ダン!
ロッカールーム、アスカは強く拳をロッカーに叩きつけていた。
びくりと体を震わせるヒカリ。
「あ、アスカ?」
「負けるなんて…、このあたしが負けるなんて、よりによってあんな奴に!」
アスカは悔し涙を流していた。
「で、でもアスカのおかげで、貴重な時間が稼げたんじゃない…」
アスカの捨て身の一撃は無駄では無かったのだ。
「アスカ…」
心配し、手を差し伸べようとするヒカリ。
だがアスカはそんなに弱くは無かった。
「負けてらんないのよ」
その強い口調に、ヒカリはピクッと手を引っ込める。
「負けてらんないのよ、このあたしは」
顔を上げる、その瞳には狂気にも似た強い意思の光が宿っている。
「アスカ…、そうよアスカ!」
だがヒカリはそんなアスカを好んでたきつけた。
「アスカは弱くないもの!、…ううん、綾波さんが普通じゃないことぐらいあたしにだってわかるわ、でも!」
がしっとアスカの手を取るヒカリ。
「アスカならすぐ追い越せるわよ!」
「当ったり前じゃない!」
アスカはその手を握り返した。
「勝ってやる、勝ってやる、勝ってやる!、誰にも負けてらんないのよ、このあたしは!」
いつものアスカだわ…
ヒカリは純粋に喜んでいた。
シンジとの溝に悩んでいたアスカとはまるで別人のように輝いていた。
でもアスカよね?
だがそれは以前のアスカに戻っただけの話であった。
だからアスカなんだわ!
元々、ここに来たのはそんなアスカが見たかったからだった。
「ヒカリ、いくわよ?」
アスカの言葉に、ヒカリは強く頷き返していた。
ただ一つ、どうしてそこまで勝ちにこだわるのかと言う疑問は、心の奥底に眠らせていた。
ブリーフィングルーム、アスカは入るなりレイを見とめて、どかっとその隣に腰を下ろした。
「では葛城君…」
ミサトは軽く頷くと、部屋の電気を消して正面にスライド写真を映し出した。
「アスカの捨て身の攻撃により使徒は沈黙…、しかし」
ミサトは使徒と、その周辺を写した写真を選んだ。
「えらいことになっとんなぁ…」
「まったくだよ、所かまわず使うから…」
ケンスケの物言いには何か含んでいる物がある。
「なによ!、敵を殲滅する時は最大の攻撃力をもって即座に当たれってね?、どこも間違ってないじゃない!」
「あのねぇ、アスカ…」
ミサトは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「ここは無人の広野じゃないのよ?」
「ああ…、また地図を描き直さねばならんな」
山の一部は消え、えぐれた部分に湖から水が流れ込んでいた。
「しかしまあ、敵の足をとめられたのは、不幸中の幸いだったわ…」
「それで?、敵を倒す方法は見つかったの?」
「ええ」
ミサトはニヤリと笑んだ。
「これを見て?」
次のスライド写真に移る、それは使徒がATフィールドを展開した瞬間の写真だった。
「使徒は肉眼で確認できるほどに強力なATフィールドを展開しているわ」
「だがそれが奴の限界でもある」
二体に分かれた使徒の写真。
「本来、コアではATフィールドを展開するに足る出力は得られないはずなのよ…」
「ああ、だが奴等はそれをもっとも危険な方法で解決してしまったようだな?」
スライドが変わる、今度は使徒の熱量を写した物だった。
「あの使徒は別れたもの、すなわち、全く同じコアを持っているの」
「共鳴現象…、それにより、一時的に出力を上げているわけだ」
アスカはふと、あることに気がついた。
「そうか、だから動けないんだ…」
「よく気がついたわね?」
「…出力に問題があるのなら、そう広範囲に渡るATフィールドは展開できないはずだわ」
レイがぼそりと呟いた。
「けど、通常攻撃では恐らくダメージを与えられない…」
レイの手の平には、使徒を切り裂いた時の感触がまだ残っていた。
まるで抵抗無く二つに裂けた、はたして次は効果があるだろうか?
「だから、あなたたちにはトレーニングルームで模擬戦をこなしてもらいます」
はあ?っと、アスカは怪訝そうに首を傾げた。
「なんでそうなるわけ?」
「ええ…、あなたじゃ相手にならないわ」
大マジメに告げるレイ。
「なんですって!?」
そんなレイに噛付こうとするアスカ、だがレイはミサトから視線を外さなかった。
「ATフィールドが短時間しか張れないとわかっている以上、途切れの無い連続攻撃がどうしても必要なのよ…」
アスカは取り敢えず我慢して座り直した。
「わかったわよ!、それで!?」
「だから、まずあなたたちにはお互いの手の内を知ってもらって、互いのタイミングを体で覚えてもらいたいの」
コクリと頷くレイ。
だがアスカは反発した。
「そんなの嫌よ!、このあたしに手の内を晒せってぇの?、こんなやつに!」
そしてレイをビシッと指差す。
「だめよ、時間が無いの、それが嫌ならシンジ君に頼むことになるわね…」
そう言うミサトの顔色は優れない。
「…そう言えばあいつ、まだ寝てんの?」
急に思い出したようにアスカは尋ねた。
「まったく寝ぼすけが!、叩き起こして来るわ」
何だか嬉しそうにアスカ。
「待って!」
だがミサトはそんなアスカの腕を取って引き止めた。
「なによ、ミサト?」
ムッとするアスカ。
「寝かせておいてあげて…」
ん?っと、アスカはその言いようにおかしな物を感じた。
「それ、どういう意味よ?」
「…………」
答えられないミサト。
「ちゃんと答えて!」
「アスカ…」
今にもつかみ掛りそうな勢いのアスカに、ヒカリも近寄りがたいものを感じた。
「あなた、碇君を殺すつもりなの?」
レイがぼそりと口を挟んだ。
「なんですって!?」
キッと睨みつけるアスカ。
「それ、どういう意味よ!?」
「…シンジ君とあなたたちのエヴァとの最大の違いは、コアの存在よ?」
代わりにミサトが口を開いた。
コア?
アスカはシンジのエヴァンゲリオンの胸に輝く、あの赤い球を思い出した。
「そう言えば、あれって使徒にもあるのよね?」
視線をそらすミサト。
「なによ?、コアがどうしたってのよ?、ちゃんと答えなさいよ!」
アスカはとうとう、ミサトの両手をつかんで揺さぶっていた。
「コアって何?、一体なんなの!?」
ミサトは辛く、苦しそうな口調で吐き出すように答えた。
「…人の魂、そのものよ?」
魂…
アスカは神妙な面持ちで、更に疑問符を増やしてしまう。
「それがどうしたって言うのよ?、そんなのあたし達だって一緒じゃない」
確認するようにレイを見る。
レイは無表情なままで答えた。
「わたし達のエヴァは心で動くもの…、けれど碇君のエヴァは違うわ」
それはまるで自分に問いかけているような口調だった。
「そう、違うのね?、心で魂の力を引き出しているだけ…、碇君はその力でエヴァを操っているんだもの…」
レイの瞳が微妙に揺れた。
「わたし達のエヴァはわたし達の想いに答えてくれているだけ…」
いつも倒れているシンジの姿が思い浮かぶ。
「…だからなの?、シンジが戦いの後に眠りに着くのは?」
心の負担、それはレイも感じていた。
アスカもだ。
だが気を失うほどではない、ただ少し疲れたというだけのものだった。
「命を削っているのね…、碇君は」
レイは自分の守られたいと言う望みと、守ってくれるシンジへの心配の間で揺れている。
「そんな碇君に、必要以上の無理はさせられないわ…」
レイはアスカを見た。
「じゃあバカシンジは…」
「そうよ?、無理をさせ続ければいずれ死んでしまうわ…」
「そんな…」
アスカは真っ青になって立ちつくしてしまうしかなかった。
その背中をヒカリがつかんでいる、がたがたと震えていた。
トウジは腕組みして考え込んでいる。
「…そやけど、休むことでなんとかなるんやろ?」
その確認はミサトへ向けたものだ。
「そうね、休息は必要なのよ、二度続けてのエヴァリオンへの合体、三度目は許されないわ」
ミサトはアスカを見据えた。
「で、どうする?、やる?、敵よりも先にシンジ君が起きて来たら、迷わず任せる所だけどね?」
アスカは決意に満ちた顔を上げた。
「やるわよ、やってやるわよ、他に誰がやるって言うのよ!」
「レイは?」
「やります、碇君はわたしが守るもの…」
ミサトはそんな二人に、誇らしげな笑みを向けて頷いた。
碇人工進化研究所、その地下施設内トレーニングルームに場所は移動する。
「いくわよ!」
「あなたじゃわたしに勝てないわ」
白いプラグスーツが棒を握り締めた。
身長程度、1メートル半前後はあるだろうか?、両端には枕大のシリコンブロックが取り付けられている。
レイはそれを軽々と振り回し、赤いスーツに踊りかかった。
「うそ!?」
3メートルはゆうに跳んでいる、アスカは驚き横へと避けた。
「え!?」
あっという間に壁際にたどり着いてしまっていた。
勢いのあまり、ガンッと壁に頭を打ちつける。
ヘルメットごしの衝撃にくらっとするアスカ。
「アスカ!、プラグスーツの増強力を忘れないで!!」
「わかってるわよ!」
脳震頭をおこしたのか?、アスカの足元はふらついていた。
バイザーの向こうにレイが見える。
彼女の白いヘルメットがアスカを見ていた。
まるで嘲るかの様に。
むかつくえわねぇ…
レイのヘルメットのバイザーの形は、レイの口の形にどこか似ていた。
「ていやああああ!」
アスカはレイに向かって壁を蹴った。
プラグスーツにより倍加された脚力は、アスカの体を簡単に弾丸と化して突撃させてくれる。
さっと身構えるレイ、避ける気はないようだ。
上等!
アスカはそのまま右から左へロッドを振り回した。
ガキ!
柄で受け止めるレイ。
踏ん張るが体重が軽過ぎた、勢いに押され、足がすべる。
それを狙い通りとほくそ笑む。
だがレイはそんなアスカに冷笑を向けた。
「あなた、何も知らないのね…」
「え?」
レイの囁きに、一瞬気を取られるアスカ。
「戦いは、こうするのよ?」
倒れこみ、アスカのお腹を蹴りとばす。
「あっ!?」
レイは交差させている部分を軸にアスカを回転させ弾き飛ばした。
そして間を置かずに立ち上がる。
「甘い!」
アスカは天井隅に弾き飛ばされながらも体を捻っていた。
なんとか足を天井につく。
「紅流星、アスカストラーイク!」
そしてそのキック力+重力の力のみならず、レイに投げ飛ばされた反動をも利用して、斜め上から必殺の一撃を放ってみせた。
メットのスピーカーから、ケンスケの喚声が聞こえたような気もする。
ガキィン!
レイのロッドが弾け跳んだ。
「勝った!」
「まだよ?」
レイを殴り飛ばした後、アスカはくるっと空中で一回転して着地していた。
その胴に腕が回される。
「え!?」
「碇君は、わたしのもの」
誰にも渡さないわ。
ズガァン!
それがアスカに聞こえた最後の声だった。
「アスカぁ!」
ミサトの叫び。
アスカはレイのバックドロップに沈黙していた。
「…首はスーツの機能に関係無いの、覚えておいてね?」
気絶しているアスカに声を掛けるレイ。
ふぅ…
ミサトはため息をつきながら椅子に腰を落としていた。
どっと吹き出した冷や汗を乱暴に拭う。
「…レイ、強くなったな」
うんうんと頷いているゲンドウ。
格闘漫画じゃないんだから…
腕組みし、涙するヲヤヂに、頭が痛くなるミサトであった。
その頃シンジが何をしていたかと言うと…
「ああ、やめて、朝からチキンなんて脂っこい物はやめてよぉ、しかもそれとお粥なんて、味が全然わかんないじゃないかぁ…」
むにゃむにゃと、何やらうらやましい夢を見ている様子であった。
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