雄叫びを上げ、エヴァンゲリオン初号機は光となった。
 その破壊力は凄まじく、芦の湖の一部を削り取り、天井都市を支える床にも大穴を開けてしまっていた。。
 湖の水が滝のように流れ込み、ジオフロントの森林を台無しにしている。
 司令、副司令は放心したように物事に手を付けずに居た。
 初号機の自爆寸前にユイと叫んだ声を聞いたのは赤木リツコ博士だけである。あまりの衝撃と震動に、大半の人間は悲鳴の内の一つとして聞き間違えていた。
 初号機の消失と零号機の大破。
 全てのパイロットの戦線離脱。
 これに対し、委員会は非常事態と見てフィフスチルドレンの派遣を決定した。
 残された弐号機を有効に活用する。というのが表向き用意された理由であった。

One Day : 24

 異様な緊張感に包まれるネルフ本部、第一発令所。
 相対するのは実質全ての権限を預かっている赤木リツコと、葛城ミサト。
 ミサトの背後には十数人からなる一団が控えていた、UNより提供された特殊工作部隊の各部隊長、及び霧島マナ他二名、それに。
 アスカである。
「よくまあ、犯罪者ばかり集めて乗り込んで来たものね」
 リツコの皮肉にやり返すアスカ。
「それはこっちの台詞なんじゃないの?」
 リツコの一瞥を、説明を求められたと解釈する。
「ファーストチルドレン……、綾波レイ、過去の経歴は抹消済み、ねぇ? 使徒と結託して何を企んでたわけ?」
 嘆息するリツコだ。
「彼女は使徒ではないわ、使徒に汚染された可能性は否定出来ないけど」
「……真偽のほどはこちらで確かめさせてもらうわ」
 これはミサトだ。
「六分儀君はどこ?」
「あの子? あの子なら地下よ」
「地下?」
「忘れたの? 綾波レイは碇ユイさんによってあの子のために用意されたものだって話を」
「……なんですって?」
「あるいは、それは正しかったのかもしれないわね、彼を行かせた途端、急に大人しくなったもの」
 ミサトとマナは、何か言いたそうな目をアスカへと向けた。
 特にマナだ。
「……サードチルドレンは?」
 その目を受けてアスカは訊ねた。
 ちらりとオペレーターに視線を送るリツコ。
「地上です、零号機の回収現場に……、待って下さい」
 にわかに緊張感を帯びる声。
「サードとフィフスの接触を確認」
 これに対して目を閉じるアスカに、マナは怪訝そうな目を向けた。


 零号機回収ポイント。
 山肌に叩きつけられた形で零号機は黒焦げの姿を晒していた。
(良く無事だったな……、僕は)
 初号機の自爆、大きく街をえぐるクレーターは、底部からジオフロントを覗き見ることができるほどだ。
 取り込んだ使徒ごと自らを消し去った初号機に対して、衝撃波で吹き飛ばされただけの零号機。
 その差が出たのかもしれない、初号機はS機関を暴走させての『人体発火』によって自らを焼き尽くしたのだ。
(その炎だけで、これだけの熱量になるって言うのも凄いけど)
 これ以上先へは進めない、道は交通整理が行われ、ネルフによって封鎖されていた。
 仕方なくやって来た道を歩いて戻ろうとする。そこで気が付いた。
 すぐ傍の自販機、それにもたれ掛かるようにして少年が缶ジュースを飲んでいた。
「やあ」
 白い髪と、赤い瞳。
「碇、シンジ君だね?」
 微笑。
「君は……、いや、僕は知ってる。君を知っている」
 目を剥く。
「渚、カヲル君」
「カヲルで良いよ、シンジ君、……僕も君のことは知っているからね」
「え……」
「そう、初号機と融合を果たした彼が知ってしまったからね、この世の成り立ちを、僕も十分に感じ取ったよ」
「そうなんだ……」
「僕はこれまで、本部にあるものに還らなければならないのだと信じていた、でも違ったんだね」
 目を閉じ、項垂れる様に顎を引いて、前髪で顔を隠してしまった。
「僕達の生死に関わらず、この世界の行く末は運命と言う名の束縛によって既に定められているのだから」
 僕達の生には意味などないのだと。
 彼は口にしたかったのかもしれない。


「さて……、本題に入る前に二・三片付けておきたい話があるんだけど?」
 アスカはうざったく切り出した。
「碇ゲンドウ、冬月コウゾウに逮捕状が発行されてるの」
「なんですって!?」
 これに仰天したのはリツコだけでなく、ミサトもであった。
「幾つかの証拠がこの中に納まっててね」
 そう言って、ポケットからディスクを一枚取り出した。
「それは……」
 ディスクの表面に見慣れた文字がマジックで書き記されていた。
 ──Myハニーへ
「加持!?」
「ええ……、他にも幾つかの手段でミサトに送ったみたいだけどね、結局生き残ったのはこれ一枚よ」
 はいとミサトに手渡した。
「加持さんの遺品なんだから、大事にしてよね……」
「アスカ、あなた……」
 愕然として受け取る。
 知っていたのかと。
「あんた達にはこっちのコピーを上げるわ」
 童顔オペレーターに予備を投げやる。
「ここにある二枚を消したって無駄だからね、逮捕状を出してくれたところにだって当然渡してあるんだし、もう隠しようが無いくらいに広まっているはずだから」
「……破滅ね」
「誰の?」
「あの人の、よ」
 アスカは顔を背けた、直に見知ってる訳ではないがシンジから聞いていたのだ。
 この女の狂気の情念と、関係を。
「こ、これって!?」
 オペレーターの子は、目で命じるミサトに負けてメインモニターにディスクの中身を表示し、愕然とした。
 そして後悔する。
『TOP SECRET EYES ONLY』で締めくくられる一連の映像から始まる衝撃の真実。
 碇ゲンドウとおぼしき男と誰かの会話、動き出す使徒の映像、続くはこの地、ネルフ内部での監視記録であった。無数のエヴァの屍、色と形は零号機のもの。
 碇ユイとおぼしき女性を捉えたもの、エヴァンゲリオン初号機、その素体、子供が写っていた、シンジだろう。
 事故、取り込まれる被験者、ユイと叫び取り乱す男。
 第一次サルベージ計画によって引き上げられた小さな女の子。
 処置室、取り付けられた無数のケーブルと測定器。
 燈の灯っていない発令所、少女の首を締める女性の姿、己の成した事に恐れおののいて階下に落ちる。
「母さん……」
 リツコの呟きの後にも映像は続く。
 惣流・アスカ・ラングレー。
 碇シンジ。
 それぞれの生活を撮ったもの、子供としては明らかに異常なほど心を閉ざし、顔を硬くし、作り笑いを浮かべていた。
 目が死んでいた。
「こんな……」
 マナの呻き、それでも放っておいたのだ。
「この精神状態が必要だったからよ、エヴァとのシンクロにね」
「シンクロ?」
「そう、見たでしょ? 母親の取り込まれた初号機に同調するためには、マザコンが一番なのよ」
 酷い言い様だった。
「あの無数の零号機は?」
 これはミサトだ。
「たった十五年であれだけの数が作れるはずが無い、予算もない、あれは元々ここに眠ってたもの、違う?」
 アスカの問いかけにリツコは目を閉じた。
「当たりみたいね」
「じゃあ?」
「ええ、零号機は元々ここにあったものを組み直して仕上げた、だから零ナンバー、初号機はその名の通り人類が始めて組み上げたエヴァンゲリオン」
「そう言う事……」
 映像はさらに展開する。
 どこだろうか? 暗い部屋だ。中心に金色の液体を湛えたシリンダー、漂っているのは綾波レイだった。今に近い歳の。
 カメラが切り替わる。周囲は円を描いてぐるりと回るプールになっていた、水槽か?
「ひっ!」
 マナ達子供は悲鳴を上げて下がった。ただの映像だとしても狂気に歪んでいるとしか思えなかった。
 十? 二十? 一体幾人の綾波レイが浮かんでいるのだろうか?
 その顔からは笑みだけが見て取れた、心のない、人形のような。
「綾波、レイ」
 ミサトは声に出さなければ信じられなかった。
「どうして、こんな」
「予備よ」
「予備!?」
「そう、そしてダミープラグの元でもあるわ」
 リツコは語る。神様を拾った人類が如何に愚かであったかを。
 独走する科学者、それを止められぬ市政者、言葉尻に乗る権力者、結果であるセカンドインパクト、使徒の発現、これに対するためのエヴァンゲリオンの建造計画、幾つかの狂気の選択を除けば、それは決して邪悪なものではなかっただろう。
「そう、全ては葛城博士が、自ら提唱しているS理論を実証するために暴走した所から始まったのよ」
「そんな……」
「驚いた? あなたは使徒をお父さんを殺した仇だと思ってたみたいだけど、元々人の言うことを聞かずに己の身勝手で世界を破滅に陥れ、自滅した葛城博士にこそ罪はあるのよ、使徒を、アダムを起こしてしまったのは彼なのだから」
 ミサトの脳裏に別れの時の姿が蘇る。
 最後だけ父親らしい事をしてくれたのは何だったのだろうか?
 このまま悪人になってしまうことを恐れて助けてくれただけだったのだろうか?
 最後に良い事が出来れば何だって良かったのかもしれない、それもまた、その機会を作ったのは自分でありながら。
「お父さん……」
 崩れ落ちるミサトに皆は動揺する。事情を知っているリツコは動じないが、……そう考えると泰然としたままのアスカは妙に映るだろう。
「つまり綾波レイは、使徒のコピーであるエヴァと同化した女性をサルベージした結果であった。これには潜在的に使徒化する可能性が存在していた、そういうことでいいのね?」
「ええ、だからこそさっきも映っていた通り、非常識とも言えるほど執拗に検査したんでしょうからね」
 ──ウソツキ
 何故かアスカの目に、そう言われた気がしたリツコであった。


続く


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