なんだろう、この感じ…、誰か、入ってくる。
 青い髪の少女が、赤い瞳を向けていた。
 綾波…、レイ。
 綾波レイだよな、この感じ…
 それはシンジの心に、いつしか居場所を作っていた存在だった。


 綾波…、レイ。
 シンジの心を埋めようとする存在。
 レイ、綾波…
 シンジが、心を埋めて欲しいと願った存在。
 綾波…
 その存在になろうとした少女。
 レイ…
 心のすき間を自覚させられてしまった相手。
 碇君?
 わずかに振り返っているレイが見える。
 綾波?
 黄金色の海、その中に立つレイ。
 お願い、一つだけ答えて…
 何一つまとっていない、真っ白な肢体が目に入る。
 なに?
 酷く穏やかな感情を向けられた。
 わたしのこと、好き?
 その質問に、シンジは答えられなかった。
 レイの目は髪に隠れていて見えていない。
 その事が異常なまでに気になってしまう。
 お願い、答えて…
 脅えているような声。
 好きか嫌いか、教えて…
 ただ、なんとか言葉をつむごうとしている、そんな小さな唇だけが見えていた。
 好きか…、嫌いか…
 その意味を考えるシンジ。
 愛して…、とは言わない、わからないから…
 寂しい。
 非常によく知っている感情が、せきを切ったように流れ込んで来た。
 そう、寂しいんだ、僕も、綾波も…
 そのすさまじさに、顔をしかめるシンジ。
 でも綾波は、きっと僕以上に寂しさを抱えているんだ…
 ただ、どちらなのか、教えて欲しいの…
 さよなら…
 わたしには、なにも…
 その言葉が思い返される。
 ただ、それだけ…
 儚げな少女は、それ以上問いかけられずに、口をつぐんでしまった。
 何度か、シンジは右手を握り直した。
 なぜだろう、汗ばんでなどいないのに、気持ちの悪さを感じてしまう。
 逃げちゃ、駄目だ…
 レイのその様子に、シンジは心を決めるしかなかった。
「好きだと、思ってた…」
 ピクッ…
 僅かな反応が返って来た。
 そう…
 悲しみに満ち満ちた声が震えている。
「でも、嫌いじゃないと思う…」
 そう…
 ほんの少しだけ、ほっとしたような色が込められた。
「僕はただ、綾波を失いたくなかったんだと思う…」
 目を閉じるシンジ。
「父さんは僕にしかエヴァは使えないと言った、僕にしかできない事だから…、僕にしか綾波を守れないから、僕は戦ったんだと思う…」
 頬にレイの手が触れてきた。
 指が優しく撫でていく。
「ミサトさんが言ったんだ、悔いるようなことだけを作っていくのかって」
 首に腕が回される。
「僕は…、そんなのは、嫌だ」
 目を開く、正面に、はにかむような笑顔を見せるレイがいた。
「僕は、綾波を…、みんなを、守りたい」
 碇君…
 引き寄せられるように、引き合うように唇が触れ合った。
 すごく優しく、柔らかなキスの味。
 わたしの心を、分けてあげる。
 熱くなる胸。
 好きと言うこと。
 好きと言う想いが伝わってくる。
 そう、わたしは、こんなにも碇君のことが…
 綾波…
 抗う事は許されなかった。
 だから、一つになりたいの…
 心も体も、あなたと一つになりたいの…
 それはそれは…、とても気持ちのいいことだから…
 唇から想いが流れ込んでくる。
 綾波…
 僕の心を満たしてくれるの?
 わたしの心を、満たして欲しいの…
 それはそれは…、とても気持ちのいいことだから。
 二人の鼓動が一つに重なった。
 わたしの心で、満たしてあげる…
 僕の心で、満たして欲しいの?
 あなたの心で、満たして欲しいの…
 僕の心が、埋められていく…
 わたしの心が、満たされていくの…
 これはとてもとても気持ちの良いこと…
 だね?
 ええ…
 微笑むレイ。
 シンジはその熱い想いを、素直な心で受け入れる。
 これがエヴァなんだね…
 シンジはレイの髪の向こうを見ていた。
 母さん…
 そこには遠くで微笑む、シンジの母親の姿があった。


 グン!
 いきなり勢いよく、シンジのエヴァが顔を上げた。
「どうした?」
「s機関の出力が上がっています!」
「まさか!?、理論的にはありえんことだ…」
 レイなのか!?
 離れようとする二体のエヴァ。
「父…さん」
「シンジか!?」
 テレビのスピーカーからの声。
「シンジ!」
 ゲンドウと争うように、アスカもマイクに組み付いた。
「無事なのね?」
「大丈夫か!」
 ちょっとこっち貸しなさいよ!
 なにをするのだバカ者!
 どたばたとお互いの頭を押さえあう二人。
「二人とも、なにをやっているのさ?」
 不安げに尋ねる。
「「何でも無い!」」
 くすっと、シンジの苦笑が聞こえて来た。
「あー!、今あんたバカにしたわね?、したでしょ!」
「違うよ…、もう、うるさいなぁアスカは…」
「ぬわんですってぇ!?」
 言い返しながら、アスカは別のことに気を取られていた。
 今、アスカって言った!
 思わず顔がニヤけかける。
「シンジ!、良いかよく聞くのだ…」
 その隙にしっかりとマイクを握るゲンドウ。
「わかってるよ…、合体、だろ?」
 二体のエヴァが手を繋いで並んでいた。
「いい?、メインはレイ、シンジ君はサポートに回ってレイに合わせるの、これはレイの方がシンクロ率が高いからよ、わかった?」
「はい…」
「綾波…」
 手を握り返すシンジ。
「できるかな?」
「ええ…」
 こくんと頷くエヴァ。
「恐いよ…」
「大丈夫…」
 一つ目を隣のエヴァに向ける。
「それはとてもとても気持ちのいいことだから…」
「え?、なんでさ??」
 焦るシンジの声、全てはアスカ達が食い入るように見ているテレビから流れてきていた。


「こらー!、バカシンジィ、なに二人で雰囲気作ってんのよ!!」
 会話は全て、筒抜けになっていた。
 ゴンっとテレビのシンジを殴りつけるアスカ。
「あ、ご、ごめん!」
「ぼさぼさっとしてないで、さっさと合体しちゃいなさいよ!」
「うん!」
 痛かったのか、アスカは右手を押さえてしゃがみこんだ。
 震え、背中で泣いている。
「アホが…」
 アスカは残った左でKOした。


 ボゴ!
 なんだか肉がひしゃげて潰れるような音が聞こえてきた。
 ついでにトウジの悲鳴も聞こえたような気がする。
 なんだろう?
 気にはなったが、今はそれ所ではないと判断。
 すぐに考えを集中させた、レイが分け与えてくれた力も、そう長くは保たないからだ。
 なんだかわかんないけど、やってみる!
 シンジは決意も新たに身構えた。
「かけ声はエヴァリオンだ」
 シンジの態度に、ゲンドウは誇らしげに合図を送った。
 行くよ、綾波
 ええ…
 二体のエヴァが沈みこむように腰を落とした。
 そして次の瞬間には、全く同じタイミングで、宙に向かって飛んでいた。
 エヴァリオーン!
 二人のかけ声が見事にハモる。
 それに反応して、両方のエヴァの瞳が妖しく光った。
 まずはシンジだ。
 その上半身がよじれるように尖り出した。
いたたたたたー!ガガ…、キーィン…」
 シンジの叫びがスピーカーに音割れを起こさせた。
「なんだよこれ、なんだよ!」
「ちょっとシンジ、どうしたのよ!?」
 その尋常ではない慌て方に、アスカはガタガタとテレビを揺らした。
「痛いっ、これってなんだか無茶苦茶痛いよ!、ああっ、なんだか雑巾の気持ちが判るような気がする…」
「ちょっとあんたなに言ってんのよ!」
 う〜むと考え込んでしまうミサト。
「所長…、これは」
「うむ、神経接続だな」
 よじれるエヴァの感覚がフィードバックされているのだ。
 ゲンドウはとりあえずの指示を出した。
「男だろう、我慢しろ」
 無茶苦茶である。
「できないよ、死んじゃうよぉ!」
 もっともだ。
 あ〜っと、言葉を探すミサト。
「所長…、神経接続を一時切ったらよろしいのでは?」
 汗を拭きつつ提案してみる。
「いかん、それではお互いを感じあえん、感じあい、一つになってこそ初めてエヴァリオンはその力を完全に発揮できるのだ!」
 一人で盛り上がっていくヲヤジ。
「それにかまわん、問題ない、ハーモニクスが100に達すれば二つの魂は一つとなって、エヴァという肉体を手に入れし存在となるのだからな!」
「つまり二人のシンクロが完璧になるには、必要な痛みだと?」
 こめかみを押さえるミサト。
「これは通過儀礼なのだよ、シンジ、頑張れよ」
 無責任の二文字をヲヤジは背負った。
 その間にも進行している合体行動。
「くう…」
 苦悶の声が漏れ聞こえた。
 レイの下半身もシンジと同じようによじれ、尖り出している。
 二体の変化したエヴァが近づくと、お互いの尖塔がぐにゃりと歪んだ。
 絡まりあい、融合していく。
 最後にレイ側が引き寄せるように、シンジが突き上げるように動いた。
「きゃう!」
 レイが可愛らしい悲鳴を上げた。
「う、ん…」
 なんだか艶を帯びた声を出している。
「はぁ…」
 全身の力を抜くように、レイは吐息を漏らした。
「痛い痛い痛いよぉ!、何だよ綾波の嘘吐き!、無茶苦茶痛いだけじゃないかぁ!」
 その叫びにニヤリとアスカ。
「お願い、碇君、あまり動かないで…」
 もう他人を気づかっている余裕が無いのか?、シンジはレイの異常さに気がついていない。
 あ、だめ、そんな…
 そんな呟きが聞こえてくる。
「そんなこと言ったって、痛いんだよぉ!」
 合体の途中に、ちょっとバランスが崩れた。
「あんっ!」
 その刺激に悲鳴を上げるレイ。
 渋い顔をしているゲンドウとミサト。
 その背後で、トウジとケンスケがそれぞれ股間を押さえて腰を引いていた。
「「さいってー、信じらんない…」」
 見事にはもるアスカとヒカリ。
「これは…、教育上良ろしくないのでは…」
「一考の余地はあるな」
 とか言いつつ、レコーダーを動かす事は忘れない。
「とにかくシンジ君!、時間が無いの、我慢して!」
「わ、わかりました…、いくよ、綾波?」
「ん…」
 頷いたのか、それとも声が漏れただけなのか、はっきりとはしない返事だった。



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