「…あの」
 たまらず、声をかける。
「なによ」
「あ、ごめん…」
 つい視線をそらせる。
「なに謝ってんのよ」
「な、なんだか怒ってるみたいだから…」
 アスカは視線を合わせようとしないシンジに苛ついた。
「でも、当然だよね…、あんなことしちゃったんだから…」
「なによ、あたしが悪いっての?」
「ち、違うよ…、僕みたいな奴にあんなの送りつけられて…、きっと嫌だったんだろうなって…」
 アスカもシンジも、まるでお互いを見ようとしない。
「怒ってるみたい?、あったり前じゃない、あんな手紙送りつけといてさ…」
「碇君…」
 少しばかりの距離を置いて、レイが立っていた。
 まるで二人を邪魔するように。
「あ、綾波…、なに?」
 シンジは思わずどもってしまった。
 アスカも気まずく口を閉じる。
「準備、できたから…」
 波打ち際を指す、ボンベが置かれていた。
「あ、うん」
「あ〜ら、これはこれは仲のおよろしいことで、良かったわねぇ?、面倒見の良い子でさ」
 アスカの嫌味に、シンジは辛そうにうつむいた。
「そんなんじゃないよ…」
 逃げ出すように立ち上がる。
 アスカはその姿にカチンと来た。
「ははぁん、さては前からなのね?、だからあんな、「どうして欲しい」ってのが抜けおちた手紙を送り付けたんでしょ?」
「そうじゃない…」
「じゃあ何よ?」
「そんなんじゃないって言ってるだろ!」
 アスカはびっくりして目をむいた。
「あ、ごめん、つい…」
 シンジも自分の声に驚いていた。
 が、すぐに調子を戻してしまう。
「謝るなら怒らなきゃ良いじゃない…」
 アスカにも自責の念が働いていた。
 気まずげにシンジを見る。
「はは、そうだね…、でも本当に僕達はそんなんじゃないんだ…」
 そう言いながら、シンジは顔をふせた。
(どうして、そんな目をするのよ!)
 一瞬だけだが、シンジの瞳に宿る色を見てしまった。
「じゃあ、どんな仲なのよ?」
 聞かずにはいられない。
「それは…」
 シンジはゲンドウへと向けたレイの微笑みを思い出した。
「綾波は…、父さんの知り合いなんだ…」
(そうだよ…、何を勘違いしてたんだろう?)
 あんなに優しい微笑み、僕はまだ見せてもらってない…
 シンジの中で何かが冷めはじめていた。
(そうなんだ…、綾波は僕のことが好きなんじゃない…、ただ自分を守ってくれたからって、好意を持ってくれただけなんじゃないか…)
 アスカの時のことを思い出す。
(そうだよ、勘違いしちゃいけないんだ…、惣流さんの時だって、そうやって勘違いしたんだから…)
「…碇君をいじめないで」
 レイはアスカを睨んでいた。
「なによあんた、こいつの保護者なわけ?」
 アスカも負けじと睨み返した。
「…違うわ」
「じゃあ何よ」
「碇君は、わたしの大切な人だから…」
「……」
 口を開け、アスカは呆れた。
「あ〜もぉ、ばっかみたい、やってらんないわ」
 頭の後ろに手を組んでそっぽを向く。
「…なら、碇君に近づかないでね?」
 レイは確認した。
「でないと、碇君が苦しむから」
「綾波?」
 アスカは動きを止めていた。
 レイはじっと、アスカの背中を見つめている。
「綾波、惣流さんに悪いよ…」
「碇君…」
 レイはシンジにだけ悲しげな表情を見せていた。
(僕がさせているんだ…)
 唇を噛む。
「近寄ったのは僕なんだ、惣流さんは悪くないよ…」
 シンジはごまかすことに努めた。
「でも…」
 シンジの頬に手を添える。
「こんなに苦しそうに…」
「なによ、黙って聞いてりゃ勝手なことばっかり言って!、それ全部あたしのせいだっての!?」
「そうよ?」
 事実だけを述べるレイ。
「お願いだからやめてよ!、どうしていがみ合うのさ!?」
 シンジはたまらずおたついた。
「うっさい!」
 パンっと平手。
「碇君!」
 シンジは張られたままでじっとしていた。
「なにをするのよ」
「そいつが全然わかってないからよ!」
「碇君に、何を求めているの?」
「…あんたには関係ないじゃない!」
 アスカは怒りに任せて足を踏み鳴らした。
 振り返ることなく、ケンスケ達の元へと戻って行く。
「碇君…」
 無言のシンジ。
 そんなシンジを、レイはしばし見つめていた。


「無理する事無いわ、戻りましょう」
「い、いいよ、せっかく教えてもらってるんだ、もうちょっとだけ頑張るよ…」
 二人はプラグスーツに合わせたヘルメットを付けていた。
「けっこう、魚っているんだね?」
 水中に潜っていた、ヘルメットでの通信、シンジの声は震えていた。
「恐いの?」
「…泳げないからね」
 シンジの呟きに、レイは驚いて泳ぎ寄った。
「どうして…、黙っていたの?」
「だって…」
 恥ずかしかったから、とは言えない。
「上がりましょう、その方がいいわ…」
「大丈夫だよ、それ程深い所じゃないし」
 上を見上げれば、すぐそこに水面があった。
「本当に潜ってるだけで、実質歩いてるようなもんだからね」
 藻を踏むように進んでいる。
 その後ろ姿に、レイはピンと来てしまった。
 帰りたくないのね?
「どうして?、何をそんなに恐れているの?」
 シンジの背に抱きつくレイ。
「あの人なのね?」
 ピクっと震えた、レイはスーツごしにそれを感じる。
「好きなのね」
「違うよ…」
 それは精彩の欠けた声だった。
「好きだったんだ…、でも今は好きじゃない」
「嘘…」
 シンジのヘルメットに、こつんとレイのメットが当たった。
「こんなに動揺してる…」
 シンジの体に腕を回す。
「あの人が、いるから?」
 だから上に戻りたくないの?
 レイは口に出せなかった。
「恐いのね、あの人が…」
 レイの言いたいことを悟る。
「ごめん…」
「どうして、謝るの?」
「そうだね…」
 レイの体がふわりと浮き上がった。
「良い…、気にする事ないわ」
 浮くでもなく、沈むでもないレイを、ぼんやりと眺めるシンジ。
「嫌われたんだ、あの子に」
 なぜか何一つつかえずに、シンジは言葉にできていた。
「…そう」
「うん…」
 レイの体が流れてきた、それを抱きとめるシンジ。
「また、嫌われたんだ…、嫌われるなら、側に居たくない…」
 シンジはレイの体を押し返した。
「僕は…、臆病で、情けなくて…」
 くるりと振り返るレイ。
「嫌われたんだ…、嫌われてるんだ、だから遠くにいたいんだ…、本当だよ…」
 シンジは軽く足を蹴って、レイからも逃れるように水面へと顔を出した。


「東に五キロ?、いつもの場所ではないの?」
「はい、ぎりぎり計測誤差の範囲内ですが…、どうしますか?」
「いいわ、探索を続けてちょうだい」
 命令に従って、サハクイエルの下部にある目が、ぎょろぎょろと動いた。
「いました、直下です!」
 レイが見上げていた。
「サキエル降下」
「はい!」
 サハクイエルの両翼から、またも肉塊がぼとぼとと落ちた。


 ゴウ!
「!?」
 レイとシンジの頭上を、巨大な物体が滞空していた。
「あれは!?」
「サハクイエル、次が来たのね」
 泳ぎだす。
「あ、綾波!」
 泳げないなりに必死についていこうとしたが、シンジはあっという間に置いてけぼりにされてしまった。


「な、なによこれぇ!」
 アスカは悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
「アスカ、早く!」
「ダメ!、先に逃げてヒカリ!」
 サキエルがアスカ達を排除対象として認識したのだ。
 サキエルのうちの一体が追ってくる。
 ヒカリ達は道路へと逃げ、そのまま山へ逃げ込もうとしていた。
「きゃあ!」
 ふわりと頭上を飛び越えて、先回りをするサキエル。
「いや、いやぁ!」
 ヒカリは泣き叫んだ。
 サキエルが手を伸ばす、その腕の剣が鈍く光を放った。
「おんどれぇ!」
 ズガン!
 トウジがものすごい勢いで飛び蹴りをかました。
 ピシ!
 サキエルの仮面にヒビが入る。
「委員長、こっちや!」
 トウジはヒカリの手を引いて走り出した。
「す、鈴原…、くん」
 ヒカリは場違いにも赤く頬を染めていた。
「お、委員長赤くなってら」
 このあとケンスケは蹴り飛ばされた。



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