「使徒を受け止める? エヴァでですか?」
「ええ」
 高々度からの使徒の来訪、これに対するネルフ側の対抗策はあまりにも原始的過ぎるものだった。
「作戦と言えるの? これが」
「言えないわね」
「まったく! 作戦部は何やってんのよ!」
「悪いね」
 そう言ったのは日向マコトだった。人のサポート向きである彼は、ナンバー2の位置にあってこそその実力を発揮するタイプだ。
 葛城ミサトの代わりにトップに立つには精細に欠けていた、作戦部には認めたくなくとも葛城ミサトのような人材が必要だったのだ。
「あの……、司令と副司令は?」
「司令は南極に出張、副司令は国会よ」

One Day : 12

「既に各報道機関の情報により御承知のことと思われますが、現在、我々は地球規模での災厄に見回れております」
 国会内にこれだけのカメラが入り込むのは異例だろう、何しろ、外国テレビのカメラまで入っているのだから。
「セカンドインパクト以降確認された謎の敵性生物、あらゆる物理的破壊兵器を受け付けぬ常識外の化け物を相手にするに、我々国連は汎用決戦兵器を開発いたしました」
 エヴァンゲリオン。
「この兵器は脳波コントロールと言う特殊な操作体系を取るが故に、大人の老化した脳では同調する事が出来ないと言う欠点を有しておりました、システムとの同調には成長期の子供が最も適性であり、そのため我々は僅か十四才の少年少女に現状を頼っているのが実状です」
 ざわざわと揺れる国会だ。恐らく、世界でも同じだろう。
「オートマチックシステムなどの開発が急がれていますが、敵性体の襲来には間に合いませんでした、この敵性体ですが、そのエネルギー質量からセカンドインパクト級の破壊を実行出来る事が確認されています」
 今度こそ目に見える形で動揺が駆け抜けた。
 人類は未だ。そのアレルギーから脱してはいないのだから。
「セカンドインパクトすらもこの敵性体の仕業ではないかとの仮説が上がっておりますが、その判断は学者諸氏にお任せします、今の問題は戦略自衛隊に対しての断罪です」
 強い口調で言い切った。
「先に申しました通り、シンクロと呼ばれる脳波同調システムの特性上、パイロットとなりえる可能性を持つ人材発見は難航して下ります、現在確認されているだけで『五人』、内二人に関しては積極的な参加を拒否して下ります、我々にはこれを強制するだけの権利はありません、甘いとの指摘も当然のごとくありましたが、強制や洗脳はメンタル部分に傷を付ける事になり、システムとの同調には重大な支障を来します、全ては、彼らの自主性にのみ、希望を見いだすしかないのです」
 その部分は特に強く訴えた。
「ところが先日、敵性体進攻の折りに迎撃都市は未曾有の混乱に陥って下りました、あり得るはずのないシステムダウンは、戦略自衛隊と日本政府内務省調査部との極秘作戦行動によるものであることが判明いたしました、その目的は汎用決戦兵器のパイロット、十四歳の少年を誘拐する事で、同年齢の少女によってかどわかし、民間遊覧船に隔離、後に戦略自衛隊の特殊兵器によって強奪と言う、余りにも悪辣に過ぎる計画でありました、幸いにも護衛の者の機転により彼は無事に済みましたが」
 いかにもと言った感じで言葉を区切った。
「この際、偶然にも敵性体の進攻が重なりました、彼らネルフは策略と謀略によって手足をもがれ、第三新東京市内にまで侵入を許してしまいました、敵性体の持つ位相空間発生能力を用いた一種のバリアはあらゆる物理衝撃を空間断層によって無力化します、これを破るためだけにも数十キロトン級のNN爆弾が必要であり、敵性体を活動停止に追い込むためにはさらに数千キロトン級の破壊力が必要と試算が出ております、ネルフは……、手足をもがれた状態で、最悪のシナリオを展開する所にまで追い込まれました」
 ごくりと生唾を飲み下す。
「本部の自爆……、ネルフ本部には最後の手段として数万キロトン級の爆薬が蓄えられて下ります、この破壊力は言うまでも無く、地殻への深刻な被害を与え、日本のみならず世界的規模の人災を生み出すものです、ですが、彼らはそこまでしても、セカンドインパクトを、いや、サードインパクトを回避するために務めております、今回はかろうじてその難を逃れましたが……」
 悔しそうな顔をわざと作った。
「日本政府はこれらのことを理解していながらも、自国の利権のためだけにパイロットの誘拐をもくろみました、拉致監禁の後にどれ程の拷問と洗脳を行うつもりだったのか? これは言うまでもないでしょう、保護されたパイロットがそれでも搭乗を拒否せず、継続して搭乗を望んでくれた事に感謝の念が堪えません、彼が我々を見捨ててしまう可能性もあったのですから、くり返しますが、もし、無理に乗せたとしても、思考波によって動くシステムである以上、心理状態が大きく反映してしまうのです、そのように不安定な心の状態で、汎用決戦兵器は思い通りには動かぬのです、実際、先のテストにおいて彼の適性能力が大きく減退している事が確認されました、その落差は一割に達します、考えて下さい、手元にあるペンを握ろうとして、一割も思い通りに体が動かぬのですよ? 彼らに犠牲を強いている立場である以上、我らは救われるに値する態度を行動で示さねばなりません、だのにこの所業、呆れられて当然でしょう」
 さらに嘆息。
「先日の戦闘においては、正規パイロットである彼が搭乗出来ず、非戦闘員である民間の少年に搭乗を願ったと報告が来ています、その結果は全治一ヶ月、いえ、後遺症が残ることも確実となっております、国民に対する『情報の隠蔽』と合わせて、これらの責任をどうお取りになるつもりなのか、わたしはお聞かせ願いたい」
 男は下がった。そして冬月コウゾウ、ネルフ副司令の隣に腰掛ける。
「と、まあこんなものでどうでしょうか?」
「少々、味付けが濃過ぎないかね?」
「分かり易くていいでしょう、こういう場所では罪悪感と人情に訴えるのが一番ですよ」
「しかし情報の隠蔽とはな、良く言うよ」
「ついでに罪を被って頂きましょう、これで真実を口にされたとしても」
「言い逃れにしか、聞こえんだろうな」
 こうして、使徒の存在は周知の事実と化したのだった。


 エレベーターが降下していく、もう何年も、何千回、何万回と使用されて来たのだろう、その音には多少不安を増長させる物が混ざっていた。
 乗っているのは三人、レイにアスカに、シンジだ。
 この世界に在るべき、本来の三人組であった。
「ねぇ」
 口火を切ったのはアスカであった。
「なんで今度は、あいつに任せなかったわけ?」
 それが誰を指しているのかは明白だった。
「……言いたくない?」
 碇少年は小さくかぶりを振った。
「違う、これ以上……、逃げたくないから」
「逃げたく?」
「うん……、僕が遊んでる間に、六分儀君はちゃんとやるべきことをやってた」
 深呼吸して心を落ち着けて白状する。
 ネルフに戻ると、もう全ては終わっていた。
 汗だくになり、髪をべとつかせた父に言い放たれた言葉が痛かった。
『お前には失望した』
「やらなきゃいけないことをやってるから、六分儀君は必要とされてるんだ。なのに僕は妬んで、エヴァのパイロットってだけで仲良くしてくれた霧島さんに逃げ込もうとした」
 アスカに目を向ける。
「あの……、ありがとう、心配してくれて」
「だ。誰が!」
「いいんだ。今なら分かるよ、スパイだって言ってたのも、そういうの心配して、あんまり傷つかないようにって」
「馬鹿……」
 俯いた少年には、少女の痛ましい目つきは分からなかっただろう。
「で、今日はなんで?」
「情けないけど……、謝りたいから」
「罪ほろぼしってわけ?」
「違うよ、謝りたいんだ。でもこのままじゃ、なんて言って謝っていいか分からないから、言い訳出来る材料が欲しいんだよ、だから」
「きっかけが欲しいってこと?」
「そうかもしれない」
 そんな少年に口を尖らせて言う。
「ほんとに馬鹿ね、あんたって」
 少年はぐっと奥歯を噛み締めた。
 失恋の痛手と、騙された情けなさと、軽蔑の視線の全てから逃げ出すために。
 エヴァを駆ろうと、心に決めた。


続く


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