行方知れずの零号機専属パイロット。
初号機の大幅な検査、そのパイロットの心神耗弱。
様々な難事態が山積する中、さらにまた新たな不安要素が加わった。
ネルフ第２支部の消失。
これは４号機へのＳ２機関搭載実験中の事故だと推察されている。
問題は第１支部に残された３号機の処遇であった。
ネルフは候補者の中から一人の少年を選び出した。
それはあろうことか、碇シンジのクラスメートの一人であった。
One Day : 17
（やはりトウジなのか……）
夢で見てしまったからかも知れない。
そんなに仲が良いわけでもなかったのに、彼をさらりと下の名前で呼んでしまっていた。
そんな自分に気が付いて、誰にも気付かれない程度に舌打ちをする。
もっとも、顔に出した所で誰も気が付きはしなかっただろうが。
無人の初号機格納庫。
少年はその顔の前に立っていた。
（この中に居るのか、母さん……、それから）
もう一人の自分が。
その彼の言葉を思い出す。
『僕の時間は、僕を好きって言ってくれた人を……、カヲル君を殺してしまった所で終わってしまったんだよ』
『好きって……』
『彼の首を、こうして……、くびり落としたんだ。僕を好きって言ってくれた人を！』
『でも、使徒だったんだろう？』
『初めて好きって言ってもらえたんだ！ 裏切られたとか、騙されたとか！ そんなこと関係無くて、僕はっ』
『君は……』
『僕は、彼のことが好きじゃなかったのかもしれない、好きって言って貰えた事が嬉しかったのに、好きだって言い返さなかったんだ。あの時、本当なら僕が死ぬべきだった。カヲル君が好きなら、カヲル君のために死ねたはずだ。でも』
『言えなかったのか、『僕』は……』
『やっちゃったんだ！ こうして、こう！ そんな僕が生きてて良いはずがないんだよ！ だってカヲル君は他人のために微笑んで、優しくして、死ねるような人だった！ そんな人を殺してまで生きてて良いなんて、どうしても思えなかったんだよ！ だから』
『だから？』
『だから僕は放棄した』
『放棄？』
『そう、生きていても好い事なんて無かった。でも死ぬ勇気もなかった。僕は何処までいっても僕でしか無かった。変われもしなかった。だから僕はもう、僕のままでも良いんだと自己弁護で固めて……、僕はここに留まったんだ』
『え？』
『そうして心も、何もかもを閉ざしている間に全ては終わっていたよ、足元には青い星が残ってた、君に見せたように赤くは染まっていなかったな……、それでも魂は解放されたみたいでね、僕はそんなみんなの魂と語らって、自己満足で都合の良い嘘の虚像に心を満たして貰ったんだ。でもそれが間違いだった！』
少年はその後の悔恨の言葉を胸に刻んで戻って来ていた。
この世界は輪転を続けている。それは宇宙レベルでの輪廻転生なのだが、今は誤った螺旋の形状に変化してしまっていた。
本来であれば二重の螺旋構造を描いて転生がくり返される度に一段ずつ階梯を上っていなければならないと言うのに、今はＸ字形に切断されて結ばれてしまっている。
その形はメビウスの輪だ。
一人の少年の甘えが記憶となって真っ新な世界に一つの時間を転写してしまっていた、それがこの閉塞した世界の正体、初号機のコアと言う箱庭の宇宙。
これも一つの、歴史の形。
（僕にこの世界を壊せって言うのか）
返事が無い事は分かっていながらも、初号機に問いかけずには居られなかった。
輪を解く事で時間に沿って染色体構造は落下していく。
それは一点に視点を固定すればまるで伸びているように見える。いや、実際に伸びていくのだろう。
Ｘ字形の頂点を自分のいる場所、底辺を過去とすれば、足場の下は時間と言う重しに引っ張られて何処までも堕ちて行くのが当たり前だから。
「でも」
少年は問いかける。
「僕に何が出来るって言うんだよ」
誰も答えてくれはしない。
世界は何処まで残酷なのだろうか？ 少年が思い悩んでいる間にも、事態は確実に進行していた。
「どうするつもり？」
米国第１支部より到着する予定の３号機を出迎えるネルフ職員。
その動きを隠れ見ている三人が居た。
峠の山道だ。松代へ向かうトラックが列を成して進んでいく。
アスカ、シンジ、それにレイ。
三人はその上の林の中に潜んでいた。
木に手を突いているのはアスカだ。シンジはその足元に片膝を立て、レイは背後で佇んでいた。
「３号機をいただくよ」
唐突な言葉にアスカは驚きの声を発し上げた。
「盗むっての！？ あれを！」
シンジは頷いた。
「どうしようっての？」
「……」
「まあ……、良いけど」
嘆息する。ちらりと見たレイの方は……。
「……」
やはり少しばかり困惑していた。
「余り人殺しはしたくないんだけど……」
アスカの言葉にシンジは顔を上げる。
「嫌なら良いよ、僕だけでやる」
「あんたまだ……」
アスカはようやく何にこだわっているかを思い出した。
鈴原トウジ。
あの馬鹿のことだ。
「まったく！」
空いている手でシンジの頭をぐしゃりと撫でる。
「だったら米国の第２支部、見捨てることは無かったんじゃないの？」
「Ｓ２機関搭載実験中の場所になんていけるもんか」
「なんなの？」
「分かってなかったの？」
シンジは教えた。
「Ｓ２機関は生体構造そのものなんだよ？ 遺伝子の形状が生体電流を生み出しているんだ。つまり染色体なわけで……」
「エヴァには詰み込めない？」
「そう、アンペアの違う製品に過電流を流せば当然ショートするよね？」
「支部が消失したってのは？」
「蒸気をどれだけ集めれば手のひらに乗る氷になると思う？」
「は？」
「エヴァは粒子と波、両方の性質を持った光のようなもので構成されているって言うけどね、じゃあエヴァほどの体積を構成する物質って言うのは、どれくらいのエネルギーを凝縮すれば固体化できる必要量に足りるんだろう？」
なるほどと頷くアスカだ。
「それが一気に解放されちゃったわけか」
「うん、それも暴走紛いの状態でね、異次元への穴ぐらい開くだろうさ」
「委員長」
洞木ヒカリはその呼び声に、僅かに後れて反応を返した。
「相田くん？」
ざわつく教室はいつも通りに見えて、やはり確実にその人数は減っている。
「碇、知らないか？」
「今日は来てないんじゃない？」
「そっか……」
護魔化すような質問の仕方が気になった。
「どうかしたの？」
「いや、さ……」
彼は迷いながら口にした。
「アメリカからエヴァが来るんだよ」
「エヴァが？」
「ああ、それで何か聞けないかなと思ったんだけどさ」
思わず顔をしかめるヒカリである。
このクラスメートの精神構造が全く理解出来なかったからだ。趣味というにも悪趣味過ぎる。クラスメートが何度入院したのか、友達が消えたのか、彼の親友の妹も病院に入ったまま未だ出て来れない状態だというのに。
無神経に過ぎるだろう。
（また同じ歳の子が乗る事になるのかな……）
気になっているのは綾波レイという少女のことと。
六分儀シンジ。
クラスメートの兄のことだった。
一人は理由不明のままの欠席が続いている。こんなに長期に及んだのは、そう。
怪獣が来る前後辺り以来だ。
もう一人のクラスメートにしてパイロットの少女に聞いてみたいところではあったが、彼女ともそれ程仲が良いわけではない。
特に探りを入れた時の反応が恐かった。冷たい目は嫌悪感と壁を感じさせてとても近寄り難かった。
ストレートに裏の無い人間だけを好むくせに。
それ以上に作り笑いで巧みに人気者を維持し続けている。そんな裏表が見て取れてしまった。
最近はストレスのためかその仮面にほころびが見え始めていると窺える。よって近付く人間は減ってきている。
ヒカリも敬遠組の一人であった。
（どうしてこんなに気になるんだろう？）
六分儀シンジ。
やがヒカリは、その名前だけに終始し始めた、だがそんなに長くはふけらなかった。
ほんの少し思い悩んだだけで、まるで閃くように、言葉にするには難しい、しかし直感としては納得出来る感情が浮かんだからだ。
（そっか……）
あの目、あの態度。
碇シンジは乗る事に積極性が無く……。
惣流・アスカ・ラングレーは、どこか乗る事に躍起になっている感じがして。
（好きじゃないんだ）
六分儀シンジはそんなところが何もなかったから。
だから受け入れられたんだと、窓の外を眺めやった。
続く
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