「結論から言えば、月軌道上に居座る敵を打つ術はある」
 ゲンドウのセリフに、アスカはやった!とばかりに手を打ち鳴らした。
「それで?、どうすればいいんですか、おじ様?」
「まあ待て…、そのためには君にエヴァの構造を理解してもらわねばならん」
 ゲンドウは巨大な投影スクリーンに、エヴァの情報を映し出した。
「こんなの、見なくても…」
「これから君にエヴァの全てを教える」
 ゲンドウはうむを言わさず口を挟んだ。
「それを聞き、まだ君が戦えるというのであれば、真にエヴァは君のものとなるだろう…」
 ゲンドウの言葉は、まるでアスカの心をも試しているかのようだった。


「何と言う力だ…」
 ユイに代わり、市政を代行している男達が、先の実験の結末に目を見張ってしまっていた。
「しかしこれは君の目指していたものとは違うのではないのかね?」
 疑惑の目がゲンドウに向かって集中する。
「問題ありませんよ、あらかじめ予測されていた出来事です」
 テーブル中央の画面内で、エヴァが急に力尽きたように膝を屈した。
「スケジュールは0.000000001%も遅れていません…」
「当たり前だ、このために造った研究所、一体いくらかかったと思っているのかね?」
 王都の外れに、小山のような黒いドームが造られていた。
「それでは何が御不満なのですか?」
「肝心の補完計画」
 その中間報告書を机に叩きつける。
「一体どうなっているのかね?」
 ゲンドウは深くため息をついた。
「被験者はユイ様とのシンクロに成功しております」
「では後は制御機構なのだな?」
 ゲンドウは軽く頷いた。
「雛形は既に完成しております」
「では我々はそれを楽しみにするとしよう…」
 物言いたげな一同を押さえ込んだのは、議長格の男であった。


「わたしはエヴァンゲリオンと言う形を与えたにすぎない…」
 ゲンドウの説明に、表示されたエヴァの映像がパーツ単位で分解されていった。
「これはなんですか?、おじ様…」
「エヴァは一万二千もの次元階層を持つ特殊装甲によって守られている、その分解構造図がこれだ…」
 そんなことを言われても、アスカにはちっとも分からなかった。
 ケンスケは知った顔でカメラを回している、ヒカリは腕組みして物言わないトウジを、ちらりちらりと盗み見ていた。
「三次元界の物質、それを人の心の領域にまで昇華した結果にすぎない…、全ては偶然の産物だった…」
 ゲンドウはさらに別の図解を呼び出していた。


「武器?、装甲なんですか?」
「そうよ?、エヴァを覆う鎧、いいえ肉体そのものも、色々な物をエヴァンゲリオンに「同化」させた結果にすぎないの」
 リツコは科学者として、知識をひけらかすように自慢した。
「じゃあインターフェースって…」
「装甲、武器、防具の情報を構成、その組み立てを行う、言わば補助装置のようなものね?」
 そして苦々しげにシンジを見やる。
 そんなものを、何故あなたが手に入れてしまったのかと言わんばかりに。
「補助…、でもインターフェースが無ければエヴァにはなれないのに」
 シンジはおどおどとしながら、それでも興味をそそられて説明を求めた。
「あなたほんとに覚えてないのね…」
 リツコはシンジがサハクイエルと同化した様を思い出していた。
「エヴァンゲリオンの本当の力は、エヴァのような物理的巨人の姿に関係無いのよ」
 はっとするリツコ。
 あたし、何故この子にレクチャーしてるのかしら?
 そしてつい苦笑する。
「先を…、続けましょうか?」
 そんなリツコに、シンジは首を傾げてしまった。


「人はそれほど高尚な生き物ではないよ…」
 侮蔑の笑みを浮かべるゲンドウ。
「そう、そうかもしれませんね…」
 ユイの私室。
 紅茶を飲み交わす二人に、遠慮、身分と言う言葉は無かった。
「老人達の動きは知っているよ、それとなく警告も受けている、わたしはやはり、この結末に落胆するしかないようだ…」
 自嘲気味に呟く、ゲンドウは既に何もかもが終わるのだと決め付けていた。
「人は…、変われないのでしょうか?」
「その可能性はあった、だが自ら潰してしまった以上、わたし達にできることは何も無い」
 断言する。
 ユイの暖かな心に触れた一部の研究員達、そして議会の老人達…
 彼らはエヴァを見、エヴァを知り、さらなる狂気を行おうとしていた。
「人に幸せを振りまく者、すなわち使徒、か…」
 ユイの心を持ったエヴァを、その存在そのものを創造しようとしているのだ。
「恐いのです…」
 カップを置くユイ、その手が震えていた。
「エヴァは心の形を現しました、ですがそれは魂の力でもあります、使徒…、わたしの心を模した存在、果たしてうまくいくのでしょうか?」
「いかんな」
 ゲンドウは迷うことなく言い切った。
「s機関についてのデータは揃えてある、だが魂のデジタル化、コピーはできん…」
「ならあれは…、なにをその身に?」
 ここで始めて、ゲンドウは渋い顔をユイに向けた。
「…君の、心だな」
「え?」
 ユイは困惑を顔に浮かべてしまった。
 コピーできないのに、それを持つに至るというのだから。
「おかしいことは無い、君の心、その魂を宿すだろう…、リリスは」
 この時、ゲンドウはその後に起こる全てのことを予見していた。


「これを見せてあげるわ」
「これは!?」
 映し出される映像。
 それは灰色に変色した星の姿だった。
「地球?」
 違う、大きな黒いものが浮かんでいる。
 それが太陽に光り照らされていた。
 なにか…、いる。
 なにかはわからない、見えない。
 だが星の影になる位置に、白くて、星の直径ほどもありそうな巨大な何かが蠢いていた。


「母さん!」
 工場内、パイプが崩れ、落ちていく。
 一段高い所で、紫色のエヴァが使徒を殴り倒していた。
 エヴァテクターが赤い眼鏡の男性を庇い、切り無く襲いかかって来る緑色の怪人達をなぎ倒している。
「母さん!」
 リツコはもう一度叫んでいた。
 だが腕の中の母からの返事は無い。
 冷たくなっていくただの骸。
 血まみれで、首の骨が折れているのか?、かくんと垂れ下がってしまっていた。
 キッと、リツコはエヴァとゲンドウを睨み上げた。
「突き落としたのね…」
 急ぎ走るリツコの眼前に、突然ナオコの体が落ちて来たのだ。
 二人はリツコに一瞥をくれた後、逃げるように地上へ向かった。


 地上に出るエヴァテクター。
 灰色の世界で蠢く者たちが居る。
 異形の怪人達。
 ゲンドウはそれらが沸き出して来た、黒いドームを注視した。
「良いのだな?、ユイ…」
 エヴァの瞳が悲しげに閉じられる。
「すまん…」
 ゲンドウが頭を下げる、と同時に、エヴァは顔を上げて使徒の群れを睨んでいた。
(エヴァン…ゲリオン)
 跳びあがり、赤い玉に変化する。
 そして現れた巨人は瞳を光らせ、閃光の一つで視界に収まる大地のほとんどを焼き尽くしていた。


 ドームが飛びあがる、大地が結晶化したように弾け散った。
 半径6キロ、直径で12キロもある巨大な球体が浮かび上がった。
 それを何かしらの、両側から迫る白くて巨大な…、そう、掌のようなものが、優しく、そして大事そうに拾い上げる。
「人?、人なんですか!?」
 シンジは思わず、リツコに問いただしてしまっていた。
 巨人というのもおこがましいほど、シンジの常識の全てを崩してしまうかの様な姿をしていた。
 背中に幾枚かの羽が生えている。
 ザァ…
 翼が垂れ下がった、腕を高々とさし上げ、天に黒き卵を捧げようとする。
 太陽の光が球体を光り輝かせた。
 空間が割れ、その中に球体が飲み込まれていく。
「かあ…、さん?」
 成層圏すら突き抜ける巨人、その前髪が後ろへなびいた。
「そう、ユイ様の姿をしているわね…」
 天を見上げている、喉元が流れるように乳房へと繋がり、全てが弓のように限界まで反った時、それが起こった。
「ダメだ!」
 映像に向かってシンジは叫んでしまっていた。
 何を感じたのかは分からない、だが絶望的なものに心が締め付けられてしまった。
 ユイの形をした巨人が光を放った。
 弾けるように飛散してしまう、と同時にその足元から世界に色彩が戻り始めた。
 使徒の群れが倒れるように膝をつき、動かなくなっていく。
 全てが元に戻っていた。
「ただ一つ、人の心を除いてはね?」
 リツコは悲しみに心を溢れさせていた。


「こうして、全人口の実に9割が白痴と化した…」
 あ、ん、だめです…
 尻尾髪が揺れている。
 彼の腕の中には、弄ばれているマヤが居た。
 胸をまさぐるように触られている。
「残る一割も心身の喪失を訴え、わずかに1分ほどの人間のみが、まだまともな思考能力を失わずにすんでいた…」
「せ、先輩に…、いっちゃい…、あん!」
「もうしばらく、話の続きをしようか?」
 彼は…、ゼーレ帝国最高総司令官リョウジは、リツコの語る以上に真実を告げていた。


 ビーーー…
 呼び出し音が鳴り響いた。
「…何事なの?」
 返答するリツコ。
「すみません…」
 はぁはぁと息が荒い。
「どうしたの?」
「いえ、あの…、総司令官がご到着に…」
 またいたずらしたのね?
 つい舌打ちしてしまうリツコ。
 それからシンジを見る、シンジはあまりのショックに茫然として、思考の海に沈んでしまっていた。
 …無理も無いわね。
 声もかけずに部屋を出る。
 あんなものを見せられちゃ。
 だがリツコの考えは間違っていた。
 シンジがのめり込んでいるのは、映像がきっかけとなって気がついてしまったことにであった。


 そして地上にも、形だけはシンジと同じように驚いている少女が居た。
「…分かるわ、心が暴走したのね?」
 ゲンドウはアスカの答えに頷いた。
「そうだ」
「恐怖に脅えたエヴァの心が、全ての人を巻き込んでしまったの…」
「でも分からないわね?、誰の心を取り込んだって言うのよ?」
「それは…」
 ミサトの言葉を、ゲンドウは片手で遮った。
 答えるために心を固める。
 その意思の現れが、眼鏡の位置を正すと言う行為に現れていた。
「コピーはできないんでしょ?、でもシンジのお母さんの心を取り込んでる?」
「そうだ」
 ゲンドウはついに心を決めた。
「正しくは、ユイの想いを削り取ってしまったのだ」
 眼鏡の奥で、瞳が悲しみに震えていた。



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