「まったくもう!、どうしてこう、うじゃうじゃと!」
 アスカは武器をパレットガンに変更していた。
 互いに巨大化してない状態では、それ程大出力の武器は必要ないのだ。
 パパパパパ!
 ばらまくように弾を撃つ。
 正確に、一体約4発の割合でラミエルを撃ち落としていた。
「でも、気のせいかしら?、さっき一瞬、敵の攻撃が緩くなったような…」
 そんなことをしながらも、アスカは確かに感じていた。


「セカンドチルドレンが危険分子と接触しました!」
 その報告に、リツコは苦々しげに吐き捨てた。
「サキエルを用意して!、インターフェースは隔離保管しているわね?、リョウジ、あなたにも働いてもらうわよ?」
「はいはい…」
 リョウジは苦笑して、肩をすくめてリツコの後に着いていった。


「僕には…、君が何を言っているのか分からないよ…」
 怒られていると思ったのだろう、脅えるように首を小さくしてしまう。
「だけどそう恐がらないでよ、誰も君を傷つけたりしない、ほら…」
 シンジは手を差し伸べた。
 その手を、恐る恐る見やるレイ。
「僕は君と同じ顔をした子を知ってる…」
「サードがここに居るの?」
 その返事に、シンジはシンジの知っているレイの事なのだと当たりを付けた。
「…うん、多分その人のことだと思うよ?、その子が言ってたんだ、自分には何も無いって」
 シンジの中で、綾波と母親の姿が重なってしまっていた。
「でも違うんだ、その時の綾波には何も無かったのかもしれない…」
 シンジは誰かの声を聞いていた。
 わたしと、あなたと、この子が居る限り…、わたし達はどこでも幸せになれますもの…
 そうだ、僕は知ってる…、母さんの想いを知ってる…
 シンジの中で、何かが急速に育ち始めようとしていた。


「エヴァテクター、君のものだよ」
 ユイにインターフェースを手渡すゲンドウ。
「これも希望の一つだ…、君の心を擬似的にでも貯えると言う方法で、保存することが一応できる…」
 だがユイはそれを否定した。
「…心をコピーすることはできないとおっしゃったのは、あなたではありませんか?」
 ゲンドウは冷徹な仮面を脱ぎ捨てていた。
「だがな…」
「いいのです」
 ユイは少しばかり目立ち始めたお腹を、優しく優しく撫で始めた。
「わたしと、あなたと、この子が居る限り…、わたし達はどこでも幸せになれますもの…」
 いたたまれなさから、ユイに背を向けてしまうゲンドウ。
「すまんな…、わたしと出会うことがなければ、あるいは…」
 このような事態になることは無かったのにと、ゲンドウは己の存在を嘆いていた。
 やはり、生き残るべきでは無かったのだと、死すべき存在だったのだと落胆してしまう。
「いいえ、これはわたしの夢、希望が導き出した結果に過ぎません…」
 ユイはそんなゲンドウをはげますように、決意に満ちた瞳を上げた。
「その後始末は、やはりわたし自身の手で行いましょう…」
 できうれば、この想いは、この子に…
 ユイはインターフェースを両手で挟んだ。
 ああ、男だったらシンジ、女だったらレイと名付けよう…
 頼みます。
 わかっているよ、ユイ…
 シンジの心に、生まれる前の情景が、エヴァを通じて知らされていた。


 ふいに瞳から涙が溢れ出るシンジ。
「何泣いてるの?」
 レイは不思議そうにシンジを見た。
「あ、ご、ごめん」
 謝り、目元をごしごしと拭うシンジ。
「…なんだか謝ってばかりいるような気がする」
 シンジははにかむようにレイを見た。
 だがレイはそんなシンジの眩しさにも、恐れと言うものを抱いてしまう。
 表情を曇らせるシンジ。
 綾波と同じなのかな?
 シンジはやはり母とも同じなのだと気がついてしまっていた。
 この心は何だろう?
 ビクリと、レイは体を強ばらせた。
 ふいに顔を上げ、しげしげとシンジを見やるレイ。
「…僕のことを信じてよ」
 シンジはレイに向かって心を解放していた。
 何故そうしてしまったのかは分からなかったし、何故できたのかも分からなかった。
「あなたの、心?」
 だがやり方は分かっていた。
「そうだよ?」
 シンジは胸に、レイの手を触れさせる。
「温かい…」
 目の前のレイと、引き裂かれてしまった綾波との姿がダブっていた。
 綾波…
 シンジはそのままで呼び掛けた。
 ピクンと反応する目の前のレイ。
 だがシンジはかまわなかった。
 それを恥ずかしい想いだとは思わなかったからだ。
 綾波、今行くから、待ってて…
 そのシンジの想いは、深く海の底に沈んでいるレイの元までも届いていた。


 ビーーー!
 このわずかな間に、一体何度この非常警告音が鳴り響いたのだろう?
「今度は何!?」
 リツコはかなり神経質になってしまっていた。
 ヒステリックな金切り声を上げて、シゲルの返事をひたすら待った。
「ちょっと待ってください…、これは!、エンジェリックインパクトです!」
 何ですって!?
 日本海溝を中心に、灰の色が地球全土に向かって広がり始めていた。


「なんなのよ、あれ…」
 拡散ハイビーム砲による掃討作戦に切り替えたアスカだったが、地球で起こっている異変に気がつき動きが止まってしまっていた。
「きゃう!」
 その隙を突き、ラミエルの攻撃が集中する。
「しまった!」
 ペンペンから投げ出されてしまうアスカ。
 このままじゃ…
 ラミエルの砲火がアスカを追った。
 やられる!
 アスカ!
 恐怖に目をつむろうとした瞬間、一番大事な人の意識が飛び込んで来た。
「シンジ!」
(アスカ、ダメなんだ!)
「なにがよ!」
 省略された物言いに腹が立つ。
(ダメなんだ、このままじゃダメなんだよ!)
「だから何が!」
 アスカは地球を見た。
 巨大な何かが雲を貫き、巨大な上半身をなんとかゆっくりと起き上がらせようともがいている。
(綾波を…、レイを、母さんを止めて!)
 お母…さん?
 アスカはなんとかその正体にまで思い至った。
 まさか!
 ゲンドウが連れていかれたと言う星のことを思い出す。
「あれと同じものが、この星にもあったってぇの!?」
 正しくは同じ形をした別のものであった。


「アダムめ…、レイを」
「取り込んだのね…」
 二人は絶望的な思いでその光景を眺めていた。
 レイではない。
 巨大なユイがうつろな目をして体を起こそうとしている。
 その表情は、うすら笑いを浮かべていた。
「成層圏を突破、巨大化はなおも進行中」
 地球と言う門から、体を引きずり出すようにあがいている。
「エンジェリックインパクトは?」
「木星圏にまで到達しました」
 ゲンドウはレイの心理パターングラフを呼び出した。
「レイの想いが溶かされていく…」
「もう、あの子を止めることはできないんですね…」
 首を振るゲンドウ。
「いや、レイではない、アダムだ、全ての祖なるもの、エヴァを産み出すために想いを3次元物質としてとどめるために実験で造った、その雛形にすぎんよ、だが…」
 ユイを見やる。
「セカンドインパクトを起こすつもりか…」
 ゲンドウのセリフに、ミサトは引きつった顔を隠すことができなかった。


「全ての現象が15年前と酷似しています!」
「じゃあやっぱり、これはセカンドインパクトの前兆なの?」
 リツコの顔色は蒼白を通り越して真っ白になってしまっていた。
「巻き込まれれば、ただじゃすまないわよ?」
 リョウジに判断を任せようとしてしまう。
 彼は渋い顔で状況を読み取ろうとしていた。
「迂闊だったな、この時のためのセカンドだったんだが…」
 少し大きめの声でマコトを呼び出す。
「セカンドの現在位置を教えてくれ」
「現在下層格納庫へ向かっています!」
 リツコとリョウジは頷き合い、先を急いで走り出した。


(とにかくそっちに行くから、待ってなさいよ!)
 アスカとの交感を一時打ち切る。
「…どうしよう?」
 シンジはレイに向かって尋ねてしまった。
 しょぼくれるレイ。
「ごめんなさい、よくわからないの…」
 だが瞳の脅えは消えている。
 また逃げ出そうともしていなかった、シンジに対して距離を取ろうとしていない。
 先程までとは、ずいぶんと違ってしまっている。
「いいよ、綾波が謝ることは無いよ」
「あやなみ?」
 レイがキョトンとシンジに尋ねた。
「あ、ごめん、そう言えばまだ名前を聞いてなかったよね?」
「…レイ」
 レイの返事に、シンジはやっぱりと思ってしまった。
「みんなは、セカンドって呼んでたけど…」
 それが本当の名前なの。
 そう呼んで欲しいと、シンジの心に直接お願いが届けられた。
 微笑むシンジ。
「さ、行こう?、レイ…」
「うん…」
 怖々と、だが差し伸べられた手に抗えないレイ。
 どこに向かえばいいのかも分からずに、シンジはただただうろついていた。


「こんちくしょうー!」
 アスカは集中砲火に対してATフィールドを張ることしかできなかった。
「数は減らしたはずなのに!」
 だがまだまだラミエル達は残っていた。
「どうすりゃ良いってのよ!」
 火線が激し過ぎて、ペンペンは近寄ろうにも近寄れない。
 ただうろうろと慌ててしまっている。
 巨大化してもATフィールドそのものの強さが変わるわけでは無い。
 だからアスカは小さいままで、少しでも攻撃を受ける面積を小さくしていた。
 アスカの背後では、地球から巨人が立ち上がろうとしている。
 まだへその辺りまでしかない、だがずるずると地球の表面を流れる大気を吸い取るように体を造り、その腕を月に向かって伸ばしていた。
「あれに捕まったらただじゃすまないでしょうね?」
 焦る。
 ラミエルの攻撃によって地球側に押し返されてしまっていたのだ。
 このままでは、月よりも地球の方が近くなってしまうかも知れない。
 頭がガンガンする…
 寂しいの…
 苦しいのね?
 もういいでしょ?
 アスカに休めと言う声がする。
 それはあの巨人の声だと分かっていた。
 だからこれ以上近寄りたくなかったのだ。
「アダム、あんたの思い通りになんてならないわよ!」
 アスカは頭痛と囁きを振り切るように、何故だかアダムに向かって叫んでしまった。
「レイ!、そこに居るんでしょ!」
 ピク…
 伸ばされた指先が、一瞬硬直して固まった。
「あんたバカァ!?、一度や二度うまくいかなかったからって、すぐに落ち込んで逃げ出して…、そんな根性無しをライバルだと思ってたなんて、あたし情けなくって涙が出て来るわよ!」
 ズル…
 アダムの首元から、波打つように表皮が額に向かって動き出した。
「綾波…、レイ?」
 ユイの顔が綾波の顔にすり変わる。
 同じなのは赤い瞳と白い肌。
「それで良いのよ!」
 アスカは驚喜して叫んでいた。
「さあ、あんたは何を求めてるのよ!」
 アスカの問いかけに、綾波は瞳を大きく見開いた。



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