「そこまでよ」
シンジは右往左往している間に、リツコ達に追い付かれていた。
「どこへ行くつもりだったのかは知らないけれど、ここは宇宙よ?、逃げられるわけないわ」
もっとも、インターフェイスでもあれば別でしょうけど…
リツコはあざ笑うかの様にシンジを見た。
「でも、今戻らなきゃ、綾波が…」
「仕方が無いのよ、もう…」
ああなってしまったのは、あなたの責任だから…
その目がそう言っているように聞こえていた。
「さ、セカンド、こちらへいらっしゃい?」
手を差し伸べる、だがレイは脅えたようにシンジの背中に隠れてしまった。
驚くリツコ。
「まさか、セカンドを!」
手なずけたのか…
リツコの背後に、壁から湧き出るようにサキエル達が現れる。
リョウジは更にその後ろで、神妙な顔を作っていた。
「サキエル!」
「くっ!」
リツコの命令に従って一斉に飛び掛かる。
シンジは体の正面で両腕をクロスさせた。
バキィン!
3体のサキエルが弾き飛ばされた。
「ATフィールド!?」
シンジは八角形の壁を作り出していた。
顔を上げる、その力も自覚している。
「…無駄ですよ」
シンジは脅すように声を低くしてリツコに答えた。
「僕はもう、エヴァンゲリオンとの通じ方を知っているから…」
ドォン!
背後の扉が爆発した。
「きゃあ!」
慌ててサキエルにしがみつくリツコ。
空いた隔壁から、空気が外に流れ出していく。
サキエルは壁に剣を突き立てて踏ん張った。
穴を開けたのもシンジだ、その両端に手を引っ掛けて、吸い出されるのをなんとか耐えた。
そのシンジの体に抱きつくレイ。
「大丈夫?」
胸元でレイはコクンと頷いた。
しがみつくように、シンジの体に腕を回している。
二人の背後、宇宙空間には底無しの海ではなく、真っ赤な大地が広がっている。
「サード…、チルドレン」
ぞっとするリツコ、それはアダムの瞳だった。
まだまだ距離があるというのに、その大きさは計り知れない、すでに地球よりも巨大な上半身を作り出している。
股間部から下は、地球と半ば融合してしまっていた。
「だけど!、インターフェースは無いのよ?、いくらあなたでも、変身無しには窒息してしまうわ!」
ゴオオオオオ…
空気が流れ出している、シンジはリツコの叫びを何とか聞き分けていた。
「恐い?」
レイに視線を落とす、レイは見上げるようにして首を振る。
「ううん」
気丈にも否定するレイ。
だが言葉とは裏腹に、表情は強ばってしまっていた。
でも…
「あなたが…、勇気を持たせてくれたから」
シンジははっとした。
勇気?
綾波は絶望を感じていた。
空しさで、包み込まれていた…
だがシンジと言う希望を見付けて、希望を持って、変わっていった。
そしてこの子もだ…
それが目の前の子にも当てはまっていることに気がついた。
勇気を見付けたから、変われた。
脅えてた…、恐がってた、でも変わろうとしている!
シンジの中で、何かピンと来るものがあった。
空しさを希望で…
臆病な自分を勇気で!
そうか、そういうことか、綾波!
シンジはレイの瞳を覗き込んだ。
レイの瞳が弾けて迫る。
「んぐ!」
シンジは唇を合わされてしまった。
シンジの手が拍子に滑り、虚空の中へと投げ出されてしまう。
「死ぬつもり!?」
「ぬっ!」
さすがに焦りの色を浮かべるリツコとリョウジ。
ガカッ!
自動修復される隔壁、だが閉じられる寸前、リツコ達は抱き合う二人から発せられた、紫色の閃光を目にしていた。
碇君が居るから…
碇君が居たから…
声が聞こえる…
希望なんだ、僕は…
綾波の。
この想いを、この子に…
ずっと見ててくれたんだ…
ずっと側に居てくれたんだね?、母さん!
シンジは母の面影を、エヴァの中に見付けていた。
唇が何かに触れている。
それが小さく、しかしはっきりと動きを刻んだ。
シンジはその動きに合わせて言葉を紡ぐ。
エ…ヴァン、ゲリオン…
そしてシンジは、紫色の閃光に包まれていた。
ゴオオオオオ…
空気が無いためか、その光はとても大きく瞬いていた。
「な、なんなのよ!」
質量を持った光…、とでも言うのだろうか?、光がガギエルを、アスカを押し飛ばそうとしている。
「シンジなの?」
光が一気に収束した、その中心に、紫色のエヴァンゲリオンの姿があった。
「シンジ!」
アスカの叫びに、顔を上げるエヴァンゲリオン。
その胸元には、いつもの赤い玉の存在は無かった。
「コアへの変換も無しに変身するなんて…」
ブリッジに戻ったリツコは、次々と飛び込んで来る情報に驚きを隠しえなかった。
「ついに目覚めたのか、あの子が…」
リョウジの呟きは、リツコは食ってかかる口実を与えてしまう。
「これもシナリオの内なのね!?」
ニヤリ…
加持はいつものように、うすら笑いを浮かべてごまかした。
レイが居る…
シンジは腕を広げた。
乙女のように祈りを捧げている少女の存在を感じている。
背中から伸ばされた腕が、シンジの手に合わさった。
シンジの動きに合わせて、その手が動きを合わせてくれる…
エヴァがゆっくりと手をあげた。
その先にアダムが…、綾波が居る。
(感じるんだ…、あれは母さんじゃない、他の誰でも無い、綾波だ!)
瞬間、エヴァの姿がかき消えた。
「きゃあ!」
途中にいたアスカが悲鳴を上げた。
「一体!?」
光速に近い勢いでシンジが飛び込んでいく。
その余波にあおられたアスカ。
(綾波!)
シンジの絶叫に、返事は無い。
(そこにいるんだろ?、応えてよ!)
シンジの声が、綾波を撃つ。
(ずっと側に居るから…、今度は離さないから、二度と離さないから、綾波!)
シンジ…
その声が聞こえてしまうアスカ。
しかし今は、悲しげに目を細めて見守ることしかできない。
ズ…
アダムの腕がシンジに向かって伸ばされた。
(綾波、忘れないで、飲み込まれないで、自分が誰かと言うことを、流されないで、人の想いに、綾波の想いは、綾波だけのものなんだから!)
アダムの額に亀裂が走る。
縦に一筋、ピリピリと音がして裂け始めた。
(綾波には綾波の自分がいる、僕の中には僕から見た綾波がいる、どれも違う綾波だけど、どれも同じ綾波なんだ)
第三の目が現れた、それは虚空を思わせる漆黒の瞳だった。
(綾波はもう一人じゃないんだ、みんなの中にも綾波はいるんだ、綾波を思う気持ちも、綾波が思う気持ちも、どれももう一つじゃないんだ!)
ブシュウ…
その眼から血が吹き出した。
(い…かり、くん…)
青い手が伸びる。
何かを求め、つかもうとあがくように、強く、強く、強く、もがく。
(綾波ぃ!)
シンジはまっすぐに飛び込んだ。
手が触れ合うまで後少し。
だがシンジを追い越すように、赤い閃光が走り抜けた。
「ロンギヌス砲!?」
振り向くアスカ、ガギエルが口を開いていた。
「またくるの!?」
月の更に遠くに逃げさりながら、ガギエルは次弾の装填を行っていた。
(綾波ぃーーー!)
喉元から背中に槍が抜け、吹き出した血の勢いに押されるかの様に、アダムが地球ごと倒れ込もうとしていた。
真っ赤な鮮血が、槍にくだかれた星を染める。
「あれは?」
アスカは見た。
ガラスのように割れてしまった地球の中に、黒い球体が埋まっているのを。
(碇君!)
(綾波!)
再びお互いの指先が触れ合おうとする。
(今度は…)
(今度は!)
((離さない!))
繋がった、絡め合う指先、ずるりと引き出されるように、一つ目の青いエヴァンゲリオンが、体をアダムから抜き出した。
(碇君!)
シンジは綾波を抱きしめた。
好きだから…
好きなんだ!
嬉しさが込み上げる。
二つの心が、一つに溶け合う。
そして、最強の魔神が誕生した。
「こんな…、ことがありえるなんて」
呆然とするミサトの呟き。
ニヤリと笑むゲンドウ。
「これがエヴァの…」
「ああ、本当のエヴァリオンだ」
黄金色の閃光が、世界をあまねく照らしていた。
アダムがくだけ散った、光の粒子となって消えていく。
その中に、エヴァンゲリオンの姿があった。
エヴァンゲリオン、オリジナル。
ただ一つ違っているのは…、その背中に、十二枚の光り輝く翼を広げていることだった。
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