戦闘終了後のミューティング。
 碇シンジは遠く南極からの通信内容に胸を弾ませた。
(父さんが誉めてくれたんだ)
 それは彼にとっての快挙であった。
(父さんが)
「僕は、父さんに誉めてもらいたかったのかもしれない」
 そう聞こえた彼の呟きに対して、惣流・アスカ・ラングレーは、軽い嫌悪感を滲ませた。
 それは同類に対する。あるいは自己嫌悪だったのかもしれない。

One Day : 13

「ほぉら、お望みの姿になったわよ、十七回も垢を落とされてね」
『では三人ともこの部屋を出て、その姿のままエントリープラグに入ってちょうだい』
「えー!」
『大丈夫、映像モニターは切ってあるから、プライバシーは保護してあるから』
「そう言う問題じゃないでしょう! 気持ちの問題よ!」
 隣で騒ぐ少女には悪いが、少年は冷めた事を考えていた。
(顔は似てるけど)
 同じような体つきに見えて、どうしてそんなに弛んでいるのかと訝ってしまった。
 姉の引き締まりようがそう感じさせたのだろうが、実際には十分平均よりも上なのだ。
 贅沢な話である。もっとも、そんな事を考えられる事の方が重要であった。
 精神的な余裕が生まれ始めたのかもしれない。
 彼は他人に目を向ける程度のゆとりを手に入れたのだ。
 しかしそれも、一歩歩けばひび割れてしまう様な氷の上の事である。


「どうもあんたの行動理念って奴が分かんないんだけど?」
 アスカの問いかけに、シンジは気の無い返事をした。
 ジオフロント、本部脇の地底湖だ。
 彼は釣り竿を垂らしていた、湖底には実験プラントに繋がるパイプラインがあるのだが、それでもジオフロントは自活出来るコロニーとして設計されている。
 その奥でオゾン滅菌が行われていても、一応は魚も放されていた。
「大したことは無いんだけどね」
 無意味に麦わら帽子など被っている。
「アスカや他の友達が居る。のんびりと『今』を満喫出来る。それで十分さ」
「そのついでってわけ?」
「そ、目障りなのが幾つかあって、目に届かない所に行って欲しいなって思ってる」
「それにしてもミサトもしぶといわね」
 アスカはシンジの隣に腰を下ろした。
 横座りでシンジにもたれかかる。珍しい態度だろう。
「謎の組織に拐われそうになっていたのを保護したんだってことになってた、戦自の広報じゃ」
「今じゃ誰も信じないだろうね」
「誘拐未遂事件の直後じゃあねぇ、戦自のロボットは国連に没収、ミサトの管理下に置かれるそうよ?」
「え? なんで?」
「対使徒戦の実績があるから」
「隠す必要が無くなったから、か」
「使徒襲来の事実? これもお笑いぐさよ、日本近海、太平洋側のどっかに巣があるんだろうってね、さっそく本が出てたわ、ムーの謎」
「なんだよそれ?」
「太平洋にムー大陸が沈んでるってのは有名な与太話だもの、後は海流とか自転方向とか、いろいろとこじつけられてたわ」
「いい加減だねぇ、それで信じちゃうわけだ?」
「それらしくもっともな事が一番わかりやすい真実なのよ」
「ま、どれを取っても嘘の真実だらけだから、ここを調べても本屋を調べても大差無いんだよな、ほんとのところ」
 それでも真実に限りなく近付こうとしている男が居た。


「これもシナリオの内ですか? 碇司令」
 ドグマへと通じるメインシャフト、その下層部の建設作業用のゴンドラに彼の姿はあった。
 加持リョウジである。
 彼が見上げる数十メートル頭上では、壁が瞬くような光を発し、一種の電子回路を形成していた。
 通信機は先程から使徒の侵入を報じている。
「これをチャンスと見るかどうかは微妙だな」
 このまま一気に、と思いはしたが、彼はその選択を破棄したようだ。
「マギが汚染されてる内に、レプカードを作っとくか」
 どうせ今暫くは留まらなければならない土地だと言うことで、彼は別の作業をするために引き上げた。


「使徒殲滅……、この手で実行出来るなんてね」
 同時刻のネルフ発令所である。
 三機のスーパーコンピューターの内の一機をメンテモードに切り換え、赤木リツコはその中で何やら作業をしていた。
 外ではマヤがノートパソコンを繋いでキーを叩き続けている。
「ここに居たら、ミサトにキーを押させてあげたのに」
「葛城さんにですか?」
「ええ、あの子、使徒に恨みがあるのよ」
「え?」
「有名な話よ、セカンドインパクトで南極と共に消滅した葛城調査隊、その中にね、あの子も居たの」
「葛城さんが……」
「知らなかった? あの子ね、その時直接見てるのよ、使徒を」


 最初に汚染を受けたのは、地底湖湖底パイプライン下層部にある実験施設付近であった。
 あらゆる物質を侵食し、取り込むマイクロ使徒は、物理的に接触しているあらゆるものを融合せしめた。
 いや、それは正確ではないだろう。
 使徒は模擬体を通して接続された零号機のATフィールドに反応して活動を開始した。
 敵の存在を確認と同時に、取り込むと言うある種第五使徒的な反射反応であった。だが使徒は誤った。
 同化した物はエヴァでは無かった。パイロットも逃げて抜け殻になった。だが起動実験中であったが故に接続状態を維持されていたマギという存在に気が付いた。
 彼らは聡い存在であった。エヴァンゲリオン、その奥の適格者同様に、マギにもまた『ココロ』を感じた。
 それは『敵』である。
 だが結局は生存本能故に自滅の選択を放棄することになった。これには赤木博士の進化促進プログラムが荷担している。
 進化の終着地点は自滅、これを使徒に知らしめた。
 このことは一つの大きな疑問点を孕んでいた、使徒は、本能に近いレベルでとはいえ、通常の生物と同様の理解を示したのだ。
 生き物として、当然のごとく。
 そうして、ようやく問題が終息したころ、地底湖では。
「なんで……」
 湖岸において、碇シンジと、六分儀シンジが対峙していた。


続く


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