顔が翼の光に影になってしまっている。
 だからエヴァの表情はよく分からない。
 しかし瞳の輝きは別である。
 少し見開かれ、すぐに細く引き締められた。
 そして右腕を高々と振り上げるエヴァンゲリオン。
「銀河系外より、高速で移動してくる物体を確認!」
「まさか、ロンギヌスの槍!?」
 焦るリツコの目の前で、モニターの中のエヴァが赤い槍をつかもうとしていた。
 一筋の赤い光となって飛んで来た槍が、手のひらの上でぴたりと止まる。
 一つずつ確かめるように指を閉じ、エヴァンゲリオンは槍をつかんだ。
「第二射、急いで!」
 急かして、今度は肉眼で確認した。
 数十万キロまで距離を空けている。
 肉眼でオリジナルの姿は米粒ほどの大きさにも見えない、だがその黄金色に輝く羽は、月と、地球と、太陽を背負うかの様に、一つの視界に収まらないほど、大きく両翼を広げていた。
「s機関臨界点を突破!」
「ロンギヌス砲、発射!、ラミエル!!」
 ガカッ!
 ガギエルの顎、その口腔の奥から赤い光が迸った。
 真っ直ぐに伸びていく狂気の力。
 同時にラミエルも合体を完了していた。
「エヴァンゲリオン、投擲体勢を取りました!」
 マヤが悲鳴を上げた。
「ロンギヌスの槍、来ます!」
 翼の根元から、高速を超える勢いで、ロンギヌスの槍が撃ち放たれた。
 射線はロンギヌス砲と同じだったが、しかし一瞬たりとも押しとどめられることなく、そのエネルギー波を打ち散らし、ガギエルに向かって肉薄した。
 だがそれを受け止めたのは、合体したラミエルのATフィールドだった。
「持ちこたえて!」
「ダメです!」
 マコトは送られて来る情報に悲鳴を上げた。
 バフゥ…
 ねじられたような形をしている槍の、そのねじれの部分が呼吸を行った。
 再び勢いを取り戻し、ATフィールドとラミエルを蹴散らすロンギヌスの槍。
「!?」
 グガガアアアアアン!
 激震に見舞われる。
 皆が皆、死の恐怖に取り付かれた。
「きゃああああああああ!」
 一番悲鳴を上げたのはマヤだった。
 ゴゴゴゴゴ…
「……?」
 だがいつまでたっても、破滅の時は訪れなかった。
 顔を上げるリツコ。
 一体、何が?
「どうやら見逃してくれるらしい」
「え?」
 リョウジは腕を組んでモニターを見ていた。
 その中でエヴァの瞳が、「去れ」と物語るように細められている。
「こりゃまた、気前のいいことで…」
 リョウジの苦笑に、くっと歯噛みするリツコ。
「後悔させてやるわよ、必ず…」
 リツコは親の敵以上に、紫色のエヴァンゲリオンを強く強く、きつく睨み付けていた。


「帰ってく…」
 アスカはペンペンに再び取り付きながら、ガギエルの動きを追っていた。
 エヴァテクターの視界に距離は関係ない、ガギエルの背後の空間が揺れ、レンズ状に歪んだ次元に姿を隠すのを確認していた。
「はっ!、シンジは!?」
 翼が折り畳まれていく。
 と同時に、エンジェリックインパクトも解かれていた。
 世界に色彩が戻っていく、後には元どおりの地球が輝いていた。
「シンジ!」
 重力に引かれて落ちていく。
「まったく、世話が焼けるんだから…」
 アスカはペンペンを向けさせた。
 追いかける自分の姿が、綾波とシンジの構図にあてはまる。
 でも、だからって…
「もう離れられないのよ、このあたしも!」
 アスカの体が輝いた。
 巨大化、エヴァンゲリオン化し、ペンペンの頭から背中に移動する。
「くっ!」
 アスカはシンジをつかまえた。
 自分達をATフィールドで包み込み、空気の抵抗を切り裂き安定させる。
「バカ、無理しちゃって…」
 シンジの額をつつくアスカ。
 シンジは黙り込んでしまっていた。
 アスカはその体を、とても愛おしげに抱きしめていた。


 ザバァン!
 ケンスケがカメラを構えている。
 雨のように降り注ぐ水。
 トウジはいつものようにほおけて、ヒカリは感動に涙を流していた。
 腕を組み、誇らしげにしているゲンドウとミサト。
 その目前で、着水したペンペンから、二体のエヴァンゲリオンが降り立った。
「今回は、危ない橋も多かったですね?」
「ああ…、だがよくやったな、シンジ」
 ザバァ…と、水をかき分けて上陸するエヴァパトス。
 まだオリジナルは抱えられたままだ。
「アスカー!」
 ヒカリが手を振った。
 それに返事をするように、両方ともが変身を解く。
「…お出迎えごくろー!って、やっぱスーツって重要よねぇ?」
 アスカは冗談めかしてポーズを取った。
 プラグスーツが体のラインを際立たせている。
「バカ、…似合ってるわよ」
 ヒカリは目元の涙を拭い去った。
「さて、バカシンジはっと…」
 心を構えるアスカ。
 シンジにはもうあの女が居る…
 もしかすると、もういらないと言われるかもしれない。
 アスカは泣き出しそうになるのを堪えていた。
 紫色の閃光が小さくなっていく。
 途中で、一旦二体に分離した、マスターとオリジナルだ。
 サイズは更に小さくなっていく。
 パアアアア!
 最後に真っ白な光が放たれた、目が眩む。
「シンジぃー!」
 アスカは駆け出していた。
 まだ眩しくて何も見えない。
 だがこれ以上待っていれば、きっと泣いて逃げ出してしまうだろうから…
 だからアスカは、それよりも先に飛び込んでいった。
 シンジの胸に。
「シンジ!」
 グニュ!
 だがアスカは、その感触に驚いた。
「え!?」
 顔を上げる。
 赤い瞳がアスカを見ていた、レイだ。
「あ、あんたがなんで…、ああ!」
 シンジをギュッと抱きしめている。
 やっぱり二人は裸なのだが…
「ちょっとシンジを離しなさいよ!」
 アスカはとにかく、レイを突き飛ばそうと身構えた。
 しかしぐいっと肩を引っ張られてできなかった。
「そうよ、あなた碇君を離しなさい!」
 そこにもやはり、青い髪と赤い瞳をした少女がいた。
「え?、え?、え?」
 きょろきょろと、二つの顔を確認するアスカ。
「ぞ、増殖してるぅ!」
 どっしぇーーー!
 この騒ぎの中で、シンジはやはり忘れ去られてしまうのであった。



続く



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