なんだあれは!?
ざわめきが起こっていた。
「なんだろう?」
カーラジオを切って空を見上げるシンジ。
「あれは!?」
サハクイエルであった、かつてシンジが倒したはずの。
「どうして、ここに!?」
シンジは車から飛び出した。
ヒューーーー…、ドンドンドン!
四つの肉壊が落ちて来た、直径は2メートル程度。
ドガ、ガラガラガラ…
その内の一つが運悪くビルにぶつかり、その一画を突き崩してしまう。
「危ない!」
落ちた看板と瓦礫が、危うく人を傷つけてしまう所だった。
「よかった、みんな無事だ…」
シンジはその塊が使徒に変わるまでじっと待った。
「僕を狙ってるの?」
身構える。
インターフェースはポケットの中だ、手でまさぐり、確認した。
「できれば動かないで欲しいわね?」
シンジは背後からの殺気に固まってしまった。
車のバックミラーをちらりと見る。
黒いボンテージの上に白衣、シンジは汗が流れ出るのを感じていた。
「ざわざわするのよね…」
アスカは首筋の辺りを掻いた。
「あんたはそれで良いかもしれないけど、あたしは嫌なのよ…」
アスカはわざとゲンドウの存在を無視していた。
「愛してくれてる?、嘘よ、あんたホントにあいつのことが分かってないのね…」
蔑むような言葉に、レイは脅えた表情を作った。
「わたしは…」
「エヴァが教えてくれた?、違うわ、あいつはただ守りたいってだけ、自分の側からいなくなってしまわないように、引き止めておきたいだけなのよ…」
臆病だから…
アスカの顔に確信めいた物が浮かび上がった。
「そうよ、おじ様の言ったこと、そういうことなのね?」
自分の考えにのめり込み、まとめるように口に出す。
「それが優しさに見えてるってことなのよね?、引き止めておきたいって気持ちが好きだからって理由づけになってる」
アスカは自分の考えで自分を傷つけ始めた。
でも違う、そんなのは嫌!
アスカは強く吐き捨てた。
「そんなのただの勘違いじゃない!、あの人は優しくしてくれる、だからあたしは特別だなんて、そんな勘違いで付き合ったって…」
付き合って?
アスカは答えが出せなくて綾波を見た。
「…それでも、良い」
綾波は辛そうに肯定した。
「それが碇君の気持ちなら…、わたしはそれでも良い」
否定は自分の存在意義すらも揺らめかせてしまう。
まるで綾波はそう思い込んでいるかの様だった。
「あたしは嫌よ!、好きになってくれるのなら本気が良い!、あたしだけを見て、あたしだけに微笑んで欲しい、だってあたしはあたしだもの!、あたしを好きだって言うのなら、あたしはあたしを変えたくないし、あたしはあたしを変えてまで、引き止めようだなんて思わない!」
アスカは耳を塞いで髪を振りしだいた。
今のあたしを見て?、シンジ…
いや、あたしはあたしよ…
あたしだけを見て、シンジ。
あたしの中のあたしを変えないで。
あたしはあたし、あたしのままでいるの!
いたいのよ…、もう周りに合わせるなんて嫌…
落ち着かなかったものの正体がはっきりとして来た。
「今のあいつの気持ちを受け入れたら、あたしはあんたの代わりにしかなんないじゃない!」
それが苛付いていたものの正体だった。
今のシンジには、アスカと綾波に明確な差を感じていない。
そんなのは絶対に嫌!
アスカはくっと顎を引き、強く唇を引き結んだ。
嫌なのよ、もう、周りに埋もれてくのは…
ぽたりと、その足元に滴が落ちた。
小さく染みが広がっていく。
涙?
綾波は呆然としてしまった。
わたしをうらやんでいるの?、何故…
その理由が分からない。
わたしの方こそ、うらやましいのに…
二人の間で時が止まった。
「まるで鏡だな…」
ようやく言葉を発したゲンドウに、二人はうつろな目をそれぞれ向ける。
「鏡…」
そしてお互いの顔を見やる。
何かを確認するように。
「赤い髪と青い髪、青い瞳と赤い瞳、火と氷、情熱と熱愛、映している姿は相反していても、その奥底にある根幹は同じ物だ」
「「同じ…」」
二人は同時に呟いていた。
シンジの求めるこいつと…
碇君の好きな、この人と…
そしてそのまま動かなくなってしまう。
シンジ…
碇君…
「エヴァは…、本当の心を見せてくれたけど」
「わたし達は、それを理解できないでいるのね…」
お互いの想いの真実を…
分かり合えないでいる。
そこには決して、嘘は無いのに…
それでも分かり合えないでいる。
ゲンドウはそんな二人に優しい微笑みを投げかけた。
「シンジと言う鏡を通して、真実求めるものを覗こうとしている…」
嘘ではないと知るだけでは意味が無いのだ。
その心の本当を理解しなければ、通じ合えることは永遠に無い。
二人の肩にゲンドウは手を置いた。
「何を求めるのだ?、君達は…」
何を…
何を?
そして再び質問する。
「今一度問う、シンジが好きかね?」
二人は、お互いの顔を見たままで頷き合った。
「そうか…」
ゲンドウも満足げに頷き返す。
だが数秒の後に、その顔が強ばった。
「あれは?」
一筋の雲が、街に向かって流れていた。
「飛行機雲ですか?」
「いや、大気圏からの飛来物が尾を引いている…、いかん、シンジを狙うつもりか!?」
「そんな!、シンジは、シンジは今どの辺りにいるんですか!?」
アスカはうろたえるようにゲンドウの袖をつかんだ。
その腕をつかみ、落ちつかせる綾波。
「あんた、いつの間に!?」
綾波はインターフェースを髪に取り付けていた。
「あの先に行けばいいだけのことよ…」
いつもと違い、少し垂れ下がるようになっている。
インターフェースが重くなっているのだ。
「所長…」
「うむ、改良はしてある、いいか?、時間は666秒が限界だ」
「はい」
謎の会話、頷いた後はもう、綾波はよそ見などしなかった。
雲の先を見据えるだけだ。
バッ!
綾波は服を一剥ぎで脱ぎ去った。
その下にはプラグスーツ”レオタードバージョン”を着込んでいる。
「ああ!、ずっこいわよあんた!」
インターフェースが横に走っているラインに沿って前後に割れた。
その中からワイヤーフレームがジャキジャキと伸び、次いで白い膜が生まれた後、左だけがかくんと中折れた。
それはまさに”うさ耳”としか形容のしようが無い。
「あ、あんた一体何考えてるのよ…」
顔面を押さえて頭痛を堪えるアスカ。
「うむ、可愛いぞ、レイ…」
赤い瞳も相まって、それはまさにバニーガールとしか言えない姿であった。
「くっ!」
シンジは進退極まってしまっていた。
「変身するのならすればいいわよ?、でも今回はエンジェリックインパクトは無し、一体どれぐらいの被害が出るかしらね?」
リツコの高笑いに、シンジは歯噛みするしかない。
綾波、アスカ…
つい二人に助けを求めてしまう。
「いや、ダメだ!」
二人を危ない目に合わせるわけにはいかない!
シンジは睨み付けることで威嚇に代えた。
だがもちろん効果など無い、サキエルに囲まれてしまうシンジ。
白昼堂々とボンテージ姿で白衣をまとっている奇妙な女性に、「テレビか?」と人々は己の常識の範囲にとどめてしまおうとしていた。
しかしできないでいる。
空を覆い隠すかの様に滞空しているサハクイエルが、その圧倒的な質量感を持って街中の人間に、現実と言うものを知らしめてしまっていた。
「戦ってみる?、エヴァテクターでも簡単に倒せるでしょうね」
「汚いわよ、リツコ!」
すっと身を引いたリツコの頬に、一筋の赤い線が走った。
頬が切れている。
「ミサト…」
目を細める。
路上に突き立っているナイフ。
ミサトはシンジの背を庇うように飛び出して来た。
「ミサトさん!」
「挑発には乗らないで」
「でも、このままじゃ!」
ドォン!
突然ルノーが炎を上げた。
「なに!?」
ミサトの瞳に、十字架を象った炎が映る。
うわあああああ!
ここに来て、見物に来ていた人達が逃げ惑い始めた。
「これは序の口よ?、逆らわない方がいいわ」
「何をするつもりなのよ?」
そうね…と、リツコはシンジのポケットに焦点をしぼった。
「…まずはインターフェースを渡してもらおうかしら?」
「ダメよシンちゃん、くっ!」
ザシュ!
「ミサトさん!」
ミサトの右腕を光の剣が貫通していた。
「ミサトさん!!」
ずるっと、その剣が引き抜かれる。
同時に崩れ落ちるミサト。
血、肉、肉の焼ける臭い、ミサトさんの…
うっと、シンジは嘔吐感を堪えた。
「…これでわかったかしら?」
シンジは喉まで込み上げた物を我慢するように、ポケットからインターフェースを取り出した。
それをリツコに向かって放る。
「素直ね、良い子だわ」
足元に転がったインターフェースを拾い上げ、リツコは空を見上げて目を細めた。
「来たようね?」
もう一人の来賓を歓迎するリツコ。
オレンジ色のエヴァンゲリオンが、宙からサハクイエルに踊りかかっていった。
ゴオオオオオ!
地上を音速を越える速度で走破して来たエヴァマスターは、最後に数キロと言う距離を跳んでビルなどの障害物を避け使徒に踊りかかっていった。
すんでの所で回避するサハクイエル。
ズガァン!っと地響きを立ててビルの谷間に降り立ったエヴァンゲリオンは、ザシュッとその足の向きを変えて、右腕をいったんかき消そうとした。
「綾波!?、だめだ!」
エヴァンゲリオンが武器を出そうとしたので、シンジは慌ててレイを制した。
どうして?
一つ目がそんな感じでシンジに向けられる。
「ここで戦っちゃいけないんだよ!、みんな死んじゃうんだ!!」
碇君?
動揺してしまう。
自分に、そしてアスカに向けられていたものと同じ想いを、シンジが無制限に広げてしまっているからだ。
どうして?
わからない。
「今だわ!」
リツコはその隙を逃さなかった。
「綾波!」
遅かった、サハクイエルから光るヘビのような物が飛び出した。
!?
空中を滑るように走りレイに迫る。
エヴァ・マスターが動揺したのが分かった、綾波はそのヘビに腹部を貫かれてしまっていた。
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