「サハクイエルからの映像を受信、主モニターに回します」
「レイ?」
 山の樹々の合間をぬうようにして、レイが走っていた。
「以外と早く出てきたわね」
「どうしますか?」
 マヤが振り返った。
「処分して、それで終わりよ」
 リツコは表情を変えることなく、命令した。


「来たのね」
 レイは立ち止まった。
 山を抜け、道へと出る、道は研究所へと続く道路だったが、レイは知らなかった。
 正面、50メートル先に戦闘員が並んでいる。
 10体程度だろうか?
「わたしが死ねば、それで終わりなのね」
 先頭に立つサキエルの目が明滅した。
「きゃっ!」
 レイは可愛い悲鳴を上げた、誰かに飛びつかれ、押し倒されたのだ。
 ドン!
 爆発がレイのいた場所で起こった、爆風に襲われたが、それもシンジに守られた。
「碇君!?」
「綾波、大丈夫!?」
 シンジはすばやく起きあがると、レイの腕をとって強引に立たせた。
「碇君、どうして…」
「綾波を守ろうって…、そう思ったから」
「だめ!」
 逆にシンジの手を取って先に走る。
「ダメよ、あなたには信じられる人がいる、ならあなたは死んではいけない、あなたの信じる人のために生きなければいけない」
 だがシンジは逆らうように立ち止まった。
「綾波…」
 シンジは振り返り、追ってくるサキエルを睨んだ。
「綾波、さよならなんて悲しい事言わないでよ、…綾波は僕のことが嫌いなのかもしれない、それならそれでもいい…、だけど何も無いから…、誰もいないから死んでもいいなんて、そんなの悲し過ぎるじゃないか…」
「碇君…」
 レイは嬉しさと哀しみの交じった、複雑な表情を浮かべた。
「だから、僕に綾波を守らせてよ」
 シンジはポケットからインターフェースを取り出した。
 すばやく髪につける。
「僕はもう、何も失いたくないんだ…、そんなのはもう嫌なんだよ」
(そうだよね?、母さん…)
 想い出の眠る山が視界に入った。
「これが…、今の僕にできることだから」
 目を閉じて、シンジはキーワードを口にした。
エヴァテクター!


「なに、あの子供は?」
 業を煮やすリツコ。
「原住民のようです、どうしますか?」
「レイと一緒に焼き払うよう命じなさい!」
「待ってください!、なにこれ…、信じられませんっ、爆発的に空間が湾曲していきます!」
 その数値変動の素晴らしさに、マヤは我を忘れた。
 カメラが紫色の閃光に焼きつく。
「何が起こって…!!」
 焼きつきがなおった時、リツコは背筋に冷たいものを感じた。
 鳥肌が立ち、喉が一瞬で渇いていく。
 カメラの中には、一本角の鬼が映し出されていた。
「そんな…、エヴァ・オリジナル、こんな辺境の惑星にあったなんて!」
 サキエルがなす術もなく、殴り倒された。
 はっと我に帰るリツコ。
「アラエルを出しなさい!」
「そんな、ダメです、アラエルは…」
 立ち上がって反論するマヤ。
「ノーマルモードではエヴァに勝てないわ、急いで!」
 よほど混乱していたのだろう、リツコはその名をつい口走ってしまった。
「エヴァ?、エヴァって!?、そんな、あれが!?」
 マヤはモニターに映る紫色の怪人を見た。
「あれが六分儀文明最強の魔神!?」
「急いで!」
 リツコは悲鳴に近い叫びをあげた。


「逃げて、綾波!」
 シンジはエヴァテクターの使い方を知っていた。
(そう、僕は知っていた、エヴァテクターを知っていた!?)
 自分でもわからない、だが懐かしいのだ。
 エヴァテクターは常人の数十倍の力を与えてくれた。
 次々と調子よく敵を打ち倒していく。
「なんだ、あれ?」
 空から飛来するものに気がついた。
 例えるなら光の鳥だった。
 黄金色の鳥、体長3メートル程度、それがサキエル達の頭上を周回している。
「あれも敵なのかな?」
「いけない、碇君逃げて!」
 レイがしがみついた。
「綾波?」
 続きを口にできなかった。
 アラエルが可視領域にある七色の光を放ったからだ。
「!?」
 サキエルたちへと照射した。
 シンジの脳裏に危険信号が走る。
「綾波、離れて!」
「だめ、碇君も!」
 レイは素直に従おうとしない。
 光の中でアメーバのように形を失い、一つに溶け合っていくサキエル。
 赤い紅玉が一つに固まる、緑色の肉体にぐるんと巨大な白い仮面が現れた。
(巨大化!?)


「サキエル、ジェノサイドモードに移行しました!」
「踏み潰しなさい!」


「うわぁ!」
「碇君!」
 レイの目の前で、シンジは巨大な足に踏み潰された。
 足の裏だけでも数メートルはあるだろう。
「碇君!!」
 初めてレイの声に悲痛なものが交じった。
 ググ…
 その叫びに呼応するかの様に、サキエルの足が持ち上がる。


「なに!?」
 エヴァテクター…、シンジが踏ん張るようにして、サキエルの足を持ち上げたのだ。
「信じられない…、あのサイズでサキエルのジェノサイドモードと、ほぼ同等量のエネルギーを生み出すなんて!」
 マヤはその数値に狂喜した。


「てぃやあああああああああっ!!」
 通信機からシンジの雄叫びが聞こえた。
 片足を浮かされたサキエルが、バランスを崩して近くの山へ倒れこんでいく。
 それを見ていたゲンドウは、通信機をオンにした。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
 シンジの息遣いが聞こえてくる。
「シンジ」
「父さん!?」
 サキエルがもがいている。
「シンジ、あれが私たちの敵だ」
「敵…、あれが敵、僕らの敵…」
 ゲンドウは呟きを聞きながら続けた。
「良いかシンジ、よく聞け、今のお前では奴を倒せん」
 シンジは慌てた。
「なら、どうすればいいのさ」
 サキエルはもう立ち上がろうとしている。
「空へ跳び上がり、『チェンジ・エヴァンゲリオン』と叫ぶのだ!」
「エヴァン…ゲリオン?」
 ミサトが大きなアタッシュケースを机の上にのせ、開いた。
 エヴァテクターの状態が表示されている。
「早くしろ!、やつが起きあがる、時間がない!」
「うん、わかったよ父さん!」


(そうだ、いまは迷ってなんていられない、父さんを信じるんだ)
 シンジはエヴァテクターの力で、レイの居場所を探った。
(離れてくれてる…)
 レイの言葉を思い出す。
「わたしには、何もない」
 そんなことあるもんか!
(いまは何もなくっても…、そうさ、生きてさえいればいつか必ず、何かを手にいれられることがきっとあるよ)
 レイはあまり表情を変えなかった。
 だがその少ない表情の中には、ゲンドウへ向けていたように微笑みもあったのだ。
「そうさ、綾波だって、笑うことがあるんだ!」
 シンジは高く、高くジャンプし、そして叫んだ。
チェーンジ・エヴァンゲリオーン!
 叫びと共にエヴァテクターの背中から、光る二枚の羽が長く伸びた。


「すごい…、しんじられない、エヴァとのシンクロ率が、80%を越えるなんて!」
 ミサトの声に、ゲンドウは口元をにやりと歪めた。


 エヴァテクターの翼が上下にスライドするように、一度6枚にわかれた。
 上下に動いた羽は左右のものが重なりあい、そしてシンジの背中に光の十字架を作り出す。
 シンジは足をかかえこむように抱いた、十字架もエヴァを巻き包んでいく。
 カッ!
 赤い閃光、その後には巨大な紅玉が中に浮いていた。
「コアなの!?」
 その様子をモニターで見、リツコは思わず叫んでいた。


 紅玉から染み出すように細胞片が増殖していく。
 それはあっというまに人型を取った。
 全てはわずか、5秒程度のことだった。
 陽光を全身に浴びる、紫色の巨大な鬼が誕生した。
 十数メートルはあるだろう。
 シンジが形を変えた紅玉は、胸の中央に埋めこまれていた。
「あれがエヴァンゲリオンだ」
 ゲンドウは誇らしげに名を口にした。
 その巨人は研究所からも見えていた。


(なんだろう…、体が重い…)
 景色が、視点が随分と変っていた。
(ぼく、巨大化したの?)
 ドン!
(うわぁ!)
 顔面に衝撃を感じた、サキエルが光を放ったのだ。
「きゃあっ!」
(綾波!?)
 レイが爆風に飛ばされそうになっていた。
「シンジ!」
(父さん?)
「よく聞けシンジ、エヴァは基本的に人の魂の力で動く、だが今のお前ではエヴァンゲリオンを動かす事はできない」
(どうして?)
「心が、想いが弱すぎるからだ、今のお前では巨大化することしかできん、だがなシンジ、その紅玉には普段エヴァテクターが貯えている非常用エネルギーがつまっている」
(それで動かせるの?)
「ああ、だが通常動作で10分弱、最大戦速ではわずか62秒しかもたん」
(62秒あれば…)
 鬼が顔を上げた。
(十分だよ!)
 サキエルの仮面、その奥の目に光が宿った。
(また光を放つの!?)
 綾波!、今度は巻き込まれるかもしれない!!
(させるもんか!)
「うわああああああああああああ!」
 シンジの絶叫!
 その想いにエヴァが答えた。
 駆けだすエヴァンゲリオン。
「きゃあ!」
 レイはあわてて近くの木にしがみついた。
 エヴァンゲリオンの立っていた位置に、怒涛のように空気が流れ込んだ、レイも吸い込まれかけたのだ。
 エヴァは瞬時に移動し、サキエルにボディーブローを決めていた。
 紅玉…、コアをくだき、背へと貫き出る腕を、鮮血で染めて…


「そんな…、光速の70%もの速度で移動するなんて!?」
(あれがエヴァのオリジナル…)
 リツコは舌なめずりした。
「欲しいわ、欲しいわね、あれ」
 リツコはサハクイエルとアラエルに撤退を命じた。


 サキエルが溶けだした。
 エヴァンゲリオンはその角先から光の塵となって消えていく。
 後には紫色のエヴァテクターが立っていた。
「碇君!」
 レイが駆け寄った、シンジは待っていたかの様に倒れこんだ。
 抱きとめるレイ。
「碇君…」
 レイは手を光らせ、エヴァテクターを強制解除した。
 シンジへと戻して、抱き締める。
「よかったわ…、生きていて」
 シンジはうっすらとだが、目を開いていた。
「どうして泣いてるのさ?」
 おかしそうに尋ねるシンジ。
「泣いてる?、あたし泣いてるの?」
 辛かったが、シンジは一生懸命腕を動かし、指先でレイの目元をぬぐった。
「…ほら、涙」
 レイは驚きながら、それを見つめた。
「これが涙…、初めて見たわ」
「そうなの?」
「ええ…、本当は嬉しいはずなのにね」
 首を傾げる。
「どうしてわたし、泣いてるのかしら…」
 シンジは微笑むのがやっとだった、疲れていたから。
 はっとするレイ。
 シンジの笑顔が、ゲンドウのものと重なった。
 そのまま眠りへと落ちるシンジ。
 レイは強く強く、裸のシンジを抱きしめた。
 小さく、微笑みを浮かべて。



続く



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