そう、あたしはあたしよ…
 気合いを込めるアスカ。
 変わらないんだから。
 空を見上げる、夜。
 シンジが好きになってくれた頃のあたしのまま…
 隣を見る。
「なに、考えてたの?」
「このままじゃ、すぐ夏休み終わっちゃうなってね?」
 アスカはシンジに微笑んだ。
 昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、今は水神への奉納が行われている。
 やぐらが組まれていた、その周りで踊っている人達。
「ごめんね?」
 アスカはしおらしく頭を下げた。
 二人だけで、ガードレールに座っている。
 他のみんなは、踊りの輪の中に混ざっていた。
「こんな所にまで押し掛けて来て、迷惑だったわね?」
 何を今更…
 苦笑してしまうシンジ。
「そんなことないよ…」
「優しいわね…」
 アスカは自然と、シンジの肩に頭を預けていた。
「ちょっとだけ…、いいでしょ?」
「いいけど…、どうしたのさ?、この間から変だよ?」
 アスカは自分からは答えたくなかった。
「なんだかアスカらしくないよ…」
 胸が苦しくなる。
 だめよ、この後こいつは、あの子に返してやんなきゃなんないんだから…
 その想いが、アスカに自重させていた。
 叫んじゃいけない…
 あたしは…、シンジの事が気になっている女の子のままなの…
 だから、こんなに弱くなってない。
 自分に言い聞かせる、シンジが好きかもしれない、勝ち気な女の子のままだと。
「バァカ…、なにその気になってんのよ?」
 わざと口調を強くする。
「あんたにはあいつがいるんでしょ?」
 遠くを指し示す。
 シンジも同じ子らを目で追っていた。
 踊りと言っても、盆踊りに近い、そこに青い髪の女の子が二人、一人はおどおどと、一人は完璧な動作で踊っていた。
「あたしは、もうすぐ帰らなきゃならないもの…」
 シンジも同時に、辛そうな表情を作る。
「そんな顔しないでよ…、もともと、二度とあたしに会うつもり、なかったんでしょ?」
 シンジはアスカの頭を押しのけるように動いてしまった。
 真っ直ぐに視線を合わせにかかる。
「けど今は…、今は、僕は…」
 しかし尻すぼみになってしまう。
「勘違いしちゃダメよ…」
 アスカは再びレイ達を追った。
「エヴァが、あたし達を繋いでくれたから…」
 そう、今になって、だから…
 認めなくちゃいけない。
「あんたとあいつは、エヴァに触れる前に、そう…」
 繋がっていた、心が。
 守りたいと決め、守られたいと望んでいた。
 無かったのよね、初めから…
「あたしの居場所なんて…」
 夜空を見上げる。
「あんた達、お似合いよ…」
「やだよ、そんなの!」
 シンジは叫んでいた。
 いなくなることが、ではない。
 レイと付き合うこと、にでもない。
 そんな風なアスカが嫌だった。
「なんでそんな顔するのさ?、どうしてそんなことを言うのさ!?」
 肩をつかむ、痛いほどに。
「シンジ…」
「やめて、やめてよ!、いつもみたいに話してよ、いつもみたいにバカにしてよ!」
 痛い!
 それでもアスカはシンジの手を払えなかった。
 なんでよ!
 それが聞きたいのはアスカ自身であった。
 アスカの方こそ知りたかった。
 どうしてそんなにうろたえてんのよ?
 知りたいと思った。
 あたしが、居なくなるから?
 少しだけ嬉しくなる。
 だめよ!
 喜んじゃダメ…
 苦痛を堪えて、すすり泣きを始めているシンジを見やる。
 優しく、アスカはシンジの頬に手を添え、顔を上げさせた。
「いや…」
 そして拒絶する。
「どうして…」
「あたしが…、苦しいから」
 アスカは最後と決めてキスをした。


(どうしたの?)
 怖々と踊っているからだろうか?、足元がおぼつかない。
(ごめんなさい、うまく踊る自信がなくて…)
 サードの顔色が優れないのを、勝手に自分のせいだと思う。
(あなたは?)
(苦しいの…)
 レイは素直に答えた。
 表情も、顔色も、いつもと違いないように見える。
(心が、痛いの…)
 想いをセカンドに見せてみる。
(辛い…?)
(そうかも、しれない)
 レイとセカンドの視線が合わさる。
(ここに居たいのに…)
(傷つけてしまう?)
 誰を?
 あの人を…
 二人のレイは、同時に赤い髪の女の子を思い浮かべた。
(碇君ではない人…)
(でも、大切にしなくてはいけないの…)
 しなくてはいけない人なのだと分かっている。
(辛いのね…)
(……)
 心と、体を共有している。
 いつしか二人は全く同じ動きをし、同じようにお互いを見ていた。
 神秘的な程の光景、淡い輝きを放つ二人。
 だがそれが人の目につく前に、平穏な一時は打ち破られてしまった。


「あれ?、流れ星だ…」
 それは呑気な一言から始まった。
「人工衛星かな?」
「お、おい…」
 だんだん大きくなって来る。
「こっち来てるみたいだ…」
「やばい!」
 逃げろー!
 誰かが叫んだ。
 弾けるように立ち上がるシンジとアスカ。
「あれって!?」
「間違い無い、感じるんだ」
 シンジは目を閉じ、敵を探った。
「いける」
 ゴオオオオオ…
 真っ赤に燃え盛る炎の尾を引き、それは一直線に湖を目指していた。
「僕がやるよ」
 強く祈るシンジ。
 みんなを、守るんだ。
「凄いわね…」
 インターフェイスを通じて感じてしまう。
「これが今のシンジなの?」
 カキィン!
 高音質の響きが鳴った、同時に金色の天幕が空を覆う。
 凄い…
 誰もがその荘厳な光景に心撃たれた。
 だが、シンジの心には空しさが去来してしまう。
 僕は、アスカを守れるようになったのに…
「何!?」
 ATフィールドが一瞬揺らいだ。
 アスカは、居なくなってしまうの?
「あんた一体何考えてんのよ!?」
「え?」
 我に返るシンジ。
「え、あ!」
 ATフィールドを解いてしまった、落下物は湖のほぼ中央に落ちる。
 ザバァ!
 蒸気が広がり、視界を奪った。
「きゃあああああ!」
 押し寄せる波が、去り際に人を連れ去ろうとする。
「もう!、何ぼさぼさっとしてんのよ!」
「ご、ごめん!」
 一瞬だけだが戻って来たアスカの雰囲気にほっとした。
「バカ!、もういいわよ!」
 照れるアスカ、蒸気が晴れた。
「あれは…」
 その向こうに居るものを注視する。
(アスカ君か)
「おじ様!?」
 いきなりの通信に、片手でインタフェースを軽く押さえるアスカ。
(気をつけたまえ、あれは新たなる敵だ)
「敵?、あれが!?」
 ゆっくりと前屈していた体を起こす白銀の者。
「だってあれは…」
(ああ、エヴァンゲリオンだ)
 そこには、白銀の獣が降り立っていた。


「あれは…」
「エヴァンゲリオン?」
 二人、引いていく波に足を取られぬよう注意している。
「綾波さぁん!」
 駆け寄るヒカリとケンスケ。
「あなたは碇君を探して」
 え?っと戸惑うセカンド。
「わたしは、みんなを…」
 そう、みんなを…
 綾波の中のアスカの存在が、その他の人達をも認識させていた。
 今なら分かる…
 シンジがさらわれてしまった時のこと。
 あの時は動揺してしまった…
 シンジがなぜ、自分達以外の人のことまで気づかってしまったのかと。
「人は、一人では生きていけないから…」
 淋しいから群れようとする。
「わたしにとって、碇君が居るように…」
 あの人にも、碇君が必要なのね?
 そして理解することができた。
 ヒカリに、トウジが必要なように、ケンスケにも誰かが必要なのだと言うことを。
 それらの考えは、よりマクロな範囲に広がっていく。
 みな、それぞれに大切な何かを、誰かを求めている…
 だから、壊してはいけない、何もかもを。
 その想いを、レイは力に変え、叫んでいた。
エヴァンゲリオン
 …と。



[BACK][TOP][NEXT]