カチャ…
 気乗りしない様子でキーを押す。
 緩慢な動作がくり返されていた、リツコだ。
 どこかほけらっとしていて、目の焦点もあっていない。
 それも艦橋の艦長席でしているものだから、みな落ち着かない様子で気にしていた。
「俺達どうなっちゃうんだろうな?」
「さあな」
 マコトのぼやきに肩をすくめるシゲル。
「とにかくロンギヌスの槍を使っちまったんだ…」
「あれはマズかったよなぁ、ロンギヌスの槍は本部のMAGIに直接管理されてんだから…」
「ああ、本部には知られちまってるだろうな…」
 言葉が途切れてしまう。
「…なあ?」
「ああ?」
 気のないシゲルの返事。
「リツコさん、どうなるんだろうな?」
「…知るかよ、どの道クルーは再編成されるだろうな、俺達がどうなるかは…、見当もつかないが」
 椅子に体重を預けた。
 ぎしっと背もたれが悲鳴を上げる。
 慣れ親しんだ椅子だった。
「やっぱマズかったよなぁ…」
 その椅子に名残惜しさを感じる。
 マコトはシゲルとは逆に背を丸め、親指を噛んでこの先のことについてを模索していた。


「なんだか非常にヤバくて嫌な予感がする…」
 シンジは一人、リビングにて頭を抱えていた。
「なぁにやってんのよ、バカシンジ☆」
 妙にご機嫌な感じでアスカが戻って来た。
「何だアスカか…」
「なんだとはなによ、このアスカ様が声かけてやってんのよ?、ちょっとは嬉しそうにしたらどうなのよ?」
 はあああああ…っと思いっきり深くため息をつく。
「なによ、そんなにあたしより綾波さんの方が良いってわけ?」
 ムッとしている御様子。
「なんで綾波が出てくるのさ?」
「自分の胸に聞いてみなさいよ」
 言われて苦笑する。
「なんだかみんなで、僕と綾波をくっつけようとしているみたいだ…」
 はぁ?っとアスカは首を傾げた。
「逆じゃないの?」
 どう見ても二人はくっついているようにしか見えない。
「違うよ…、綾波のことは好きだよ?」
 アスカは歪んだ顔を見られたくなくて、窓の側へと移動した。
「なんだ、やっぱり好きなんじゃない…」
 そしてなんとか、声が震えてしまうのを堪えようとする。
「違うよ、僕が感じているのは…、みんなが思っているような好きとは違う気がする…」
 少しだけ心の苦しみが和らいだのか、窓に映るアスカの目元から小皺が消えていた。
「違うんだよ、やっぱり、うん」
 一人で納得しているシンジに尋ねる。
「じゃあ、一体どこがどう違うってのよ?」
 押し黙るシンジ。
「言えないわけ?、あんたバカァ?、好きって事がどういう事かも判ってないのに、一体何と比べてそんなこと口にしてるのよ」
 アスカの調子に乗った言葉に、シンジはムカッと口を尖らせた。
「知ってるよ」
「なにが?」
「好きって事さ」
「へぇ?、知ってるんだ」
 がたん!っとシンジは立ち上がっていた、アスカはその勢いに驚き、後ずさる。
「知ってるよ!、僕はアスカのことが好きだったから!」
 怒っていた、真剣に怒っていた。
 アスカはその言葉に体を硬直させた。
 視線を外せなくなる、いつもとは逆にアスカの方が脅えた瞳を作っていた。
 その緊張を解いたのは…ゲンドウだった。
「シンジ、…なんだ、どうかしたのか?」
 シンジを呼びに来たらしい、部屋に入ると無言で二人を見比べた。
「なんでもないよ、父さん…」
 いつもと違って険がある。
 だがゲンドウはそれを詮索しなかった。
「なに?」
 居心地の悪さを感じて、先に切り出してしまう。
「ああ、口上とポーズが決まった、地下へ行け、ミサト君が待っている」
 シンジは頷くと、小さく「じゃあ」っと声をかけて部屋を出ていった。
 それでも動けないままのアスカに、優しい目を向けるゲンドウ。
「すまんな」
「どうしておじさまが謝られるんですか?」
 アスカはその言葉に戸惑った。
 ソファーに座り、アスカを見上げるゲンドウ。
 その視線に促されて、アスカも腰を落ち着けた。
「レイを守るには、シンジの力が必要なのだよ」
 ぎゅっと唇を噛むアスカ。
「それとこれとは違います…、あたし達、別になんでも…」
 意識はしているのかもしれない…
「それが恋心だとは思わないのかね?」
 アスカは弱々しく首を振った。
「わかりません…」
 本当だった。
 アスカはまだ、恋をした事が無かったから。
「そうか…、なら良い」
 だが視線は外さない。
「シンジは良い、守りたいと言う気持ちがある、だがレイは違う、レイにとってシンジは初めて心を交わした対象なのだ、だからシンジでなければ、レイはエヴァの力を導き出せん…」
「そのためにシンジを危ない目に合わせてるって言うんですか!?」
 弾けたように立ち上がっていた。
「戦って、戦って、帰ってくる度に気を失っていて、青ざめていて…、今度は本当に死んでしまうかもしれないんですよ!?」
 言い放ってから、はっとした。
 ゲンドウの瞳を見てしまったからだ。
「だがそれでも、わたしはシンジに頼らねばならんのだよ、結果、信用を失おうとも、な」
 その瞳には、悲しみが満ちあふれていた…
 そしてそれは寂しさも伴っている。
「おじさま…」
 ゲンドウの体が一回りは小さく見えた。
 ふとゲンドウが何かをいじっているのに気がついた。
 赤い物を両手でもてあそんでいる。
「シンジにとって、君は初恋の相手なのだろう」
 ドキッとした。
 だがそれでも、それ以上に気になってしまっていた。
 赤い物が二つ…
「だからもし、本当はその恋が終わっていないのであれば…」
 ゲンドウはしばし青い瞳をじっと見つめた。
 そして力なく首を振る。
「いや、これは余計なおせっかいだったかもしれないな…」
 ことり…
 それをテーブルの上に置き、立ち上がった。
「今の事は忘れてくれ、すまなかったな、アスカ君…」
 ゲンドウはいつものように…、シンジによく似た笑顔を浮かべて謝った。
「いえ、かまいません、おじさま…」
 アスカの返事に小さく頷き、背を向けるゲンドウ。
「あ、あの、これ…」
 立ち去ろうとするゲンドウに、アスカは気になって尋ねていた。
 テーブルの上に置かれた物をつかむ。
 インターフェースだった。
 それも赤い。
「これ…、大事な物じゃないんですか?」
 差し出す、だがゲンドウはちらりと一瞥しただけで、君にやろうと返事を返した。
「え?」
「…おもちゃだ、偽物だよ」
 ああ、なんだ…っとちょっとだけ落胆してしまう。
「でも…、ありがとうございます」
 アスカはそれを髪に付けてみせた。
 サイドの髪を掻き上げて止める。
「どう…、ですか?」
 ちょっとだけ照れて赤くなっていた。
「…似合っているよ?」
 アスカは素直に喜んだ。
 喜び、笑顔をゲンドウにみせた。
「さあ、シンジに見せてやりなさい…」
「はい!」
 アスカは元気に駆け出していった。
 その背を見送るゲンドウ。
 にやり…
 口の端が少し釣り上がっていた。
 そのゲンドウの笑みを、アスカが気付くようなことはなかった。


 アスカは地下のトレーニングルームへ向かって、一気に隠し階段を駆け降りて行った。
 途中でエスカレーターに乗り換え、さらに廊下を走る。
「終わってないのかな?」
 息切れ、だが口に出したくて、独り言を呟いていた。
 シンジは「好きだったから」と過去形で話していた。
「終わってるのかな?」
 どうして不安になるのかわからない。
「結局は、あのバカ殿次第って事よね?」
 本当は、その恋が終わっていないのであれば…
 ゲンドウの言葉が蘇る。
 僕はアスカのことが好きだったから!
 同時にシンジの叫びもだ。
 その両方が酸欠寸前の頭を、ごちゃごちゃにしてしまっていた。
 そしてアスカは、そのままトレーニングルームへの扉を開けた。


「だーかーらー、違うっちゅうとるやろうが!」
 ぽかんと殴られるシンジ。
「いったいなぁ、何すんだよ…」
 すでにプラグスーツに着替えている。
 そこはあの真っ白な部屋によく似たトレーニングルームだった。
 ただ違うのは、真正面に鏡が並んでいる点であろう。
「碇君をいじめないで…」
 そっと寄り添い立つレイ。
 レイもやはりプラグスーツ姿になっていた。
「甘い、大アマだわ!」
 部屋に入るなり大声を張り上げるアスカ。
「な、なんだよいきなり…」
 憮然とするシンジ。
 さっきのことを引きずっているのだろう。
「あんたになんて言ってないわよ」
 アスカはぷいっとシンジを無視した。
 そしてそのままレイを睨みつける。
「あんたバカぁ?、あんたシンジに守ってもらいたいんでしょうが?」
 どきっとするシンジ。
 レイはシンジの腕をつかんだまま、小さくこくんと頷いた。
「だったらねぇ!」
 ぐいっとシンジを引っ張り、引きはがす。
「あ…」
 レイの口から小さく漏れた。
 シンジを追いかけようとするレイ。
「それをやめなさいっての!」
 アスカはその間に割って入り、邪魔をした。
「…どうして、意地悪するの?」
 そんなアスカに口を尖らせるレイ。
 じっと恨めしそうにアスカを見つめる。
「こいつを強くするためよ」
 アスカはたじろがずに言い返した。
 シンジを指差し、非難する。
「ほうら、しっかりやらんかい!」
「まだ照れが残ってるぞ、照れが!」
 当のシンジは鬼コーチ二人に再びこづかれていた。
 それを見てから首を傾げるレイ。
「碇君は、強いわ…」
「は〜、つくづく救いがたいわねぇ…」
 アスカは処置なしっと天を仰いだ。
「で?、実際練習の方はどうなのよ?」
 マネージャー役のヒカリに尋ねる。
「それが見ての通りなのよ…」
 ヒカリのため息にやっぱりねっとアスカは嘆いた。
 シンジは変な踊りを踊っていた。
「そこ、腕が違うだろ腕が!」
 ケンスケとトウジにつつかれて、シンジは半べそをかく寸前である。
「しょうがないわねぇ…、相田ぁ、お手本見せてあげなさいよ」
「任せとけ!」
 ぐっ!っと親指を突き出すケンスケ。
 やっぱり納得できないのか、レイはアスカをじぃっと睨んだ。
 そしてその髪飾りに気がついた。
「…それは、インターフェース?」
 呟くと同時に動いていた。
 つかつかと近寄り、アスカの腕をぐいっと取る。
「え?、あ、なによ!?」
 その険しい表情に後ずさる。
 レイは無言で髪飾りに手を伸ばした。
「あ、ちょっと!」
 逆らう間もなく取られてしまう。
 しゅるっと髪がばらけて落ちた。
「…あ〜あ、せっかくおじ様に貰ったのに」
「所長に!?」
 少なからずレイが驚きの表情を見せていた。
 …こいつでも動揺するんだ。
 それはアスカにとっても新鮮な感慨であった。



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