「こうなりゃ、なりふりかまってらんないか…」
ダッシュボードから無線機を取り出す、非常時以外の使用は禁止されていたのだ。
だがスイッチを入れるよりも早く、上空からの爆音にびびらされた。
「なに！？」
突然のライト。
「うわ！」
目を覆うシンジ。
「シンジ、シンジか！？」
ヘリが滞空していた、湖面が波紋を広げる。
「父さん！？」
シンジはその声に驚いた。
「シンジ、その場を離れろ！」
「え？」
わけがわからずに、シンジは慌てふためいた。
きょろきょろと左右を見る、そしてシンジは見つけてしまった。
「湖の中に…、なにかいる！？」
それ程大きくはない、２メートル程度だろう、だが黒い影がライトの中にはっきりと見えていた。
いけない、恐い、逃げなきゃ！
それは本能的なものだった、シンジは女の子を抱き上げると、火事場の何とかと言う言葉が似合うほどの力を発揮して、浜辺をただただ逃げ惑った。
カッ！
その背後で光が弾けた。
振り返る、シンジはヘリが爆発する様を、はっきりと見てしまった。
「と…、父さん！」
叫ぶ。
『問題ない、リモコンヘリだ』
突然耳元に声。
ラジコンサイズのヘリが飛んでいた、下にスピーカーとカメラがついている。
『何をしている、逃げるなら早くしろ』
「う、うん」
シンジは相変わらずだな、父さん…などとのんきなことを考えてしまった。
少女を抱えたままで急斜面を２メートルほど駆け登る。
車道に出た。
「うわぁ！」
あせる、そのシンジの真正面で、ミサトのルノーがスピンターンを決めたからだ。
「ぶ、ぶつかるかと思った…」
へたりこむシンジ。
「乗って、早く！」
女の子を押し込もうとするシンジ、だが…
「やばい！」
ミサトは逆にシンジと少女を抱いて、路上へ飛び出した。
「うわ！」
少女のあまり豊かではない胸に顔を圧迫されて、シンジは時と場所にかまわず赤面した。
だがそれも一瞬のことだった、ルノーが爆発した。
「うそぉ！、まだローンが３３回も残ってたのにぃ！」
ミサトの悲鳴。
炎はしばらく十字架の形を取っていた、呆然と少女を抱きかかえ、へたりこんだままシンジはそれを見つめていた。
「まったく今日は厄日ね、代わるわ」
少女を引き受けるミサト。
「は、はい…あれ？、あれ…なんですか！？」
湖から上がってくる、人型であって、人でないもの。
首がなく、仮面のような顔を持っていた、手足が異常に細い。
湖の藻だのなんだのを体中に引っ掛けている。
そしてヘリの残骸の吹く炎が生み出す光と影のコントラスト。
その中心で異様な程の輝きを放っている紅玉。
それはきょとんとした表情でシンジたちを見た。
「みみみみみ、ミサトさん！」
「なによ！」
「こっち見ましたよ？」
「逃げるのよ！」
駆けだす、だが『フォウ』っと不可思議な音をたてて、『そいつ』は宙に浮きあがり、一気にシンジたちを飛び越した。
ズシャ！
「うわ！」
行く手を遮る怪人。
「だめだわ、逃げられない…」
ミサトはシンジを見た、怯えからか顔面が蒼白になっている。
怪物から滴り落ちる水、染みが路面に広がっていく。
立ち上がっている所を見て、シンジは巨人ではないのかと錯覚した。
２メートル半から、３メートルはある。
「ミサトさん、ウソですよね、これ…、なにかの悪い冗談なんですよね！」
ミサトのジャケットをつかんで、シンジはそうだと言ってくれと懇願した。
「現実よ、認めなさい」
ゆっくりと下に少女を降ろす。
「こうなったら…」
玉砕覚悟のミサト。
「変身…」
ラジコンヘリがふよふよと近寄ってきた。
「そんな！、無理です、まだ調整もしていないんですよ！？」
ラジコンヘリはミサトを無視した。
「シンジ」
「なに？、父さん…」
嫌な予感。
「葛城君、あれを…」
ミサトは迷いを持ったまま、おもちゃのような髪飾りを二つ取り出した。
「これをつけて」
ミサトは無理矢理シンジの髪に取りつけた。
「なんですか？、これ…」
怪物も同じ疑問を持ったようだ、シンジをきょとんと見てしまっている。
「さあっ、シンジ、叫ぶのだ！」
「え？」
「貴方がそれを使って戦うのよ」
「た、戦うって！？」
シンジは卒倒しそうになった。
「良いから叫んで！、でないと、たぶんあたし達は死ぬわ…」
怪物の目が光った、反射的にシンジを突き飛ばし、自分も転がるミサト。
二人の立っていた所に、十字架型の炎が吹きあがった。
怪物がヘリのカメラを見た。
「いかん！、やつめ、ここに気づいたか」
モニターの中で、怪物はゲンドウをみつめた。
「ああ…、あ…」
恐怖に囚われるシンジ。
視線を泳がせる、少女が視界に入った、シンジの瞳が急速にその焦点を合わせる。
「守らなきゃ、今やらなきゃ、死んじゃうんだ」
飼育小屋のことが思い出される。
「そんなの、もう嫌なんだよ！」
ぎゅっと拳を握り締める。
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ…」
そうっ、逃げちゃダメだ！
シンジの目の輝きに、ミサトは思わず頷いた。
「いけるわ！」
シンジへ向かって叫ぶ。
「叫んで！、キーワードは『エヴァテクター！』よ！」
シンジは即座に叫んでいた。
「エヴァテクター！」
そして瞬間、シンジは紫色の光に包まれた。
怪物が何かを感じたようだ、光に向かって腕を伸ばす。
「剣！？」
たなごころから光の槍がのびた、それが光を突き刺す
光はパキン！っと高い音をたててくだけ消えた、その中から現れたのは、紫色の鬼だった。
「な、なんだよこれ！？」
鬼となった自分の両手を見るシンジ。
「落ち着いて、シンジ君！」
「ミサトさん！？、これ一体どうなってるんですか、ミサトさん！」
慌ててまっている、動揺のために人の話が聞こえない。
「シンジ君、危ない！」
「え？」
怪物の目が光った、シンジは思わず両腕をクロスさせた。
「動いた！？」
その行動に驚くミサト。
シンジの左腕を激しい痛みが襲った。
「うわあああああああ！」
腕を押えてうずくまる。
「落ち着いてシンジ君！、貴方の腕じゃないのよ？」
だがシンジには聞こえていない。
さっきの光で、シンジの左腕はへし折られていた。
「そうだシンジ！、エヴァテクターはお前の魂の仮の器としてそこにある、痛みは根性で押さえこめ！」
聞いていられるほど余裕がない。
怪物がゆっくりと歩いてくる、それだけでシンジは恐怖の虜になっていた。
怪物が腕を伸ばした、シンジの鬼の面をつかむと、そのまま軽々と持ち上げる。
「うわ…、なんだよ、恐いよ、助けて父さん、ミサトさん、母さん！」
怪物の剣が、シンジの右目を貫いた。
ウグルウウウウウウウウアアアアアアアアアア！
シンジは絶叫した。
「シンジ君！」
エヴァテクターの特殊装甲を、ただの一撃で破るだなんて…
ミサトは敵の実力に恐怖した。
おびただしい程の血が、エヴァテクターの右目から吹き出している。
「あれじゃあ…、もう…」
感触…などを伝えるためのフィードバックシステムの欠点として、痛みが装着者に伝わると言うものがあった。
眼球から脳を貫かれたのだ、その痛みは訓練した者ですら耐えられないだろう。
「ごめ…、ごめんシンジ君！」
その時、少女が目を開いた。
「葛城君、謝るのはまだ早いぞ」
ミサトは少女に気を取られていた。
エヴァテクターの顎部ジョイントが外れた。
「はぁはぁはぁはぁはぁ…」
その歯と唇、それに口腔、人間のものではない。
人間がスーツを着ているのではない、肉体が根本的に違うなにかに変換されてしまっているのだ。
「まさか！？」
ミサトは少女とシンジを交互に見た。
「暴走しているの！？」
「うわああああああああああああ！」
シンジの叫びに、少女はびくりと痙攣した。
突然腕を伸ばす、シンジは怪物の両腕を一度につかむと、そのままへし折った。
怪物を蹴り飛ばす、怪物はアスファルトの路面をズタボロにしながら転がった。
シンジは左腕を持ち上げた、その腕が発光する。
「左腕、再生…」
すごい…
ゲンドウからの解説に、ミサトは素直に感動していた。
怪物が起きあがった。
「フオオオオオオオオオオオオオオ！」
シンジは雄叫びを上げると、獣のように敵へ突っ込んだ。
ドガン！
怪物の紅玉に頭突きをかます。
残骸が飛び散らかった。
怪物の目が光った、とっさに離れるシンジ、離れた直後にシンジのいた場所に十字の炎がつき立った。
二度、三度と続く、だがシンジ…であるらしいその怪物は、一瞬で十数メートルもの空中にジャンプしていた。
「あああああああああ！」
「勝ったな」
ゲンドウの呟き。
シンジの手刀が怪物を縦に切り裂いた、紅玉が割れる。
ドゴオオオオオオオオオオ！
怪物が自ら炎をふき上げた、今までよりも大きな十字架。
ゲンドウは窓の外を見た、今までは山向こうの発光が見えていただけなのに、今度ははっきりと炎の十字架を肉眼で確認できたからだった。
「あ、ああ…」
爆風はミサトを襲わなかった。
少女が立ち上がっていた、炎と風は、少女を避けるように流れていく。
「ウグルルル…」
炎の中、紫色の怪獣が少女を見ていた。
「う、うそ…」
ガァ！
「だ、だめよシンジ君！」
少女が手を正面にかざした。
「あ！」
シンジがつんのめるように倒れた、倒れていく中、エヴァテクターが粒子状に散っていく。
「シンジ君！」
路面に転がったのは裸のシンジだった。
「あ…」
「ちょ、ちょっと！」
少女も折り重なるように倒れてしまった。
「これって…」
呆然とするしかないミサト。
融解したアスファルトの炎が、シンジと少女を赤く照らし出していた。
続く
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