…かりくん、碇君。
どこからか声が聞こえてくる。
「誰?」
「碇君…」
遥かな下方に地球があった。
空には月、その間にシンジは居た。
「碇君」
「綾波…」
初めて宇宙から地球を見ている、シンジは初めてなのに初めてじゃない感じを受けていた。
「ここは?」
「夢の中よ?」
「夢の中!?」
にしては、やけに生々しい。
目の前のレイは素っ裸だった。
何度も見ているせいだろうか?、やけに細部までリアルである。
「そう、だから何をしてもいいのよ?」
そのレイがシンジの妄想通りに迫ってきた。
「な、なにをしてもって…」
グビビっとノドが鳴った。
「わたしと一つになりましょう?」
その言葉に嫌な記憶が蘇る。
「それはとてもとても気持ちの良いことだから…」
「嘘だ!」
シンジは恐怖に後ずさった。
「碇君?」
なぜだか胸を隠して前屈みになる。
シンジは強調される胸の谷間に、欲望という名のボルテージを高めてしまった。
が!
「そんなの嘘だ!、嘘だったんだ、綾波は嘘をついたんだ!、気持ち良いなんて誘っておいて…」
なんだか妙なトラウマが発生しているらしい、欲望を上回る勢いで拒絶していた。
「でも、それがお互いの望んでいる事、そのものなのよ?」
流し目をくれるレイ。
そのあまりのいやらしさに、思わず下半身が反応してしまう。
「…ほら?」
レイがにやりと笑った。
「ちがう、違うよ、こんなの…」
焦るシンジ、その声を別の叫びがかき消した。
「何が違うってぇのよ、こんのど変態がぁ!」
続いてドスンと強烈な衝撃。
シンジの股間を、猛烈な痛みが襲っていた…
第七話 紅を受け継ぐ者
「ぐええ…」
「い、碇君!」
アスカのエルボードロップが膨らんだシンジの股間を直撃している。
涙目を開くと、レイはどうしたらいいものかとオロオロしていた。
「あ、綾波!」
シンジは慌てて後ずさった。
ズル!
「え!?」
そこにあるはずの窓がなぜだか開いている。
「う、うわっ!」
「なんや!」
「シンジが降ってきた!?」
はしごを上っていた二人を巻き込む。
「うわあああああ!」
「なにすんねん!」
「バカヤロー…」
ドカ。
三人はからまって地面へ激突。
「「「きゅう…☆」」」
っと目を回して気を失った。
そんな彼らを冷ややかに見下ろすヒカリのコメント。
「バカ…」
他には何もありえなかった。
「あいててててて…、何てことを、使い物にならなくなったらどうしてくれるんだよ、まったく…」
などと洗面所でパンツの中身を確認しているシンジ。
ふーふーふぅっとふいた後、思わず「よかった…」などと呟いてしまった。
「あんたバカァ?、あんたみたいな危険人物、去勢するぐらいでちょうど良いのよ」
「って、なんでここに居るんだよ!」
振り向くとアスカが立っていた。
その背後にはらはらと心配そうなレイ。
「碇君…」
「あ、綾波…、大丈夫だから、うん」
「そう、よかった…」
微笑む。
シンジもつられる。
その二人を見比べて。
「一体何が良かったのよ」
とアスカが鋭く突っ込んだ。
「でもほんとに無事で良かったわ」
「なにがよ?」
「ナニが」
さすがにミサトである、アスカの突っ込みにも冷静に対処して見せる。
「しっかしセンセも災難やったのぉ」
「なにが?」
「ナニがや」
「あーもぉ!、おんなじ会話くり返さないでよ!」
アスカは切れた。
「うむ、それよりシンジ、よくやったな」
「なにがだよ?」
「ナニがだ」
ニヤリとゲンドウ。
「だからくり返すなって言ってるでしょう!」
頭をわしゃわしゃと掻きむしる。
「それにあんたも離れなさいよ!」
そして流れるようにアスカはレイを指差した。
「嫌よ」
無下にレイ。
シンジにぴったりと寄り添い、座っている。
今日は大きめのTシャツに茶系のキュロット。
アスカの白シャツにカットアンドジーンズという格好も捨てがたかった。
「心も体も一つになれたの、これでわたしは碇君のもの…、そして碇君はわたしのものよ?」
そしてギュッとシンジに抱きつく。
ふふふふふっと、その目が危ない。
「あ、あんたねぇ…」
イッてるわ、この子…
それはアスカですら、思わずたじろいでしまう程のものであった。
だが一番逃げだしたかったのは、当事者であるシンジであろう。
「あ、綾波、お願いだから離れてよ…」
だからとりあえず懇願だけはしてみた。
「碇君…、わたしのことが嫌いになったの?」
それに大して過剰なほどに反応するレイ。
顔を伏せる。
だがその目は上目使いに覗きこんできていた。
その仕草になぜだかニヤリと笑むミサト。
「あー!、あんたこいつに、いらない事吹き込んだでしょう!」
「ご、誤解よ〜、ただちょーっち恋愛についての…」
「偏った知識を植え付けたってわけね?」
アスカが目ざとく突っ込んだ。
じとーっと軽蔑の眼差しを向ける。
「大体あんたも!、自分の彼女ならしっかりと教育しなさいよね!」
「か、彼女だなんて、そんな…」
なぜだかうろたえまくるシンジ。
「べ、別に僕達…、そんな関係じゃ…」
その態度にいち早く反応するレイ。
「飽きたのね?」
「は、はぁ!?」
驚愕するシンジ。
「捨てるのね、もう…」
よよよっとレイ。
「そ、そんな違うよ、なんだよいきなり!」
やはりミサトが「ぐっ!」っと親指を突き立てていた。
感涙まで流している。
「ミサトさぁん!、綾波もやめてよ!、本当に僕たち…」
「違うというのか?」
「父さん…」
ゲンドウの真剣な眼差しに身をすくめる。
「エヴァでの繋がりは、すなわち肉体の繋がりでもある、そしてお前達は心と感情までも共有したはずだ…」
「つまりは責任とんなさいってことよね?」
ザーっと青ざめるシンジ。
その背後でアスカの顔が真っ赤になって膨れ上がっていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ねえ?」
なんて言ったの今♪なんて歌いそうになる。
「碇君、これからも一つになって戦いましょうね?」
なんだか顔を赤らめているレイ。
「不潔…」
「ち、違う、誤解だよ!」
懸命にヒカリに弁明する。
「へー、どこが誤解だってぇのよ?」
ほら、言ったんなさいよ、ほぉら?っと、赤鬼さんがつっついた。
「だ、だってそう言うのって、確か気持ち良いものなんだろう?、…トウジの雑誌で読んだだけだけどさ」
「ワシを巻き添えにすなー!」
涙の訴えは却下された。
「で?」
っと冷たいアスカ。
「で、でもあれって…、合体って無茶苦茶痛かったじゃないか、気を失うぐらい痛かったんだから、死ぬかと思ったんだから!」
うむ、っとゲンドウが頷いた。
「それはつまり二人のシンクロ…、すなわち心のユニゾンが取れていなかった証拠だな」
ユニゾン…ですか?、とミサト。
「つまりそれはシンジくんの前戯が足りていなかったと言う事ですか?」
爆発寸前にまで真っ赤になるヒカリ。
「互いの気分が高揚すればいい、言葉でもかまわん」
頷くミサト。
「つまりはシンジがテクニシャンになればええっちゅうわけや」
「何とんでもないこと言い出してんのよ、あんたわ!」
チェストォ!っと蹴りが飛んだ。
「し、しかしやなぁ、シンジはそれをやらないかん、やらないかんのや!」
「うむ、その通りだ」
「しかし困ったわねぇ…」
じーっとレイとシンジを見比べるミサト。
「レイ?」
「はい」
「こっちに来なさい」
「なぜ?」
「良いこと教えてあげるから」
ニヤリとミサト。
「はい」
その笑みをする時は、頼りになるとレイは学習していた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
立ち上がるレイの腰に抱きつく。
「ミサトさん、何を教えこむ気ですか!」
「あらぁ、シンちゃんだいたぁん!」
「碇君…」
ポッとレイ。
「あ、ああ!、ごめん!!」
レイにではなくアスカに謝る。
「なんであたしに謝るのよ?」
その顔を見ればねぇ〜っと、心で呟くミサト。
「あーもぉ!」
突然いらだったようにケンスケが立ち上がった。
「今はそんな事よりも、いかにシンジと綾波さんのシンクロをより完璧なものにし、敵に打ち勝つ力を手に入れるかと言う事の方が重要なんじゃないんですか!?」
その眼鏡が怪しく光を反射している。
「あらぁ、最近の子にしてはしっかりしてるわねぇ?」
感心するミサトに対して、シンジは不安の色を見せていた。
「そんな事はいいから、今はお手軽でかつ確実な手段を模索する時だと思います!」
ぶるっと身震いするシンジ。
シンジは知っていたのだ、彼のメガネが光る時は、ろくな事を考えていないと言う事を。
「で、作戦課部長からはなにか発案があるのかね?」
いつの間にかそういう事になっているらしい。
「はい!、エヴァが心によって導き出される力なら、心を高ぶらせる安易で簡素、古来より伝わる方法を取る以外には無いと思われます!」
なぜだか敬礼してしまうケンスケ。
それにしても一体いつのまにケンスケはエヴァのことを探り出したんだろう?
シンジは訝しげな視線を向けた。
かなり興味を引かれているらしいゲンドウ。
「で、その方法とは?」
「はい!、正義の味方の変身には、古くからのお約束と言う物が存在します!」
「かけ声とポーズだな?」
にやりとゲンドウ。
「ナイスアイディア!、それいただきだわ」
ミサトも瞳を輝かせた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「エヴァテクター、エヴァンゲリオン、エヴァリオン、かけ声だけでは短かすぎます、ここはやはり口上から入るべきだと…」
「なるほどそうね?、やってるうちにノってくれば、多少のやる気は補完されるわ」
「あのー、もしもぉし?」
もはやシンジは無視されている。
「ではさっそく、ポーズと口上についてアイディアを募集しましょう」
「はーい、はいはぁい!、あたしに良い考えがありまぁっす!」
予期せぬ人物、アスカが手を上げ発言を求めた。
その口元が邪悪に歪んでいる。
「神様…、どうか酷い事にだけはなりませんように…」
だがさすがの神様も、赤毛の小悪魔が相手では、かなり分の悪い様子であった…
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