(じゃ、行くよ?)
シンジの台詞に頷く二人。
(じゃ、あなたが先に行って、わたしが続くから、碇君は最後に…)
(ちょおっと待ったぁ!)
アスカは不満を爆発させた。
(何であんたが次なのよ!)
(じゃあ先に行ってもいいの?、あなた主導権を取りたいんでしょ?)
うっ、それはっとつまってしまう。
(そう言うこと言ってんじゃなくって!)
(じゃ、わたし先に行くから、碇君続いて…)
(あんたは、どうしてもシンジにくっついて欲しいみたいね?)
(いけない?)
(当ったり前でしょうが!)
アスカは呆れ返っていた。
(どうして?、あなたそんなに碇君と一つになりたいの?)
(ば、ち、ちが…)
(あのぉ)
控え目に割り込むシンジ。
(早くしてくれないと気が遠くなって来てるんですけど…)
(ごめんなさい碇君、じゃ、来て?)
(来てじゃないわよ!、あんた今ものすごく恥ずかしいイメージが飛んで来たじゃない!)
(え?、僕には良く分からなかったんだけど…)
(あんたは黙ってなさいよ!)
アスカは説明できずに赤面した。
(はい…)
すごすごと引き下がるシンジ。
とにかく!っと、アスカはレイに意識を向けた。
(あんたの魂胆はわかってるのよ!、あたしにシンジと合体する感覚を味合わせたくないんでしょ!)
(そうよ?)
レイはあっさりと肯定した。
(認めたわね!、でもダメよ?、おじ様も言ってたでしょ)
(?)
(シンジがあたし達を繋ぐって、だからシンジは真ん中でなきゃダメなの!)
(じゃ、やっぱり先に行くから)
レイはしゅたっと片手を上げた。
(だああああ!、ちょっと待てぇい!)
今度は待たない。
レイは問答無用で飛び上がった。
(ああ、ちょっと待ってよ、綾波ぃ!)
(もう!、後でお仕置きよ!!)
遅れながら、続いて二人も飛び上がる。
陽光の中で三つの影が一つに重なった。
(((エヴァリオーン)))
そして三人は繋がった。
「つまらんな…」
その様子をモニターで見ながら呟くゲンドウ。
「…なにかこう、物足りませんね?」
ミサトもそれに同意した。
「ああ…、何かかけ声が欲しいな」
「愛と勇気と希望、このフレーズは外せませんね?」
「ああ、最優先事項だ」
などと二人がのんきな事を言っている間にも、三体のエヴァは合体を完了しようとしていた。
「どうでもいいけどさぁ、何で合体するたんびに、ここに来なくちゃなんないわけ?」
そこは合体のたびに来る、お互いの心が交わる境界線の世界だった。
三人いるためか、いつもよりも視界が濁って見えている。
「しょうがないよ、お約束みたいだから…」
良く分からないことを言うシンジ。
シンジはあぐらをかき、顔を真っ赤にしてうつむいていた。
もちろんアスカには背を向けている。
アスカはあいかわらず腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「碇君、その腕…」
背中から、レイはそっとシンジの両肩に触れた。
「あ、大丈夫だよ、痛くは無いから…」
シンジの両腕はまだ無くなったままになっていた。
顔をしかめるアスカ。
「まったくトロくさいんだから、あんたは黙って見てれば良かったのよ」
強がりを言うアスカを、じいっとレイは見つめ上げた。
「な、なによ…」
「何故、強がりを言うの?」
「う、うっさいわねぇ…」
レイからも逃げようとしてしまう。
「本当は心配しているんでしょ?、わかるもの…」
アスカはぷいっとそっぽを向いた。
その耳が赤くなっている。
くすっとシンジは笑ってしまった。
「でもよかったよ、二人とも無事で…」
「だめ…」
シンジの言葉を無理に遮る。
「碇君が傷つくのはダメ…」
堪えられない、見ていられない。
そんな気持ちが流れ込んでくる…
「だけど、それは僕も同じだから…」
その気持ちを押しとどめる。
逆にシンジは、レイに自分の想いを伝え返した。
だがシンジの想いは、レイよりもさらに悲壮感を孕んでいる。
「何もできなかったんだ…、母さんのために、カナリアのために僕は何もできなかったんだ…」
でも今はできることがあると叫んでいる。
「あんたバカぁ?、それで自分が死んじゃったら意味ないじゃない」
苦笑する。
「そうかもしれない…、けどもう誰かがいなくなるのは嫌なんだよ、ただいなくなるを見てるだけなんて嫌なんだ…、それなら死んだ方が良い」
ぎゅっと、レイが背後からしがみついて来た。
「…綾波?」
「わたしも、同じ…」
「え?」
「碇君がいなくなるぐらいなら、死んだ方が、良い…」
「綾波…」
シンジは驚いていた。
シンジが大切にしたいと考えているもの、レイにとってそれが自分だと言う事実に。
「そうよ、あんたほんとに他人のこと考えてないのね?」
「え?」
アスカの言動にも驚く。
「あんたが死んだら泣く奴だっているんだからね?」
アスカの声が震えていた。
だからシンジはピンと来てしまう。
「…例えば、アスカとか?」
「ばか!、自惚れないでよ!」
それはとてもとても優しい否定の言葉だった。
「うん、…ありがとうアスカ」
「なに喜んでんのよ、バカ」
シンジの中に温かいものが流れ込んで来る。
「ありがとう、アスカ、綾波」
と同時に、シンジは二人を温かく包み込んでいた。
「ありがとう…」
その温かさの正体が涙だと言うことに、三人は気がついていなかった。
「「「究極合身エヴァリオン!」」」
スピーカーから派手に名乗りの声が上がる。
空から降り立つ純白の戦士。
すらりとした女性の体、敵を許さぬ絶対の気迫。
「まるでヴァルキュリアね…」
ミサトは思わず、北欧神話に出て来る戦乙女の名を呟いていた。
「って、いたたたたー!、そんな呑気な感想言ってる場合じゃないのよぉ!」
ギュキィンっと一瞬、アスカの叫びにスピーカーがハウリングを起こした。
「どうしたの、アスカ!」
「なによこれ!、体がよーじーれーるぅ!!」
それはシンちゃんと一緒か…
一気に悩みに気がつく、ミサト。
「ちょっとレイは大丈夫なの?」
レイはなぜだか押し黙っている。
「…あったま痛いわねぇ、ところでシンちゃん、さっきからなに苦悶の声漏らしてるのよ?」
「う、あ、は、ぐぅって、み、ミサトさん…、あうう…」
下半身になにやら激烈な痛みを感じているらしい。
答える所ではないシンジ。
ちなみに合体は、レイ、シンジ、アスカの順だった。
「お、お願いアスカ、あんまり動かないで…」
「きゃうっ!、…碇君、だめ」
「ご、ごめん綾波!」
「ううん、うれしい…」
「はあ!?、な、なによ変な声出しちゃって…、それにしても何だか細い所に入りこんじゃってる感じ…」
アスカはいや〜な予感を覚えた。
「こ、これなの?、綾波が我慢してたのって…」
「あーーー!、まさかこれって!」
「だから、叫ばないで、振動が…」
何だか弱々しくなっていく。
「あ〜〜〜」
ミサトはぽんっと掌を打った。
「そっかシンちゃんおっとこの子だもんねぇ」
ざーっとスピーカーからノイズが流れる。
それはまるで血の気の引くような音だった。
「きゃーーー!、エッチ痴漢変態バカ!、信じらんない、こんなの嫌ぁ!」
アスカはジタバタジタバタともがきにもがいた。
「どうかね?、葛城君…」
「はい…」
ミサトはふうっとため息をついて数字を確認した。
「シンジ君とのシンクロ率には問題無いんですが…」
「ふむ、レイと惣流君のシンパレート値が上がらんな…、シンジ、甲斐性のないやつめ」
その間もアスカは必死になって叫んでいる。
「やだやだやだ!、こんなの嫌!、やっぱり順番を変えてよぉ!」
「嫌よ」
「あ、綾波…、僕も変えて欲しいんだけど…」
声が震えている。
「だめ、碇君はわたしの後でなきゃ、ダメ…」
「じゃああたし先頭でいいからぁ!」
「嫌よ、わたし、あなたとくっつくよりはこの方がいい」
「僕からもお願いするよぉ!」
ふうっとため息が聞こえた。
「そう、碇君のお願いじゃしょうがないわね」
やった!っと上がる二つの喜び。
「なら、あなたはわたしの後に、碇君には、わたしが…」
「わたしがって、なんだよぉ!」
やっぱりシンジは泣くしかなかった。
「ん…」
目を覚ます、ぼんやりとした視界にテレビが映る。
「あああああ、もう嫌こんなの恥ずかしい!」
「くすくすくす…」
「お、お願いだから暴れないで…」
居間のテレビだ、じっと聞いていたヒカリは、天井を見上げながら呟いた。
「不潔…」
と。
屋根の上にトウジが立っている。
「…まったく、恥ずかしい奴等やで」
ジャージの襟首の所からコードが延びている。
それはトウジの左耳のイヤホンに繋がっていた。
ザァッ!
発令所とエヴァリオンとの通信を盗聴していたのだが、その信号に割り込みがかかった。
「なんや?」
(やあ)
馴れ馴れしい声だった。
「なんや、あんたかいな」
(それは無いだろう?、どうだい調子は?)
無線機ではない、ただの盗聴器だ、なのに相手はトウジの声を拾っていた。
ま、あのおっさんやったらそれぐらいしよんな。
「上々や」
トウジはそやけど、と不満も伝えた。
「最近強過ぎんのとちゃうか?、このままやとデータ取るどころやないで」
(ま、リッちゃんには適当に遊んでおいてもらうさ)
苦笑する息づかいにため息をつく。
(過去ATフィールドを持つもの同士の戦闘は記録されてない、前回のはただ張ってるだけだったからね?、今度のが正真正銘、初の実戦データと言うわけだよ)
「へえへえ、ま、わしはわしの仕事をするさかいに…、それで」
トウジは次の言葉を飲み込んだ。
(ハルカちゃんかい?)
向こうの声にも真剣なものが混ざる。
「どうや?」
(後半年、それが治療できる限界だ)
「さよか…」
それで二人は押し黙ってしまっていた。
(ま、そっちの方はこちらに任せておいてくれ、君が帰って来るまでは保たせるさ)
「たのんます…」
力なく、覇気も無くしてしまっている。
(じゃ、よろしく頼むよ、アルバイトは程々にな?)
相手方も逃げ出すように通信を切ってしまった。
ザァ…っと聞こえて来るものが、ノイズからまた元の通信内容に戻っていく。
(みんなあいつが悪いのよぉ!)
再びエヴァリオンからアスカの叫び。
「あのおっさんにはまいるわ」
トウジは苦笑して、戦いを見届けるために腰を下ろした。
(さっさと倒して合体解くわよ!)
(ケチ…)
(ぬわぁんですってぇ!)
レイの呟きに、エヴァリオンのお尻の辺りに青筋が浮く。
(アスカ…、先走らないで…、う、動かれると辛いんだよ…)
「アスカ、シンちゃんがそっちの快感に目覚めちゃったら困るでしょ?」
(な、な、な、なにバカなこと言ってんのよ!、あんたわ!!)
(変態…)
(やっかましい!)
カカッ!
白い閃光、ドカァン!っとエヴァリオンの頭部に爆発が起こった。
(乙女の顔に何すんのよぉ!)
アスカの叫び。
ぐらつき、倒れかけたが何とか踏みとどまった。
(わたしの顔よ?)
(うわあああああああ!)
シンジが暴走した。
(もう嫌だああああ!)
胸の中心にある赤い玉が閃光を放つ。
三人の苛立ちが使徒に向かって収束した。
ガカッ!
金色の光、使徒のATフィールドが斜めに切り裂かれ、ずれて消えた。
バシュウ…
血を吹き出して倒れこむ使徒。
ドカァン!
直後使徒が十字架を象った炎を吹きあげた。
使徒の最後だ、その炎は天を焦がし、灰色の世界を元の空間へと戻していく。
(ふ、あたしに楯突くからこうなるのよ!)
アスカは勝ち誇るように呟いた。
(は、はやく合体を解こうよ)
気絶寸前のシンジ。
(…いじわる)
最後の台詞が聞こえる前に、シンジはもう気を失っていた。
一方その頃…
館の裏に、一人忘れ去られている少年がいた。
「誰も俺のことなんて助けてくれないんだ…」
しくしくと泣き続けているケンスケ。
エヴァリオンが反射する陽光を浴びながら、ケンスケは十字架に張り付けにされたままで哀愁に浸ってしまっていた。
続く
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