そうして碇ゲンドウとユイが話している頃、シンジはカヲル、アスカと共に、城の中程にある張り出しのようなテラスから、整備兵に囲まれているズワウスを見下ろしていた。
 一定以上の格を持った人たちが茶会を開くような場所である。
 しかし、今はそのための椅子もなければ、テーブルもない。
 人払いの結果であった。
「妹さんの、シグナルコピーか」
 シンジはカヲルからの話に、どう感じ取ればいいのかと悩みを見せた。
 それはダミープラグと同じであった。
 長年の融合によって、ズワウスが持つコアに、焼き付き現象が起こっていたのだ。
 同時に、ズワウスの持つ神経細胞も、ベルフィールド卿に合わせたものに特化してしまっていた。
 それが、ベルフィールド卿との相性の良さを、維持し続けているというのである。
「技術班の見解だと、生命化現象に近いらしいよ」
「生命化現象ねぇ……」
「ズワウス自体が、もう、妹さんの半身みたいになってしまっている。ということだね」
「あれ、女の子なんだ……」
「シンジ」
 呆れた声を出したのはアスカであった。
 人前であることも考えず、アスカはシンジの脇に居た。
 袖の裾をつまみ、くいくいとひっぱり、半目を向ける。
「そういうことじゃないと思う」
「わかってるよ」
 ぽんと頭に手を置いて撫でる。
 これは、もう、ズワウスが、ベルフィールド卿以外の人物を、受け入れないと言うことを示していた。
 互換性の問題で、拒絶反応が起こってしまう。
 シンジは、かつてエヴァで、くり返し行われていた、起動試験のことを思い出してしまっていた。
 他人の癖の付いた機体では、シンクロ率は下がってしまう。
 時には、暴走すら起こしてしまう。
 ズルをしてシンクロしているような今の状態であっても、限度というものは存在している。
 ズワウスでは、代替機としては使えないし、それ以外の機体では、性能の面で不安がありすぎた。
 やはり、サーバインから降りなくてはならないのが、痛いと感じる。
(でも、あいつには、この子のことがあるもんな)
 彼にとっては笑い話で、この国のものにとっては、恐怖で語られるような話が、既に起こっていた。
 機族を退けたという機体である。
 欲を出した貴族が召し上げようととして、サーバインのひと睨みに黙らされるという事件が起こっていた。
 騎士が乗り込もうとしたところ、ハッチが独りでに閉じ、技術者が手を出そうとしたところ、身を固くするように動き、睨み付けたというのである。
 それも、オーラエンジンを起動することなく、だ。
 これは生命化現象ではないかと、騒然となったが、シンジとアスカ、双方から、気にすることはない、そういうものだと口にされ、今は腫れ物扱いとなっていた。
 コウゾウの元で働いていた者たちが触っていたときには、そのようなことはなかったのだ。サーバイン自身が、この城の者たちのことを、信用していないと言うことなのだろう。
 だからシンジは、実質的なことに、頭を悩ませなければならなかった。
 アスカを守らなければならないという使命がある。
 サーバインであれば、シンジがおらずとも、アスカを守るようには動くだろう。少なくとも、アスカでも、サーバインは従い、動く。それはもう実証済みのことである。
 だからアスカには、なにかがあったらサーバインの中に逃げ込めと話してあった。
「ベルフィールド卿、首が繋がったね」
 カヲルは皮肉を口の端に浮かべていた。
「ズワウスは、少なくとも機族の機体を撃退した君と、互角に立ち合った甲冑だ。それを唯一操れる卿は、もはや絶対の地位を約束されたに等しいよ」
「今だけの話だろ?」
「まあ、最前線送りは決定しているわけだし、妹さんは人質同然だし、幸せな結末かどうかは、どうなんだろうね?」
 その人質は、他国の王、カヲルの手の内である。
 ベルフィールド卿の離反が懸念される事柄であるからか、カヲルの元には、身柄を渡すよう、話が来ていた。
 公式のものではなく、強制でもないため、保護者である卿や、本人の意思確認が取れていないことを理由に、カヲルはこの話を拒否していた。
 それだけの力の持ち主である卿が、保身のためにこの国以外に身を寄せようとするのは自然な流れではあるのだが、カヲルにとっては、どちらであろうとも好きにすれば良いという程度の感想であった。
 ただ、人の意思、本人の希望を優先しようと思っている。それだけである。
 他人の思惑は、好きでは無いのだ。
 特に、踊らせようとする類の話は。
「かと言って」
 シンジの声に意識を戻す。
「新しい甲冑じゃ、サーバインみたいな力は、期待できないんだよね……」
 新型機であったとしても、意思、魂の生まれているサーバインと比べれば、少しばかり素体が軽く動くという違いがある程度だった。
 それ以外の部分では、遥かに劣ってしまっている。
 サーバインは、一戦ずつ成長を重ねたことで、二機のオーラエンジンを搭載できるタフさを手に入れていた。
 さらには、機族から奪い取った魔力機関も持ち合わせている。
 サーバインやズワウスを見れば、組み上げられたばかりの理力甲冑騎は、素組みの域を超えていないことがわかる。
 乗り手によって成長し、独特の変化を見せる、騎士のオーラによる変調。それが成されていない機体と、特化した後の機体とでは、外装が似てはいても、完全に別物とまでなってしまうのだという見解にまで達していた。
 だが、今更の機体で、先の旅で得たような、濃い内容の戦闘を行うのは、不可能である。
 一戦一戦が綱渡りであったのだ。
 どこで墜とされていてもおかしくはなかった。
 それと同じだけの成長を、安全な領域で手に入れようとするのなら、一体どれほどの時間が必要になるのか?
(無理だよな……)
 アスカの母の焼き付きのことを考えると、ただの機体では、どれだけ時間をかけたとしても、サーバインのようにはならないだろう。
 奇跡の機体なのだと、シンジでなくともわかることだった。
「正直、生身の方がマシな位なんだよなぁ……」
 それに、この国の戦力自体が、あてにはならない程度のものなのだ。
「足手まといだと思うしかない。そんなレベルだよな……」
 もしこのとき、この国の騎士たちの耳に入っていたのなら、確実に決闘を申し込まれることになるであろう呟きであった。
 だがシンジとて、北への旅路の途中で、この国の理力甲冑騎の姿を何度も見てきたのだ。
 その動きを思い出すに、頭が痛くなってくる。
 人形、いや、かかしと同じ扱いをされてしまうだけだろう。
「戦争なんて無茶だよ……」
「だけど、避けられない戦いでもあるんだよ。いつか、どこかでは、みんなが参戦しなくてはならない戦いなんだ。なら、今こそが……」
「わかってる。僕の力を見たいのは、敵だけじゃない。味方も、だろう?」
 そのことも、また頭を悩ませている問題であった。
 闇の城へと向かった軍勢は、カヲルの船によって王城へと帰還させられている。
 この者たちから漏らされた、サーバインとズワウスの、天地を引き裂くような戦闘の模様が、シンジの実力について様々な憶測を呼んでいた。
 もちろん、生身で追いかけ回されたときのことも含めてである。
 あの将軍の、あの卿の剣を避け、ひと太刀も受けること無く、そして下した。
 これは卿の力を知るものにとっては、想像もできない話であった。
 彼らには、卿の剣を避けることも受けることも、どれだけの実力を備えれば叶う話なのか、というレベルの問題になってしまうのだ。
 これを聞かされた貴族たちが、どのような損得勘定を働かせているのか、シンジには想像もできない闇である。
 故に、だからこそ、シンジは下手に動くことができなかった。
 現実の実力について把握されたならば、確実に周りは方向性を決めるだろう。
 事態が動き出してしまうのである。
 機族のことを考えれば時間が無く、だが、結束の問題を謀れば、時間を取るしか無い状況であった。
 ズワウスを眺めて、サーバインを思う。
 サーバインは、旅をしている間に、大きく育っていった。
 その兆候は、背部にまで露出していたコアによって見て取れる。
 対してズワウスのものは、シートの下、腰骨の前、股間部に収まってしまうほどに小さいままだ。
 純粋に、エネルギー機関としての働きしか、持たされていなかったからだろう。
 意思が宿ることはなかったのである。
 卿の妹の存在があったからだ。
 それならば、核である少女を失ったズワウスは、この先どのように成長を見せるのだろうか?
 あるいは、成長のような変化が起こることは、もはやないのであろうか?
「いっそのこと、闘技大会でも開いてみるかい?」
 カヲルの話に意識を引き戻される。
「闘技大会?」
「甲冑が生まれたからって、結局は脳筋だからねぇ」
 笑うカヲルに、酷いことを言うねと、シンジも笑う。
「ベルフィールド卿とか、あのレベルの人が出てきたらどうするのさ」
「ATフィールドがある限り、負けることは無いさ」
「勝てなかったら、負けじゃないか、この場合は」
「弱気だねぇ」
「人を簡単には殺せない僕が、人を簡単に殺せる人に、勝てるわけがないんだよ。でしょ?」
 せめて傷つけることができれば違っているのだろうが、それすらも躊躇してしまう人間である。
 逃げ惑うことになるのは目に見えている。
 だが力を見せろという場でそれをすれば、どのようなことになるかなど明白だった。
「勝つ、の定義かい? 難しいねぇ」
「……あの人たちは、殺すか、殺されるか、そこで決めれば良いって感じなんだろうけどさ」
 シンジにとっての勝ち負けとは、相手の意思を挫けるかどうか、そこに基準が置かれていた。
 これは、ATフィールドなどを介し、意思の疎通や共感、交感を行ってしまう独自性から来ている性癖であった。
 戦闘中であっても、つい会話の応酬を行ってしまうのは、そこに起因している問題であるのだ。
 問答無用。
 それはシンジにはできず、ベルフィールド卿他、この世界の武人には、誰にでもできることであった。
 この差は大きいのだ。
「卿の場合は、もう、許される立場じゃないからねぇ。妹さんのこともあるし、逃げることは許されないんだ。君と一騎打ちをして、勝ったら無罪放免だ! なんて言われたら、きっと死にものぐるいになったりするんじゃないのかな?」
 シンジはげんなりとして口にした。
「やめてよね……、そういうの」
 ヴィータとの模擬戦のように、熱くなった結果ならともかく、と、考える。
「僕って存在が問題を大きくしてるっていうのは、もう、諦めてはいるんだけどさ……」
 知らない振りはできない。それはわかっているのだが、だからと言って、装備が不十分であることに、納得することはできないでいた。
 これでは交渉以前に、舐められてしまう。それはシンジ程度の小僧にでも想像のできる話であった。
 相手方に交渉の価値ありと認めてもらうことも無く、一方的に、好きなようにされるというのでは、後味以前の問題である。
 せめて交渉の場を設けなければならない。
 そのためには、例え言葉の通じない相手であったとしても、いや、だからこそ、交渉の場へと引きずり出せるだけの武力を示さねばならなかった。
 力押し、ごり押しは通じない相手であると。そうして始めて、シェイクハンドは可能になるのだ。
「僕のことなんて、まあ、どうだって良いんだけど……」
 まあ、君はそう思うんだろうね。
 カヲルは、そう思っても、口にはしなかった。
「方法の一つとしては、圧力をかけるというのも、手ではあるんだけどね」
「圧力? 誰からの?」
「北と西からさ」
「君と、巫女姫様の?」
「多数決の上に、立場もこちらが上だからね。孤立しても良いなら、お好きにどうぞ……、そんなところかな」
 実際、サードチルドレンのその力、その存在を認めていないのは、この国だけなのだ。
 敵である南ですらも、シンジのことをサードチルドレンとして認識し、それを前提に行動している。
「それでもなお……、となるとね。実を言えば、ここまで来ると、もう、君が本物のサードチルドレンかどうかなんて些細な問題になっているのさ。今、世界は大きな流れの中にあるんだ。乗るか、流されて溺れるか。もう、どちらかになっているんだよね」
「傍観を貫くとか、そういうのはないの?」
 ないと、カヲルは断言した。
「その場合は惨めな未来が待っているだけだよ」
「惨め?」
「僕たちが勝とうが、機族が勝とうが、どちらにしても、蔑まれる未来が待ってるだけだよ。一国だけ戦いに参加しなかったと非難されるか、それとも、運が良くてこれまで通りに搾取され、運が悪いのなら、根こそぎ命を刈り取られる未来を待つだけ。それを、胸を張って、選択の結果だって言えるのかい?」
「そうならないように、みんなで頑張ろうってのに……、ってわけか。でも、そこをうまくやってさ、漁夫の利? ってのも、ありなんじゃないの?」
「戦力を温存して、疲弊した隙を突いて?」
「そう」
「……それは僕たちを甘く見すぎているよ。僕の船を見てご覧? 南だけじゃなく、西だって、一方的にこの国を蹂躙できるだけの『兵器』を持っているんだよ? 戦力じゃない。兵器だ。そして北にだって巫女姫の操る使徒がいるんだよ? 協調するどころか背中を狙うような卑怯者を相手にして、戦争の作法や道理を守る理由があるのかな?」
 確かにとシンジは思う。
 遠距離からミサイルを降り落とされれば、この時代の人たちには為す術などはないだろう。
 戦争というものは、理由や口実、作法と言ったものが必要とされている。
 それすら不要とされるような外道を相手に、まともな戦略をとる必要はない。
 N2の一つでことは終わる。
 北はともかく、西にはミサイルくらいのものはあるだろう。
 下手をすれば、N2の開発くらいは行えているかも知れない。
 そう思ったとき、シンジはぞっとした。
(この世界には、弾道弾ミサイルとかを発見できるレーダーがなければ、それを迎撃できる防空システムもないよな……)
 つまり、首都を落とすだけならば、国境の向こうからでも可能なのだ。
 カヲルがあのような船を動かしたのは、それもあるのかもしれないと思い至った。
 南は、確実に持っているであろうからだ。
 となれば、国同士がこじれるのは大きな問題を生むことになる。
 機械化が遅れ、理力甲冑騎などという人形もどきがようやく使い物になるようになってきたばかりのこの国から、西の庇護が消え去れば、機族が蹂躙し、焦土とするのに、さほどの手間はかからないだろう。
 そして、この国は、人類の生息圏の中心に位置しているのだ。
(分断された後は……)
 それは恐ろしい想像である。
 だが、だからと言って……。
(僕が気を揉むっていうのも、なにか違うんだよなぁ)
 シンジは、自分の性格を(かえり)みる。
 勢い任せに、感情に振り回されなければ、相手を傷つけるような真似などできはしない。
 戦いの場のような、特殊な精神状態に追い込まれるまでは、とにかく受け身で回ろうとする。
 攻めに転じるのは、あくまで最後だ。
 しかし、相手は、そのように、感情が高ぶるまで待ってはくれない。
 そして悠長なことを言っている間に、どれだけの犠牲が出るのだろうか?
(犠牲者の姿を見てからでないと、キレることができないって……)
 向かないんだよな、と思うのだ。
 犠牲者が出る前にと、正義漢ぶって立ち上がることができない。
「とりあえず、どこかで力を見せて、納得させて、黙らせる。それはするしかないだろうね」
「そうなのかな?」
「でないと、君はいつまでも、動きを制限されたままになるよ。その上で、どこまで関わることにするのか。その線引きを決めるしかないね」
 問われて、シンジは困った。困り果てた。
 シンジ自身、ずっと悩んでいることだからだ。
 確かに、流れからここまで来てしまっているが、元々、シンジ自身には明白な目的などなにもないのだ。
 自分という存在が、機族という者たちを刺激してしまったというのであれば、これは無視して通り過ぎるわけにはいかないだろうなぁ……。と、その程度の認識具合である。
 ズワウスのことがあっても、ベルフィールド卿のことについては、もう深く考えていなかった。
 偶然にも、勢いからその妹を助けることになってしまった。
 だが、だからと言って、その妹と話をしたわけではないのだ。顔すらまともに見ていないのである。
 健康体へと復帰したとはいえ、未だ精神的な疲れは抜けておらず、一日で目覚めている時間はわずかであり、その時間も、ベルフィールド卿によって占められていた。
 そしてベルフィールド卿自身についても、特に大した思い入れがある相手ではないのだ。
 それどころか、彼が、アスカや、それ以外の人たちにしたことを考えると、積極的に関わり合いになりたいとは思えなかった。
 酷いことができる人は、怖いのだ。
 だから避けてしまっていた。
 そしてそのまま……、となってしまっている。
 思い入れを持つなど、不可能であった。
「そりゃ、殺すとか、殺されるとかは嫌だし、後味が悪くなるから、もう一度戦え、なんて言われるよりはって、思うけどさ」
「なら、ベルフィールド卿に関しては、殺したいくらいに憎んでいる人たちに任せてしまって、後はもう、知らない振りをして、忘れてしまう、とか?」
 シンジは自分の手を見つめる。
 その表情は、己の届く手の範囲を知っている人間がするものになっていた。
 全てを守る。それができる人間ではないと知っている者のする顔つきだ。
 そして、後で顛末を知り、後悔することになるのだなと、諦めている者のする顔でもあった。
「パイロットだからかな……。やっぱり、違うんだよなぁ。物の中で壁越しに戦うのと、生身でつばぜり合うのとは」
 もちろん、気迫と言ったものは伝わるし、死という物も共通して実感できる。
 それでもやはり、目前で、直接に会話できる状況でと言うのは、違いすぎるとシンジは思っていた。
「甘いのかな? 言葉が交わせるからって、しゃべろうとしてしまうのは」
「普通の戦闘は、一瞬の交差で終わるものだからねぇ」
「会話なんてする暇もなくて、トリガーを引いたら終わってる。そういうものだからね。でも、理力甲冑騎みたいなのだと、どうしてもね……」
「けれど、生身での戦いでも、似たようなものなんじゃないのかい? 特に戦場では、相手を思う暇もなく、相手のことを知る前に、切り結んで、切り捨てられて、終わってしまう」
 この認識は、両方ともが正しかった。
 シンジにはATフィールドがある。
 それは絶対のアドバンテージであり、これが会話のための余裕を生み出してしまっていた。
 相手を傷つけるための覚悟を決めるまでの時間を持たせてしまうのだ。
 身を守り、逃げ回れる力である。
「まあ、今は考えていたって仕方のない話だね」
 そう言って、カヲルは話の筋を戻した。
「僕から強く言えば、提供させることはできるけれど」
「甲冑を? でもなぁ……」
 理由や状況がどうであれ、理力甲冑騎は国の機密である。
 それを、どこの国の所属かもはっきりとしない少年に譲渡させようという行為は、後々の軋轢を生みかねない。
 後の世界を作るために戦おうというのなら、その先に遺恨や禍根を残さない方法を探らなければならなかった。
 それにと言う。
「今更、ただの甲冑を譲ってもらってもねぇ? 確かに、サーバインでエヴァとだって戦えたけどさ、あれはやっぱり、サーバインだからだよ。それに、サーバインだってぼろぼろになったんだ」
「それでも、スモールが相手なら、十分なんじゃないのかい?」
 無理だねとシンジは冷静に分析する。
「例えサーバインでも、スモールが相手じゃ、今でも一機二機を同時に相手取るのがやっとだよ。戦争って単位で出てくるほどの数が相手じゃ、戦えるとは思えないな」
 持ち上げすぎなんだよなとシンジは言う。
「エヴァと戦えたのなんて、単なる偶然じゃないか。もしあそこでアスカのスモールから魔導機関を奪えてなかったら? 奪えるような作りじゃ無かったとしたら? ベルフィールド卿と戦ったときだってそうだ。全然コントロールできてなかった。してるつもりもなかったんだ。ただぶつかってるだけのつもりだったのに、外は酷いことになってたみたいだし。そんなので、敵味方の入り乱れてるところを飛べって言うのかよ?」
 足下を気にせず、踏みつぶして進めというのかと言っているのだ。
 シンジの性格としては、逆に、足下の蟻を気にして、つま先立ちになる。
「だいたいが、大物相手に勝ってきてるだけなんだよな……、スモールの編隊なんてゾッとするよ。追いかけるなんて無理だ。なぶり者にされるだけだよ」
 負けない戦いならできるのだ。
 身を守っているだけで良いのだから。
 だが勝つための戦いは無理だと思えた。
 手が届かないからである。
「そして、君でもそんな有様なのに、かい?」
「一人で戦争ができないっていうのはわかってるけど」
 いったい敵機の数は、どれほどのものになるのだろうか?
 十機二十機ではないだろう。難しいことになるだろうと想像できた。
「無駄に数だけ増やしても、囮にもならないだろうし」
「なら、どうするんだい?」
「物語じゃ、魔王を倒すのに、その軍勢を相手にする方法は取らないんだよな……」
「なにが言いたいのかな」
「この戦争は、僕のせいで始まるんだろ? だったらその僕が、一番真っ先に戦って、他の誰かに迷惑をかける前に、本拠地にまで乗り込んじゃってさ、終わらせることができれば、それが一番良い話になるんじゃないのかなって、思うんだよね」
「勇者のように?」
 わかってる、とシンジは答える。
「無謀だってことはね」
 だが、やらない、とは口にしない。
「一応、はやてさんたち、闇の書にからんだことについては、父さんに頼んで置こうと思ってる」
「いいのかい?」
「なにがさ?」
「得体が知れないとは思わないのかなってね」
 シンジは苦笑するだけで、複雑にわいた感情は、言葉にして吐き出さなかった。

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