カタカタカタカタカタ…
世話しなく鳴るキーの音。
ふう…
マヤは手を休めると、お尻をもぞもぞと動かした。
「どうしたの?、マヤ…」
艦長席から見下ろすリツコ。
「あ、はい…」
「慣れないのはわかるけど、我慢してね?」
新しい船だ、第六使徒級、高速戦闘母艦『ガギエル』、その三番艦と言うことになっていた。
大きさは元乗っていた一番艦の倍程もある。
だがマヤは、「でも…」と唇を尖らせて不満を漏らした。
「椅子はきついし、センサーは堅いし、やりづらいんですよね、ここ…」
シゲルもマヤのセリフに相槌を打った。
「見慣れた一番艦と作りは同じなんですが…」
居住区などは拡張されている、しかし艦橋はそのままになっていた。
「違和感ありますよね?」
同じなのは形だけらしい、だからこそ微妙な差違が癇に触ってしまうのだが…
「今は使えるだけマシよ、使えるかどうかわからないのは…」
手元に新しい使徒のデータを呼び出す。
「こいつね」
名前は第十四使徒型重突撃兵「ゼルエル」となっていた。
「でも、これって確か宇宙大戦用の…、地上で使っていいんですか?」
「その許可が下りたって事なのよ」
それって…
このところ驚くことばかりである。
「ええ、幸い第拾壱使徒型バイオウイルスコンピューター、イロウルは無事だもの」
「でも難しいですよ、一番艦からアラエルに移したのだって、何とか安定させたって感じだったんですから」
マコトはついついため息をついてしまった。
「この船に定着させるのだって…」
「やるしかないのよ、なんとかね」
残されたチャンスは、後わずかなのよ…
リツコはこの待遇に、後何度もミスすることはできないと感じていた。
「碇くーんご飯よぉ!、ついでにアスカと綾波さんも一緒でしょお?」
がんがんがんっと中華鍋の底をお玉で叩いて、ヒカリはみんなに召集をかけた。
「まったくもぉ、女の子が3人もいて、どうして厨房係があたしだけなのかしら!?」
「あ〜ら、じゃあやっぱりここはあたしの出番ってことかしらん?」
「昼間っから酔ってるんですか?、女の子って言ったでしょ、ミサトさんは初めっから数には入っていません!」
ミサトは「そんなに歳食ってるかなぁ?」と隅っこでいじけ始めた。
「ほらおじ様!、新聞ばっかり読んでないで、さっさとご飯食べちゃってください!」
「ああ、わかっているよ、ヒカリ君…」
新聞を下ろし、ゲンドウはそこに並ぶ料理(焼き魚を基本とした和食)に思わず感嘆の声を漏らした。
「凄いな、いいお嫁さんになれるぞ、君は」
「…え?、やだ、そんな」
「またシンちゃんのお嫁さん候補を増やすおつもりですか?」
「ぬわんですってぇ!?」
どたばたと廊下を走って来る音。
「それってばどういうことよ!、あああああ!、ヒカリまで!!」
「だってそりゃ碇君は優しいしよく見ると可愛いし、でもでも…ってアスカ、どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょ!」
アスカの後ろで、じと〜っと主にゲンドウを睨んでいるレイ。
「う、すまない、わたしが悪かったよ、レイ」
「ほらもっとちゃんと謝ってください、レイったらうるさいんだから…」
ビールを片手につつくミサト。
うるさいレイか。
それはそれで見てみたいと思いつつも、ゲンドウはレイが引きずって来たものに気がついた。
「レイ、それは?」
「父さぁん」
ブウッ!
「ゲホゲホゲホ!、何よシンちゃん、その格好!」
「笑ってないで助けてよぉ!」
ピンク色のワンピースにスカートはちょっと広め、靴下はもちろんエナメルの靴まで履かされ、あげく頭にはリボンまでかけられていた。
「僕だって、好きでこんな格好をしているわけじゃないのに…」
「でも似合ってる…」
嫉妬混じりのヒカリの羨望の目が痛い。
「…知らなかったぞ、お前にそんな趣味があったとは」
「なぜ泣くんだよ、父さん…」
しかも拳を握ってまで…
「そっかぁ、やっぱシンちゃんにも理想ってもんがあったのねぇ、いいわ、好きなだけ「これが女の子なんだぁ!」ってところを見せてあげなさい」
「酔ってるんですか、ミサトさん!」
ぷぷーっと二人とも笑いを堪えている。
「ああ〜お腹すいたでぇ…」
「あ、鈴原…」
「なんや、またシンジのやつ、女連れこんどんのか?」
「またってなによ、またって」
何故だかアスカの反応が冷たい。
「う、いや、こっちの話や、口が裂けてもB組の霧島とかに家まで押し掛けられたことなんて、告げ口するような真似はできんのや」
「バカシンジィ!」
「トウジ、わざとやってるでしょ!?」
「ぬおっ、シンジやったんか!?、まさかそないな変態趣味があったとは…、でもワシらの友情は変わらへんで?」
さてメシメシっと、トウジはシンジがぼてくりこかされてるのを傍目に席に着いた。
「お?、今日は魚かいな?」
「うん、そこの湖で漁をしてるおじさんに分けてもらったの」
恐るべきは、いつの間にやら新鮮な食材を手に入れるためのルートを確保しているヒカリであろう。
「だって買い置きって、レトルトの保存食ばっかりなんだもん」
と言うのがヒカリの言い分ではあったのだが…
「それに碇君起きたばかりだし、あまり脂っこいのは避けた方が良いと思って」
「ほぉかぁ、偉いの気のつく…、ほんま嫁に貰いたいぐらいやでぇ」
え?っと、ヒカリは真っ赤になった。
「ワシの息子には、絶対委員長みたいな子を探させることにするわ」
ほな頂きますっと合唱するトウジ。
「す〜ず〜は〜ら〜!?」
てぇい!っとヒカリはトウジ後頭部にエルボーをかました。
ドズゥン
派手に揺れる屋敷、飛び上がるテーブルとおかずの数々。
震度は直下型で4を越えていたかもしれない。
アスカもレイもシンジ…は既に動かなくなっていたが、ミサトと一緒になって、ご飯に顔を突っ込み沈黙しているトウジとヒカリを見た。
「あ、あたしじゃないわよ?」
ヒカリの呟きを肯定したのは、ゲンドウただ一人のみであった。
「状況は?」
地下発令所。
「使徒は湖に着水、以後沈黙を…、いえ、エンジェリックインパクトです!」
使徒と屋敷のちょうど中間辺りから、灰色の空間が広がりだした。
主モニターには、その様子が克明に映し出されている。
「この間のレリエルが間だ生き残っているようだな…」
「で、どうしますか?」
ミサトはゲンドウを仰ぎ見た。
「どうするもこうするも、あたし達が行くっきゃないんでしょうが?」
自信満々にアスカ。
既にプラグスーツに着替えている、レイとシンジもだ。
「…このリボン、取っていい?」
「「ダメ」」
シンジはだ〜っと涙した。
三人は正面玄関で待機している。
「フォワードはアスカ君、レイはサポート、シンジはバックアップだ」
「ま、当然よね?」
「はい…」
「そ、そんなの危ないじゃないか、僕が前に出るよ」
つんっとシンジの額をつつくアスカ。
「病み上がりに無茶させるほど、あたしは鬼じゃないのよ?」
「碇君…」
「なに?、綾波…」
またすぐそうやって雰囲気作るぅ。
アスカはぶうっと膨れてしまう。
「もし、無事に帰ってこれたら…」
「ん?」
「なんでもない」
レイはこれまで以上に無表情な顔に戻った。
作ってる…
何も関心が無いような顔…、何度も鏡で見た、自分の作り笑いに似ている。
だからシンジは気がついた。
今まで以上に、たくさんの感情を抱え込んでいることに。
レイの手をそっと握るシンジ。
「碇君…」
「うん、わかってるよ」
レイの顔に笑顔が広がった。
「ありがとう碇君…」
そして恥じらうようにうつむく。
「お仕置きけってぇ」
そんなアスカの囁く声に、シンジはいきなり後悔していた。
「「「エヴァンゲリオーン!」」」
3つの声が高らかに。
陽光の中に赤い玉が一つ浮かび上がる、それはすぐに肉の鎧をまとい、紫色の巨人へと変化した。
ズズゥン!
屈伸するように膝をまげて大地に降り立つ。
ズワァ…
その背後に二つの閃光、赤とオレンジ、レイとアスカのエヴァンゲリオンが、ファイティングポーズをとって現れた。
「気をつけて、今度の奴もATフィールドを持っている可能性が高いわ」
(はい)
(わかってるわよ)
返事をする二人、だがシンジはよくわからなくて、とりあえずパレットガンを取り出した。
(足止めだけでも)
パパパパパ…
一斉射、ほぼほとんどの弾が狙い違わず使徒に命中した。
(…当たっているはずなのに)
ズシャァ…
使徒が動き始めた、湖を波立たせ空中に浮かび上がる。
(飛ぶの!?)
まるでアドバルーンのように、足元だけを宙に浮かび上がらせて進み始める。
(行きます)
(ちょっと待ちなさいよ!)
先を争うように二人は走った。
ゾクゥ!
なんだ、悪寒?
シンジの背筋を何かが駆け昇る。
ドガァン!
二人同時に使徒の寸前で何かにぶつかっていた。
(きゃん!)
(ATフィールド?、やはり持っていたのね)
そして尻餅をつく、灰色に変化した樹木が折れ、色の無い砂塵が舞った。
(いけない!、二人とも避けて!!)
((え?))
使徒の腕がだらりと下がった。
リボンのような、薄い刃。
(くっ!)
シンジは地を蹴った、空気の壁をぶち破り、狂気の刃がアスカとレイを捉える前に、二人の前へと立ちはだかることに成功していた。
(碇君!)
(シンジ!)
ザス!
オリジナルの両腕、その付け根につき刺さる二枚の刃。
(あ…、う…)
ブィン…
リボンが上下に動いた、跳ねとばされたオリジナルの両腕が、アスカとレイ、それぞれの目の前にドスンと転がる。
(ああ…、あああ…)
あまりの痛みに声にならない。
(碇君!)
カッ!
使徒の両目が輝いた。
ドォン!
直後、オリジナルの胸元に爆発が起きる、二転三転転がった後、オリジナルは大地に横倒しになっていた。
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