「エンジェル空間…」
一階へ降りる階段は正面玄関にある。
その踊り場でレイは周囲の変化に足を止めていた。
「直接攻撃に乗り出したのね…」
その頃、地下ではゲンドウとミサトが慌てていた。
「まさか直接乗り込んで来るとはな…」
「どうなさいますか?」
施設の最下層は地下6キロの地点にある。
さすがにエンジェル空間の固定範囲も、それ程までには広くはなかった。
「屋敷には?」
「シンジ君とレイ、それにアスカが残っています」
周りを見る。
そこはあのガギエルの艦橋によく似た空間だった。
「凄いすご過ぎる!」
とりあえずカメラを構えて狂喜しているケンスケ。
「アスカたちは大丈夫なんですか?」
「そや!、ここやとなんもわからんで」
真ん中の最上段にゲンドウ、その真下にあたる場所に残りの四人が居た。
「発令所の初起動が、よもや初の本部直接攻撃に対処するためになろうとはな…」
「いつの世も拠点は狙われるものです、まあここに来る迄には相当時間がかかるでしょうが…」
ちらりとゲンドウを仰ぎ見るミサト。
ゲンドウは何故だか自嘲気味の笑みを浮かべていた。
「で?」
再度確認するミサト。
「…敵の出方を見る、上はすでにエンジェル空間によって固定されてしまった、こちらからは手がだせんよ」
ビーーー!
突如周辺のモニターがエマージェンシーコールで埋めつくされた。
「なんなの!」
コンソールパネルの一つに飛び付く。
「どうした?」
「敵です、来ました…、直上、…そんな、まさか」
我が目を疑うミサト。
「ガギエルです!」
主モニターに巨大な白い船が映し出された。
角度からして、隣の山に備え付けられている隠しカメラの映像だろう。
横からのアングル、だが周囲の山と、真下にある…、ゲンドウ達にとって直上にある屋敷との対比から、全長は数百メートルにも及ぶと推測できた。
「拠点一つ潰すのに旗艦クラスの船で乗り込んで来るとはな…、リツコ君め、本気だな」
船からはいくつもの小さな物体が降下し始めていた。
バン!
派手に正面玄関が開かれた。
戸をくぐると正面に階段がある、登った所で階段はさらに左右に別れていた。
そのT字型になっている階段の中央踊り場にレイは居た。
「来たのね」
ワンピースのスカートを翻し、レイはキッと相手を見据えた。
その髪には既にインターフェースが取り付けられている。
「引き返せないのよ、もう…」
答え返したのはリツコだった。
ボンテージに白衣、今日は丸い眼鏡も掛けている。
その背後に十数体のサキエルが付き従っていた。
さらに小型ラミエルが4体が浮遊している。
小型のラミエルの大きさは、一片が三十センチにも満たなかった。
「ここには、守るべき物があるもの…」
だがレイはその彼我の差を見ても一歩も引かなかった。
「そう…、でもその想いがあなたに限界を作ってしまうのよ」
不敵に笑むリツコ。
「なに?」
不安になったわけではなかったが、興味をそそられてしまった。
「ここで、エヴァの力を全開にして戦ってみなさいな…」
はっとするレイ。
「何人、巻き添えを食うのかしらね?」
聞くべきではなかった。
聞かなければ、必要以上に気にるすることなど無かったのに…
ドン!
空間が振動した。
「なに!?」
ふんばりつつ、周囲の状況を確かめるレイ。
「ふふふふふ…」
リツコはただただ不敵に微笑んでいた。
「だめです!、光波、電磁波、粒子も、何もモニターできません!」
焦るミサト。
「うむ、まさに結界か…」
「屋敷の外にレリエル確認!、数は4」
四体のレリエルを同時に操るとはな…
それだけでも、リツコの実力の高さをうかがい知ることができる。
「四体のレリエルによる相乗効果、多重空間の中で、あなたがどれほどの力を使えるのか見せてもらうわ」
いけ!っと手を振り上げ、レイに向ける。
背後から使徒達が駆け出した。
宙を飛び、階段を駆けあがり、レイに向かって殺到していく。
「エヴァ、テクター…」
レイはそれを冷静に見ながら呟いた。
呟いていた。
だがいつもの光は現れなかった。
自分の両手を見つめるレイ。
その顔は呆然としてしまっている。
「変身…、できない?、きゃ!」
ボグ!
その顔をサキエルの拳が捉えていた。
「カッコ悪ぅ〜〜〜…」
アスカは顔を片手で押さえながら、二階のトイレの前にしゃがみこんでいた。
「ねぇ、まだなのぉ?」
コンコンっと、背後の扉をノックしてみる。
「ま、まだ、もうちょっと…、はう!」
なんだかよほどきついらしい…
「あんたもバカねぇ、不用意にあんな女の作った物なんて食べるからでしょうが…」
「しょうがないだろう?、まさかこんなにくるとは…」
そうか、それで父さんが作ってたんだな、食事を…
ここに来てシンジはようやく納得していた。
「ま、これに懲りたら他のやつが作った物なんて…」
「他のって…、じゃあ誰のを食べろって言うんだよ…」
ぼんっとアスカの頭が爆発した。
「知らないわよ、バカ!」
耳まで真っ赤になっている。
「なに怒ってんだろ…」
シンジは一息つきながら考えた。
その時だ。
ドン!
「うわっ、なに?」
突き上げるような振動に驚いた。
「ああっ!、跳ねた跳ねたぁ!!」
お尻に冷たい感触。
洋式トイレだ、無理もなかろう。
「きゃあ!、なによあいつら!!」
「アスカ!?」
ドアの向こうからの悲鳴に驚き、急いでズボンを引き上げる。
「アスカ!」
バン!っと開いたらゴン!っと当たってドアが跳ね返ってきた。
「うわっ!」
「な、なにがうわっよ…、いっつぅ…、たんこぶできちゃうじゃない…」
おでこを押さえている。
「ごめん!」
謝りつつも、シンジはアスカの手を引いて便所へ連れ込んだ。
「ちょ、ちょっと!」
入れ代わりに出る。
「そこに隠れてて!」
「嫌よ、臭いじゃないのよ、ちょっとぉ、せめて流してから出なさいよね!!」
情けない思いをしながらも戸を閉める。
「そこに居たのね…」
はっとして廊下の先を見た。
ドアの一つが開いていた、それは正面階段からこの廊下に入るためのドアだった。
「綾波!」
リツコが立っていた、白衣のポケットに両手を突っ込んでいる。
その背後にレイは捕らわれていた。
いかり…くん。
「綾波…」
両脇を抱えられ、ぐったりとしているレイ。
その頬が赤黒く変色している。
「綾波…、どうして、エヴァは!?」
「さあ?、何があったのかは知らないけれど、この子変身できなくなったみたいよ?」
「そんな…」
そんなシンジの表情に、リツコは揺さぶりをかけてみる。
「たぶんあなたのせいよ?」
びくっとレイが震えた。
「ぼ、僕の!?」
「そう…、あなたの」
やめて…
口をもごもごと動かすレイ。
「心があるから、エヴァを呼び出せるの…、この子の心はあなたによって作られた、そうでしょ?」
やめて…
「僕のせい?」
シンジが息を呑む中、レイは必死にくり返していた。
「そうよ?、だからこの子が心を許すのはあなただけなの、あなただけが、この子の心を乱せるのよ…」
「そんな!」
シンジは否定した。
否定したかった。
「だって、綾波は綾波じゃないか!、僕が綾波をどうこうできるわけないじゃないか!」
「あなた…、なにもわかってないのね?」
やめて…
声にならないことがもどかしかった。
「レイはね、作られた存在なのよ?」
勝ち誇るリツコ。
「そんなの関係ないよ!」
だがシンジはそんなリツコの言葉を否定した。
リツコとレイ、二人が同時に驚きたじろいだ。
「何を言っているのか、わかっているの?」
…碇君。
シンジはうつむいてしまっていた、その顔がよく見えない。
「レイが何者かなんてこと、関係ないよ…」
そしてそのまま口火を切る。
「僕はレイを守るって決めたんだ、決めなきゃいけなかったんだ…、でないとまた後悔することになってしまうから!」
顔を上げる。
レイははっとした。
シンジが今までに見せたことがないほど、とてもとても凛々しい顔をしていたからだ。
「僕は笑ってた、あの時も、笑ってたんだ…」
不良にカナリアが捕まった時…
穏便にすませようと、殴られるのが恐くてへらへらしていた…
「戦えば良かったんだ…、戦えば…、殴られるのなんて、我慢すれば良かったんだ」
おもしろいから…、それだけで命を奪える人間がいるということ。
僕が甘かったんだ。
その後悔がずっと付きまとっていた。
「痛みなんて我慢できる、でも、でもこの心の痛みだけは消えないんだよ!」
見殺しにしたのは僕だ。
力ずくで取り返せば良かった。
後から殴りかかったのなんて、ただの衝動に過ぎなかった。
捕まっているカナリヤよりも、我が身の可愛さを考えた、これはそんな自分への罰なのかもしれない。
シンジはそう考えていた。
「だから僕は戦うんだ、守るんだ、綾波を…」
「碇君…」
ようやく声になった。
「綾波…、ごめん、僕は綾波のことが好きなわけじゃないのかもしれない…」
トクン…
なに?
胸の鼓動に驚く。
「でも大事なんだ、綾波が、誰よりも大事なんだ、今の僕にとって…」
トクン…
「もう、あんな後悔は、嫌なんだよ…」
シンジは微笑んでいた、はにかむように、初めてみせる優しい笑みだった。
鼓動が高まる。
「碇君…」
言葉は残酷だった。
でもうれしかった。
好きじゃないと言われたのに、うれしかった。
「碇君…」
顔にそれが現れる。
「でも、あなたに何ができるというの?」
現実にレイは捕まってしまっている。
「サキエル!」
更に背後から二体のサキエルが現れた。
「くそ!」
悪態をつくシンジに向かって突っ込んで来る。
「我慢できるというのなら、してみなさいな!」
リツコが吠えた。
それに合わせて、サキエル達が拳を繰り出した。
ボグ!
鈍い音が廊下に響いた。
「碇君!」
レイが悲痛な叫びを上げた。
吹っ飛び、宙を舞って、シンジは壁に激突していった。
[BACK][TOP][NEXT]