光に包まれた。
 紫色の光だった。
 アスカも、リツコも、二人とも光に目を眩まされ、そして…


 碇君、碇君…、碇君!
 泣き声がする。
 しゃくりあげている。
 ひっく、ひっく、ひっく…、碇くぅん…
 意識が浮上していく、だが感覚はあやふやなままだった。
「…綾波?」
「碇君!」
 過剰なまでの反応が返ってくる。
「碇君!、大丈夫?、痛くない!?」
 目を開く、レイが居た、視界がぼやけていて顔がよく見えない。
「大丈夫だよ…」
 そう言うしかない。
 心配させるわけにはいかないから。
「それより、ここは?」
 レイが体を真直ぐにした。
 真上にレイの胸がある、その向こうに顎。
 位置から見て、シンジは膝枕してもらっているのだと気がついた。
「エヴァの中よ?」
「エヴァの中?」
 驚き、起き上がる。
「あ…」
 レイが心配そうにシンジに手を貸した。
「ありがとう…」
 感覚がはっきりして来る。
 周囲に危険な気配を感じる。
「まだ、眠るわけにはいかないんだ…」
 立ち上がる、座り込んだままのレイを見おろす。
「…僕は、レイを守りたい」
 その真摯な瞳を受け止めるレイ。
「けど、僕は他のみんなも守りたいんだ」
 だから…
 手を差し伸べる。
「お願い、力を貸して」
 その手のひらに、そっと手を重ねるレイ。
「ありがとう…」
 ほっとする。
 もしかすると、拒絶されるかもしれないと思ったからだ。
「…そんなこと、しない」
 レイは口を尖らせた。
「綾波?」
「碇君の、大切な人達なら…」
 その手を強く握り、レイは立ち上がった。
 シンジもぐっと力を込めて、立ち上がるのを手伝う。
 勢いに、レイはシンジの胸に倒れ込んだ。
「好きって、なに?」
 その胸の中で、唐突に質問を投げかけるレイ。
「愛するって、なに?」
 答えに窮するシンジ。
「碇君が…、傷つくのは嫌」
 回される腕。
 恐いから、嫌なの…
「綾波…」
 つい感激してして、抱き返してしまう。
「守りたいの…」
 守ってあげたいの…
 でも無理なの。
 悲しみが溢れて来る。
 重なる胸から伝わって来る。
「碇君が、傷つくのは、嫌」
 なら、自分が傷ついた方が良い。
 先程のシーンが蘇る。
 シンジが死ぬかもしれなかった瞬間の。
「大事なの…」
 求めてもらいたいの。
「心を」
 絆を。
「わたしがここに居るという証しが…」
 居ても良いんだと言う証しが。
「欲しいの」
 レイの赤い双眸がシンジを貫いた。
「綾波…」
 右手が動く。
 握りこもうとしている動き。
「碇君がいないのなら…」
 ここにいる意味が無い。
「存在している必要…」
 それが欲しいの。
 レイの嘆きが伝わって来ていた。
 存在意義。
 それが欲しいんだと気がつく。
「僕で…、いいの?」
 その基準になる所が欲しかったのだ。
「僕なんかで、本当に…」
 求めること、求めあうこと。
 互いが互いを埋めあうこと。
 これまでエヴァの教えてくれたものが、もう一度駆け巡っていく。
 レイは頬を染めながら、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「だけど、駄目だ…」
 レイは顔を上げた、その顔が絶望に打ちひしがれている。
「僕は…、いや、僕が綾波を守りたいんだ!」
 シンジは右手でレイの頭を掻き抱いた。
「碇君!?」
 レイの髪に、シンジの指が絡んでいる。
 驚く、だがシンジが頭を、体を抱きすくめてしまっているので、身じろぎすらできない。
「僕が、守るんだ」
 綾波を、レイのいる場所を、いられる場所を…
 そんな気持ちが伝わって来る。
「碇君…」
 守られることを望んでいるわけではないのだ。
 大事に、優しくされることを望んでいるわけでも無い。
「これだけは、譲れない…」
 レイを解放する。
 あ…
 惜しげに声を漏らすレイ。
「だから、戦わせてよ…」
 だが手は肩にかけたままだ。
 シンジはレイの瞳を覗きこんだ。
「ね?」
 そして確認した。
「碇君…」
 瞳をうるませるレイ。
 そしてゆっくりと頷いた。
「よかった…」
 肩から手を離すシンジ。
 代わりに手と手を繋いで並ぶ。
「行くよ、綾波?」
「うん」
 驚いて隣を見る。
 今、うんって言った…
 今まで、そんな言葉遣いしたこと無かったのに…
 レイは強さと自信に溢れた、とても凛々しい顔を見せていた。
 かっこいいや、綾波…
 そう思う。
 守るんだ。
 やらなくちゃ。
 僕がやらなくちゃいけないんだ。
 僕が綾波を守らなきゃ、誰が守るって言うんだよ…
 エヴァに問いかける。
 そうでしょ?、母さん…
 二人の体から紫色の光が溢れだした。
 そして二人は、現実の世界へと戻っていった。


 光に包まれた。
 紫色の光だった。
 アスカも、リツコも、二人ともその光に目を眩まされていた…
「エヴァ・オリジナル…」
 目がチカチカしている。
 だがその目立つ形をした影に、リツコは戦慄を覚えた。
 レイが居なくなっている、シンジもだ。
「まさか!?」
 驚き、後ずさる。
「そんな…、できるわけないわ、二人で一つのエヴァを装着するなんてこと、できるはず無いのよ!」
 リツコの叫びに反応したのか、紫色のエヴァがクンッっと顔を上げた。
「ひい!」
 両腕で顔を庇うリツコ。
 エヴァが体を沈めた、そして…半身ずつ右と左に跳ぼうとばらけた。
 バシュ!
 再び紫色の閃光が発せられた。
「シンジ!」
 ようやく目が慣れたのか、そこに元気な少年がいることを確認して、赤いエヴァが喜びの声を上げた。
「え?、なんで…」
 間抜けなシンジの声、変身が解けていた。
 シンジとレイが、それぞれ素っ裸で突っ立っている。
「!」
 呆然とするシンジに対して、レイは素早く現実に対応していた。
「返してもらうわ」
 腰を抜かしているリツコに飛び掛かり、インターフェースを取り返したのだ。
 フゥン…
 ラミエルがそれに対して自動的に反応した。
「させるもんですかぁ!」
 アスカが吠えた。
「アスカクラーッシュ!」
 叫びに意味は無かった、ただの飛び蹴りだ。
 だが破壊力は普通ではなかった、足の裏にはATフィールドが展開されている。
 ドグワッシャーン!っと、蹴られたラミエルは潰れながらも壁を貫いて飛んでいってしまった。
「次ぃ!」
 着地、そのまま左足を残して両手を床に付き、右足を跳ね上げるようにして背後に回し蹴った。
 グゴン!
 不用意に近づいたサキエルにヒット!、その脇腹から入った足がコアまでめり込んだ。
「とぅえいっ!」
 足を引き戻すと体を丸めた、そして腕だけで後方に跳んで立ち上がる。
 残りのラミエルが加粒子砲を放ってきた。
「甘いのよ!」
 再び壁が展開された。
 100%の反射率を持ってラミエル自身に跳ね返る。
「凄いや、アスカ…」
 ラミエルが自分の光線に貫かれて炎を吹き上げた。
 その一連の動きを流れるように行うアスカに、シンジは感嘆の声を上げていた。
「バカ、なに言ってんのよ!」
 そんなシンジを叱咤する。
「ぼさぼさっとしてないで、さっさと変身しなさいよ、あたし一人でさばけるほど甘くはないんだからね!」
 ああ、そうかとシンジはボケぶりを発揮した。
 そして慌てて叫びを上げた。
「エヴァテクター!」
 一秒、二秒…
 だがいくら待っても変身できなかった。
「なんで!?」
 二人一緒に変身したから!?
 無理が来たのかと一瞬かんぐる。
「碇君…」
 隣に並ぶレイ。
 綾波…
 ごくりとノドを鳴らしてしまう。
 素裸のレイ、それは今までの感じとは違っていた。
「碇君…、あまり見ないで」
 頬をピンクに染めるレイ。
 恥じらいを見せていたのだ。
「あ、ご、ごめん!」
 見ちゃダメだ、見ちゃダメだ、見ちゃダメだ…
 一時的にラブコメ街道を破棄しようとするシンジ。
「あれを…」
「わかった」
 レイの意図することを察する。
 体の力を抜いて、二人は並んだ。
「「フィードバック!」」
 右腕を突き出す、左腕は正面に上げてから直角に曲げ、右腕をつかんだ。
「「神経接続!」」
 足は肩幅に広げ、右腕を上下ひっくり返す。
 そのまま肘の部分を曲げるように真上へ伸ばした。
「「シンクロ変身、エヴァテクター!」」
 そしてその手のひらを広げる。
 直後、オレンジと紫の光が爆発的に溢れだした。
「変身ポーズ…、マスターしていたの!?」
 アスカが間抜けな驚きを漏らした。
 紫とオレンジ色のエヴァテクターが現れる。
「こんなでたらめ…、認めないわ…」
 ようやくリツコは理性を取り戻し始めていた。



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