話が長くなってしまったために、一度場を開くことになった。
 これには情報を求め、しびれを切らし始めている者たちのことを考えてのこともあった。
 騎士たちを筆頭に、その付き人たちまでも、姿を見せたコウゾウやはやての元へとつめかけていく。
 二人はあっという間に取り囲まれてしまったのだった。
 一方で、顔の知られていないシンジは、さっさと予備の白シャツに黒のスラックスへと着替え、ちょっと変わった格好をしている少年のふりをして、この騒ぎから逃げ出していた。
 城の正面口から入った広間から、はやてとコウゾウを取り巻く者たちの声が聞こえてくる。
 一度に質問をされているために、収拾を付けられないでいるようであった。シンジは城の裏手に回るつもりで、適当な部屋のバルコニーから外に出た。
 すっかり日は落ちていた。だが非常時であることから、あちらこちらで明かりがたかれていた。火を用いた灯火もあれば、電気仕掛けの投光器も設置されている。もっとも投光器は質が悪いのか、光の強さが安定しておらず、暗くなったり明るくなったりと、ゆらゆらとしていたが。
 城を取り巻く外壁の上には、警備兵の姿がちらほらと見えていた。
 城の庭には、即席の小屋を建てるためか、周囲の森から伐採された丸太が多く重ねられていた。
 シンジはそれら重ねられた丸太の隙間を縫うようにして歩いて行った。
 細い筋道、真っ直ぐその先に、月を見上げる。
 夜鳥の声が聞こえる。虫の音もうるさいほどだった。
 軍勢の攻撃をせき止める壁の能力も、この音に対しては無力であった。
「シンジ様」
 いつの間にか、立ち止まっていた。一人たたずみ、人を寄せ付けない雰囲気を見せていたシンジに、背後より近寄った者が居た。
 シンジは肩越しに目をやった。
「マヤさん」
 いきなり近づくのは無礼だとでも思っているのだろう。声をかけ、シンジの注意を引いてから、彼女はしずしずと歩み寄った。
 それでも、これが立場から許される距離であるのだと、五歩以上離れて立ち止まる。
「お姿が見えなくなりましたので」
「心配されるようなことは無いけどさ」
「こちらが不安になるのです」
「君たちの保護者は巫女姫様だろう?」
「いいえ、レイ様です」
 その方はあなたと共におられますでしょう? マヤは言外にそう言ってた。
 それで、どちらへゆかれるのですかと尋ねられ、シンジは工房だと素直に答えた。
「サーバインが気になってね」
「あの甲冑のことですか」
 シンジが歩き出すと、彼女もまた歩み出す。
 シンジが頭を倒すように上向けているため、マヤは思わず尋ねたのだった。
「なにを見ておられるのです?」
「月だよ」
「黒の月を?」
「明るい方の月をだよ」
 綾波と見た月……とは口にしなかった。
 さよならと告げる彼女と、その横顔を思い出していたとは言えなかった。
 マヤはシンジが見ているものと同じものを見上げた。
 神殿を出た彼女には、どこか普通の少女のようなあどけなさが現れていた。
 憑き物が落ちたという程度ではない。まるで背負っていたものを全て下ろし、普通の少女に戻ってしまったかのようであった。
 それはあるいは、サードチルドレンという、焦がれる対象を手に入れたためかもしれない。
「なにか用事があってきたんじゃないの?」
「…………」
 話はある、だが、それを口にすることをためらっている。
 そう取れる態度だった。
 どうしたものかなとシンジは思う。強く出れば口を開いてくれるだろうが、怯えた彼女は本当に語りたいことを隠してしまうかもしれない。
 もし何か重いものを背負っているなら、さっさと降ろしてもらわないと困る。これから先、かまっている暇など無いのかもしれないからだ。
 そうは思っても、生来の引っ込み思案が、シンジの奥底で足を引っ張っていた。爆弾、地雷、そんな言葉を恐れてしまう。なにが出て来るかわからない。それに対して答えられる言葉などない。そんな後ろ向きな自信があった。
 実際、マヤは迷っていた。
 彼女は言うべきことを、告白すべき事を言えないままとなっていた。それは彼女が機族の国で生まれ育った人間だという話についてである。
 ある程度の学習を終えた後に、彼女は北の国へと『配属』されていた。とはいえ、彼女自身の綾波レイに対する信仰心は本物である。
 科学の国の人間であるからこそ、始祖たるリリスのことを科学的にも、神学的にも理解していた。機族の国にはそのようにして、リリスに傾倒しているものは多かった。だがだからこそ、巫女姫のような作られた存在に対しては、想いが薄かったのである。
 もし新たに碇シンジを、サードチルドレンを頂く宗教が誕生するのであれば、彼女は真っ先に趣旨替えをすることだろう。
(何がしたいんだろう、この人は……)
 もっとも、シンジにはそんな彼女の心境など、まったく理解できるものではなかった。
 エヴァンゲリオンを持ち出してきたときに感じさせられた狂気と、空を飛ぶ船の中で目覚めた後とでは、あからさまに態度が違いすぎるのだが、その態度にしても微妙である。
 こうして歩いていても、懐かれてしまったという感触よりも、機嫌を取ろうとしているのだという臆病さが目に付くのだ。
 相手が本当にサードチルドレンであるのなら、自分のしでかしたことがどのような意味合いに繋がってしまうのか?
 彼女のようなものにとっては、裁かれないことこそおかしな話であった。
 サードチルドレンの称号は、一人歩きをしてしまっていた。シンジにはそれが理解しきれないで居たから、想像を働かせることができないで居た。
 それでも、重苦しいという思いは募る。
 シンジは勘弁して欲しいとさえ願っていた。
「なに考えてるのさ」
「…………」
「中途半端なんだよ。そんな風に、用はあるんだって態度を取って、それなのに、そうやって怯えてさ。びくびくされるのって、嫌いなんだけどな……気持ちが悪いよ」
 肩越しに見れば、マヤの表情には、嫌われていて当然だという、諦めているものが垣間見えた。
 本当に……とシンジはがりがりと頭を掻く。本当に嫌っているわけでは無いのだ。
「言ってみなよ」
「わたしは、ひい様の……」
「君はって、聞いてるんだよ」
 マヤは、立ち止まると、諦めたように語り出した。
「わたしは、ひい様……巫女姫様のために、送り出された者です」
「送り出された……?」
「機族の国から」
(頼むよ)
 そして内の子にフォローを願う。
 シンジを中心とした微弱なATフィールドが発生する。それは二人を包み込み、外界からの視認を阻害する結界として作用した。
 要は、人に聞かれないようにするための措置である。
「姫様は、常に侵食を受けておいでなのです。それを止める手は、意識の喪失、その他にはありませんでした」
「侵食? なんの?」
「わかりません」
「わからない?」
「それはわたしが知ることのできない領域にある情報なのです」
 シンジは彼女の表情から見当を付けた。
「想像はできてるんだろ?」
 教えてくれと強く出る。
 ここはもう、サードチルドレンとしての威厳を最大限に利用する腹だった。
 マヤは視線をさまよわせたが、結局は口を開いた。
「情報……でしょうか」
「情報?」
「はい……多くの情報。長く生きているからなのか、それともなにものかからの情報を常に受信、あるいは送り込まれているからなのか、それが人としての限界を……処理能力を超えているのだと感じられました。飽和しているとでも言うのでしょうか。それらが個人としての記憶と干渉を起こして、混乱を招き、自分が誰であるのかを失わせて行っているのではないかと……」
「だから、汚染……」
 そういうことかと、シンジは北の国で見た巫女姫の表情を思い浮かべた。
 無表情であったのは、意図的に意識を喪失させられていたからなのだと。
「対処療法ってわけだ。で、それをやめた? 大丈夫なの?」
「はい」
「よかったの?」
「姫様の意思です」
「え?」
「今までは必要であった。けれどこれからは必要が無い。そういうことだそうです」
「そういうこと、ねぇ?」
「まだ、混乱は続いているようですが……」
 混乱ねぇ……と、シンジは船でのことを思い浮かべた。
 あれはそれですませて良いものなのかと。
「君は、そんな巫女姫のために、教育を受けて、送り出されたの?」
「はい」
「わからないな……巫女姫がどれだけ長く生きているのかは知らないけどさ、機族はあの子のことを、綾波自身じゃない、別物だってわかってたってことだろう? なのに、なんで助けるような真似を……」
「わかりません……けれど、とても特別なお方だと言うことだけは確かなようです」
 それでよく仕えるなんてやっていられたなぁと、シンジは呆れ返ったのであった。
 これに対し、マヤは、彼女が教団という組織において、トップに立つにふさわしいことは、間違いが無いのだからと返した。
「使徒を呼び出し、使役する。それができる。それだけで敬うには十分なのではないでしょうか? リリスの子、リリンとしては」
「恐れるには……だろ?」
 だとすると……とシンジは言う。
「僕にしたって同じか。サードチルドレンでなくても、エヴァを倒せる者として考えたら」
 いいえとマヤはかぶりを振る。
「それではただの破壊者となります」
「だけど僕は、別の世界から迷い込んだだけの赤の他人かもしれないんだよ? あるいは人工的に作り出された偽者かもしれない。保証できない、証拠がない。君の確信にしたって、君は最初は僕を疑った」
 それを言われると弱いと、マヤはうなだれた。
「ずるいです」
 年相応……本当にそんな年なのかはわからないが、少なくとも見かけの年齢に即した物言いに、シンジは少しどきっとした。
「確かに疑いました。見る目が無いかもしれません。でも姫巫女様も、シンジ様をサードチルドレン本人であると見ておられます」
 そしてと続ける。
「神はいついかなる時、いかなる場所にもおわします。そしてその神である、我らが始祖たるリリス様が、あなたとともにおられるのです。ならばそのリリス様がお認めになられているあなた様は、サードチルドレン以外の何者であると仰るのですか?」
 いいやと重ねる。
「例えサードチルドレンではなくとも、リリス様の恩寵を受け、加護を得ておいでなのです。それだけで私どもが敬うには十分であるとは思いませんか?」
 どうしたものかなと、シンジは困った。
「科学や技術を学んだ人間の言葉じゃないよ……神とかさ」
 シンジとともにいるのは、リリスとか、綾波レイのままのものではない。
 だが彼女にはその違いはわからないだろう。あるいは、神はあらゆる姿を……と言い出すだけかも知れない。
 説明に困る。
「正直重いんだよな。僕は君たちに助けを求めて、利用させてもらおうとしている。そんなずるいだけの人間なんだよ?」
「それで良いではありませんか。わたしどもは見返りを求めているわけではありません。ただお仕えしたいだけなのです。お慕いしたいだけなのですから」
 あなたと同じようにというマヤに、誰にだと思うが、今は一人だけだ。
「僕は別に、仕えようとしているわけじゃないよ……」
「したいようにしているというのなら、なおさらでしょう? 同じことなのです」
「だけど、それは……」
「守りたいから守る。仕えたいから仕える……それに、全く見返りがないというわけでもありません」
「なにがあるってんだよ、君たちにさ」
「私どもは、長く、盲目的に時を重ねてきたのです。それが報われる時が来たのです。これ以上の宝幸(ほうこう)がありましょうや?」
 殉教者の台詞だと思い、シンジはゾッとした。
「使い捨てられても、文句はないって言うのかよ……」
「それこそが、本懐なのです」
 そんな台詞は、到底受け入れられるものでは無かった。
「君たちが仕えるのは綾波……リリスじゃないか。サードチルドレンじゃないんだろ?」
 痛いところを突かれて、マヤは唸った。
「それは……」
「サードチルドレンに使い潰されていいわけじゃないだろう? なのにさ……」
 いいや、違うなとシンジは言う。
「ファーストチルドレンを信仰しているから、だからサードチルドレンの言葉に従うって言うのは、別の問題じゃ無いのかな? サードチルドレンの言葉と、ファーストチルドレンの願いや思いがずれていたら、どうするのさ? それでもサードチルドレンに従うの? ファーストチルドレンの言葉を無視してまでさ……」
 ですがと、彼女は心情を吐露する。
「わたしは……罪滅ぼしをせねばならないのです」
 あなた様にと口にされ、それこそシンジは激昂した。
「なんの罪だよ!」
「疑い、そして殺めようとしたことへの」
「だけどそれは、君たちが持っていた気持ちの反動からやったことじゃないか! 君たちは綾波のことが好きだっただけじゃないか! 悪気があったわけじゃないだろう!? 僕はもう許してるんだ、それで良いじゃないか!」
「それでは済まされぬ事もあるのです」
「君たち流に言えば、僕は試練を与えられて力を示した。だから君たちは僕のことを認めてくれる気になった。だったら!」
「それは結果論にすぎません。わたしが真なる巫女であるというのなら、わたしはわからねばならなかったのです。だからこそ、一人の巫女に戻りました」
 無茶苦茶だとシンジは思う。
「一目で相手のことがわかるんなら、それはもう超能力だよ」
 ならばと彼女は目をそらさない。
「超常の力を持たないわたしは、巫女足り得るものではなかったということなのでしょう」
 ゆえにと。
「一人のものとして、わたしはあなた様への償いをせねばならないのです」
 シンジはがりがりと頭を掻いた。
 やけにフケが出るようになっていた。
「どうしてそう悲観的なんだよ……君は、君たちは」
「私どもは見たのです」
 マヤは薄めの胸に手を当てた。
「あの方の悲壮な……」
 ──傷つき、横たわったシンジを見下ろす、彼女の姿を。
 そして懇願した。
「あなた様は、なぜお認めになってくださらないのですか? あなた様がわたしたちの思い描く碇シンジ様であると」
 堂々と名乗らなくても良い。
 ただ、そうであると認めて欲しいという願いだったが、シンジは拒否した。
「そんな魔法使い、いやしないからだよ。君たちの話を聞いてると、やっぱり別人のことだなって実感させられた、実感するんだよ」
「理力甲冑機でエヴァを倒す。そのような力を示して、なお?」
 かいかぶりだとシンジは否定する。
「全部借り物の力じゃないか。理力甲冑騎も、魔法も……見たんだろ? あの子を。全部あの子のおかげだ。僕じゃない。僕の起こした奇跡なんかじゃ無い。僕には……なんの力も無い」
 だがそれこそが、特別の証だと彼女は突きつけた。
「あなたでなければ借り受けられぬものばかりではありませんか? そして、持ちて成せる者と、成せぬ者と、成さぬ者との間には、大きな隔たりがあるのです。……特別の意味をお考えください」
 平行線だとシンジは思う。
 話も繰り返し、戻ってしまっている。堂々巡りだった。
「たとえあの子が君たちの思う綾波だったとしてもさ、僕がサードチルドレンであるかどうかは別問題だ」
 結局のところ、彼女たちは、熱に浮かされているだけなのだ。
 マヤは言いつのる。
「騙してくださって良いのです」
 騙されたいのですからと口にする。
「今の世を、アスカ姫を救いたいと願うのであれば、シンジ様は北の国から立たれるべきではありませんか? アスカ姫の後ろ盾となり守る道もあるのですから。シンジ様自身についても、この世に暮らすための基盤を得ることになります」
 魅力的な提案だねと、まったくそうは思っていない口調で返す。
「それは君たちの……君の願望だよね」
「その通りです」
 マヤは否定しなかった。それどころか、そうなったときの光景に心躍らせているようでもあった。
 きっと彼女の中では、神殿にはリリスがあって、そして彼女の隣には僕が立っているんだろうな……と、シンジは想像した。
 そしてマヤは、そんな二人の世話をするのだ。
(それは恋だろうけど、物語の登場人物と、現実の人間とを、混同しないで欲しいんだよな……)
 見た目は綺麗な少女である。
 しかしそのような少女に、これほどの求愛を受けても、シンジは醒め切ったままだった。
 彼女がうわついているのは、あくまでサードチルドレンという幻想に対してであるからだ。船にあった北の国に伝わる文献を……読めなかったために読んで聞かせてもらったのだが、そこには誇張され、装飾された、サードチルドレンという架空の人物の姿があった。偶像と言えるかもしれない。そのことを確かめさせてもらって、シンジは北の国の人間が、自分に対して向けるようになってくれた好意に関しては、絶望することになったのであった。
 本物のサードチルドレンが、どれだけ情けなくて、どれだけ頼りにならない人間であったのか、当の本人こそが、一番よく知っている話であったからだった。
「とにかく」
 シンジは願った。
「僕は許してるんだ。それを許されることじゃないって、否定するのはどうなのかな?」
 マヤは、今度はより年若く見える仕草をした。
 唇をすぼめたのである。
「ずるいです……」
 結界を解き、シンジは彼女に背を向けた。
 歩き出す。マヤはやはり五歩以上の間を開いてから、その背を追いかけた。


 格納庫へとたどり着く。
 これだけの大所帯となると、城の動向については、もう隠していても仕方が無い。ハッチは開放されたままとなっていた。
 スロープのような発進口を下って入ると、奥より騒がしい声が聞こえてきた。工作機械の音は無い。どうも作業を中断し、大勢で騒いでいるようであった。
「なにかな……?」
「さあ……でも」
 マヤは、教団の者たちの声ではないかと言った。複数の女の子の声がしていたからである。
 個々に判別が着いたわけではないが、今この城にいる幼い少女たちと言えば、教団の巫女たちだけであったからだ。
 格納庫まで降りきると、それは耳を塞がねばならないほどの騒がしさであった。
「テッサ! どうしたの!」
 シンジが責任者の顔を見つけて呼びつける。
 テッサは、あからさまに助かったという顔をして、シンジの元へと駆け寄った。
「シンジさんの口から説明してもらえませんか!」
「なにをさ!?」
「あれはどうにかできるものじゃないって」
 テッサが示した先には、あの戦いで見るも無惨なことになっている、サーバインの姿があった。
 どうやら御座船からこちらへと、搬入されたばかりのようであった。
 巫女たちは、その作業に付き添い、共に倉庫へ来たのだという。
 十名ほどの人数であった。彼女たちは、サーバインが、シンジの大事な機体、神機であるということで、勝手に付き添ってきたらしい。
 マヤが、困った子たちだと、眉間にしわを寄せていた。
 巫女はそうそう勝手に歩き回るものでは無いからだ。
 サーバインは酷い様相を晒していた。まずわずかながらに残っている元の装甲、外装である。
 傷どころか拳以上の大きさのへこみがあちこちにあった。
 幾度も銃弾を受け、爆発に晒され、激突を繰り返してきたのである。
 割れ爆ぜ、欠けていて当然であった。
 なによりエヴァとの戦いで教団の神殿に落下した際の破壊跡が酷すぎた。削れ、もぎ取れてしまっている箇所がいくつもあり、部分によっては失われてしまってもいる。
 特に、失われたものの中で、一番大きな部品は、背中のコンバーターであった。
 そんな、素体を晒しているに近い状態の上に、機族の機体の装甲を被っているのだ。はっきりと言って、見栄えは、かなりよろしくなかった。
 あげく、一番の問題は、そんな機体全体を覆って凝固してしまっている、エヴァンゲリオンの血液にあった。
 全体的にかさぶたのようになっている。
 シンジが間に立って、大ざっぱに言い争う者たちを二つに分けた。
 巫女たちは神官団のメンバーの中でも、比較的中層に位置しているものたちであった。上層の者たちは厳格であり、下層の者たちは恐れから勝手な振る舞いなどは行わない。
 ちょうど規律に緩みを持っている層の者たち、ということであった。
 彼女たちは、女官としての役割も担っている面々で、シンジも船の中では世話になっていた。
 もっとも、みな似たような顔立ちをしていて、誰が誰であるのか、そこまで見分けが付いたわけではない。マヤには個々に区別が付いているようだったので、そこは彼女に頼むことに決めた。
 マヤが一通り顔を眺めて、睨み付けると、彼女らは一応はしおらしく黙り込んだ。
 残るは工員と整備士である。こちらはもう、テッサに任せた。
「で」
 シンジが尋ねる。
「なにがどうしたの?」
 巫女側はともかく、作業員たちにとって、シンジは特に天上の人間というわけではない。
 ぶつくさと告げた。
「サーバインの装甲を変えろだとよ」
「へ?」
 サーバインを見上げる。
 ボロボロの装甲、無理に着込んだスモールの兵装、そしてそれらを固めてしまっているエヴァンゲリオンの血液。
 尻尾のような部品のことも有り、シルエットだけであれば、ずんぐりとした竜のようになってしまっていた。
 たしかに見てくれは悪いだろう。だがそのことは重大事ではない。問題はこの状態では戦闘ができない、出撃できないと言うことなのだ。
 テッサに言わせると、かさぶた状に固まっているものの、ただの凝固物でもないらしい。下手にいじれないと言うことで、船ではあえて詳しく調べず、状態を維持したままで城にまで持ち帰っていた。
 その辺りのことから調査するというのならわかるのだが、なぜ装甲という話になるのだろうか?
 シンジはいまいち理解できず、巫女たちになんの話だと問いかけた。
「どういうことさ?」
 もっと詳しく説明してくれと、尋ねられたものの、彼女たちは叱られるのを恐れているのか、口ごもっていた。
 だがやがて、憤懣の方が上回ったのかもしれない、もごもごとした口調ではあったが、不平を漏らし、理由を述べだした。
「わたしどもは、ただ、サード……シンジ様には、それに見合った乗り物があると、意見を述べただけのことです」
 意見!? あれがかと整備士が怒るが、黙っていてくれとシンジは制した。
「それで?」
「ですから、粗雑な鎧などではなく、もっときらびやかなものでなければならない。と」
「そうです! この神機がシンジ様のものであるのなら、必ずやまた立ち上がりましょう! ならばその時のために、このものに見合った鎧甲冑を用意すべきだと」
 テッサがシンジへと意訳する。
「それで、平行して外装の製作も行えと言うんですが、でもサーバインはあの状態ですから、通常の整備(メンテナンス)だけでも、慎重にならなくちゃいけないのに、装甲なんて」
 そうだと、整備士たちの班長らしい初老の男が口を開く。
「だいたいが、これ、剥がせるのかって話だ。コクピットはなんとかなるだろうが、下手に剥がせば癒着してるマッスルまで切り取らなけりゃならなくなる。そんな外科手術までやってたら間に合うもんも間にあわねぇ」
 それはそうだろうなとシンジは同意した。
「戦闘に出られるかどうか、それもできるだけ早く動けるようにする。それが大事なんですから、その判断は正しいですよ」
「だろ? 見てくれなんざ後の問題だ。生きるか死ぬかを基準でものを考えりゃ、わかる道理だ」
 くだらないことをと、正直思う。
 実のところ、サーバインは、もはや修理では追いつかないほどに損傷していた。外装どころか内骨格……メインフレームと呼ばれる骨格にまで歪みが及んでしまっていた。
 本来ならば、廃棄処分となってもおかしくはないほどのダメージを負っているのだ。
 だが捨てることは考えられなかった。なぜか?
 エヴァとの戦闘で見た光景のことがあったからである。アスカの母親と、この機体との話であった。
 この機体の出自を知った今となっては、手放すことなどできはしない。
 シンジはサーバインを見た。
 スモールから奪い取った装甲と、元々の装甲、それにその下の素体が、エヴァの血によって癒着して、まるで一つに溶け合っているようでもあった。
 新たなの表皮、甲羅とも言える皮を成そうとしているようにも見えるのだ。地の表面は凝固していても、その下はぷるんとした肉のようで、まったくの不透明では無く、赤黒い半透明であった。そしてその肉には粘菌のような筋が見えていた。それらは神経とも、血管とも見て取れるものであった。
 特にこれは機械部品の制御機関部付近で密に集中していた。
 テッサの判断は正解だったなとシンジは思った。サーバイン自体がエヴァの血液を媒体に、機械を取り込もうとしているのだと感じたのだ。
 機械とバイオコンピューター的な働きを始めている疑似脳とが、エヴァの血液を利用して連結し、新たな制御機構を形成しようとしているのだろう。
 神経と血管は生体配線として発生しているようであった。魔力炉を元からあった機関として、取り込もうとしているのだと理解できる現象であった。
 つまり、必要となれば、このままでも稼働することはできるのだ。
 となれば、優先すべきは修繕であった。いつ敵が来るかはわからないのだ。見た目など二の次の話である。はっきりと言えば、コクピット周りだろう。ここだけは人の手を使わなければならない部分だった。乗り込めないのでは話にならない。そして人工的な部位は、自然と人に使いやすい形へと整えられることはない。
 今は一刻も早く搭乗できる状態へと復帰させることこそが命題であって、装飾などにかまけている暇はない。装飾など、戦闘においてはまったく意味を成さないからだ。シンジにも、そのようなものに手間をかけてもらおうというつもりはなかった。
 そのような実際的な判断が作業員たちとの共通見解として成り立っているのだが、そこのところが巫女たちにはわからないことであるらしかった。
 シンジは一同に、迷惑というものを考えてくれと懇願した。
「動くようにしてくれるっていうだけでもありがたい話なんだよ? みんな寝ないで頑張ってくれるっていうんだ。見え張ってる時じゃないんだよ」
「しかし」
「それに、そんなに目立ってどうするんだよ?」
 そんなシンジの意見に対して、神官団は大いに反論した。
「目立つ目立たないではないのです!」
「そうです! 英雄にはそれにふさわしい乗騎があると言っているのです! せめて内装だけでも!」
 英雄じゃないってのにと、シンジは大きくうなだれた。
 シンジにとって、騎士とはパイロットのことであり、一兵卒に過ぎないのだ。
 その勝利は全体のためにあるもので、個人の損得のためにはないのである。となれば、個人的に目立つ必要性など、彼には感じ取れるものではなかった。
「だからさぁ……僕は英雄なんかじゃないんだよ。アスカ様に仕える予定のただの騎士見習いなんだ。パイロットなんだよ。だからアスカ様をさしおいて目立つような真似はできないんだ。サーバインはここの人たちに任せておけばいいことなんだよ。僕は借りてるだけなんだからさ」
「しかし」
「大体、内装ってなんだよ。玉座でも放り込もうって言うの?」
 見れば、失っているハッチの代わりになるものはまだはめ込まれていなかった。以前のシートを取り払おうとしているところであった。
 テッサによれば、前よりもいくらも狭くするという話になっていた。これは先の旅の反省から、コクピットの無駄な空間を削ろうと決めていたからである。
 つまりは、以前よりもさらに無骨で、機能一辺倒なものとなろうとしていた。
 騎士職にあるものたちには顔をしかめるものであろうが、シンジには当然の形であろうと納得できるものになっている。
「……お前も黙ってないで、なんとか言えよな」
 シンジは拳を裏向けにして、ごんっと機体のすねを叩いた。
 するとサーバインのまぶたが開き、ぎょろりとその場の一同をねめつけたのである。
 ひゃあと悲鳴を上げて少女たちが腰を落とし、作業員たちも「ひぃ」と小さく悲鳴を上げて後ずさった。
 静けさが支配する。サーバインは一同を右から左へとひと睨みして、面白くなさそうに目を細め、そしてまたまぶたを閉じたのであった。
「生命化……現象」
 やがて班長が、震えた声を漏らした。
 テッサでさえも体を強ばらせ、怯えた目でサーバインを見ていた。
 サーバインがそうとしか思えない状態となっていることはわかっていたが、今の反応は、まるで知性があるようであったからだ。
 それは、普通の生命化現象では説明の付かないものであった。
「シンジさん……これ」
 声が震えていた。そんなテッサに、シンジはそう怖がらないでやってくれと告げた。
「この機体がどういうものなのか、知ってるだろう?」
「どう……って」
 おや? っと、シンジは思った。
 じっと見る、とぼけている様子も無い。
 知らないのかと思い、悩んだが、サーバインを見上げて、まあいいかと口にした。
 みんなが知っていても悪くは無い話だと思ったからだ。
「こいつはね、元はアスカ様のお母さんが乗っていた機体なんだよ」
 テッサたち、この国の者たちは仰天した。
 だが、もっとも小さな声で、そして、もっとも通る声で、震えるように呟いた子がいた。
「ほんと……なの?」
 それは娘である、アスカであった。


 人垣が自然に割れる。コウゾウを伴い、アスカがよろりと前に出る。
 サーバインを見上げて、足下がおぼつかない。つまづき、倒れてしまいそうだった。
「サーバイン……母様の」
「ああ」
 アスカは今にも転び、倒れてしまいそうだった。
 だがシンジは助けようとはしなかった。
 ただ声を、身を震わせるアスカの好きにさせた。
「本人……こいつに聞いたからね、間違いないよ」
 戦闘中のことだという。
「アスカ……様のお母さんは、機族と戦って撃ち抜かれることになったんだ。そのときにね、君のお母さんが願ったことを、その想いを、こいつはずっと引きずってたんだ。だから力を貸してくれてたんだ。……貸してくれって言われたんだ。だから僕は、僕たちは、あの時、アスカ様の……、アスカ様の騎士となれたんだ。だから、エヴァンゲリオンを倒せたんだよ」
 サードチルドレンとして倒したのではない。
 アスカの騎士として倒したのだと強調する。
 ぼかした物言いであったが、巫女たちには十分通じるものであった。
「僕はアスカ様の騎士になる予定の人間だけど」
 改めて、この騎士甲冑、理力甲冑騎を紹介する。
「こいつは元から、アスカ様のために残されていた騎士だったんだ」
 シン……とする。
 テッサは言葉も無く、そういうことかと思い至っていた。
 王妃は深く理力甲冑騎の開発に携わっていた人間である。その王妃の死は理力甲冑騎の運用実験中の事故だとされている。
 それが本当は、機族に撃ち落とされたというのなら大事だった。王家として取れる対策は、機族との戦争か、秘に伏すかの二つしか無い。
 そして後者を取ったのであろう。となれば撃ち落とされたはずの機体の存在はおおやけにできない。だが厳然として戦闘し、敗北した機体はある。ならば適当な乗騎士をでっちあげ、機体は廃棄処分に回したとしたのだと推察できた。
 それでもだ、王妃の乗っていた機体である。ただの騎士の乗騎として扱い、廃棄することは忍ばれたのだろう。廃棄処分品として、だが王妃の機体であったという痕跡などは見つからないように念入りに処置された後で、テッサの元へと回されたのだ。
 そうすることによって、どのような形にしろ、保存、保管されることが望まれたのであろう。
(陛下のお考えなの?)
 と、そこへ、同じことを想像したらしいコウゾウが立った。
「どのような理由にせよ、俺の領地は機密保持や監視、管理と言った点においてはザルも同じだ。どうしてそんな土地に理力甲冑騎を置くことが許されたのかと思っていたが……」
「コウゾウ様……」
 テッサは、コウゾウの表情に、懐かしさと苦々しさを見て取った。
「シンジ」
「はい」
「サーバインは、あの方の……」
「こいつは、想いを託されたと……そう言っていました」
 そうかと、コウゾウはこぼした。それだけである。
 それだけであったが、その声には不思議と続きを待ってしまう深みがあった。
 響きが込められていた。
 なぜならアスカの母は機族に殺され……。
 そしてその娘までも、機族にさらわれようとしているからだ。
 そしてその双方に、この機体は関わっている。
「ならば、サーバインは……必ず立つな」
 再びと。
 今度こそはと。
「はい」
「その姿は、サーバイン自身が決めるだろうか」
「さあ? そこまでは」
 シンジは冗談ごとのように肩をすくめた。
「都合で言うのなら、派手な姿にはなって欲しくないわけですから」
「そうか? ……そうだな」
 気付けばアスカは、サーバインの足下に居て……。
 そしてシンジのズボンの裾をつまんでいた。
 コウゾウはシンジの思惑を読んだ。
「確かにな……人の口に戸は立てられない。巫女姫の御座船のことは、いずれは王都に知れるだろうが……もう知られてしまっているかもしれないが、それがどんな波紋を生むかは、まだわからない状態だ」
 言外に、予定外の来訪者のおかげで、面倒になっているのだと、彼は神官団を責めたのだった。
「もし装飾を施した装甲を付けるとするなら、それはどのようなものになる? 神官騎士のものになるのか? だとしてだ、そうなると、俺たちは神官騎士の位をいただいた者を前面に押し立てることになる」
 そうでなくてもとシンジは言って、アスカの頭にぽんと手を置く。
「北の国の巫女姫がアスカ様に付いたってだけでも十分でしょう?」
 その通りだとコウゾウは肯定する。
「すでに、もう、姫様が復讐のために北をそそのかし、ともに攻め入ろうとしていると受け取られても仕方のない状態になってしまっているんだ。あるいは逆に、姫は御身の危機につけ込まれ、北の国にそそのかされて、この国に災いをもたらす者となろうとしているとな」
 巫女の少女が喚いた。
「どうしてそんなことに」
「シンジの後押しを……あるいはシンジの身元を、君たちが保証すると決まった以上は、どうしたってアスカ様の筆頭騎士には、北の国の息がかかっていると、噂されることになる」
「そんな……」
 呻く少女に、世間知らずだなとコウゾウは告げる。
「君たちの存在は、それくらいに厄介なんだ」
 それからと、テッサが元指揮官としての意見を述べた。
「理力甲冑騎に派手な意匠を施したとして、どこに立たせるというんですか? そんな立派な鎧武者を、まるで旗頭のように前面に押し立てればどうなります? シンジさんがただの騎士なら問題にはならないでしょうけど、それが神官騎士であったというのなら、話は違って見えてしまいます。姿を隠されたアスカ様が、神官騎士と北の軍勢と共に現れたという見方をされてしまうのは面白い事じゃありません」
 コウゾウが引き継ぐ。
「それじゃあその目的はなんだ? どこに攻め入るための態勢なんだ? それこそ戦争準備そのものとして見られることになりかねん。俺たちの目的は、あくまで姫様の御身を守ることにある。何者であろうとも、これ以上の好き勝手を許さないという話は、あくまで姫様の身をお守りするためには必要のあることだから、やろうとしているだけのことで、俺たちには人同士の本格的な戦争なんてするつもりはないんだよ。同じ国の人間同士で殺し合おうなんて思ってない。だから頼むから、納得してくれないか?」
 威嚇、あるいは誇示するような真似は避けようとしているのだと。
 第一、国王一派は味方であると、コウゾウたちは知っている。
 その国王派に、こちらの真意を疑われては話にならない。
 裏にはそんな事情もあった。
 ……もっとも、そこに、この機体がアスカの母親のものであったという事柄もからんで来ていた。
 悪く言えば、アスカの母親は、機族との悶着を避けるために、闇に葬られることになっているのだ。
 その娘も、同じ道をたどらせるのか?
 そこには、人としてと言う、問いかけが生まれていた。
「もっと身近な問題もあるだろう」
 いつの間にかやってきていたシグナムである。
 もちろん、仮面は装着済みだ。
「サーバインはれっきとしたこの国の兵器なんだぞ。それなのに神官騎士を乗せ、その騎士のために意匠を施す? 他人からどう見えると思う? この工房の人間は、他国の人間に機密を売り渡すだけでなく、その人間に気に入られるよう、ご丁寧に乗り手に合わせた意匠を施し、機嫌を取った。そう見られることになるんだぞ」
 神官の一人は、そんなシグナムに食ってかかった。
「真実は常に一つです」
 あなたはなにが真実なのか知っているはずだという、非難の込められた口調であった。
 シンジは、本当はどこの国にも属さない存在であるのだと。だからこそこの国の人間が意匠を施したとしても、なにも問題にはならないのだと。
 だがシグナムには通じなかった。
「真実など、都合によってはいくらでも歪曲されてしまうものだ。重要なのは真実ではなく、口の端に上る事実の方だ。彼が何者であるのかということに関してもな」
「巫女姫様の口から語られたとしても?」
「悪魔に(かどわ)かされてしまった。じつにありがちで、そして人身を巻き込み力に変えられる魔法の言葉だとは思わないか? 君たちにも想像できるだろう? 群衆が哀れな巫女姫を……そしてアスカ様を取り戻すために立ち上がるという姿がな」
 そしてこの場合の悪魔が誰になるのか? シンジか、あるいはこの城へと集っているアスカ派の人間なのか。
 コウゾウが重ねる。
「神官騎士に理力甲冑騎を与え、あまつさえ、その意匠に力を入れたとなれば、我々が、あるいはアスカ様がこの国を裏切って、北の国に理力甲冑騎を献上し、取り入ったと見られても仕方のない状況を生んでしまうということになる」
 こうなると、シンジを北の神官騎士としたことは間違いであったかのように考えられるが、シンジはむしろほっとしていた。
 初期の願望の通り、アスカを守り、かつ、戦争には協力しない。その願い通りの立場を手に入れた形となっているからである。
「ともあれ。今はこのような時間すらも惜しいときでありましょう?」
 マヤである。
 彼女はコウゾウに協力した。
「この者たちには、わたしから……」
 頭を下げるが、その先はシンジである。
 シンジは「あー……」と困ったが、結局は頼んだ。
 これ以上、もめて時間を取るわけにはいかないからだ。
「頼むよ、ほんとに……。頼むから、やっぱり来てもらうんじゃなかったなんて、そんな風には思わせないでよね」
「わかっております」
 シンジの言葉は、薬としては効き過ぎたのか、少女たちは、サードチルドレンの身元にいるのだという思い上がりを指摘されて、一様に青ざめて引き下がった。
 マヤが皆を連れて去るのを見送り、シンジはまったくと毒づいた。
「勝手に浮かれて、勝手に騒いでさ!」
 シグナムが聞きとがめる。
「シンジ……」
 言わせてよと吐き捨てる。
「どうせ、僕が思ってたような人間じゃないってわかったら、今度は馬鹿にして、背中を向けるに決まってるんだから」
 その言葉には、やけに実感が伴われていた。
 サードチルドレンなどという名称になど関係なく、等身大の自分の情けなさを知りすぎているためがゆえの言葉であった。
 はらはらと見守っていたテッサは、そこにシンジの不安があるのかもしれないと思い至った。
 テッサは整備員たちを追い払ってから、そんなシンジへと話しかけた。
「シンジさん」
「なにさ?」
 やはり気が立っているなとテッサは感じた。
「それでも……戦ってくださるんですよね」
 テッサはわざと尋ねた。
「あんなに強いのに……それでも不安なんですか?」
 強いことと、戦えることとは別である。もちろん戦場をくぐり抜けてきているテッサにそのことがわからないはずがない。
 これは指揮官としての目線なのだろうなと、シンジはテッサの真意に気づきながらも答えた。
 言わせて、この場にいる皆に聞かせようという腹だったのだろう。シンジはそう読み取っていながら、この策に乗った。
「倒すだけなら、やり方はいくらでもあるだろう? でも戦争じゃ、殺すしかないじゃないか。どれだけ殺すことになるんだよ」
 テッサはもう知っていた。
 決してシンジが、戦場を知らない人間ではないと。
 殺すべき時には、人を手にかけることができる人間でもあると。
 だが無差別にそれができる人間ではない。人一人ずつに対して、悔いるための決意を固めるという手順が必要な人間なのだ。
 そういう人間であるとわかっている。だからテッサは彼の言い分に耳を貸すのだ。
「怖いんだ。僕はもう、人は殺したくない。君たちからすれば、情けないんだろうけどね……でも、面と向かっては、人殺しなんてできないよ。さあ、殺そう! 殺してやろう! なんて、どうやったらそんな気分になれるんだよ。どうやったら気分を盛り上がることができるのさ? 僕にはわからないよ……なのに、あんな期待をされたってさ……」
 究極のところ、巫女たちは見たいのだろうという話であった。
 勇者、英雄が、悪を蹴散らす姿を、様を。
(でも、その『悪』もまた、人、人間だものね……)
 それは残酷な願望だった。
 人殺しを望まれ、人殺しを喜ばれる。
 シンジが嫌悪感を抱き、拒絶するのもわからない話ではない。
 それは彼が最も嫌っている人間像であるからだ。
 テッサは思った。
 見たいと思う巫女たちとは真逆に、見たくはないと願う人間。
 シンジの心に均衡をもたらすためには、そういった願いを持つような人材を見つけ、彼の側に置くべきではないのだろうかと。
 彼を守ろうとするものを置くべきでは無いのかと。
 だがその一番有力な候補となると、シンジの慟哭を耳にしながらも、去ろうともせずに背負わせようとしている厄介ごとの張本人、アスカ以外には考えられなかった。
 そしてその少女の肩は、背中は、少年を負わせるには華奢すぎるものであった。

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