赤の中で小さな光が踊るように輝き、舞っていた。
 シンジは駆け出していた。シグナムもだ。
 拮抗し合う力が少しでもずれたならば、その瞬間に潰されかねない中心地へ向かって、恐れることなく走り込んでいく。
 二人がかりで少女たちを引き起こし、押して逃がす。
「シンジ!」
 シグナムの声にうなずき、シンジは呼んだ。
「テッサ、アスカ!」
 ハッチのないコクピットが、早く乗れと言っているようだった。

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