「し〜んじぃ」
「なぁに見とんのやぁ」
 ここはシンジが初めて戦った湖の浜辺。
「ななな、何って…」
 詰め寄ってくる元クラスメートに、シンジは焦った声を返した。
 シンジの視線の先には、黙々とスキューバの手入れをしているレイと、機嫌を損ねているアスカ、それに仲を取り持とうと必死になっているヒカリがいた。
 レイはシンジと同じく、プラグスーツに着替えている。
「わかっとる、わかっとる」
「綾波さん、だろ?」
 トウジの鼻がのび、ケンスケのメガネが光った。
「ああ、ええなぁあの細い体」
「太股」
「胸」
「「ふくらはぎ〜」」
「ち、違うってば!」
 押し返す。
「なぁにが違うんやぁ?」
「僕は、ただ…」
「何だよ?」
「うん…」
 アスカを見る。
「どうして、こんなとこまで来たのかなぁと思って…」
 呆れて声を失う二人。
「お前なぁ?」
「そんなん、決まっとるやろが」
 シンジはプラグスーツの胸の辺りを押さえた。
「わからないよ…、嫌ってる奴の所に何しに来たかなんて…」
 シンジの表情を見て、トウジは「こらあかん」と肩をすくめた。
「重傷やなあ」
「ああ、惣流と同じだな」
 シンジはアスカを見ていて、その台詞を聞いてはいなかった。

第四話 黄金の壁
 碇家リビング。
 ミサトとゲンドウがソファーに座っていた。
 床にはシンジが、そして寄り添うようにレイが座っている。
「と、いうわけでこれが前回の戦いの様子だが…」
 テレビにはオレンジ色のエヴァが映っていた。
「聞いているのか?」
「ちょっと…、あの、綾波、もうちょっと離れてよ…」
「なぜ?」
 上目使いに問いかける。
 その無垢で凶悪な瞳にシンジは弱かった。
「聞いていないな?、いちゃつくなら後にしろ」
 パン!
 新聞を丸めて頭を叩いた。
「そ、そんなことしてないよ!」
 振り返る、だがシンジの予想に反して、ゲンドウは穏やかな笑みを浮かべていた。
「な、なんだよその目は」
 ミサトもにやけている。
「やめてよ、そんな目で見ないでよぉ!」
 頭を抱えるシンジ。
 その頭をよしよしと撫でるレイ。
「仲むつまじいとはこのことだな」
「良いんじゃないですかぁ?、わっかいんだからぁ」
 ゲンドウはシンジがレイを押しのけるのを待ってから本題に入った。
「シンジ、お前はこの戦いの中で動けなくなった理由を答えられるか?」
 シンジは数秒考えこんでから答えを出した。
「えっと…、ぼくが気を失いかけたから?」
 不正解っと首を振る。
「違う、諦めたからだ」
 ミサトが後をついで、アタッシュケースを開いて見せた。
「これを見て」
 シンクロ率が表示されている。
「エヴァは人の魂の力で動くの」
「よくわからないよ…」
「難しく考えなくていいわ、強い想いを抱けば、人は魂から力を引き出すものなのよ」
「やる気ってこと?」
 ミサトは頷いた。
「だから気合いを入れるためにキーワードを叫ぶ必要があるの」
「そんな…」
 ショックを受けるシンジ。
「そんな、じゃああの恥ずかしい叫びは…」
 にやりとゲンドウ。
「ぼ、僕をからかったんだね!?」
「必要なプロセスだ」
「そうよ?、ただ心に想うだけじゃ難しいでしょ?、それともここで、なにもなしに変身できる?」
「そんな、無理だよ…」
「でしょ?、だからなのよ…」
 シンジはしぶしぶながら引き下がった。
「お前が動けなくなったのにも、そこに理由がある」
「ええ、シンジ君の想いは言葉にしてやっとという程度のものなのよ…、だからほんのちょっとでも諦めてしまったら、エヴァは答えてくれなくなるわ」
「…そうだったのか」
 ポケットからインターフェースを取り出し、しげしげと眺める。
「そしてシンジ?、お前はエヴァを使いこなすために、さらなる想いを抱かなければならないのだ」
「想いって…」
 シンジは嫌な予感を覚えた。
「レイがエヴァテクターを身につけられたのは、シンジ君のことを想ったからよ?、そうでしょ、レイ」
「はい…」
 真顔で頷くレイ。
「つまりこれは、シンジ君への想いの強さね?」
 ミサトはシンクロ率を指差した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 混乱するシンジ。
(綾波が僕のことを想ってる!?)
 考えをまとめに入った。
(嘘だ!、でも綾波のあの態度…、あんまり嫌じゃないみたいだ…)
 こっちを見て微笑んでいる。
(まさか!、ホントなの!?、そう言えば今朝も起こしに来てくれたし、朝ご飯だってぼくの分だけ用意してくれて…)
 シンジは軽く手を握りこんだ。
(でも!、こんな可愛い子が本当に!?)
 いや、そんなことあるわけない!
 シンジは何故だか否定した。
「絶対からかってるでしょ!」
 ため息で答えるゲンドウ。
「シンジ…、お前はエヴァを呼ぶ時、誰のことを考えていたのだ?」
「だ、誰って…」
 泡を食って言葉を探す。
「レイのことを考えたのだろう?、違うか?」
「そ、それは…」
「数字はごまかせないわよぉ?、ちなみにこっちがレイへの想いね?」
「碇君…」
 嬉しそうにシンジを見やる。
 シンジは赤くなって言葉を無くした。
 ちらっとだけレイを見る。
 視線がぶつかった、ますます赤くなってしまうシンジ。
「…だがなシンジ?、お前はまだエヴァの力を十分に引き出しているわけではない」
「そこで、次の課題よ?」
「これから三日間、湖でキャンプしてこい」
 シンジはキョトンと、二人を見比べた。
「キャンプ?」
「もちろんレイと一緒にね?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 シンジは立ち上がった。
「さらに二人の想いを強め、絆を深くするのだ」
 綾波と!
 二人きり!?
 妄想モードのシンジ。
 はっとして我に帰る。
「ダメ、ダメだよそんなの!」
 シンジの頭の中には、なぜだか同じ寝袋の中で寝ているレイの姿があった。
「ダメよ、時間が無いの、命令拒否は認めませんからね?」
「そんなぁ…」
 がっくりと膝をつくシンジ。
「シンジくぅん、そんなにレイと一緒にいるのが嫌なのかなぁ?」
「碇君…」
 レイは傷ついたような瞳を向けた。
「ち、違うっ、違うよ!」
「じゃ、一緒にいたいのね?」
「認めたな、シンジ」
 ゲンドウは言葉尻を捕まえ、ニヤリと笑んだ。
「レイ〜、良かったじゃなぁい、ちゃんとシンちゃんに手取り足取り腰取り、戦い方を教えてあげんのよ?」
「はい」
「ミサトさぁん!」
「あ〜らシンちゃん、ホントは嬉しいくせにぃ、な〜にが不安なのかなぁ?」
「…戦い方なら、わたしの方が知っているわ」
「そんな話じゃないんだよ、綾波…」
「じゃあ、なんなの?」
 シンジを見つめる。
「ふ、二人っきりって…、そんなのマズイじゃないか…」
 シンジは言葉を探してどもりまくった。
「どうして?」
 小首を傾げるレイ、癖なのかもしれない。
「だって僕達、男子と女子なんだよ!?」
 レイはほんの少しの間だけ、眉根をよせて思案した。
 何かを思いついたのか、真剣な眼差しを向けてくる。
「さっき、わたしのことを考えていたって話したわ」
「うっ…」
 それは奇襲に近かった。
「わたしのことを想ってくれたのね?」
「うう…」
 反撃できない。
「なら、なにか問題があるの?」
 あうう…
 見事なコンボが決まった。
 助けを求めて、ゲンドウを見る。
 だがゲンドウは二人を無視して、どんっとリュックを取り出していた。
「三日分の食料とキャンプ道具だ」
「父さん、お願いだから勘弁してよ!」
「なにをそんなに恐れているの?」
「自分の理性に自信が無いんだ!」
 瞬間、静寂に包まれた。
「あ〜、シンジ…」
 呆れるゲンドウ。
「シンちゃん…、いい?、自分のすることには責任持って、それで万事うまくいくわ?」
「ミサトさぁん!」
 ゲンドウがぽんっと手を打った。
「シンジ、これまでのいきさつから気がついていると思うが…」
「うん?」
「レイはこの星の人間ではない」
「うん、それは…」
 何となく気がついていたけど…
「そういうわけだから、この星の人間でない以上、この国の法律は適用されん」
「ちょ、ちょっと待ってよ、どういう意味だよ、それ」
「言葉の通りだが?」
「だって…、だって…」
 何を言われるのかと、不安そうにしているレイの顔が視界に入った。
「だって、それでも綾波は女の子じゃないか!」
「当たり前だ」
「だったらここは日本だよ?、外国の人だって日本に来たら日本の法律に従う、そうでしょ!?」
「レイ…」
「はい」
「シンジはこう言っているが?」
「問題ありません、わたしは碇君の定義している「人」ではありませんから」
「あやなみ〜!」
 にたにたとしているミサト。
「レイ?、寝る時はちゃんと準備してからね?」
「準備?」
「そうよ?、教えてあげましょうか?」
「ミサトさぁん!」
「いえ…」
 レイはシンジを見つめた。
「全て碇君に任せます」
 シンジは大きく息を呑んだ。
「やるじゃない、レイ!」
「うむ、大胆発言だ、男名利に尽きるな?、シンジ」
「でも僕は僕を信用できないんだぁ!」
「男なんてケダモノだものね?」
 ミサトはしっかりととどめを刺した。



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