「こらーっ、起きろぉ!、ばかシンジぃ!!」
アスカのアスカによるアスカらしいボディプレスが炸裂した。
「ぐえぇ!」
シーツの下から奇怪な悲鳴が漏れて来た。
「ゲホゲホゲホ…、そ、惣流しゃん!?」
シーツの下から覗き見るシンジ。
「ん〜〜〜?」
眉間に皺をよせて、アスカはぐいっと顔を近づけた。
「惣流?」
確認するアスカ。
口元が怒りに引きつっている。
「あ、ご、ごめん、アスカさん…」
まだ治まらない。
「あ、アスカ…」
「よし!」
ごっ機嫌な笑顔で頭を撫でる。
「良い子、良い子!、ほうらご飯作って来てあげたんだから、起きてさっさと食べるのよ!」
「ご、ご飯?」
きょとんとするシンジ。
ベッド脇の台の上に、クラブサンドと骨付きチキン、それに蒸したポテト(からしマヨネーズ付き)が置かれていた。
「誰が?」
「あんたバカァ?、このあたし以外に、一体誰が作ってくれるって言うのよ?」
「わたしがいるわ」
「綾波!」
戸口にレイが立っていた。
「おはよう、碇君…」
うつむき加減に、まったく不機嫌を隠そうともしていない。
「お、おはよう…」
その表情にびびるシンジ。
「おかゆ…、作って来たから」
「あん!」
邪魔よと言わんばかりに押しのけられるアスカ。
ピキ!
アスカのこめかみに青筋発生。
ガチャガチャガチャっとアスカのクラブサンドが乗った皿を端っこへ押しやり、レイは強引にお粥の入った椀を置いた。
蓋を取る、上がる湯気、今日はジャコと梅干し入りらしい。
ぐうっとシンジのお腹が鳴った。
第六話 限りなく愛に近く…
「はぁいシンちゃん、あ〜んしてぇ?」
クラブサンドを手に迫る。
「ちょ、ちょっとやめてよ、アスカ…」
アスカ…と名を口にする度に、レイの眉がピクリと跳ねていた。
「なぁにを恥ずかしがってるのかなぁ?、それともあたしの作ったもんが食べられないってぇの!?」
天使の微笑みから鬼の形相へ。
「ご、ごめん!、食べる、食べるよ…」
それに恐怖するシンジ。
「んふふ〜」
っとアスカはまた笑顔に戻った。
アスカの持つクラブサンドに手を伸ばすシンジ。
ぺちっとその手を、アスカははたいた。
「な、なに?」
「あ〜んって言ったでしょ?、あ〜んって」
その意味する所を悟って赤くなる。
「碇君…」
見ると、レイがレンゲにお粥をすくっていた。
「口を開けて?」
レンゲが迫る。
「あんたバカァ?、病人じゃないんだから、そんなのでお腹が保つわけないじゃないのよ?」
顔を見て話しかける、つられて視線を合わせるレイ。
「ふが!」
もちろんそれはフェイントだった。
レイの隙を突いて、アスカはクラブサンドをシンジの口に突っ込んだ。
「お味の方はどうかなぁ?」
もうちょっとで赤ちゃん言葉になるかもしれない、ってそんな感じの声色。
「んぐ!、お、おいしいと思…」
「碇君…」
レンゲを突っ込むレイ。
「おいしい?」
何か慌てているシンジ、どうやらレンゲが喉の奥を突いたらしい。
「むっ!、それじゃこっちのポテトはどう?」
「ぐぐ!」
無理矢理突っ込む、シンジの顔が赤くなった、どうやらカラシの塊が付いていたようだ。
「ふー…、ふー…、碇君、はい?」
更にお粥、さっきのカラシで味がわからない。
「邪魔よ!、もっかいサンド!」
どんっとレイを突き飛ばすアスカ。
「胃に優しいものの方がいいわ」
肘でぐりぐりとアスカの顎を押し上げるレイ。
「そんなのじゃすぐにお腹がすいちゃうって言ってるでしょ!?」
骨付きチキンを、骨ごと押し込む。
「碇君は和食派なのよ…」
そのすき間からお粥を流しこむ。
こ、このままでは殺されてしまう…
窒息寸前で、シンジは危機感を募らせた。
「ほうら今度は、もう一回クラブサンドね?」
「碇君…」
ベッドの上に、膝を立てて迫ってくる。
「ふが!」
口に次々と放り込まれながらも、シンジは懸命に脱出口を探していた。
そうか、窓だ!
なぜ気がつかなかったのだろう?と、左横にある窓を見た。
「ぶっ!」
吹き出すシンジ。
「シンジぃ〜、うらやましいそぉ?」
そこには号泣しているケンスケがいた。
しっかりビデオカメラを構えている。
「こんの裏切り者ぉがぁ〜」
その下から覗き見ているトウジ。
「不潔よっ、二人とも!!」
庭からトウジ達を叱るヒカリ。
「ちゃ、ちゃう!、誤解や委員長!」
「そうそう、俺達はただ、親友の危機的状況をいかに救わんかと…」
「碇君なんて関係無いでしょ!」
ていっと二人が登っているはしごを蹴った。
「「ああ〜〜れぇ〜〜〜!」」
窓から姿を消す二人。
「何ボサボサっとしてるのよ!」
「碇君…」
既に目の色が違っている、二人は周りを見ていない。
「さっさとこれ、食べなさいよ!」
「はい、あ〜…ん」
食べるのは良い、食べるのは。
「ちょ、ちょっと待って…」
「問答無用!」
「はい、ふー、ふー…」
「お願い話を…ふぐ!」
「次はこっち☆」
「はぐ!?」
「碇君…」
「んぐ!」
「おいちいでちゅかー?」
「がふ!」
「おいしい?」
だんだんと膨れゆくシンジのお腹。
「はい、これでラストォ!」
アスカはシンジの鼻をつまんで持ち上げた。
「ふが!?」
口が開いた所で、とっておきのコーンスープを一気に流しこんだ。
「ごくごふ、ごふぁ!、熱、熱っつー!、口の中がー!!」
「碇君!」
悲鳴を上げるシンジを組み伏せる。
「お水を!」
どこからか「関西のおいしい水、1.5リッター入りペットボトル」を取り出すレイ。
「ごふっ!?」
それをシンジの口に突き差した。
「ふご、ごふ、ごぶ…」
だんだんと、ボトルの中の水と空気の比率が逆転していく。
「なんて恐ろしい子なの?、こいつってば目的のためには手段を選ばないタイプね…」
「碇君!」
恐れおののくアスカを尻目に、レイは空になったボトルをぽい捨てした。
「碇君?」
当たり前のようだが、白目を向いているシンジ。
「碇君!?」
がくがくと揺するレイ。
「ごぷ…」
シンジの口から水が溢れた。
「うむうむ、シンジの奴め、なかなか幸せそうではないか」
「そうですね…」
顔が言葉を裏切っている。
思いっきり引きつっているミサト。
逆にゲンドウは込み上げてくる笑いを、必死になって堪えていた。
二人はそれらの様子を、仲良く茶の間のテレビで盗み見していたのだ。
「それにしても…、惣流・アスカ・ラングレー…、彼女がまさかこのような手段に出るとは思いませんでしたね?」
ははは…と、ハンカチで汗をぬぐう。
「だが良い刺激にはなるだろう…」
ゲンドウは「うむうむ」と満足げに頷いている。
「それにしても…」
元気で良かった…、と思う。
「昨日のこと…、覚えてないみたいですね?」
「一時的な記憶の混乱だろう…、その後をどう乗り切ってくれるか、だな」
ちゃぶ台の上に両肘をつき、ゲンドウは両手を組みあわせた。
その影に隠して、苦いものを込み上げる。
シンジは己の姿に恐怖し、気を失ったのだ。
「アスカ…、強い子ですね?」
「ああ…」
静かに目を閉じる。
「強い子だ…」
ゲンドウはアスカの勝ち気な眼差しが気に入っていた。
フオオオオオオ!
咆哮を上げる素体顔のエヴァ・オリジナル。
「碇君!」
レイが強く抱きしめた。
雄叫びをとめるシンジ。
シンジはそのまま力を失い、カクンと崩れ落ちた。
「いけない、強制解除を…」
レイの手が優しい光を放ちだす。
「碇君…」
赤子を慈しむように、レイはシンジを抱きしめた。
淡い光がシンジを人間の姿へと戻していく。
「い…、碇…くん、なの?」
目の前で見ても信じられなかった。
「そうよ…、これも碇君」
アスカを睨みつける。
「そしてさっきのも碇君よ?」
その目が怒りに燃えている。
「どうして?」
涙に揺れる赤い瞳。
「どうしてあなたのような人を、碇君は…」
ぎゅっと唇を噛み締める。
「あんた…」
それ以上かける言葉が見つからない。
「…戻りましょう」
レイは会話を打ち切って立ち上がった。
「ええ…」
アスカは素直に従い、レイを手伝ってシンジを連れて山を降りた。
「彼女は何も聞かなかったよ…」
戻って来たアスカはシンジを預けると、口を引き結んでそのまま一言も喋ろうとはしなかった。
「そして今日のあの態度だ、色々と思うこともあっただろうに…、その心根の強さ、称賛に値するとは想わんかね?」
はっ?っとミサト。
「称賛…、ですか?」
「ああ…」
ニヤリと口元が歪む。
「彼女にも資格がある…、そういうことだよ」
ゲンドウはゆっくりと瞼を開き、やや下方へと視線を投じた。
ちゃぶ台、その中央。
そこには赤いインターフェースが並べられていた。
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