「あ、いたいた、おーい」
 呑気に手を振るシンジに、アスカは苦笑いを浮かべるしか無い。
「なにが「おーい」よ、あんた何処で何してたわけ?」
「それが…、レイが急に恐がっちゃって」
 後ろを見る、セカンドは人影が見える度にびくりと脅えていた。
 シンジのシャツをつかんだまま放そうとしない。
「ここなら人が少なそうだからさ…」
「あっきれたわねぇ、じゃあこいつを探しに来たんじゃないの?」
「あなたを…でしょ?」
 小さく、アスカだけに聞こえるように抗議するレイ。
 ちらりと向けられた視線が、レイに激しく後悔させた。
 寂しげな瞳…
「もちろんみんなも探してたよ、あれ?、トウジ達は?」
「さあ?、はぐれちゃった」
 肩をすくめる。
「そっちこそヒカリはどうしたのよ?」
「…ケンスケを放っておけないって」
 笑ってしまう。
「あのバカ…」
「テレビ局の美人レポーターが揃ってるって叫んでたよ」
 道路から、下の浜を眺めやる。
「だからって、あんた達を二人っきりにするなんてねぇ?」
 そんなシンジを、アスカはにやにやと笑ってからかった。
「なんだよ、刺があるなぁ…」
「あんた雰囲気に弱そうだからね?、大方この子に…」
 セカンドがびくっと脅えた。
「守ってぇ?、なぁんて言われて、その気になっちゃってんじゃないの?」
「アスカ、やめなよ…」
「やめないわよ、第一この子のことはどうすんのよ?」
 レイをぐいっと前に押し出す。
「ほら、あんたがかまってくれないからすねちゃってるじゃないのよ」
「そうなの?」
 シンジはきょとんとレイに尋ねた。
「…碇君冷たい」
 一応、本音は話しておく。
「あ、ご、ごめん、気がつかなくて…」
 レイは分かっていてもセカンドを睨んでしまう。
「恐い…」
 ますます脅えて、シンジにぴったりとくっつくセカンド。
 ピク…、レイの後頭部に青筋マークが浮かんだ。
「ほらそれがいけないっての!」
「だ、だって、レイってなんだか子供みたいで…」
「なに母性本能剥き出しにしてんのよ、あんた一応男でしょうが!」
 これにはシンジもムッと来た。
「わかってるよぉ、もうアスカってば小姑みたいなんだから…」
「なんですってぇ!?」
「そんな、歳なの?」
 つい訊ねてしまうセカンド。
「違うわよ!、ほらあんたも何とか言いなさいよ」
「小言が多いのは歳のせいだもの、仕方が無いわ」
 ブチッと切れるアスカ。
「はいはいわかりましたよ!、ばあさんは用済みってわけね?、もういいわよ!」
 怒ってずんずんと行ってしまう。
「あ!、何処行くんだよアスカ!」
「お幸せに!」
 怒りに振り向きさえしないアスカであった。


 怒りに合わせて足を踏み鳴らす。
 シンジたちから離れるにつれて、人の声も遠くなっていた。
「あたし、なにやってるんだろ?」
 悲嘆にくれてしまう。
「ばっかみたい、あいつらの仲取り持っちゃってさ…」
 ふうっとため息をついてしまった。
 ついでに歩くのをやめて、ガードレールに腰掛ける。
「なんか…、後悔ばっかりしてるわね、あたし…」
 シンジの手紙をバカにした時も…
「でも、もう遅いじゃない…」
 シンジは、綾波を選んだのだから。
「あたしの居場所は、もうないんだ…」
 アスカは途方にくれていた。


「もう!、いい加減にしなさいよね!」
 カシャカシャとシャッターを切っているケンスケに文句を言う。
 こうなったら、首根っこ引っ張って…
 もはやそれしかないのかと、ヒカリは浴衣の袖をまくり上げた。
「なあ…」
 ふいに神妙な声を出すケンスケ。
「え?、なに?」
 はたと我に返るヒカリ、慌てて赤くなって袖を下ろした。
「惣流、変だと思わないか?」
「…うん」
 気付いてたんだ。
 ヒカリは感心した。
「あいつの表情、ここに来る前に戻っちゃってるんだよな」
 ファインダーごしにヒカリに確認する。
「そう思わないか?」
「うん、妙に明るくて…、まるで自分を作ってるみたいで」
 二人とも、同じようにアスカを見ていた。


「ねえアスカ?、…アスカってば!」
 夏休み初日。
 二人は喫茶店で、明日からをどう過ごすか相談していた。
「あ、ごめぇん、海に行くんだっけ?」
 気まずげに笑いを浮かべるアスカ。
「…アスカ、やっぱり電話してみれば?」
「え?」
「碇君!、…あれから話してないんでしょ?」
 アスカは一瞬だけうろたえた。
「や、やぁねぇ、このあたしがあんな奴のこと気にするわけないじゃん」
「うそ」
 一瞬頬が引きつる。
「…あんな奴と仲が悪くなったからってどうだってのよ?、あたしはあたし、惣流・アスカ・ラングレー様よ?、今更敵の一人や二人、増えたからって」
「ほお、そないに思とったんかいな」
「「鈴原!」」
 驚く二人。
 ケンスケも居た。
「いや、外から見えたもんでさ、なにしてるのかなって…」
 後頭部を掻く、まさかこんな入り込んだ話しをしているとは思ってもいなかったのだ。
 どかっとヒカリの隣に腰を下ろすトウジ。
「冷たい女やと思とったけど、まさかそないに冷血やったとはなぁ」
「なによ…」
 口を尖らせるアスカ。
「まあまあ…」
 ケンスケは苦笑しながら、怖々とアスカの隣に座った。
「あたしを好きだってんならそれはそれでいいわよ、だけどだからって、何であたしがそれに合わせなきゃなんないわけ?、あたしはこういう奴なの!、悪かったわね」
 と、コーラをブクブクとストローで吹く。
「そうよ、あたしはあたし、変わるもんですか」
「そうやってまた自分を作るの?」
 ヒカリの一言が突き刺さった。
「ヒカリ…」
「自分をごまかして、心を隠して…、あたしもう見てられない!」
 バッと顔を伏せてしまう。
「ちょ、ちょっとやめてよ、ヒカリが泣くことないじゃない」
「あたし知ってるもの…、アスカがまだ日本語がちゃんと話せなかった時、周りに合わせて無理に笑って、そんな自分を嫌ってたの、知ってるもの…」
 そっと差し出されるハンカチ。
 トウジの自然な動きに、ヒカリは素直に受け取った。
「だからアスカが他人に合わせるのを一番嫌ってるって知ってる、でも変えて良い時もあると思うの、でないと、苦しいよ…」
 アスカもまた顔を伏せる。
「…そんなの、できるわけないじゃない」
 親友の言葉はありがたかった。
 でも、そんなのできない!
 人の目を気にするのは、もうごめんだった。
 二人とも、そのまま固まって動かなくなる。
 トウジはふうッとため息をついて席を立ちあがった。
「お。おい、トウジ」
「行こうや、この女はこのままの方が幸せやで」
「鈴原!」
 キッと睨むヒカリ、滲んだ涙が少し散った。
 真剣な瞳、だがトウジもこの時ばかりは引かなかった。
「…シンジな、引っ越しおったんや」
「え!?」
 驚き、顔を跳ね上げるアスカ。
「ほんとだよ、今日行ってみたらさ、父親の所で暮らすことにしたんだって…」
「うそ?」
「ホントだって、前から呼ばれてたらしいよ…、けど、もうこっちには居られないからって…」
 トウジはくしゃっと伝票を握った。
「あいつは父親と母親に捨てられおったんや」
 ドキッとするアスカ。
「それから友達にも、大人にも、先生にまでいらんと言われおった」
 本当だった、いじめられっ子であるシンジは、別の意味で手のかかる問題児だったのだ。
 だから担任も見捨てにかかっていた。
「シンジが世話しとったカナリア、あれが最後の絆やった…」
 悔しげに唇を噛む。
「わしらやと、あかんかったんや」
 トウジは背中を向けた。
「わしはこれ以上なにもいわん、そやから自分で決めぇ、そやけどなぁ、とどめさしたんはお前や、それだけは忘れんな!」
 そして注文もしていないのに支払いに向かう。
「恥ずかしい奴…」
 そんな親友に苦笑してしまう。
「ま、ああいう熱血な奴だから仕方が無いんだけどさ」
 トウジを追いかけるために立ちあがる。
「俺達会いに行こうと思うんだ、シンジに」
「え?」
「だからさ、日にちが決まったら電話するから」
「あ、あたしは、別に…」
 めったにない真剣さでケンスケは口にした。
「優しいよな、惣流は…」
「優しくなんて無いわよ!」
 優しくなんて…
 涙が滲む。
「気にすることないんだよ、シンジのことなんて…」
 ケンスケはカメラを構えた。
「みんなとっくに忘れて楽しんでるぜ?、シンジをいじめてた連中は」
 かしゃっと一枚。
「なのにずっと気にしてんだから、優しいんだよ」
 だから心が苦しいんだよ…
 その時の写真は、ケンスケの宝物になっていた。


 懐から、パスケースに入った写真を取り出す。
「シンジと綾波とじゃれてる惣流って、ほんとに生き生きしてるんだよな」
 ヒカリは複雑そうな顔を作った。
「学校では見れなかったよ、あんな惣流」
「相田君、アスカのこと…」
「それはないよ」
 閉じて、しまう。
「カメラマンってのはさ、奇麗に写すために好きになるんだ、被写体をね?」
 だから良く見えるんだよな、惣流の変化が…
 ケンスケは、自分に言い聞かせるように呟いていた。



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