「なによあれ!」
 アスカの声に、トウジたちも振り返った。
 ゆっくりと体を起こしていく巨人。
「おは、凄い凄過ぎる!」
 ケンスケはこんな時でも離さなかったカメラに収めた。
「エヴァン…ゲリオン」
 そのトウジの呟きは誰の耳にも届かなかった。


「綾波?」
 真下から見上げるシンジ。
 レイはシンジから離れようと、前へ進み出た。
 レイの周りをラミエルが取り囲んでいる。
「!?」
 ラミエルがそれぞれに光を飛ばした。
「レーザー?」
 シンジそう表した光は、エヴァの装甲を少しも傷つけられるものではなかった。
 オレンジ色の巨人が、蝿でもはらうかの様に手を振った。
 グシャ、ブシャ!
 その手にぶつかって幾つかが潰れる。
(綾波…、一人でも戦えるんだ)
 その認識が、シンジをさらに落ち込ませた。
(そうか…、僕はもう、いらないんだね…)
 守らせてよ…
 その言葉自体、自分の奢りだったのかもしれない。
(あの女の人…、僕を狙ってた)
 リツコの言動から、狙いはシンジの持つインターフェイスだと気がついていた。
(綾波を守ろうって…、でも今は僕が守られてる…)
 エヴァを見上げる。
 レイは懸命にシンジの側から離れようとしていた。
 僕さえ居なければ…
 ふとそんな考えが脳裏を過る。
 そうだ、死んでしまえば…
 ドガン!
 すぐ側にラミエルが落ちてきた。
 シンジは思わずしゃがみこみ、両腕で頭を庇っていた。
 ゆっくりと腕を開く、すき間からラミエルを見、シンジは息を呑んだ。
「あ…」
 ぐじゅぐじゅに潰れたラミエル、だがそれは少しずつ再成をはじめていた。
 その中心で赤く光るもの。
「見つけたわよ?」
 シンジの背後に、リツコとサキエル達が立っていた。


(碇君…)
 レイはアスカを危険な存在だと感じていた。
(碇君、あんなにまいってる…)
 心に殻を作り上げていく、今のシンジには、それがありありと見て取れた。
(でもそれは一時のことよ)
 再びラミエルをはたき落とす。
(あの人はすぐにいなくなるわ…、だって碇君は拒絶しようとしているから)
 ラミエルが動きを変えた。
(なに?)
 ラミエルがエヴァの手が届かないほど高い所に集まっていく。
 ひとつ、ふたつと面を合わせ、さらに大きな正八面体を作り上げた。
 そこへアラエルが飛んでくる。
(巨大化するのね)
 見ていることしかできない、ラミエルはついにエヴァンゲリオンの何倍もの大きさに巨大化してしまった。
 一片は300メートルを越えているだろう。
(どうすればいいの?)
 攻撃方法に迷うレイ。
 ラミエルの鏡面の接合点が、光り輝き回りはじめた。
(内周部を加速?、いけない)
 避けようとして、はっと気がついた。
(ダメ、避けてはダメ、碇君が…)
 インターフェースの反応を探し、見つける。
(碇君!)
 レイは追い詰められているシンジに気を取られてしまった。


「綾波!?」
 閃光が弾けた。
 腕をかざして光を避けながら、シンジは光の中にいる巨人の影を確認した。
「盾?」
 レイは何処からか自分ほどもある盾を取り出していた。
 まるで飛行機の底部のような盾だった。
「だめだ、綾波…」
 絶望的な声を漏らす。
(盾が溶けてく…)
 エヴァもだ。
(綾波…、まさか、僕がつかまったから?)
 シンジは己の腕をつかんでいる女を見た。
「レイ、甘いわね、いくらあなたでも加粒子砲を浴び続ければ、いずれ痛みに消耗して動けなくなってしまうのよ?」
 勝ち誇る。
 恍惚とした表情を浮かべているリツコ。
(僕が捕まったから、戦えないの!?)
 シンジは右手をギュッと握りこんだ。
(綾波は、僕のために戦ってくれてるのに…)
 リツコの何かが許せない。
 碇君は、わたしが守るから…
 自分の何かが許せなくなる。
 唇を噛む。
(そうだよ、命をかけてくれてるのに、僕は、僕は…)
 インターフェースから紫色の光が漏れ出した。
(インターフェースが反応している!?、そんな、さっきまではいくら叫んでもダメだったのに…)
 シンジは父の言葉を思い出した。
(想い…、そうか、そういう事か、綾波!)
「え!?」
 リツコの視界が、上下逆になった。
 振り払われたのだと気がついたのは、頭から地面に落ちてからだった。
「綾波ー!」
 シンジは駆け出していた。
 加粒子砲がレイの心と体を削っている。
(あ、いかり…、くん?)
 薄れゆく意識の中、レイはぼんやりとシンジを見つけていた。
(惣流さんなんて関係ない!、綾波は綾波じゃないか!)
(だめ…、にげ…て)
 インターフェースごしの弱々しい声に、シンジは胸が締め付けられた。
(僕がちゃんと、ちゃんと綾波を…、綾波を見なくちゃいけなかったのに…、僕は!)
(いかり、くん…)
(誰の気持ちも関係ない、僕の想いは…)
 インターフェースが一際大きく輝いた。
(僕はただ、これ以上失いたくないんだ!)
 気を失う一歩手前で、レイは自分を守る紫色の力を感じていた。


 レイの正面に、突如として紫色のエヴァンゲリオンが現れた。
 両腕を交差させて、ラミエルの加粒子砲を弾いている。
「エヴァ・オリジナル、どうして今頃になって!?」
 ラミエルの加粒子砲がいったん途切れた。
 モニターに映る鬼を見て、マヤは慌ててレイの様子を確認した。
「エヴァ・マスター、完全に沈黙しています」
 通信機に向かって叫ぶ。
「マヤ!、目標変更!、オリジナルを狙わせて」
「はい!」
 再びラミエルの内周部が加速をはじめた。


 シンジの腕も、肘から先が溶けていた。
 ずるりとゴムのように表面が垂れ落ちている。
(くっ、綾波…)
 腕の痛みを堪えて、シンジはちらりとオレンジ色のエヴァを見た。
(シンジ!)
(父さん!?)
 通信が入った。
(父さん、敵が…、綾波が)
(わかっている、シンジ、ポジトロンスナイパーライフルを使うのだ)
(ポジ…、なにそれ!?)
(いいか、エヴァは1万2千もの次元階層を持つ特殊装甲に被われている)
(なんだよ、今それ所じゃ…)
(いいから聞け!)
 ゲンドウの怒気にシンジは黙り込んだ。
(その装甲はそれぞれ武器や防具をより高位の次元空間に置き返ることで作り出しているのだ)
(だから!?)
(装甲を元の形に戻すのだ)
(わかんない、わかんないよ、そんなこと習って無いよ!)
(いま説明した、シンジ!)
 びくっとする。
(レイを見ろ)
 レイのエヴァ、盾とエヴァの前面が高熱に溶かされ、なかば融合していた。
(レイ…)
(シンジ、敵を撃て、それだけだ)
 通信は一方的に切られてしまった。
(僕…、僕は…)
 ラミエルを見る、一撃でケリをつけるつもりなのか、先程よりも長くエネルギーを集束し、距離をとっていた。
(僕は!)
 エヴァの半分溶けた腕が、光を伴って一瞬で修復された。
(僕は綾波を失いたくないんだ!)
 碇…、くん?
 それは小さな、とても小さな声だった。
(うわあああああああああああああ!)
「グワアアアアアアアアアアアアアア!」
 エヴァの顎部ジョイントが外れ、咆哮を上げた。
 右腕の肘から先が一瞬かき消える。
(ポジトロンスナイパーライフル!)
 その腕は長大なライフルを持って再び現れた。
 カシャ、ガシャコン!
 ライフルからのびるプラグを背中にあるコンセントへと差し込む。
 そして銃の横にあるレバーを引き、ヒューズを装填した。
(いっけぇーーー!)
 引き金を引いた。
(あ!?)
 同時にラミエルも加粒子砲を放った。
 ポジトロンスナイパーライフルから発射された緑色の光がラミエルの紫色の光と干渉、お互いに避けあい、元の軌道を進んだ。
(くっ!)
 ポジトロンスナイパーライフルの光は、ラミエルを避けるかのように空へと飛んで消えた。
(このぉ!)
 ラミエルの閃光がエヴァを撃つ。
 シンジは避けることなど考えなかった。
(今度は僕の番だ、今度は僕が守るんだ!)
 ライフルを捨てる、プラグが自動的にパージされた。
「グワアアアアアアアアアア!」
 エヴァが雄叫びを上げた、その腕が溶け、光がコアを直撃する。
(ダメ…)
 とても、とても小さな声だった。
 レイのエヴァが左腕を持ち上げようとしている。
 シンジは父の言葉を思い出し、気力を振り絞って耐えていた。
(死ぬのはダメ…)
 またも声。
 何かをつかみとろうとするかのように、レイは焦げた手の平を広げて伸ばした。
(嫌なの…)
 シンジは溶けいく腕を再成し続けた。
(失くしたくないの…)
 だがそれも追いつかなくなる。
 ここまでなの?
 意識の薄れを感じるシンジ。
(どうして?)
 コアが明滅を始めていた。
(またわたしを見てくれたのに…)
 活動限界…、せっかく変身できたのに…
 ごめん、綾波。
 シンジはレイへと意識を向けた。
「良いわ!、こうなったらオリジナルだけでも…」
 リツコの声。
(嫌…、碇君)
 レイの手が震えた。
(いかせない…)
 あなたは、何を望むの?
(渡さない…)
 どこからか聞こえてくる声。
(ただ守りたかったんだ…、綾波を)
 シンジの声が心に届く。
(守りたかったの、碇君を…)
 レイの心がシンジに届く。
 再成を止めるシンジのエヴァ。
 リツコの声が響いて消える。
(碇君…)
 レイのエヴァが体を起こした。
(碇君は、渡さない…)
 紅い瞳が敵を見据える。
 アスカとラミエルが重なった。
(碇シンジは、わたしのものよ…)
 絶対、誰にも、渡さない…
 直後、シンジを守る黄金色の壁が現れた。



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