「あ、あ、あ…」
エヴァの口から漏れるシンジの声は、事切れる寸前のそれになっていた。
「人の意志力で動くのなら、その精神力を削ってやればいいだけのことよ」
もうすぐ、もうすぐねと、リツコはエヴァが動かなくなるのを待っていた。
ブシュー!
突然背後で、何かの噴出音が聞こえた。
「なに!?」
サキエルが肩口から裂けていた。
血を吹き出し、悶えるように斜面へ転がり落ちていく。
その他のサキエル達も沈黙していた。
「いったい何が…、はっ!?」
陽が山の稜線にさしかかっていた。
鮮やかなほどの夕日、それを背にして、腕を組んでいるものがいた。
一つ眼のエヴァテクター。
「そんな、まさか!?」
夕日に染まる、緋色のスーツ。
「王家のエヴァ…」
「碇君を返してもらうわ!」
「やはりあなたが持っていたのね!」
オレンジ色のエヴァは20メートルの距離を跳び、シャムシエルの鞭を手刀で叩き斬った。
「早い!」
そのまま横へ薙ぐ、だがそれはかわされた。
「碇君!」
敵を無視して、シンジを抱きよせる。
「あや…なみ……」
呟き、だがすぐにその瞳から光が消えうせた。
「碇君……」
ゆっくりと横たえる。
「待ってて、碇君…」
レイは立ち上がると、無造作に構えた。
「許さない!」
「でも、あり得ないわ…」
リツコは驚愕に我を忘れていた。
「エヴァは心で動くのよ?」
言葉が震えている。
「人形のあなたに、動かせるはずないわ!」
「わたしは人形じゃないもの!」
現実としてシャムシエルを殴り倒すレイ。
「はっ!」
呼吸に合わせて飛び込んだ。
シュルっと鞭がのびたが、レイは見切って払い落とした。
「ふっ!」
そのまま懐に入り、コアに掌底を叩きこむ。
キシャーーーーーーーーーー!
口も無いのに悲鳴を上げた。
コアにヒビが入っていた、その悲鳴にリツコは我に帰った。
「アラエル!」
サハクイエルから、金色の鳥が降りてきた。
「巨大化するの!?」
(いけない、碇君が…)
いったんシャムシエルから離れるレイ。
シンジを抱き上げて、レイは山を駆け降りた。
(体が重い…)
木をよけ、薮を抜ける。
エヴァテクターは何倍もの力を与えてくれていた。
(なのに体が重いと感じる)
風が、空気が邪魔をしている。
(なぜ?)
エヴァの力を引き出すためには、強い想いが必要だから。
想いの強さが、まだ足りていないから。
思うように動けない。
(じゃあ、碇君は?)
どうしてあんなに動けるの?
(想うこと、それはわたしにはわからないことだった)
知らないことだったから。
だからエヴァを呼び出せなかった。
(だけど今はわかるから)
自分もエヴァを着れたから。
自分の心を手に入れたから。
(でも、碇君はエヴァンゲリオンに変身したわ)
エヴァと言う名のバロメーター。
想いの強さを測るもの。
心を実感として伝えるもの。
(そう、碇君の想いは嘘じゃない)
嘘の想いで、エヴァは動かない。
(だから碇君の想いは、本当の想い)
そのことが嬉しさに変わっていく。
(碇君は、わたしを想ってくれている)
そして自分も想っている。
想うことが楽しい。
想いを受けてくれることが嬉しい。
返ってくる微笑みが満たしてくれる。
(何もないと思っていたの)
だけど悲鳴を上げていた。
(なにもないわたしを導いてくれた)
心を与えてくれたのは誰だろう?
(生み出してくれたのは碇君…)
その想いが張り裂けそうなほど、強いものへと変っていく。
(わたしは、お人形なんかじゃないわ)
ちゃんとあるから。
(心があるから)
今それは一つのことで埋まろうとしている。
(わたしは、碇君を守りたい…)
その想いが強さとなって、レイはさらなる力を発動させた。
リツコはサハクイエルに回収され、一気に大気圏まで上がっていた。
「先輩、おけがは!?」
「ないわ、それよりシャムシエルからのデータを取っておいて」
え!?っと、マヤは返してしまった。
「勝てないわ、絶対に…」
ダン!っと、壁を叩いた。
「エヴァンゲリオンは、一万二千もの次元階層を持つ特殊装甲に守られているのよ?、かなうはずないわ!」
リツコは悔しさに歯噛みしていた。
(させない…)
オレンジ色の巨人は、紫色の鬼よりもスマートで、より人間らしい形をしていた。
(お墓も、研究所も、何一つ壊させはしない)
シャムシエルに押し倒されるレイ。
シャムシエルは半ば空中に漂っていた。
鞭をつかんで一度引き寄せる。
(遠くへ…)
そして反動をつけて押し返した、ゆらゆらと空中を下がっていく。
(さあ、お腹を見せて)
右拳を返して脇へ引き、左手は開いてつき出した。
シャムシエルは立ち上がった、鞭を使うつもりなのだろうが、しかし…
(終わりよ)
レイは右拳で正拳を放った。
数百メートルの距離を一瞬で縮めて、コアを砕き貫いていた。
ズシィンっと、地響きをたてて転がる使徒。
(あっけないものね)
シャムシエルは、すぐにグズグズと溶けはじめた。
それを確認してから、レイは再び自らの手を眺めた。
(わたしにも、心があったのね)
だからこの姿になれたのよ…
(つまり、これもわたしの形…)
心の形…
(見て?、碇君…)
誰もいないから死んでもいいなんて…
(これがあなたの望んだ形…)
さよならなんて言わないでよ。
(これも一つの、わたしの形)
どうして泣いてるのさ?
(不安なの)
僕は何も、失いたくない。
(じゃあ、居ていいの?)
僕に綾波を守らせてよ。
(わたしがここに居てもいいのね?)
今になって気がついた。
(わたしはここに居たいのよ)
わたしはわたし…わたしでいたい。
(わたしはわたし、わたしでしかない)
この世でただ一人のわたしだから。
(わたしはここに居てもいいのよね?)
それがシンジの望んだことだから。
(なにかがとても、嬉しいの)
今になって、ようやくわかる。
(はずんでいたのは心なのね?)
やっと理解することができる。
(だから碇君のためにしたかったのよ)
おはようの言葉をかけたかったのよ。
シンジを探す。
ゲンドウとミサトが紫色のエヴァに肩を貸していた。
(所長…)
ありがとう。
(葛城さんも…)
ありがとう。
(そして碇君の想いにも…)
ありがとう。
(早く元に戻ろう…、そして碇君のエヴァテクターを解除して…)
早く微笑みを見せてもらおう。
(碇君…)
想いはまだまだ、強くなる。
レイと同じ、赤い瞳のエヴァンゲリオンは、夕日と共に消えていった。
続く
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