(よかった…)
レイは地下プールを泳いでいた。
(どうして、そんなことを言うの?)
漂う…、と言った方が正しいかもしれない、仰向けになって浮いていた。
(ありがとう…)
感謝の言葉…
(あの人にも言わなかったのに…)
ここへ来た時、ゲンドウはただ頷いただけで、服、食事、ベッドを与えてくれた。
(碇君も、その内の一つ…)
彼女を守ってくれる者、その程度の認識だった。
(なのにどうして?)
朝のことを思い返す。
(どうして、起こしに行ったの?)
自分の行動が理解できなかった。
(確認したかった?)
無事なのだと言うことを?
(あの時もそう…)
ゲンドウが戦いを強要した時、いけないと思った。
(死なせたくないと思った?)
だから理由を探したの?
(わたしが、いなくなればいいと気がついた?)
じゃあ何のために逃げてきたの?
(どうして、さよならとお別れの言葉を告げたの?)
どうでもいいことのはずなのに。
(わたしには、なにもない)
ならなにを恐れているの?
(どうして碇君を失いたくなかったの?)
どうでもいい人のはずなのに。
(碇君の言葉)
綾波は僕のことが嫌いなのかもしれない。
(どうして、胸がうずいたの?)
どうして、あんなに痛かったの?
(どうして、こんなに苦しいの?)
知らないことだから、わからない。
(ならどうして、泣いたりしたの?)
うれしかったから。
(うれしいのに泣くの?)
そうなのかもしれない。
(うれしいってなに?)
わからない。
(微笑んだのに?)
誰に微笑んだの?
(わからない)
何もわからない。
(何も知らないから)
綾波…レイ。
碇君?
視線を感じて、空を見た。
天窓から見える空、その端っこにシンジがいた。
(これは夢?、それとも幻?)
苦しみが消えていく。
(あなたは、何を見ているの?)
返らない。
(どうして、わたしを守ってくれるの?)
答えてくれない。
(どうして、あなたは微笑むの?)
答えはどこからも返らない。
(どうして、わたしに微笑むの?)
レイは一度だけ目を閉じ、開いた。
(そう、夢なのね…)
何もない空。
少しの落胆と、続く歓喜。
ミサトとじゃれあうシンジの声が聞こえてきた。
(夢じゃない?)
わたしを見ていた。
(それだけなのに、なぜ?、どうしてこんなに胸が高鳴るの?)
理解できない。
(これはなんなの?)
迷うだけ。
レイは体を返して頭まで潜ると、そのまま一気にプールサイドへ泳ぎきった。
両手をついて、体を水から引き上げる。
「わたしは、何を望んでいるの?」
やはり答えは返らなかった。
第六使徒級、高速戦闘母艦『ガギエル』、その船長室。
「捕獲…、ですか?」
マヤは疑問の声を上げた。
「そうよ?、これを見て」
本国のメインコンピューターと回線を繋ぐ。
タイムラグもなしに、エヴァに関する詳細なデータが送られてきた。
「エヴァテクター、エヴァンゲリオン、エヴァと総称されるもの」
そこにはオレンジ色で、一つ目のエヴァが表示されていた。
ナンバーとネームの横に、LOSTの文字が表示されている。
「わたしは反対です、エヴァについてのデータは揃っていますし、それにリスクが大き過ぎます」
ふぅ、とため息をつくリツコ。
「慎重派はね、損をするわよ?、獲物を逃がした時にわかるわ」
リツコのメガネがきらんと光った。
「先輩、恐い…」
マヤは思わず後ずさっていた。
「あ、綾波さーん!」
レイは昨日と同じ格好で、山道を登っていた。
「待って、待ってよ、綾波さーん!」
足を止め、ゆっくりと振り返るレイ。
私服に戻ったシンジが登ってくる。
「碇君…」
追いついてくるまで、レイはそのままで待っていた。
「あ、あの…、ごめん!」
シンジは追いつくなり頭を下げた。
汗で前髪が張り付いていた、肩で息をしている。
小首を傾げるレイ。
「その…、泳いでるとこ、覗いちゃったから…」
シンジは視線を泳がせながらいいわけした。
「どうして謝ったりするの?」
答えを求めるレイ。
「は、裸、見ちゃったから…」
もごもごと、口の中で答えてしまう。
思い出したのか、ますますレイを正視できなくなってしまった。
「どうして顔を背けるの?」
だがレイにはそのことの方が気になっていた。
「え!?、あの…、それは、その…」
言えるわけないよ!っと心で叫ぶ。
「わたしもあなたの身体を見たわ、謝らなくちゃいけないの?」
疑問に思って、訊ねてみた。
「あ、あれは事故だよっ、綾波さんのせいじゃないよ!」
「じゃあ、あなたはわざと覗いたの?」
真っ赤になるシンジ。
「ち、違うよ!」
レイはシンジから視線を外した。
「なら、謝る事ないわ」
そのまま、また山を登りはじめる。
「あ、待ってよ、綾波さん!」
慌てて追いかけるシンジ。
「……」
「…………」
「どうして着いて来るの?」
あっ、うっ、とつまるシンジ。
「そのっ、どこに行くのかと思って…」
レイはすっと腕を伸ばした。
その先にはシンジの母親の墓しかない。
「綾波さん…、どうして」
「一番、景色が綺麗に見える場所だから…」
それはたわいない理由だった。
シンジは袖口から覗ける胸にドキッとした。
「どうして、すぐに赤くなるの?」
不思議そうにシンジを見ている。
「あ、あのえっと!、昨日と同じ服着てるから、どうしたんだろうと思って!」
ごまかした。
レイは自分の服を見た。
「これしかないから…」
シンジははっとした。
「ご、ごめん、無神経で…」
また頭を下げる。
「謝ってばかりね…」
「そ、そっかな?」
シンジはちょっとだけレイが微笑んでいるように見えた。
「そっか、女の子の服なんてないもんね…。あれ?、じゃあその服は?」
「葛城さんの、幼い頃の服らしいわ」
「へぇ…、なんだか想像できないや」
ミサトさん、昔は胸小っちゃかったんだなっと、不届きなことを考えた。
「なんだか綾波さんのためにあつらえたみたいなのにね」
その微笑みに、レイは赤くなった。
「あ、ありがと…」
「あ、うん…、綾波さんって、白くて、細くて…、その、綺麗で…」
照れと緊張に、だんだんと言うことがこんがらがっていく。
「何を言うのよ…」
レイは首筋まで赤くして、真下を向いた。
「あ、あの、でも困ったね、服がそれしかないなんて…」
ちょっとだけ考え込む。
「そうだ、あるよ!」
シンジは記憶から掘り起こした。
「なに?」
「むかし父さんと母さんに「女の子みたいだ」って、色々着せられたことがあるんだ」
その写真も残っている。
「その服があるよ…、綾波さんが嫌じゃなければ…、だけど」
「別に…、気にしないわ」
「そう!、よかった」
レイを追い抜く。
「僕も母さんに話しがあるんだ…」
追い抜いたのは、その表情を見られたくなかったからだ。
しかし…
「お熱いわね」
樹々の間から、なまめかしい声が流れてきた。
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