カタカタカタカタカタ…
 忙しなくキーが叩かれている。
 暗い空間に光の明滅、ひと一人分の幅を残して、その左右は基盤のような物で埋めつくされていた。
「エヴァ・マスター」
 ピーっと、ノートにデータが転送される。
 基盤の数枚を引き出し、彼はノートと直結していた。
「全ての雛形たるエヴァンゲリオン、その起動は素体となる者の感情の爆発をキーとする…」
 次いでオレンジ色のエヴァと、レイのシンクロ率などが表示された。
 エヴァの隣に幾本かのバーやレベルメーター、それに円グラフが映し出される。
「ゆえに普通の人間やと、感情にノイズが多過ぎてあかんっちゅうわけか」
 レイの感情を更に細分化したアナグラムを表示させる。
「…純化された想いだけが呼び出せるってぇことかい、…そやな、そやから前のレイでは動かんかったし、今のレイでないとあかんわけや…」
 まだ他にもあった。
「…もしそやったら、一番危険なんはこの女とちゃうんかい?」
”元が基”だけに感情が一本化すれば、その暴走はとどまることを知らないだろう。
「暴発?、どの道シンジがリミッターになっとるんやな?」
 それを考えたからか、続いてはエヴァ・オリジナルの情報を呼び出していた。
「オリジナル…、マスターとはまったく別もんっちゅうのがどないになっとるんか…」
 詳しい情報はどこにも見当たらない。
「…プロテクトがかかっとるわけでも無い、元からあらへんのか?、おかしな話やで…」
 ともかく、わかる範囲の情報を検索した。
「マスターのような危険度を下げるためのコア?、普段から抱いとる想いをエネルギー体に変化させ、リミッターを付けることで安定…か」
 しかしそれが別の危険性を産み出していた。
「…想いやったらなんでもええっちゅうことやな?、そやからケンスケみたいなんでも良かったんか?」
 違うな、とすぐに否定する。
 それだけでエヴァが力を貸したとは思えなかったからだ。
「そや、エヴァには心がある、そやったらなんのために…、まさかあの二人を守るためかいな?」
 そうかい、そういうことかいと納得した。
「シンジの代わりにしたっちゅうわけやな?」
 そして最後のエヴァを見る。
「エヴァ・パトス、初の量産実験機…」
 それは明らかにマスターともオリジナルとも違う製法を用いられていた。
「元は同じでも製法は違うっちゅうんが…、まあええわ」
 オリジナルで使用されたコア・システムは破棄されている。
 コア・システムにより、着装者への負担は減ったものの、同時に活動限界と言う致命的な欠陥を持ってしまったからだった。
 また着装者への負担も大きく、コアに純化された魂が、元に戻れなくなると言う事故も多発していた。
 パトスではその点を考慮して、一番強い想いを持って力にするのではなく、その時々の一番強い想いを力に変えるよう、かなりのゆとりが施されている。
「…エヴァ着装者は動揺したらあかん、エヴァが動かんようになってしまうさかいにな?」
 だがパトスはそのゆとりゆえか、多少動揺しても問題無く行動できるようになっていた。
「この間、ケンスケの暴走に動揺した時かて、惣流の変身は解かれへんかったもんな…」
 恐怖心で濁ってしまったために、多少力が出なくなってしまったが…
 それでも立ち直るまでには十分に堪えた。
「ま、旧式っちゅうことには変わりないんやけど…」
 ビーーー!
 次のデータを…とキーを叩いた瞬間、周囲に非常警告音が鳴り響き、赤いランプが灯された。
「見つかったんか!?」
 立ち上がろうとする。
 しばし中腰のままでじっとしていたが…
「いいや、ちゃうか、委員長?」
 ノートのディスプレイに、監視カメラからの映像が開かれた。
「何しとんねん?」
 ヒカリは発令所を出て、屋敷の裏手へと急いでいた。


(シンジィ!)
(碇君!)
 二人がかりで抱き起こす。
 シンジの両腕の付け根から、おびだたしい量の血が流れ出て、灰色の山を赤く鮮血で染め上げていた。
「シンジ君!」
(…大丈夫、生きてます)
 だがその声はくぐもり、息も荒い。
(ちっとも大丈夫じゃないじゃない!)
(…後退しましょう)
 だがオリジナルは首を振る。
(だめだ)
((でも!))
(忘れたの?、エヴァで傷ついても、変身を解けば治っちゃうでしょ?)
 そう言われればその通りなのだが、それでも生理的に許容できるものでは無いだろう。
 目の前で傷つき倒れているのだ、それも…
(あたしのために…)
(わたしのために…)
 自分のために。
 二人は迫り来る使徒に、どう対処するべきか悩んでいた。
(早く、あいつを倒さないとみんなやられちゃうよ…)
 シンジは行けと促す。
(ダメ、できない…)
(そうよ、そんなの無理に決まってるじゃない!)
 二人は激しくシンジに抵抗した。
「…所長!」
「…聞こえているか?」
 ゲンドウは厳かな声を出した。
「合体だ…」
「所長!、いけません今の動揺してる二人じゃハーモニングなんて…」
 そこでミサトははっとなった。
「…まさか」
「そうだ」
 ゲンドウはニヤリと口の端を釣り上げた。
「三身合体だ」
 ミサトはすうっと息を呑んだ。


(三身…、合体?)
(できるの?、そんなことが…)
(……)
 三人はそれぞれに疑問符を投げかけた。
「できる、今シンジはお前達を守りたいと願っている、二人もシンジを助けたいと強く思っているはずだ」
 それは…
 うん…
 そう…
 三体のエヴァが視線を合わせた。
「アスカ君とレイ、二人の心は今同じ想いを抱いている、そしてその心をシンジ、お前が繋ぐのだ」
 そんな…
 シンジは傷みも忘れて二人を見た。
 頷き返して来る赤とオレンジのエヴァンゲリオン。
 …逃げちゃ、ダメだ。
 シンジはその間にも接近して来る使徒に視線を向けた。
 やらなくちゃ、僕にできることをやらなくちゃ。
 シンジはゆっくりと体を起こした。
 オリジナルが立ち上がる、使徒を睨み付けるように。
 腕からの血は止まっていた、両脇にアスカとレイがそれぞれ従う。
(じゃ、行くよ?)
「待って!」
 ミサトが静止をかけた。
(なんだってのよ!、良い所で…)
「相田君が…」
 ミサトの言葉に思い出す。
(張り付けになったままだ!)
(そう言えば…)
(忘れていたわ…)
 ゲンドウがくいっと眼鏡を持ち上げた。
「それはこちらで何とかする、お前達は使徒を倒せ、それが最優先事項だ」
(((はい!)))
 返って来たのは、実に元気な返事であった。


 はぁはぁはぁ…
 ヒカリは走っていた。
「葛城君、後は頼む…」
「待ってください!」
 発令所を出ようとしたゲンドウに、ストップをかけたのはヒカリであった。
「なにかね?」
「あたしが行きます!」
 君が?、とゲンドウは目を細めた。
「おじ様達はみんなを見ていてあげてください!」
「待って、危険だわ!!」
 そう言うミサトの静止も聞かずに、ヒカリは地上へ向かって駆け出したのだ。
「ダメだって言ってるのに!、どうして誰も止めないのよ!」
 キョロキョロと辺りを見回す。
「…そう言えば」
 ようやく気がついた。
「鈴原君は、どこにいるのかしら?」
 どの監視カメラにも、トウジの姿は映っていなかった。


 ボコン…
 館の右手になる、湖とは反対側の山。
 その麓に顔を出した、おかしな形の怪獣がいた。
 ぎょろっとした奇妙な目、口は丸く大きなものがぼっかりと開き、歯の代わりに触手のような髭がたくさん生えていた。
 第八使徒型万能潜行艇サンダルフォンである。
「じゃ、行くわよ?」
 その口からリツコを先頭に、わらわらとサキエル達が付き従った。
 対峙するエヴァと使徒に、リツコは会心の笑みを浮かべていた。


「はぁ、はぁ、はぁ…、あれ?」
 正面玄関、階段の裏側にある隠し扉へ出てしまっていた。
「…あ、間違えちゃったんだ」
 裏庭に直で出られる通路から外れてしまったらしい。
 下から上がるルートはいくつもある、だが今はそんな失敗を振り返っている場合ではない。
「急がなきゃ!」
 ヒカリは正面玄関を開いて、外側から裏に回り込もうとした。
「…生で見ると、やっぱりすごぉい」
 三体のエヴァと使徒。
 かなり遠くのはずなのに、その巨体のために、上半身だけでもはっきりと見ることができている。
「急がなきゃ、もう!、アスカが無茶するから…、きゃ!」
 フウウウン、ズウン!
 ヒカリの目の前に突如何かが降り立ってきた。
 緑色の体、白い仮面。
 戦闘員、サキエルだ。
「きゃああああ!」
 ヒカリは叫びながら後ずさった。
「あらあら…、せっかく向こうに注意をそらしたって言うのに…」
 ボンテージの上に白衣、リツコは額に人差し指を当てながら、こめかみを引きつらせて怒りを押さえていた。
「封印兵器を囮にしたのよ?、なのにこれじゃあ、だいなしじゃない?」
「あ、ああ…」
 リツコの歪んだ微笑みに、ヒカリは恐怖が先走って声にならない。
「ま、いいわ、サキエル!」
 ズシャア!
 ヒカリの後ろに、さらに2体のサキエルが跳んで来た。
「悪いけど、原住民には興味ないの、じゃ、さよなら…」
 3体のサキエルが手の平をヒカリに向けた。
「いやぁ!」
 しゃがみこむヒカリ。
 その体が黒い疾風と共に横へ飛び転がった。
「なんですって!?」
 サキエルの光の剣は地面に突き立っていた。
 リツコは反射的にその風の去った方向を追う。
「そんな、まさか!」
 片膝を立てるように中腰で構えているもの。
 その爬虫類のような顔、鋭く釣り上がった目がリツコを睨み付けていた。
「エヴァテクター…」
 ごくりと生唾を飲み込んでしまう。
「…誰?」
 ヒカリはぼうっとしながら、自分を庇ってくれている背中を見た。
 その背中が、知っている少年のジャージの色と重なる。
「鈴原?」
 カクンとヒカリは気を失った。
 フルオオオオオオ!
 額部ジョイントを外し、その口腔から雄叫びを上げるエヴァテクター。
「いけない、逃げるわよ!」
 ドン!、ズシャ…
 背後で聞こえる音に恐怖する。
 リツコは白衣を翻し、脇目もふらずに駆け出した。



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