何がどうなったのか、と言えば誰も説明出来なかった。
 アスカを筆頭に綾波レイ討伐隊が、コキュートスに向かって進撃を始めた。
 何事もなく順調に到達した地下施設の一角、その部屋。
 しかしそこには既に居らず、彼女達は兵を率いてエヴァの墓場を経由し、ドグマの地下へと下りていった。
 綾波レイのプールがあるはずの部屋へ。
 果たして、そこには三人の人間が待ち受けていた。
 綾波レイ。
 惣流・アスカ・ラングレー。
 そしてシンジの三人である。
 映像で見るのとはまた違った墓場の迫力に打ちのめされていた一同は、ここれでもまた実際に見る異様な光景に、今度こそ腰を砕かれる思いをしていた。
 水槽に沈んでいるはずの人形達が。
 壊れていたのだ。
「……レイ」
 リツコの呼び掛けに、異様な風体をしたままのレイが振り返った。
 その顎を引いた感じが、吊り上がり気味の目を更に冷たいものに見せている。
「夢は、終わり……」
「そして現実が始まるんだ」
 シンジのその背後ではへたり落ちた少女が、頭を抱えてがくがくと震えていた。
 既に目は正気を失っている。
「シンジ、あんた……」
 アスカが何か言うと同時に。
 激震。
「なに?」
『葛城さん!』
「日向君?」
『弐号機が起動! 隔壁を破ってメインシャフトに!』
「弐号機が? パイロットは!?」
『居ません、誰も、無人です!』
『パターン青! 使徒です! 反応は……、フィフスチルドレンから!』
 昔の癖が噴出したのか、焦りのために頼る相手を間違えたのか、ミサトに向かって情報が発せられて行く。
 目の前にも使徒、そしてこちらと同じ程度に深い場所にも使徒、それも弐号機を強奪して。
「なんてこと……」
 反射的にレイに銃口を向ける兵士達、後ずさりを始める。だがこうしている間にも終わりの時は近付いてる。
 パイロットはこうして揃っている。しかしエヴァは残る一機を奪われ、手の内には無い。
 絶体絶命の、窮地。
 誰もその場を動けなかった。

One Day : 25

「はっ、ははは! ははははは!」
 腹を抱えて笑ったのはシンジであった。
「み、ミサトさん、冗談は止めて下さいよ」
 目尻に滲んだ涙を拭う。
「ここで世界が滅んだら困るのはお互い様? だから綾波に使徒を倒させろって?」
「そうよ、レイ!」
 呼び掛けるまでもなく、レイは目を向けたままだ。
「……あなただって、六分儀君が大事なんでしょう? だったら!」
「だったら、どうだって言うんですか?」
「六分儀君……」
「ここに来たのは何のためです? 綾波を殺すためでしょう?」
「くっ……」
「次に殺されるのが自分だとわかってて、どうして協力なんてするんですか?」
「あなたに言ってないわ」
「同じことですよ」
 すっと……。
 少年は目を細め、嘲りを怒りに変えた。
「邪魔なものを排除するためにはあらゆる物を利用する。さすがですよ」
「何が言いたいの」
「最初はエヴァ、次は戦自、今度はUNですか、碇君を連れ去ろうとしたことは? 利用するためならなんだってやる。そう、加持さんだって殺したくせに」
 動揺。
 放心したままの少女が、その会話に反応を示す。
「加持さん?」
 シンジ、レイ、姉、ミサト、その他の人間。
 焦点が徐々に結ばれていく。
「僕達、いや、エヴァが用済みになったら、ネルフごとどうするつもりです?」
「……どうもしないわ」
「嘘ですね」
 嘲る。
「エヴァが何であるか、知ってるんでしょう? 使徒です、使徒のコピーですよ、綾波みたいにならないって保証は何処にあるんですか? 次はいつ使徒が現れるかわからない、だからってネルフ単独の管理下に置いておくなんて納得出来ますか? 出来ないでしょう? 安心出来るわけありませんよね? その仕組みにも興味がある。そう、碇君を拐ったように、今度は誰を拐いますか? 殺しますか?」
 言い返せるはずがない、だが。
 それでも言い訳してしまうからこそのミサトなのだろう。
「あたしは、あなた達まで巻き込むつもりは……」
「エヴァに乗せたのに?」
「……」
「綾波を利用しようとしてるのに?」
「その子は」
「作っておいて?」
「あたしじゃないわ」
「でも仲間だった」
「知らなかったのよ!」
「知らなかったら荷担しても罪にはならない?」
「それは」
「償う気も無いくせに、求めるのは自分の気持ち良さだけで、他人のことなんて全て二の次」
 流石ですよ、と言う。
「葛城博士にそっくりですね」
「!?」
『ルート変更! 葛城さんっ、使徒はそちらに!』
 直後。
 ──ガシャアン!
 巨大な抜き手が壁を貫通して突き出した。
「エヴァンゲリオン弐号機!?」
 引き抜かれていく指先。
 ザァと水と共に流れ出る綾波レイだったもの。
「ひっ!」
 マナや大人達はそれから逃げようと腰を引いた。
「やあ」
 そらとぼけた声、手と入れ違いに入って来たのはカヲルであった。


「カヲル君……」
「やあ、シンジ君」
 その気安さに動揺する。
「……君は」
「僕だよ、忘れたのかい?」
「嘘だ」
 シンジは動揺しながらも踏みとどまった。
「そんなはずない、だって、カヲル君は!」
 ──ドン!
 背後からの衝撃にたたらを踏む。
「うっ」
 ごぶりと熱く込み上げた塊が口からこぼれた。
 べちゃりと床一面に広がったLCLに赤く跳ねる。
「シンジ!」
「碇君!」
 アスカとレイの叫び。
「あ……」
 シンジは自分の胸を見下ろした。
 理解し切れないと言った顔で。
「……ロンギヌスの、槍?」
 おそらくはその先端部だろう。
 二股の、片方のみの、先だけが、空間から突き出してシンジの体を貫いていた。
 エヴァが持つサイズの槍である。先だけでもシンジの胴部ほどもある。
 ずぶりと、もう一つ深くめり込んで、シンジの体を切断した。
 千切れた上半身と、下半身と、さらに槍の先端が同時に床を叩こうとする。
 だが三つとも音は立てなかった。槍は消えた、暗闇の奥へと、上半身はアスカが、下半身はレイが、それぞれ滑るように抱きついて受け止めていた。
「ひぅ!」
 奇妙な悲鳴を上げて少女が下がった。血まみれのLCLの上を這うように。
「くっ、は!」
 その様な状態になってもシンジは死んでいなかった。
「ど、して……」
「生と死は等価値なんだよ、僕にとってはね」
「あんた!」
 放り捨てられたシンジの上半身が水を跳ねた。
「でも君が居る限り、僕はそのどちらも得られないんだよ」
「うるさい!」
 憤ったアスカは閉じられていた、いや、閉じていた左目を開いた、黒い眼球に赤い瞳孔。
 それはまるで使徒のそれだった。
 右腕にくっきりと筋が浮かぶ、切断された痕、だが驚くべきはその後だった。
 跳ねるアスカ、拳を振るうが一撃目は弾かれた。
「ATフィールド!?」
 ミサトの実況、空間に波紋を広げた金の輝き。
「鬱陶しいのよ!」
 跳ねられた右手を引いて左拳をふるう、再び波紋に受け止められたが、アスカはたわませて貫いた。
「ATフィールドを!」
 絶叫するリツコ。
「はっ!」
 裂帛の気合、踏み込んだ足を軸にして後ろ回し蹴りを放つ。
「ふっ!」
 だがカヲルも右腕一本で受け止めた、LCLのためにずるりと足を滑らせたが。
「君が怒る必要はないだろう?」
「どうとでも思えばいいわ!」
「シンジ君なら、そこに居るさ」
 ──ドン
 シンジと同じように、アスカもまた背に刃を突き立てられた。
 しかしシンジほど強引にではなく、それは人間の手によるものだった。
「……あんた」
 肩越しに、自分の髪越しに見た少年は……。
 はぁはぁと自らの行為に恐れおののきながら、赤く濡れた手を震わせていた。


続く


[BACK] [TOP] [NEXT]