などと地上で緊迫感が失われている頃、月側では…
「ロンギヌス砲、エネルギー充填120%、s機関限界です!」
 その準備が着々と進行していた。
「照準、誤差修正よし!」
「発射よ?」
「発射!」
 マヤの悲痛な叫びが上がった。
 ガギエルの船首部分が上下に開いた、まるで口のように。
 その奥に赤く光り輝いているものが見える、コアだ。
 コアの光が槍の形を取り始めた、しばらくぼやけていたが、それははっきりと像を結ぶと同時に、一直線に地球に向かって飛んでいった。
 シンジ君、頑張ってね…
 何故だか胸の内で、シンジを応援してしまうマヤであった。


「凄い、凄過ぎる!」
 我慢できなくなったケンスケが、自前のカメラでエヴァリオンを撮影していた。
「これが、エヴァリオン…」
 同様に感動しているミサト。
 陽光の中で立ちつくしているエヴァリオンは、白い女神に見えなくも無かった。
 上半身はレイのエヴァ、下半身はシンジのエヴァの形をベースに、少しばかり胴長の形を取っている。
 その巨人がぐぐっと顎を持ち上げ、空の一点を睨みあげた。
 弾けるように監視システムを立ち上げるミサト。
「来ます!」
 むうっと、さすがにゲンドウも眉間に皺をよせた。
 迫り来るエネルギーの奔流を察知するエヴァリオン。
 あれは…、ロンギヌス砲?
 フラッシュバックするレイの記憶。
 放たれる力、突き立つ光、穿たれる大地。
 山が火を噴き、大地が割れていく。
 暴れ狂う炎の竜。
 星が赤く明滅を始めた。
 爆発、四散、消滅。
 太陽よりも明るい光が世界を満たす。
 その奔流にシンジは飲み込まれた。
 ダメ…
 だめだ
 させない…
 共有する記憶と感情が爆発した。
 振り切られる計測機器の測定値。
 二人はその時、完全なる存在となったのだ。


「凄いわ!」
 驚くミサトを尻目に、エヴァが変化を始めていた。
 バゴン!っと装甲が外れそうな程に跳ね上がった。
 内部の素体の肉体が膨らみ、装甲を押し上げているのだ。
 膨らむ乳房、それを装甲が申しわけ程度になんとか隠していた。
「おしい!」
 なにがや!っとケンスケを殴るトウジ。
 割れるように頭が痛い、その頭を片手で押さえ、エヴァリオンは悶え苦しんでいた。
 その腕もまた大きく、太くなっている。
 強引に繋ぎ合わされていたエヴァの全身のバランスが、半ば強制的に調整された。
 繋がっていただけの腰の部分が長さを整え、色気のあるくびれを生み出す。
 先程までのエヴァリオンが少女だとすれば、それはまさに女性の体つきであった。
 背中から四対の光の翼が現れる。
 ああああああああああ!
 黄金色に光り輝く翼を広げ、シンジとレイは同時に吠えた。
 雲を貫き、一条の閃光が落ちて来る。
 先程シンジが放ったのと同等以下の力が。
 ATフィールド!
 右腕を持ち上げ、二人はかざした。
 ギキィン!
 黄金色の六角形の壁が、光の槍を受け止めた。
 高音質な異音を放って、壁に激突するロンギヌスの槍・レプリカ。
 ミサトの目の前で、数値が目まぐるしく変動をする。
 槍がフィールドを侵食しようとしているのだ。
 ぐりっとよじれ、壁を打ち破ろうともがいている。
 うわああああああああ!
 再び二人は吠えた。
 その槍の行為に激怒して。
「10…40…80、反射率100%!」
 うわあああああああ!!!!
 ATフィールドが輝きを増した。
 最後のひと押し、ロンギヌスの槍、そのエネルギー波が、放たれた軌道を正確に辿ってリバースしていった。


 リツコはそれを信じられぬ思いで見ていた。
 だがそれも一瞬のことで、危険を察知すると、即座に命令を下していた。
「回避行動、急いで!」
 クルーを正気づかせる。
 リツコの叫びに、マコトは慌てて舵を切ることができた。
「ふぐぅ!」
 重力制御装置の限界を超える操船を、みな机に噛り付いて耐えぬいた。
 ゴウ!
 光は船体をかすめていく。
 ガガガガガガガガガ…
 その激震に、歯を食いしばって耐えるリツコ。
「でも…、どのみち終わりよ、これだけの力でかき乱したのよ?、地球の磁場はめちゃくちゃになっているはずだわ!」
 勝ち誇った表情で、リツコは顔を上げた。
 非常警報が鳴っている。
 エヴァの力が心の産物ならば、住んでいた世界を失って耐えられる人間など居ないのだ。
 これでエヴァを手に入れられる!
 槍を使ったのは、素体となる人間の戦意喪失を狙ってのものであった。
「いえ!」
 マヤだけがリツコの独り言を聞いていた。
 マヤの否定に、弾けるようにモニターに目を向けるリツコ。
「地球の磁場、自転、なにもかもが元どおりに直っていきます!」
「なんですって!?」
 正面、目視界の先にある星を見てはっとした。
 ロンギヌス砲のエネルギー波は去ったはずなのに!
 外はいまだ明るかった。
「あれは、まさか!?」
 そして地球は黄金色に輝いている。
「ATフィールド!?」
 艦橋を明るく照らしているのは、地球を覆い包んでいる光であった。
 それも地球を被いつくすほどに強力で、強大な。
「間違いありません、あれはATフィールドです!」
 マヤの説明に、ゴクリと生唾を飲み込むリツコ。
「そんな…、これほどだなんて、なんて力なの、あの子たち…」
 リツコは愕然として、その光景に魅入っていた。
「艦右舷損傷!」
「ダメです!、舵が効きません!!」
 悲鳴と怒声が交錯している。
「これが…、エヴァの本当の力…」
 触れてはいけないものを呼び覚ましてしまった…
 その中で、リツコは一人恐怖に脅えていた。


 地上。
 アスカはつい見とれてしまっていた。
「綺麗…」
 心を奪われるかの様に…
 天空が金色に染まっていた。
 オーロラのベールが、彩りを与えようと舞っている。
 両腕を大きく天へと広げ、エヴァリオンは空に向かって何かの祈りを捧げていた。
 いや、捧げているように見えていた。
 レイの言葉が蘇る。
 これも…、あいつらの心だっての?
 その荘厳さから受ける印象を、180度逆方向に変換してしまう。
「むぅ…」
 何だか気に食わないわね…
 一人渋い顔をするアスカ。
「あ…」
 ヒカリがぽつりと漏らした。
 空の光が消えて行く。
「消えちゃった…」
 エヴァを探すと、その姿はもうどこにも見あたらなかった。
 空を染めていた光と共に、その姿は消えていた…


「碇君…」
 山の中、レイはまたいつものようにシンジを抱きしめていた。
 二人とも一糸まとわぬ姿だ、変身の際にその衣服は全て消え去っていた。
 ぐったりとしているシンジを、背後から腕を回して抱きしめている。
 まるで、もう手放さないと言わんばかりに。
 レイの頬は赤く染まっていた。
 心なしか、息も荒い。
 ついでに汗をかいて後れ毛が張り付いていた、妙に艶めかしいその姿。
「碇君…」
 しかし欲情すべき少年は気を失っていた。
「碇君」
 もう一度呼びかけてみる。
 シンジは起きない、泡をふき、「きゅうっ☆」っと目を回していた。
 合体を解く時の痛みに耐えきれなかったらしい。
「碇君…」
 レイは一人で嬉しそうに、何度もその名をくり返していた。
「碇君…」
 好き…、で、良いから…
 ぎゅうっと抱き締める。
「碇君」
 とても幸せそうに、シンジの髪に顔を埋める。
 シンジが介抱されるのは、もう少しばかり先のことになりそうだった…



続く



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