ビーーー!
アラエルのコクピットは狭い、正副、それに通信士二人分のスペースしか無かった。
非常事態を告げるアラームが鳴り響いている。
正パイロットにマコト、副パイロットがシゲル、後はマヤが座っているだけで、最後の一つは空席となっていた。
「何事なの?」
背後のドアから入るリツコ。
彼女は開いている席に腰掛けた。
「使徒です、間違いありません!」
振り返る青葉。
「それより早く警報を切りなさい」
すぐに耳障りな音がやんだ、だが計器の類は今もレッドマークを点けている。
「どこから現れたの?」
「わかりません!、全く突然…、急に…」
オペレーター三人組は、ひたすら忙しなくキーを叩いて情報を集めている。
「え?」
ふとマヤが手をとめた。
見ている画面の上部に、猫ちゃんマークが点灯している。
「先輩!、本国からの通信です!」
「ついに来たのね…」
諦めきったように、リツコは背もたれに身体を預けた。
「このタイミングでの使徒の出現…、でき過ぎているわ」
「先輩…」
表情を曇らせるマヤ、それを見てリツコは苦笑してしまった。
「…心配しなくていいわ、それで相手は誰なの?」
「俺だよ」
回線は強制的に開かれた。
正面モニターに現れた男、それはリツコのよく知っている人物であった。
偉そうな格好の割にはだらしなく無精髭を生やしている。
その後ろでは、尻尾髪がゆらゆらと揺れていた。
「…リョウちゃん」
緊張を解くリツコ。
その様子にリョウジは肩をすくめた。
「ほっとしてるな、…まあ無理もないか」
「意地が悪いわね…」
リツコも微苦笑を浮かべた。
「それで?、わたしの処分は決まったの?」
「なんのことだか」
笑ってごまかすリョウジ。
ピー…
マヤの手元のウィンドウに、次々とデータが転送されてきた。
「先輩、これ!?」
そのデータを回すマヤ。
「補充?」
リツコは怪訝な思いでリョウジに尋ねた。
「こちらにも準備があるからな、そちらに届くのは24時間後になる」
データにはカウントタイマーもついていた。
「ま、先行して「余興」が到着しているはずだがな?」
リョウジは顎先の無精髭をなでた。
「…どういうことなの?」
探るような視線を向けるリツコ。
「おいおい、俺達の仲だろ?」
ひょうひょうとしてごまかそうとするリョウジ。
そのあからさまな態度に、リツコは表情を引き締めた。
「ガギエルの量産は効かないのよ?、それなのに新造使徒を回すなんて…、それに」
それだけでは無く、補充の中には使用停止、封印となっていた使徒のナンバーまで表示されている。
「これを幼馴染というだけで済ませるつもりなの?」
にやにやと、リョウジは感情を隠すように笑んだ。
「それじゃ総司令官としての言葉を伝えようか?」
彼は姿勢を正して真剣な目を向けた。
先程までのおちゃらけた雰囲気が消え、緊張感をかもし出している。
「量産型戦闘員は良い、だが船はまずかったな?、あれは育成に時間を要する…」
「ぷっ…」
明らかな事務用の声に、リツコはつい吹き出してしまった。
「おいおい、君だろう?、ちゃんと理由を話せって言ったのは…」
お互い、肩をすくめあう。
「悪いわね、話し方まで改めないで欲しいわ」
先輩、凄い…
その渡り合いも、マヤが尊敬する理由の内の一つになっていた。
あたしだと。
いつも気がつくと、唇を塞がれそうになっている。
そうならずにすんでいるのも、先輩のおかげなのよね…
だからマヤは彼女を慕っていた。
「はいはい…、ま、ほんとの所は人材不足だな」
両手をあげて、降参するリョウジ。
「君に倒せない相手を、誰がどうできるっていうんだい?」
ふっ…
リツコは自嘲的に口の端を釣り上げた。
「ま、ゼーレには居ないわね」
ゼーレ。
それがリツコの働いている帝国の名前だった。
「あなたを除いては」
そして挑発的な目を向ける。
「それで良いのか?」
もちろん、冗談だとわかっているリョウジ。
「もういいのなら俺が代わるが…」
もちろんリツコの答えも決まっていた。
「24時間ね?」
その確認に、リョウジもリツコも歪んだ笑みを作ってみせた。
山間、アスカとレイは木々の間から遠くの敵を見ていた。
いつ用意されたものなのか?、アスカも専用のプラグスーツに着替えている、色は赤だ。
その敵はどこかサキエルに似ているものの、もっと全体的に滑らかな流線を描いていた。
だが最大の違いは、仮面もコアも見うけられないことだろう。
どこにも発見できない。
「それじゃ行くわよ?」
「ええ…」
二人は同時に右腕を前に突き出した。
「「フィードバック!」」
そのまま左腕を正面に上げ、直角に曲げる。
「「神経接続!」」
腕をつかむと、今度は右手首を上下にひっくり返した。
そのまま肘の部分を曲げるように真上へ伸ばす。
「「シンクロ変身、エヴァンゲリオン!」」
広げられた手の平から、オレンジと赤、それぞれの光が溢れだした。
再び発令所。
ダンダダンダダンダン♪
バックミュージックが鳴り響く。
「…誰だね、BGMをかけているのは」
「はい!、私であります!」
元気に手をあげたのはケンスケだった、その足元にラジカセが転がっている。
「あのねぇ、相田君…」
困り顔のミサト。
「いや、反対する理由は無い、かけておきたまえ、葛城君」
「はあ…」
ケンスケはガッツポーズを決めてから、主モニターに目を移した。
山あいからのそりと現れる巨人達。
「エヴァンゲリオンだ!」
「うむ、葛城君」
「はい、わかってるわね?、二人とも…」
「うっさいわねぇ、わかってるわよぉ…」
アスカの声がスピーカーから流れて来た。
だが正面主モニターの中で、先に動いたのはレイだった。
「ちょっとあんたは下がってなさいよ!」
腕で遮るアスカ、その前にずいっと出た。
「仕切らないで、邪魔なのはあなたよ」
その後ろ足を引っ掛けるレイ。
「あっ!?」
ズゥウウウン…
アスカは派手に地響きを立てて転がった。
もうもうと土煙が上がる。
「やったわね!?」
だが遅かった。
「お先に…」
駆け出しているオレンジ色のエヴァンゲリオン。
「ソニックグレイブ…」
その右腕の半ばからが一瞬消え、次に現れた時には長刀のような武器を手にしていた。
「こんちくしょおーーー!」
やけっぱちになるアスカ。
同じように右腕が消えたかと思うと、パレットガンを取り出していた。
パパパパパ!
マシンガンのような武器だ、アスカはレイを巻き込むこともいとわずに一斉射した。
弾着の煙がレイの背中でも上がる。
「アスカなにやってんの!」
「うっさい!」
さすがに見かねたミサトの抗議も、アスカはまったく聞き入れようとしない。
「いい、行けます…」
「レイ!」
レイはアスカの射線を避けるように、高く空中に飛び上がった。
「しまった!」
なにが「しまった!」なのか、ミサトは考えまいとした。
眉間に人差し指を当てて、こめかみをひくつかせている。
アスカの攻撃は、見事に使徒を捉えていた。
バババババン!
爆煙が上がる。
「もらったわ」
レイがソニックグレイブを振るった。
空中から降りざまに一閃、敵使徒は半ば二つに裂かれても、まだ動こうとはしなかった。
頭頂部からへその辺りまでが二つに割れてしまっている。
「変ね?」
「ああ、妙だな…」
ゲンドウとミサトが同時に顔を引き締めた。
「なんだこんなもんなの?」
あまりにもあっけなさ過ぎる結末に、アスカも物足りなさを感じていた。
「待って!」
レイが更に一撃放った、だが使徒はそれをバックステップしてかわした。
「なんなの!?、レイ、避けて!」
アスカは叫ぶと同時に引き金を引いていた。
横っとびに転がるレイ、だが使徒の眼前に信じられない物が展開された。
「ATフィールド!?」
それは黄金色の壁だった。
さらに使徒は、自ら二つに身体を分けた。
「分離!?、アスカ下がって、レイ!」
「くっ!」
切れ目からそのまま分離し、新たに身体を作り直す。
使徒は二体に分かたれた、両方に仮面とコアが現れる。
カッ!
二体は同時に仮面の目を光らせた。
「きゃああああ!」
「レイ!」
アスカは銃を放り出すと、変わりに爆弾のような物を取り出した。
「くらえ!」
ドゴォオオオオン…
山と湖の形が変わってしまうほどの爆発だった。
天を突くような炎が吹き上がる。
「使徒は?」
それがおさまるのをゲンドウは待たなかった。
「爆心地にエネルギー反応!」
素早く確認するミサト。
やはりダメか…
ゲンドウは机の上に肘を突き、手を組みあわせてその向こうから目を向けた。
主モニターには炎の中に立つ使徒の姿が映っている。
「エヴァは?」
「きゅう…」
アスカは自分で使った爆弾に倒れていた。
「無様やのぉ…」
率直な意見を述べるトウジ。
「ははは…」
ミサトは乾いた笑いを浮かべた。
「ATフィールドによって衝撃波を弾き返されたようです」
「エヴァ・マスターは?」
やはりその爆発に巻き込まれていた。
大股開きでひっくり返っている、女の子にはあるまじきポーズだ。
「不潔…」
ヒカリの顔からは表情が消えてしまっている。
「さて…、どうするか」
敵使徒も動きを止めている、その身体は見た目にもわかる程、ぼろぼろに焼けこげ、溶け出していた。
「使徒は自己修復に入った模様です」
その脇腹の辺りが「バフー、バフー…」と呼吸するように、開いたり閉じたりしている。
「まるでエラだな…」
「エヴァによる戦闘の続行は不可能です、所長、即時撤退を推奨しますが?」
「打つ手なしか…」
呟くゲンドウ。
その時だ。
「僕がエヴァを使います!」
少年が声を響かせた。
ゆっくりと立ち上がるゲンドウ。
下の段の、ミサト達の居る所でケンスケがゲンドウを見上げている。
「…今なんと言った?」
ゲンドウの威圧するような声に、一瞬だけ怯むケンスケ。
だがケンスケは諦めなかった。
「僕にもエヴァを使わせてください!」
その眼鏡が光を反射する。
「エヴァは心で呼び出すんでしょ?、なら僕にだって使えるはずです!」
だがゲンドウは小さく首を振るだけだ。
「どうして!?」
愕然とするケンスケ。
「…君には、無理だからな」
ゲンドウの返事は、とてもとても冷たいものであった。
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