一応の危機が終息したとは言え、非常事態であったことには変わりなく、またその体制を解くためにもこれから確認作業を行わなければならない。
 そういう意味で、未だ本部は警戒態勢を維持し続けている。
 そんな状況の中。
「何やってんだよ……」
 ようやく保安部によって回収された碇シンジは、肩を震わせ六分儀シンジを睨み付けていた。

One Day : 14

 惣流・アスカ・ラングレーにしてみれば怒りたくなる気持ちは分かるところだった。
 人がプラグの中で一向に伝わって来ない情報にやきもきとしていれば、こいつはこんなところで、のんびりと釣りなどを楽しんでいたのだから。
 しかし声だかに少年に同調することは出来なかった。何故かと問われれば彼の戦いの動機のことが引っ掛かっていたのともう一つ、おそらくはこちらが一番の理由なのだが。
 姉の姿があったからだ。
「何かあったの?」
「何って……、使徒だよ! 使徒が来てたんだ。こんな所で何やってるんだよ!」
「釣りだけど?」
 ほらっと持ち上げた釣り竿を少年は手で弾いた、草の上に落ちる。
 痛いなぁ、と手を振るシンジ。
「何するんだよ」
「何じゃないだろう!? どうして」
「行く必要が無いからよ」
「姉さん?」
 アスカはまだ女の子座りを続けていた。
 そんな見慣れない姿が動揺を誘う。
「何か勘違いしてるみたいね」
「勘違いって、なんですか」
「そいつはあんたの身代わりなのよ?」
「だから、それが……」
「分かんない? あんたの代わりに死ぬ事に意義があるの、だけど自分から戦うって決めたんなら、その邪魔をする訳にはいかないでしょうが」
「だからって!」
「あんた、エヴァに乗りたいんでしょう?」
「それが何ですか」
「いいの? こいつに乗ってもらっても」
 何が言いたいのかと言う不理解が顔に出た。
 だからアスカは口にした。
「あのね、戦闘の対処から実力、シンクロ率に至るまで、あんたとこいつと比べる必要も無いんじゃないの? より確実に使徒を倒すためにどちらを乗せるかなんて考える必要も無いのよ? 実際、なんでこいつじゃなくてあんただって声もあるくらいだしね」
「そんな……」
「驚いた? でも当たり前じゃない、エヴァの敗北は世界の破滅に繋がってるんだから、なりふり構ってなんて居られないのよ、だけどあんたを乗せてる。その理由はただ一つ、あんたが乗りたいって我が侭を言ってるからよ」
「でも、みんなだって! 僕に乗って欲しいって言ってたじゃないか!」
「状況が変わったのよ」
 その先をアスカはもう一人の自分に求めた。
「言ってあげたら?」
 少女は目を閉じて口にする。
「……肝心な時に居ない、すぐ逃げ出そうとする傾向がある。ちょっと上手くいってれば調子に乗って勝手な事ばかり言う、浅間山の時のことは感謝してるけど、ね」
 彼女は認めた。
「そいつが居れば、あたしも要らない、あんたもね、そいつ一人で十分なのよ、それくらい実力が違うの」
「けど……、違う、シンジは僕だ。父さんだって、僕を乗せるつもりで呼んだんだ!」
「憐れね……」
 これは少女だ。
 そしてアスカが言う。
「あんたがそう言うから、比較されないように乗らないでいて上げてるんじゃない、こいつは」
 更に追い打ちをかける。
「いいの? これ以上こいつが活躍すれば、あんた本当に用無しって思われるけど」
「そんなことない!」
「言ったろう?」
 ようやくシンジは口を開いた。
「僕と君とじゃ、生きて来た過程が違うって、君がいくら頑張ったって、エヴァと使徒の両方について誰よりも良く知ってる僕には叶わないさ」
「ちょっと待って」
 口を挟んだのは少女であった。
「使徒を、知ってる?」
「うん、使徒が何のために、どうしてここに来るのか、使徒って何なのか、全部ね」
「そんな!?」
「ちなみにあたしも知ってるけど?」
「姉さん!? どうして……」
「隠してたわけじゃないわよ? でも気にしてないなら教える必要も無いかなってね」
「そう、二人ともそう言う所は似てるよね、目的なんかどうでも良いんだ。問題は手段として自分が使ってもらえるかどうかなんだよね、そしてそこで誉められる事が命題なんだ」
「あたしはアスカ? あんたが必要としてる物を全部教えたつもりよ?」
「でも……、教えてくれなかったじゃない」
「甘えないで。知りたいのなら幾らでも調べる機会はあったし、相談する事も出来たはずよ」
「だって、知ってるなんて」
「思わなかった? いま口にしたでしょ? あたしが知らなくても相談は出来た、そうでしょう? 気にしなかったのは何故? アスカには必要ない情報だった。何故? それは」
「もういい!」
 やめて、と少女は耳を塞いだ。
「そうやって逃げて、いつまでも自分の心を見つめようとしない」
 嘆息。
「そんなことじゃ、いつまでたっても本当の強さなんて身に付けられないままよ? アスカ、強くなりたくないの?」
「でも……」
「強い振りを……、虚勢を張り続けたいならそのままで居なさい、どの道、あたしにはもう教えられる事なんて無いんだから」
「姉さん?」
 やや呆然とその言葉を受ける。
「嘘でしょ? ねぇ……」
「心を鍛えられるのは自分だけよ、だって他人には他人の心の嘘と本当を見分ける力なんて無いんだもの、虚偽の自分を幾ら鍛えてもらったって殻が厚くなるだけよ、卵の中身は柔らかいまま、決して石にはなれないわ」
「そして割れたら終わるんだよね」
 シンジの言葉にアスカは自嘲した。
「そうね」
「ま、これ以上僕達がここに居ても良い影響は与えないみたいだね」
「そうね」
 ようやく立ち上がって、お尻をはたいた。
「じゃ、ね、アスカ、元気で」
「え……」
「あたし、抜けるわ」
「ぬ、抜けるって……」
「こいつと普通に暮らすの」
 そう言ってシンジの首を絡め取る。
「ネルフをやめちゃったら、あんた達とはもう会えないからね」
「そんな!」
「守秘義務って奴よ、しょうがないでしょ?」
「待って! そんな、急に……」
「いつかそうしようって思ってたもの……、なに?」
「いや……、僕と?」
「うん、嫌とか言う気?」
「そうじゃなくて、また置いて行かれるんだって思ってたから」
「置いていって欲しいの?」
「連れてってくれた方が嬉しいけど……」
「でしょ? あたしもあんたが居た方が楽できるもん、色々とね」
 ところで、と彼女は無反応なレイを見た。
「どうする?」
 意味不明だと、レイは首を傾げた。
「三日後、迎えに来てあげる。その時に決めて」
「何を……」
「さあ? その時に聞いてあげる」
 それが意地悪なのかどうなのか彼女には分からなかっただろうが。
 何故三日後なのか、少女はあり得ない事態に陥り知ることになる。
 初潮。
 綾波レイは、初めて月のものを迎えるのであった。


続く


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