「よう、遅かったな」
 某月某日、とある廃ビルの地下。
 大まかにであれば場所の特定は可能であった。
 旧東京、封地地区。
 セカンドインパクトの影響による津波と海面上昇、それに液状化を食らったこの地は、もはや人の住める環境ではなくなってしまっていた。
 泥の中に埋まったビルはそれでも頭だけを覗かせている。
 運の良い建物などは、泥の侵入をかろうじて拒み、なんとか内部をカビさせる程度に留めていた。
 散在しているそのような放置ビルディングの一つ、その地下室に彼は居た。
「特務機関ネルフ、特殊監察部所属加持リョウジ、それと同時に、日本政府内務省調査部所属、加持リョウジでもあったとはね」
 銃口を向け、嘆息したのはミサトであった。
「今更どうして、動いたりしたの」
「それが仕事だからな?」
「ふざけないで」
 唾を吐く。
「戦自が独断で行った誘拐騒ぎ以降、その権限が大幅に削られ、管理監督されているのは周知の事実よ、今更」
 お手上げ、とばかりに加持は両腕を挙げて告白した。
「もう一つ、付け加えてくれないか?」
 怪訝そうにするミサトに皮肉った笑みを浮かべて見せる。
「人類補完委員会、特殊工作員、加持リョウジ」
「!?」
「つまりはそういうことなんだよ」
 動揺したミサトに、もう良いだろうと言う素振りを見せて腕を下げる。
 直後。
 ──ダン!
 素早く腰の後ろに腕を回して、加持は銃を抜き撃った。

One Day : 21

 約一ヶ月。
 それだけの期間を掛けて実行に移された碇シンジに対するサルベージ計画は、完全な失敗によって一時本部を失意のどん底に叩き込んだ。
 しかし。
 ──映像
 装甲板を外された初号機の胸にある赤い核から、ずるりと少年がこぼれるように排出された。
「サルベージは失敗したと?」
 冬月コウゾウはこの映像に対して、少なからぬ疑問を持った。
「では、この現象はどう説明するのかね?」
 ──本部最上階、総司令執務室
「まさか自力でサルベージを行ったとでも言うのかね?」
「あるいは」
 E計画担当主任、赤木リツコは唇を噛んで答えた。
「それが彼女の意志かと」
 間が開く。
 沈黙。
 それを破ったのは総司令であった。
「サードの検査の結果はどうなっている」
「はい……」
 小脇に挟んでいたファイルをめくった。
「検査の結果、異常は無い物と……、遺伝子レベルでも前回の検査と差違は見られません、ただ」
「なんだね?」
「覚醒直後の心理テストに知能検査を織り混ぜたところ、その結果に若干疑問の余地が見受けられました」
 男二人は彼女が口にするのを待った。
「知能指数に向上が見られました、その数値は五十」
「五十? ……それは凄いな」
「はい、ですが元々高かったとは言い難く、その点に置いては平均を若干上回ったに過ぎず、単にシナプスの働きが活性化されただけとも受け取れますが……」
 冬月は唸った。
「それにしても、五十とは」
 突然、それほど上がる物だろうか?
「どう思う、碇?」
 いつものポーズのままで問う。
「……心理面での、影響は」
「現在の所、特には」
「ならば良い、問題はない」
 ゲンドウはようやく力を抜いた。
「初号機との再シンクロテストを行う、この問題はそれ以降だ」
「良いのですか?」
「碇、初号機は……」
 ふんと鼻で笑った。
「封印などどうとでもなる」
「また委員会がうるさいぞ」
「所詮は喚くだけの連中だ。好きにさせるさ」
「そうか……、だが」
 冬月は未練を言う。
「何故シンジ君はシンジ君として戻れたのだ? ユイ君にあってはかろうじてレイと言う現し身がこの世に回帰しているのみだと言うのにだ」
 やはり、と呻いた。
「それが彼女の望みであったと言う事か」
 この言葉に、ゲンドウとリツコは六分儀シンジを名乗る少年がやって来た日のことを思い出した。
 副司令は、故、碇ユイと何らかの言葉を交わしていたのだとの……。
 それは忘れたはずの、疑念であった。


 ……大人達の陰謀は疑心暗鬼と欲望の狭間で互いに軋みを上げながら進行していた。
 そして彼と彼女達も……。
「アスカに直接手を出すなんて、そんなの無茶だよ」
 ジオフロント内森林公園。ネルフを眺める正面ベンチに、シンジと少女は腰かけていた。
「約束はどうなるのよ」
「もちろん守るさ、……それがこうしてもらえてる条件なんだからね」
 ベンチの背もたれに両腕を広げ、引っ掛けているシンジ。
 少女はその右隣に座って、こてんと彼の胸に持たれるようにして首もとに頭を預けていた。
 甘えた仕草。
 それは表面上は良い関係に見えるだろうが、どこか和やかでないのは、やはり心が通じ合っている訳ではないからだろう。
 慣れていないために演技臭い。
「あんたね、まさか」
 少女は問う。
「わざと引き伸ばして、うやむやにするつもりなんじゃないでしょうね?」
 シンジはそれを皮肉で返した。
「そうやって信用してくれない、何でもかんでも疑う、卑屈なんだね、君は」
 くっと歯噛みし、体に力を込めて少女は震えた。
「うるさいわね……」
「確かに、アスカに手を出せば上手く行くにしろ、失敗するにしろ、僕はもうこうしてはいられなくなる」
 だって、と、その続きは口にしなかったが明白だった。
 用が済めば、捨てる気だろうと言っているのだ。
「あたしだって! ……約束は守るわ」
「うん、そうあって欲しいもんだね」
 これからもずっとと、シンジは腕を動かし、体を前に倒すようにして座り直した。
「良いかい? 直接の運動神経、戦術、判断力、……悪知恵に至るまで僕達はアスカの足元にも及ばない」
「そんなに差があるの?」
「うん……、その差を埋める程度の力押しは出来るけどね」
 少女は、かつて姉と目していた人が、この少年は自分よりもずっと強いと言っていた事を思い出した。
「だったら……」
「だからって、ここは人の住んでる街だよ? 僕達が悪人にされたらもう手出しは出来なくなる」
 単純に力比べの結果を求めているのではないだろうと言い諭した。
「じゃあ、どうするのよ」
「だから、逆の手を打つんだよ」
「逆?」
「そう、今ならまだ。油断してくれているはずだからね」


 バンとベランダに続く窓を開いて、赤い髪の少女は一息に柵を飛び越えた。
 バタバタと慌てて黒服の男達が追いすがる。しかし相手は既に遥か下だった。
 柵に掛けられた鉤爪状のもの、ロープをここに引っ掛けて、少女は四階から跳び下りたのだ。
「ターゲット逃亡、地上班、追跡求む」
 男はそれ以上の追跡を断念し、鉤爪を外して階下に放った。
 腹立ちと幾分、称賛を込めて。
 振り返る。何を考えているのかまったく読み取れないファーストチルドレンを、残りの三人が確保していた。
 妙に冷めた目つき、顎を引いているためか、彼女目は鋭く見えた。
「ファーストを確保、連行する」
 ここは鈴原家である。家主達は外出中だ。
 男は顎をしゃくって命じると、土足で踏み荒らしたままの部屋にほんの僅かに謝罪した。


 彼女、アスカにとって最もあり得ない事態というのは、意外な事にパートナー、シンジの裏切りに他ならなかった。
(ネルフも案外駄目ね、今頃気付くなんて)
 だからこそ、彼女は逃亡しながらも潜伏場所の発覚はネルフの努力の賜物であると考察していた。
 鈴原トウジの家も監視されていて当然なのだ。だからその内気付かれるだろうとは思っていた。
 ただ。あまりにもその気配がないために油断し切ってしまっていた、それがこの慌ただしさに繋がっている。
 そこを突かれたと言う思いはあったが、予想の範囲を越えてはいなかった。
 もっとも、真実は想像の埒外としていることなのだが。
(レイを残して来たのは失敗だったかも)
 アスカは自己保身に務めた事に対して心でわびた。
 言い訳にしか過ぎないが、もしあの状態で自分が暴れていたとしても、それは一時凌ぎにしかならなかっただろう。
 包囲を固められているのは感じていた、たかが踏み込んで来た三・四人を倒した所で、それは凶悪な武器を持つ後続を呼び集める口実を与えるだけになってしまっていただろう。
(そうなったら、どうなるかわからないじゃない)
 一応はこれが一番ベターであると判断したのだ。
 だから、それ以上には心配しなかった。が、不安なのは。
(シンジの奴……)
 あの飴の事だ。
(どういうつもりかは知んないけど)
 もしあの組成成分が調べられるような事があったとしたら?
 おそらく、大変な騒ぎになってしまうだろう。
(多分、あの使徒の時の自爆騒ぎを回避するつもりなんだろうけど)
 何となくで、アスカはそう察していた。
 喜んでくれるから、ただそれだけであんな物を食べさせているなどと言う話は、にわかに信じられなかったからだ。
(あいつの考えを知る必要はあるか)
 となると、ネルフに再侵入、潜伏する必要性が出て来てしまうのだが。
 もはやお尋ね物の身分である。
(シンジじゃなくて、あたしが誘拐したって事になってるの?)
 いや。
 あるいは、シンジも……。
 そう考えると厄介だった。
 シンジが大人しくしていてくれれば良いのだが。
(まずいわね)
 助け出すとなると手駒が足りない。
(使えればいいんだけど)
 そこで彼女が目を付けたものは、UNと……。
(ミサトと、霧島マナ、あの二人)
 だった。


続く


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