あれから三日、シンジたちはそれなりに平穏な日々を送っていた…
「ほらさっさと起きなさいよ、バカシンジって、きゃー!」
 アスカは布団をめくるなり固まった。
「なに一緒に寝てんのよ!」
「しょうがないだろぉ、夜泣きするんだからぁ…」
 寝ぼけ眼で起き上がる、隣にはレイ・セカンドが体を丸めて眠っていた。
「ん…」
 まだ眠いのか、身じろぎするだけで動こうとしない。
「僕だって嫌だよ、狭いんだもん、暑いし…」
「そりゃ暑いでしょうねぇ、あー熱い熱い」
 何だか刺があるなぁ…
 そりゃ当たり前かと納得する。
「とにかく!、早くあいつのご飯を食べて上げなさいよ」
「碇君…」
 お盆を手に突っ立っているレイ。
「あ、ごめん綾波、ほらレイも起きて…」
「ずるい…」
 かちゃりとお盆を起きながら、レイはシンジに抗議した。
「え?」
「レイって、呼んでる…」
 しばし考え込むシンジ。
「あんたバカァ?、こいつも名前で呼ばれたいって言ってんのよ」
 で、でもっとシンジはどもった。
「だって、綾波は綾波だろ?、でもレイは他に呼び方が無いだけじゃないか…」
「違うもの…」
 ぼそりと漏らすレイ、唇が尖っている。
「綾波というのは、便宜上所長が付けてくれただけだから…」
「父さんが!?」
「だから、本当の名前ではないの…」
 そうだったのか…
 シンジは激しく苦悩した。
「じゃあどうしようか?、同じ呼び方だと困るし…」
 まだ眠っているレイ・セカンドの胸倉をグワシ!っとつかみ、レイは無理矢理引き起こした。
「あ、綾波!?」
「譲って」
「なに?」
 寝ぼけた瞳が問い返す。
「名前、わたしもレイと呼ばれたいから…」
 同じ赤い目が見つめ合った。
 だが片方には強気が宿っているのに対し、セカンドの目には涙が滲んでいる。
「わかったわ…」
「そう、よかった」
「綾波!」
 ビクリと体を硬直させるレイ。
「碇君?」
「レイが脅えてるじゃないか…」
 レイは自分と同じ顔を見た。
「力づくで、いけないよ、そんなこと…」
 ビクビクと顔色をうかがうように身を縮こませているセカンドに気付く。
「…ごめんなさい」
 レイは自分が何をしたのかを悟った。
 碇君の優しさを踏みにじった…
 相手よりも、その事の方が気になってしまう。
「わたしは、今まで通り綾波でいいわ」
「それもダメだよ」
 シンジは、今度は優しく微笑んだ。
「僕は綾波の気持ちを知ってしまったから…」
「だからどうするってのよ?」
 しばし考え込むシンジ。
「…うん、でもやっぱりレイって呼ぶよ、二人とも」
 シンジは顔を上げた。
「その方が良いと思うし、顔を見ながら声を掛ければ、きっと間違うことは無いよ」
 ね?っとシンジは二人に微笑んだ。
「「うん…」」
 同時に赤くなる二人。
「じゃあ話もまとまった所で、さっさとご飯にしてくれない?」
 アスカは妙にそわそわしている。
「どうしたのさ?」
「湖の方でお祭りがあるんだって」
「あんなことが起こってるのに?」
 シンジの懸念はもっともで、UFO到来とテレビ局が騒ぎうろついていた。
「ま、いいんじゃないの?、あいつらも戻ってこないみたいだし」
「だといいんだけどさ…」
 シンジはパンを手に取った、アスカに張り合っていたためか、レイもすっかりこの手のものまで作れるようになっている。
 …そういえば、アスカはこのところ作ってくれないけど、どうしたんだろう?
 シンジはふと気になって、アスカの顔色をうかがった。
「なによ?」
「あの…、どうして朝ご飯作ってくれなくなったのかなって」
 呆れるアスカ。
「あんたねぇ、この女に作らせてるだけじゃ飽き足りないってぇの?」
「そ、そんな意味で言ったんじゃ…」
それに、もうあたしのはいらないんじゃない
「え?」
 いま何か言った?
 はっとして我に返り、アスカはごまかすように背を向けた。
「なんでもないわよ!、下で待ってるわね」
 駆け出すように出て行くアスカ。
 一体どうしちゃったんだろう?
「ねえ、レイ?」
「なに?、シンちゃん…」
 ちょっとだけ間が空いた。
「…恥ずかしいね、これ」
「…うん」
 隣ではセカンドが再び眠りこけ、廊下ではアスカが体中を掻きむしっていた。

第拾弐話 Rei the 2nd

「おはよう、父さん」
「ああ…」
 いつものようにキッチンで新聞を広げているゲンドウ。
 ばさりと紙面がめくられ、新聞が音を立てる。
「どうした?、用があるなら早くしろ」
「うん…」
 だが聞けないでいる、実はこの三日間、ずっとこの調子になっていた。
 ねえ?、母さん、本当はどうして死んだの?
 その事が聞けないままになっていた。
 聞けないのは、僕が父さんのことを信用してないからだ…
 本当はどうなのか知らない、だがリツコの言葉を信じるのなら、父は多くの人を犠牲にして生き残っていることになる…
 だから、父さんはいつも申し訳なさそうにしているのかもしれない…
 シンジはやはり今は聞くまいと決めた。
「あの、アスカが言ってたんだけどさ、お祭りって…」
「ああ、水神祭だ」
「水神…」
「安心して行ってこい、フォローは葛城君がしてくれる」
「ミサトさんが?」
 きょろきょろと見回すシンジ。
 …そう言えば、今日は姿を見てないな。
「そのために、彼女はここに居るのだからな」
 ゲンドウは再び、新聞のページをばさりとめくった。


「やっぱおなごっちゅうのは、ええもんやのぉ…」
 じじ臭いよ、トウジ…
 とは思いつつも、内心ではシンジも同意見だった。
 ケンスケは行動で示している、カメラのディスクはものすごい勢いで消費されていた。
「ちょっと胸元がきついかなぁ…、ねえ、ヒカリぃ?」
「そりゃアスカはね…」
 アスカは赤、ヒカリは青、それぞれ薄い色の浴衣を着ている。
「はい、こっちの準備もできたわよ?」
 隣の部屋からレイ×2を連れて出るミサト。
「どう?」
 二人は白の浴衣だった、頭にはそれぞれ色違いのリボンを結んでいる。
 レイは赤、セカンドは黄色だ。
「技の一号、力の二号ってわけね?」
「アスカ、それ違ってる…」
 ぼける女の子達。
「似合うよ、二人とも」
 シンジは無邪気に喜んだ。
「ありがと…」
 だがレイにいつもの生彩は無い。
 セカンドはセカンドで、申し訳なさそうにたたずんでいる。
「二人とも全く同じだから気にしてるのよ…」
 アスカの囁きにシンジも気がついた。
 そっか、同じ顔してるんだもんな、自分だけ誉めてもらいたいのかな…
 セカンドはそんなレイに負い目を持っているのだと分かった。
「さ、みんな準備できたわね?、それじゃ、しゅっぱーつ!」
 一番張り切っているのは、どうやらミサトのようであった。


「もう!、どうしてこんなに人だらけなのよぉ!」
 到着するなり、アスカはいきなり切れていた。
「しょうがないわね、UFO騒ぎが治まってないんだし…」
 苦笑するミサト、後ろにはトウジとレイがついてきている。
「ここです、ここに宇宙人が降りて来たとの情報も…、おや?、あの湖に沈んでいるヘリの残骸はなんでしょうか?」
 レポーターが騒がしい、それだけでなく露店なども浜辺を埋めつくすかの様に出店されていた。
 ロープで区切られただけの即席で作られた駐車場には、近隣からの観光客が場所を争ってすき間を詰めている。
「あ、リンゴ飴!、買っちゃおっと」
「それより良いの?、シンジ君は…」
 はしゃぎ、髪の跳ねるアスカに声を掛ける。
「良いの良いの、シンジにはあいつが居ればいいんだからさ」
 そう言って、リンゴ飴をペロッと舐める。
「違うわ、必要なのはあたしよ」
 はいはいっとレイを軽くあしらう。
「どっちだっていいわよ、あたしには関係無いんだからさ…」
 顔を見合わせるトウジとミサト。
「アスカ、どうしたの?」
「なんや、お前らしゅうないで…」
 リンゴを舐める仕草が止まる。
「…つまんない話よ!、良いじゃない、ほらこんなに面白そうなんだからさ、あんたも楽しみなさいよ!」
 そう言って、アスカはレイの手を引っ張った。
 この人、辛そうにしている…
 だが一番辛く感じているのは、本人すら気付いていないレイであった。


「もう!、ケンスケがうろうろするからはぐれちゃったじゃないか!」
 シンジの憮然とした言葉にも動じない。
「いやぁ、今年はこのまま収穫無しかと思ってたんだけどさ…、おお!、見ろよあれ桜井モトだぜ?」
「ええ!?、あ、ほんとだ」
 乗り出すシンジに呆れるヒカリ。
「…碇君って、以外とミーハーだったのね?」
「え?、そ、そっかな?」
「そうだよ、でもこいつ、人見知り激しいからさ」
 何気ないケンスケの言葉に興味を惹かれる。
「ケンスケ…」
「いいじゃないか、シンジはちょっとでも敵意を持たれると、もう押し黙って逃げちゃってたんだ」
「ふうん…」
 なんとなくセカンドを見てしまうヒカリ。
「…綾波さん達って、どこか碇君に似てるのね?」
「ごめんなさい…」
 うつむくセカンド。
「あ、あの、謝るようなことじゃないのよ?、ただそう思っただけで」
「でも…」
 わたし…
 レイは口を閉ざしてしまう。
 シンジはそんなセカンドに微笑みかけた。
「でも、レイは見つけたでしょ?」
 その言葉に、はっとして顔を上げるレイ。
 勇気を…
 シンジの笑みに答えるように、レイもまた微笑を浮かべることができていた。



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