「ねえ…、何だかもめてるみたいだよ?」
 すぱぁん!
 シンジの頭にスリッパ炸裂。
「よそ見しとらんと、しっかりやらんかい!」
「ご、ごめん…」
 謝りつつも、ちらちらと目線を送るシンジ。
 その先では、アスカとレイがまたも対立していた。


「ほうら返しなさいよ!」
 ひったくり返すと、アスカは髪に付けて見せた。
「どう?、似合うでしょ、赤ってとこがナイスよね?、気に入っちゃったなぁ、エヴァテクター!、…なんちゃって、変身できるわけないか…」
 エヴァテクターの所で、レイはちょっとだけ身構えていた。
「…何やってんのよ?、偽物よ偽物、本物のわけないじゃん」
 右から、左から、正面から。
 位置を入れ替えてレイに見せびらかす。
「どうして…、そういうこと、するの?」
 レイは悔しそうにしていた。
「なによ、そんなに恨めしそうにする事ないじゃない、あんたの持ってるのが本物なんでしょ?、だったらシンジと本当におそろいで持ってるのは、あんただけなんだからさ…」
 アスカの顔には嫉妬が出ていた。
 口を尖らせ、レイを責める。
「…そうね」
 レイはわりとあっさりと引き下がった。
「これだけが、特別さの証明だから…」
 どこからかインターフェースを取り出すレイ。
 レイの言葉にアスカはゆっくりと飾りを外した。
 まとめていた髪がシュル…っと落ちる。
「わかってるわよ…、でも良いじゃない、ちょっと遊んでみただけなんだからさ…」
 すねるアスカ。
「あ〜あ、これが本物だったら、あたしがシンジを守ってあげられるのになぁ」
 冗談だったのだが、レイは目尻を釣り上げていた。
「そんなこと、させない」
「へ?」
 つい緊張を孕んだ声に驚いてしまう。
「あんた何言ってんのよ?」
 レイは顎を引いてアスカを睨みつけていた。
「…碇君は、わたしが守るもの」
 アスカはそのセリフを、「はん!」っと鼻で笑い飛ばした。
「あんたバカァ?、守ってるですって?、じゃあなんでいっつもあいつは気を失って帰って来るのよ」
 驚きに目を見開くレイ。
 まるで今初めて気がついたとでも言うように、レイは動揺に体をこわばらせた。
「わたしの存在が碇君を傷つけているとでも言うの?」
 それは確認だったのかもしれない。
「違うってぇの?、あんたもあたしと同じで、いるだけであいつを追い詰めてんじゃない」
 口走っているアスカ自身も、なんだかとても辛そうにしていた。
「いいえ、私は碇君を守るもの…」
 だがいつもシンジは傷ついている。
 その事実に、顔が苦しげに歪んでいる。
「悪いのは、わたし?」
 守られたいと望んでいるわたし自身?
「だから碇君に戦わせてしまっているとでも言うの?」
 そんなことはない…、と思いたい。
 レイはその表情に陰りを見せていた。


「守りたいって、言ってくれたもの…」
 お昼前の陽射し、だが既にきつい。
 地下のプールにたゆたうレイ。
 その光を水面に出した体に浴びながら、レイは自問をくり返していた。
「エヴァの力が、その証しだもの…」
 確かにレイを守ってはいる。
「けれど、わたしは碇君を守りたい…」
 ジレンマに悩まされる。
 危険な目に合うからこそ守られるのだ。
 だがそれはシンジに戦いを強要するのと同義である。
「どうして?」
 シンジはレイを守りたいと、傷つく事を選んでくれた。
 レイはシンジに守られたいと、傷ついてくれる事を望んでいる。
「どうして?」
 シンジは恐くて嫌だと言った事がある。
 レイは生きなければいけないと叱った事があった。
「わからない…」
 揺れ動く想い。
 なのにシンジは、戦うことを選びだした。
 どうしてレイは惹かれるのだろう?
「碇君なら、わかってくれているのかもしれない…」
 自分では理解できずとも、直接触れ合ったシンジであれば…
 だがシンジはレイとの親密な関係を拒んでいる。
「なぜ?、碇君はわたしの心を覗いてくれたというのに…」
 嘘のない想いを見てくれたはずなのに…
 レイは少なからず傷ついていた。
 自分も見せてもらったはずなのにっと…
「好き…、わたしと碇君では、好きの意味が違うの?」
 どうして?
 わからない。
 知らないからだ。
「知りたい…」
 寂しいと思う。
「いや、違うわ、不安なのね…」
 脅えているのね、わたし…
 それはレイにとって、初めての感情であった。
 あの人なら、知っているのかもしれない…
 赤い髪の少女を思い浮かべる。
 勝ち気で、自信にあふれた赤毛の娘を。
 だが聞くわけにはいかない…
 それは碇君を傷つけることに等しい行為だから…
 二人の想いを詮索すれば、シンジは必ず傷ついてしまうから…
 知りたいと言う願いと、傷つけたくないという想い。
 傷つけ合うために触れ合っているの?、わたし達…
 レイの瞳は揺れていた。


「本国から何も言ってこないのは、まだ黙認すると言う意思の現れのはず…」
 マヤはそのリツコの呟きに、この人は何を言っているんだろうと正気を疑ってしまった。
「マヤ…」
「はい?」
「本国へ帰りなさい」
 ガタン!
 マヤは椅子を蹴って立ちあがった。
「先輩!」
「これは命令です」
 続いてブリッジすべてのクルーに伝える。
「総員、速やかに本国に帰還しなさい」
 それは艦内放送でも流された。
「博士!、いったい何をなさるおつもりなんですか!」
 リツコを見上げるマコト。
「これ以上なにかをすれば、降格だけではすまされないんですよ!?」
 それは脅しにはなりえなかった。
「…この船で直接攻撃に出ます」
 !?
 ガギエルに乗るすべてのスタッフが、我が耳を疑った。
「そんな…」
「サハクイエルを失った今、使徒を送り込むためには、どうしてもこの船が必要なのよ…」
「しかし!」
「勝算は…、あるわ」
 にがにがしげにリツコ。
 この数回の戦闘は、全てその勝算をひっくり返されてきていた。
 説得力に欠けるわね…
 自分で自分をあざけってしまう。
「聞かせてください」
 マヤが一番険しい顔つきをしていた。
 疲れたような笑みを見せるリツコ。
「…敵の本拠地に乗り込みます」
 全員が息を呑んだ。
「む、無茶な…」
 シゲルが漏らした。
「そ、そうですよ!、エヴァ2体を相手に、一体どんな戦い方があるって言うんですか!」
 だからこそ、前回は槍を強行使用したというのに。
 全員が全員、リツコの危うさに気がついていた。
 やけになってるんじゃないのか?
 事実、そうであった。
「エヴァテクターのうちであれば、十分捕獲できるわ」
 艦首方向のメインスクリーンに、高々度からの写真を映し出す。
 緑に囲まれた場所に、館が一軒建っていた。
「ここには現在、適格者二名の他に複数の関係者を確認しています…」
「人質…、ですか?」
 にやっとするリツコ。
「捕らえる必要はありません、この中に戦闘を限定すれば…」
 変身するわけにはいかなくなるわ…
 それがリツコのもくろみであった。
「船体の修復は?」
 前回、ロンギヌスの槍と呼ばれる高エネルギーによって破損した船体は、今を持ってもまだ修復中である。
「現在コアフル稼働で修復中、自己再生は二時間後に終了の予定…」
「いいわ、それを待ってから本船で直接乗り込みます…、あなたたちはアラエルで退艦、いいわね?」
「わかりました…」
 マコトが絞り出すように答えた。
 キッと睨みつけるマヤ。
「でもここで待ちます、最後まで見届けますよ、それぐらいはかまいませんよね?」
 マコトはマヤを意識しながら聞いた。
「ま、それぐらいは許してもらわないとな…」
 シゲルも同調する。
「あんたたち…」
 思わず感動して、涙があふれかけるリツコであった。


「あー、お腹すいたぁ…」
「アスカは何もしてないじゃいか…」
 二人揃って食堂に現れる。
「あら〜、仲がいいじゃない」
 っと出迎えたのはミサトだった。
「ミサト!?」
「ミサトさん…、何してるんですか?」
 怪訝そうにシンジ。
「あ〜ら、お腹を空かせた欠食児童達のために、お昼を用意して待ってたんじゃないのよん♪」
 少々きつ目のTシャツの袖をまくっているおかげで、妙に胸の辺りがぴっちりしている。
 それをエプロンで隠しているわけだが、それでもドギマギしてしまった。
 ぎゆっ!
「いったぁ!、な、何すんだよアスカ!」
「ぷいっだ!」
 知らん顔してテーブルへ向かう。
「…なんだよもう」
 お尻をさすりながら、シンジは「わけわかんないよ」とぶ〜たれた。
「お、なんやええ香りしとるやないか」
「ほんと、お!、ミサトさんこっち向いて!」
 どこからかカメラを取り出すケンスケ。
 ぱしゃっと一枚、ミサトはしっかりポーズを取っていた。
「この匂い…、カレーですか?」
 ヒカリは入るなり鼻をひくつかせた。
「そうよぉん」
 山盛りご飯の上に次々とカレーをぶっかけていく。
「へえ、おいしそう…」
「うん、ミサトさんって、料理できるんですね…」
 ピクッ…
 ミサトのこめかみがひくついた。
 普段はゲンドウが作っていたのだ。
「って、あんたこの女が料理できると思ってたの?」
 ピクク…
 こめかみがさらにひくついた。
「アスカ…、いくらなんでもカレーぐらいは…」
 もう笑顔が笑顔でなくなっていた。
「何をしているの?」
「あ、綾波…」
 強ばった表情を向けるシンジ。
「碇君…」
 なぜそんなに恐い顔をしているの?
 勘違いして脅えるレイ。
「きょ、今日はミサトさんがカレーを作ってくれたんだよ?、ほら!」
 レイはミサトを見て、びくっと震えた。
 怒りに肩が震えていたからだ。
 笑みを作ろうとして失敗している所がさらに恐い。
「わたし、いい…」
「え?」
「わたし、いらない…」
「ど、どうしてさ、ほら?」
 こんなに美味しいよっと、ぱくっとひと口。
 そのまま無言で固まるシンジ。
「…碇君?」
 怪訝そうに首を傾げるレイ。
「碇君!」
 バタンきゅー☆
 そのままシンジは後ろへ倒れた。
「い、碇君、碇君!」
 顔は真っ青、白目を向いて、さらにスプーンを咥えた口の端からは、なんと泡までふいている。
「ちょっとバカシンジ!」
 ミサトをキッと睨むアスカ。
「あんた一体何食べさせたのよ!」
 ミサトはシンジの食べたカレーをパクッと口にした。
「おっかしいなぁ、普通のカレーなんだけど…」
 っと味見して確かめる。
 その背後では、やはりトウジが悶絶していた。
「…ここはあんたに従うわ」
 思わず頷きあう、アスカとレイの二人であった。



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