浜に上がるレイ、濡れたプラグスーツが不思議な光沢を放っていた。
 ヘルメットを投げ棄てて駆け出していく。
 遅れてシンジ。
「トウジ、ケンスケ…、惣流さん!?」
 一人取り残され、囲まれていた。
「おーっほっほっほっほっほ!、ちょうど良いわ、原住民のサンプルとして持ち帰ってあげようかしら?」
 アスカの目の前には、リツコが高飛車な態度で立ちはだかっていた。
 黒のボンテージに白衣を纏い、その腰には鞭が釣り下げられている。
「な、なによそのカッコ、ダサー…」
 ジト目で見るアスカ。
 ピシッと、リツコの顔面に亀裂が入った。
「むかつく子ねぇ、ま、いいわ、特別に硬化ベークライトで固めてあげるから」
「願い下げよ!」
 靴を脱いで投げつけた。
 ベシ!
 リツコの顔面に、見事な靴跡がつく。
「綾波!、惣流さんが…」
「碇君…」
 レイのもの憂げな瞳に、シンジは言葉を失くしてしまった。
「ごめん…」
 それだけを言って、シンジはアスカの元へと走り出した。
「惣流さん!」
 シンジはプラグスーツの力を借りて、アスカを取り囲むサキエル達の輪の中に躍り込んだ。
「碇君!?」
「惣流さん、逃げるんだ!」
 シンジはアスカを抱き上げると、一目散に逃げ出した。
「しまった、今のはオリジナルの…、追いなさい!」
 リツコの命に従って、3体ほどが動き出す。
「さてと、残りはこちらね?」
 そこには感情の全てを凍結させた綾波レイが立っていた。


 追いつけないサキエル達。
 追いつけなくて当然だった、プラグスーツを着ている今、シンジは6秒で100メートルを走りきることができるのだから。
(うそ!?)
 それまでと違う凛々しさに、アスカは思わず息を呑んだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ…、きゃあ!」
 振り落とされないように、シンジの首に噛り付く。
「一体どこへ行こうってのよ!」
「逃げなきゃ、今は逃げて!」
「逃げるったって…」
 冷静になって、ようやく周囲を見渡せた。
 シンジは木々の間を縫い、山を駆け登っていた。
 草木を避け、足場の悪さも気にせずに、シンジはまさに疾駆している。
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと…」
 アスカはある人物のことを思い出した。
「ちょっとストーップ!、あの子は!?」
「……」
 無言でスピードをゆるめるシンジ。
「あの子はどうするのよ?」
「綾波なら…、大丈夫だから…」
 その言葉にはっとする。
「あんた…、あいつらがなんなのか知ってんのね?」
「…知らないよ」
 シンジは言葉を濁した。
「嘘つくんじゃないわよ!」
 パン!
 派手に平手の音が響いた。
 呆然とするシンジ。
「な、なんだよ、叩くことないだろ!?」
「あんたが本当のこと言わないからよ!」
 シンジを睨み返す。
「今はそんな時じゃないんだよ、お願いだから逃げてよ!」
「嫌よ、それであんたはどうする気?、まさか助けに行くとか言い出すんじゃないでしょうねぇ?」
「そうだよ、助けに行くんだ」
「あんたバカぁ?、あんたが行ってなんになるのよ」
 言い切る前に、二人を閃光が照らし出した。
「危ない!」
 アスカを押し倒す。
「きゃあ!」
 二人の真横で、十字型の炎が上がった。
「追いつかれた!?」
 振り返る、段差になっている所から、ちょうどサキエルの仮面が浮かび上がってくる所だった。
「頼むよ、頼むから逃げてよ!」
「あんた一人置いて逃げられるわけないじゃない!」
 腕をつかむ。
「いいんだよ!、僕のことなんてどうでもいいんだろ!?」
 アスカの胸がズキンと痛んだ。
「嫌ってるならそれで良いじゃないか!、僕のことは放っておいて、かまわないでよ!」
 腕を振りはらって駆け出していく。
「碇君!」
「うわああああ!」
 シンジはプラグスーツの力で殴りかかった。
「シンジ!?」
「碇!」
 トウジとケンスケの声、だがシンジには聞こえなかった。
「うわああああ!」
 サキエルの剣をかわし懐に入りこむ、そのままシンジは仮面を殴りつけたが、いかんせん力が足りなかった。
「あ!」
 サキエルが腕を振り回した。
 とっさにしゃがみこみ、そのまま背中へと回りこむ、ニ体目のサキエルと相対し、シンジは力の限り地を蹴った。
「なんや!」
「早い!?」
 わずか1秒と少しの間に、それだけのことが行われた。
「あ、アスカ?、アスカ!」
 ヒカリは蒼白になって立ちつくしているアスカを揺さぶった。
「アスカ、ほらっ、逃げなきゃ!」
 懸命に声をかける。
「逃げなきゃダメよ、ほら!」
 無理矢理腕を引いて、ヒカリはアスカを連れて逃げだした。


「レイ」
 波が穏やかなさざめきを立てている。
 リツコはいつでもアクションを起こせるよう、油断なく身構えていた。
 とはいっても、いつもの通りにポケットに手を突っ込んでいる体勢なのだが。
「死んでください」
 それがレイの返事だった。
 エヴァ、テクター…
 レイは小さく呟いた。


「来る!」
 ドン、ドン、ドン!
 空からの肉の塊が周囲に大穴を穿った、それらに仮面が現れ、一息に戦闘員へと変形する。
「ま、またこいつらか…」
(でも、逃げるわけにはいかないんだ…)
 シンジは少しばかりの勇気を振り絞った。
 山の上を見る。
(惣流さん、逃げてくれたかな…)
 何故だかレイの顔が過ってしまった。
 悲しみに満ち満ちた瞳に悪気を感じる。
(ごめん、綾波…、今行くから…)
 シンジは空に向かって大きく叫んだ。
エヴァテクター!
 だが、いつまでたっても、紫色の光はシンジを包んではくれなかった。


 レイのプラグスーツの背に12枚の翼が現れる、その翼が縮むようにレイの体を覆っていった。
「変身、完了…」
 光が弾けた、その後に立つエヴァ・レイ。
 一つ目のエヴァテクターが、違和感を感じて首をめぐらした。
 その一つ目が山のはるか上のシンジを捉える。
「碇君?」
 シンジは自分の両手を見つめていた。
(変身…、できない)
「碇君!」
 呆然とたたずむシンジを、サキエルが軽く殴り飛ばした。


「ふわあ、うわあ、うわあああああ!」
 シンジはでたらめに腕を振り回した。
「くるな!、来ないで、来ないでよぉ!」
 泣きべそをかきながら、腰を抜かして這いずり回る。
 サキエルはそんなシンジを追い詰めていく。
「どうして、どうして!?」
 父、ミサト、それにレイ。
 それぞれの顔が思い浮かぶ。
「どうして!」
 アスカを思い出す。
(調子に乗ってたから?)
 これも同じ?
(好きでいさせてくれるかもしれない…、そう思ったのと同じなの?、守らせてって…、僕は守れるんだ、なんて考えてたから!?)
 サキエルの掌が光を放つ。
「シンジ君!」
 聞き覚えのある声が耳朶を打った。


「お願いヒカリ、離して!」
「ダメよ、アスカが行ったってどうにもならないじゃない!」
「だからって、見捨てるなんてできない!」
「アスカ!」
 パン!
 アスカの頬が鳴った。
 叩いたヒカリは、涙を流していた。
「ヒカリ…」
 自分の頬を押さえて、アスカは信じられないものを見るような目で、ヒカリを見た。
「……」
 涙しながら怒っているヒカリ。
「ヒカリ…、だって、だって、あたし、あたしぃ…」
 アスカはついに耐えきれなくなり、しゃがみこんで泣き出した。


「ミサトさん!?」
 シンジに抱きつき、転がるミサト。
 その赤いジャケットが切り裂かれた。
「お待たせ」
「ミサトさん、ミサトさん、ミサトさん!」
 その胸にしがみつき、泣きじゃくる。
「泣いてないで!、さっさと逃げなさい!!」
 シンジを突き飛ばし、ミサトは襲いかかってきたサキエルのコアに掌底を叩きこんだ。
 ビシ!
 信じられないことにヒビが入る。
 ゴウン!
「ミサトさん!」
 ミサトを包むように十字の炎が上がった。
「!?」
 だが燃えたのはジャケットだけだった。
「こっちよ!」
 ミサトはサキエル達をシンジから引き離すように、注意を引いて駆け出した。


「うっく、ぐす…、お願いだ、動いて…、動いてよ…」
 間違いなく、シンジの声。
 シンジは木の影でうずくまっていた。
 手にインターフェイスを握っている。
「碇君!」
 レイが木の上から飛び降りてきた。
「動かないんだよぉ…」
 シンジはこれまでに無いほど情けない顔をして、インターフェースを握り締めていた。
「綾波を守るって…、守るってそう約束したのに…」
 再び自らの体を抱くように、小さくなる。
「……」
 エヴァの瞳に悲しみが宿る。
 ビュン!
 音に驚いて頭上を見上げる。
 枝葉の間から、青い何かが幾つも飛んでいるのがわかった。
「なに?」
 レイは取り囲まれていることに気がついた。
「…第五使徒級浮遊砲台ラミエル」
 呟いて空を見上げる。
 一片3メートルほどの正八面体の物体が、幾つもレイの動きを封じるかの様に飛び回っていた。
「碇君…」
 体の力を抜いて、顎を引く。
(あの人なのね…)
 レイはシンジが変身できない理由に気がついていた。
(ダメなの?、もう…)
 首を振る。
(人の心は、変わるから)
 ラミエルを睨みつける。
(きっと帰ってきてくれるから)
 レイは強く祈った。
(きっと、碇君はまた私を見てくれるから)
 レイはその想いを口にした。
「チェンジ、エヴァン…ゲリオン」
 次の瞬間、レイの体は巨大化を遂げていた。



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