アスカのATフィールドが二人を守った。
 黄金色の壁の表面に爆発が起こる。
 シンジとレイはその両脇を駆け抜けた。
「「たあっ!」」
 同時にサキエルを蹴り飛ばした、見事なユニゾン、コアを蹴り潰され、サキエルはその場で活動を停止した。
 それが最後のサキエルだった。
「く!」
 後ずさるリツコ。
「さ、観念してもらいましょうか?」
 不敵にリツコに詰め寄るアスカ。
「!?」
 だがアスカは急に飛びすさっていた。
「まさか!」
 シンジに合わせてレイも驚く。
「?」
 リツコは何事かと振り返った。
「!?」
 そこにも一体、エヴァが居た。
 黒く、爬虫類のような頭部を持ったエヴァだった。
「あんた何者よ!」
 右手を振ってATフィールドを飛ばすアスカ。
 黒いエヴァが笑った。
 額部ジョイントは外れていない、なのに笑ったように見えた、目が笑っていた。
 パキィン!
 甲高い音がして、アスカの力は弾かれた。
「ATフィールド!」
 その場にいる全員が驚いた。
 くいっ。
 顎でリツコに「行け」っと指示している。
「助けて…、くれるというの?」
 エヴァは答えなかった。
 ただ正面に居る三体のエヴァを睨みつけただけだ。
「…礼は言わないわよ」
 壁に空いた穴から身を躍らせるリツコ。
「あ、待て!」
 アスカが追いかけようとした、だが踏みとどまざるをえなかった。
 やはり黒いエヴァが立ちふさがったのだ。
「あんた一体何者なのよ!」
 そいつは答えず、代わりにATフィールドを全開にした。
「きゃあ!」
「うわ!」
「くっ…」
 三人ともその荒れ狂う力に踏ん張るのが精一杯だった。
「こ、このぉ!、…って、あれ?」
 力の暴風の消滅。
 それと同時に、あの黒いエヴァも姿を消していた。
「一体…、あいつはなんだったのよ?」
「碇君!」
 レイの驚きの声に気がついた。
「あ!」
 空間に亀裂が入っていた。
 それらは瞬く間に広がり、パキィン…と高音質の音を立てて割れてしまった。
「なんだ!?」
 目の前にあった壁の大穴や、戦いで作った焼けこげた後、それにシンジの作った血溜まりまでもが、ガラスのように割れ、粉々になって砕けて散った。
「これは一体!?」
 いつも通りの廊下に戻っていた。
 何一つ壊れてはいない、戦いの痕跡すらも無い。
「シンジか!」
「父さん!?」
 通信が回復した。
「父さん、無事だったんだね!?」
「それどころではない、あの空母から直接攻撃を行うつもりだぞ!」
 驚き、近くの部屋に飛び込んだ、アスカの部屋だった。
 その窓から空を見上げると、ガギエルが艦首部分を開口しつつ上昇している所だった。
「…ロンギヌス砲」
 レイの呟きに驚く。
「まさか、またあれを使うつもりなの!?」
 レイはこくんと頷いた。
「どうしよう…」
「どうしようったって…」
 赤いエヴァの四つ目が睨んだ。
「やるっきゃ無いじゃないのよ!」
 そして叱咤、激励する。
「その通りだ」
 ゲンドウが賛成意見を伝えてきた。
「だけどどうやって?、前はうまくいったけど…」
 合体のことを思い出す。
 そしてちょっとだけ青ざめた。
「今度もうまくいくとは限らないし…」
 そんなシンジの頭を小突くアスカ。
「そんなのやってみなくちゃ、わかんないでしょ?」
 やってみなくちゃって…
 その自信に溢れた態度にシンジは驚いた。
「まさか!、アスカが合体するつもりなの!?」
 なによいまさらっとアスカ。
「そんなの無茶だよ、まだエヴァンゲリオンにもなってないんでしょ?、できるわけないよ!」
「うっさい!」
 びしっと指差す。
「あんたは黙ってあたしの言うこときいてりゃ良いのよ!」
「なんだよそれは!」
 この時ばかりは、シンジも引き下がりはしなかった。
「いくらATフィールドが使えたからって、変身できるかどうかは別問題じゃないか!」
「やってみせるわよ!」
「無理だよ!」
 むうっと鼻面を突き合わせる。
 ははぁん…
 アスカは突然鼻で笑った。
「…あんた恐いんでしょ?」
「な、何がだよ?」
 特に思い当たることは無い。
「あんた、あたしの心に触れるのが恐いんだ」
 びくっとする、思い出したのだ、エヴァリオンへの合体は、二人の心を共有することになると言うことを。
「…あ、アスカだって、そうだろ?」
 控え目な反撃。
 アスカはちょっとだけたじろいだ。
「そ、そうよ…」
 だけど盛り返す。
「だけど、そうしなきゃ、あんたはいつまで経っても、あの時のことを引きずったままじゃないのよ!」
 それは自分も同じだった。
「アスカ?」
 そんなアスカに訝しげな視線を向ける。
「あんた答えのわかりきってる相手から頼ってもらって、それで満足してりゃ良いってわけ?、そんなのあたしから…、あたしに傷つけられたことを忘れようとしてる、逃げてるだけじゃないのよ!」
 アスカの中から、堰を切ったように想いが溢れだしていた。
「あたしの目を見なさいよ、あたしの心に触れなさいよ、それができないんなら、結局あんたなんて痛みから逃げてるだけの人間じゃない!」
 半分は挑発だった。
 だけど半分は本気。
「僕は逃げない!」
 シンジは強い調子で返してしまった。
「逃げたりなんてしない!、…逃げたって、アスカは追って来るんじゃないか!」
「その通りよ!」
 シンジのエヴァの、その胸元を突き飛ばす。
「逃げることなんて許さない、うやむやになんてさせないわ、そんなの気持ち悪いだけだもの」
 そうよ!
「逃げないで、しっかり見て、感じて、触れて、それから後悔しなさいよ、逃げ出しなさいよ!」
 よろけたシンジに詰め寄るアスカ。
「本当の答えを知る前から、傷つきたくなくて勝手に答えを選びだすなんて」
 そんなの卑怯じゃない!
 それは絶叫に近かった。
 …アスカ、泣いてるの?
 どうしてだかわからない。
 だが触れるべきなのだと思う。
 逃げちゃダメだ…
 アスカを見る。
 なによりも、自分の想いから。
「わかったよ」
 厳かにシンジは告げた。
「合体しよう」
 レイを見る。
「いいね?、綾波…」
「碇君がそう言うのなら…」
 レイは半歩下がった。
「じゃあ、やるよアスカ…」
「ええ」
 二人は窓から飛び出した。
 地面に降り立つと、そのままエヴァの力で一気に駆け去る。
「気をつけて、碇君…」
 あの感覚を、あの人も味わってしまうのね…
 信じてはいる、信じてはいたが、それでもレイは不安を抱えてしまっていた。
 大事にしてもらえること、それさえも彼女に取られてしまいそうだったから…


「高度22万キロ…、もうちょっとね」
 ガギエルの船主部分から漏れている光がおかしかった。
 コアがロンギヌスの槍を作りだそうとして、赤い光を放っている。
 それが異常なほどに不安定なのだ。
「…無理ばかりさせたから?」
 ロンギヌス砲の使用、回避時の全開運動、さらには修復のための全力運転。
「でも、どのみちこれが失敗すれば終わりですものね…」
 リツコは妙に落ち着いていた。
 暴発で死ぬのならそれもまた良かろうと、半ばヤケになっていた。


「じゃ、やるわよ?、ちゃんと練習したわよね?」
 シンジは黙って頷いた。
「よっし!」
 満足げに頷いて、アスカはシンジの隣に並んだ。
 足を肩幅に開き、顎を上げる。
「「チェーンジ、エヴァンゲリオーン!」」
 赤と紫の閃光が、夏の陽射しよりも強く発せられた。
 その中からのそりと現れる巨人、二体。
 だがまだそこで終わらない。
((ATフィールド、全開…))
 二人の力が反発しあう。
 間の木々が圧力に耐えかねて折れた。
((ハーモニング、スタート))
 心の垣根が取り払われていく。
 それに合わせて、干渉しあっていたATフィールドも溶け合った。
(逃げちゃ、ダメだ…)
(しっかり見なさい!)
 見せたいと思う心と、見なければいけないと言う想いが繋がる。
 その瞬間、二人の心と想いが重なった。


 あの日の事は偶然かもしれない…
 ボールが転がった。
「もう!、何やってんのよヒカリぃ!」
 慌ててボールを取りに行く、バレーボール、追い付いた。
 いつもなら来ない校舎裏、不良たちのたまり場。
 そこにそぐわない男の子、碇シンジ。
 何泣いてるのよ?
 わからなかった。
 でも答えはすぐにわかった。
 何で泣けるのよ?
 わからなかった。
 カナリアが殺された?
 僕のせい?
 僕を殴ればいいのに?
 なんでよ?
 殴られるのが嫌だったんでしょ?
 なんでよ?
 それなのになんで自分を犠牲になんて考えられるの?
 欺瞞?、偽善?、わからない…
 痛いのは嫌なんでしょう?
 他の何かが傷つくよりは、自分が傷つく方がまだ我慢できるってぇの?
 そんなのあたしにはわからない…
 わからないわよ、そんなこと。
 それがアスカの心の始まりだった。



[BACK][TOP][NEXT]