ん…
 頭の下に柔らかい物を感じる。
 目を開く、レイが居る。
「ここは?」
「エヴァの中よ?」
 膝枕をされている。
 え!?
 驚き飛び起きるシンジ。
「ほんとだ…」
 黄金色の世界。
「でも、どうして?、さっきは変身できなかったのに…」
 レイに訊ねる。
「それは…、わたしが居なかったから」
「レイが?、それがどう関係するのさ…」
 口にしてから、シンジはレイの心の奥底にある不安を覗いてしまった。
 しまった!
 インターフェイス、心を形に変える物。
 エヴァンゲリオン、心を物質に昇華した物…
「そう…」
 レイは悲しげな瞳を向けた。
「わたしはエヴァと同じ物で造られているから…」
 それは、シンジに激しい苦悩を味あわせる言葉であった。


「エヴァンゲリオン・グロアール、まさかダミーシステムが完成してしまったの!?」
 リョウジの映像に振り返るミサト。
「いいやまだだよ、でも、あれはとても悲しい存在だ…」
 そう、あそこに写し込んである心は…
 二人の会話の意味は判らない…、だがヒカリにも、鈴原が敵に回ってしまったことだけはわかっていた。
「どうして…」
 ヒカリの頬を、涙が伝った。


「じゃあ、綾波も…」
 つい、慣れ親しんだ呼び名が出てしまう。
「うん…、あの子も作られた存在だから」
 父や、リツコのセリフが蘇る。
 人形、ありえない、心…
 そう言う事なのか…
 シンジは思わずレイを抱きしめていた。
「い、碇君!?」
 驚き身じろぎしてしまう。
 だがシンジは離さなかった。
 幾つかの真実が繋がる。
 母から抜き出された心。
 心の蓄積器。
 僕の欠けた心。
 そしてエヴァの肉体から作り出されたもの。
 レイ。
 この子は、僕の、母さんの!
 心から産まれて来たもの。
 魂のかけらから生み出されたもの。
「碇君…」
 それはレイの心配していたような拒絶ではなく、包容だった。
「碇君」
 感じる、深い悲しみ、慟哭?、でも癒されていく、なに、この感じ…
 心が、想いが溶け合っていく。
 僕の心を分けてあげる。
 わたしの心が満たされてしまう…
 だから僕にも分けて、君の想いを…
 想いを?
 想いを。
 うん…
 欠けていたものを補完し合う。
 そして紫色の巨人は、再び降臨した。


(碇君!)
(シンジ、どうして!?)
 だがアスカはすぐに決め付けた。
 あいつのために決まってるわよね?
 振り向き、再びトウジと睨み合うアスカ。
(気をつけて、あれに変身しているのは…)
(わかってる、トウジ!)
 黒いエヴァンゲリオンは、ずっと威嚇のうなり声を上げ続けている。
 …エヴァが三体相手か、さすがのワシでも、ちぃときついな。
 顔を上げる、シンジに意識を向ける。
(シンジ…)
(トウジ、どうして!?)
(これがわしの選んだ道やからや)
 トウジは一歩下がり、銀色のエヴァの腰に手を回した。
(なにを…?)
(こういうのはどうや?)
 エヴァリオン!?
 シンジの驚きよりも早く、その合体は完了していた。


 うわああああああ!
 殴り飛ばされるシンジ。
 ちょっと、話しになんないじゃない!
 アスカもたじろぐ。
 黒いエヴァを、白銀の装甲が覆っていた。
「魂が無ければ同化するのは容易い、それを教えてくれたのはシンジ君、君だよ」
 リョウジの呟きがミサトの記憶を呼び起こす。
「あの…、街での戦い」
「そうだ、シンジ君は変身も無しに彼女との融合を果たした」
 赤と青のエヴァンゲリオンが動きを押さえようと立ちふさがる。
 きゃあああああ!
 だが二人とも弾き飛ばされただけだった。
 無駄やぁ!
 腕を横に凪ぐ、それだけでATフィールドの刃が生まれた。
 くう!
 堪えるシンジ。
 衝撃波のように飛んで来たATフィールドを受け止める、だが組んだ両腕が裂けてしまった。
 シンジ!
 碇君!
「だめか…」
 ほぞを噛むミサト。
「せめて合体できれば…」
 無理ね、今の三人じゃ…
 ミサトも気付いていたのだ、アスカのおかしな行動に、レイの急速な変化に。
 打つ手なし、というわけね?
 いや、本当はまだ、禁断の手段が残されていた…


(このままじゃじり貧ね…)
 黒いエヴァが何かのポーズを取った。
(遊びは終わりや)
 ガカッ!
 閃光と共に落雷が落ちる、エヴァの左の肩パーツに鞘が現れていた。
(剣、サーベル!?)
 驚くアスカ。
 それは柄が下を向くように取り付けられている。
(マゴロク・エクスターミネート・ソード…)
 トウジは脇の下から抜くようにして飛びかかった。
(アスカ!)
(くっ!)
 キィン!
 一瞬の交錯…、だがアスカは倒れなかった。
(やるやないか!)
(はん!、あんたなんかにやられるほどトロくないのよ!)
 その手にはトウジの持つ物よりも短い小刀が握られている。
(カウンターソードかいな!)
 それは前回の戦いで学んだことだった。
 必ずしも全部の武器を知っておく必要は無いのよね?
 ある程度の要求をまとめれば、それに一番近い武器をインターフェイスが教えてくれるのだ。
(そやけど、そんなもんでワシは殺れんで)
(あら?、そんなの、やって見なくちゃ分かんないでしょ?)
 物騒なことを言い、剣を構える。
(けど困ったわねぇ…、あんたを倒せばシンジに嫌われちゃうし…)
(ま、そやな…)
 切っ先が少し下がる。
(そやったら、先ずはシンジからやらせてもらうわ!)
 トウジの足が湖底を蹴ろうとした。
 今!
 突如レイの声が駆け抜けた。
(((なっ!?)))
 同時に驚く三人、湖の底が、いきなり抜けた…


「現在射出口を降下中、レイめ、どういうつもりだ?」
 ペンペンを撃ち出すのに使った発射口を、レイはそのまま落とし穴に利用したのだ。
「ここへ来るな…」
 ゲンドウは立ち上がると、発令所からケイジへと移動した。


 ゴオオオオ…
 竪穴をものすごい勢いで降下している四体。
(シンジぃ!)
(やめて、やめてよ、トウジ!)
 トウジの刃をナイフで受け止める、狭いためか振り切れない大刀、だがプログレッシブナイフにも亀裂が入ってしまった。
(どうしてだよ!)
 刃の間で火花が散る、唾競り合う二体のエヴァ。
(お前にそいつらが居るように…)
 トウジは顎先で二人を指した。
(ワシにも守ったらなあかん奴がおるんやぁ!)
 ズガァン!
 屈伸するように着地、と同時に二人は飛びすさった。
 ドガァン!
 追いかけるようにアスカ達も落ちて来た。
(さすがやで!、合体も無しにワシとやり合うやなんて!)
(何言ってんだよ、そんなものがエヴァリオンなわけないじゃないか!)
 ちっ、バレとったんかいな…
 トウジは心の中で舌打ちした。
(ちょっと、それどういう意味よ!?)
 慌てるアスカ。
(エヴァの体を別のエヴァで覆ってるだけだよ、単なるみかけ倒しさ)
(ぬわんですってぇ!?)
 アスカは頭に血を上らせた。
(動揺すれば動きが鈍くなる…、エヴァの力の源は想いだからね?、それを狙ったんだよ)
(良くもこのあたしを、たばかってくれたわね!)
 飛び掛かる。
(こわ!、これやから惣流は…)
(うっさい!)
 ガキン!
 アスカの剣の方が短い分、斬り返しが早い。
(だけど、勝てないわ…)
 シンジもレイと同じく焦っていた。
(レイ、合体しよう!、…どうしたの?)
 反応がいつもより鈍いことに気がついた。
(いえ…)
 あの人の前で、一つになるの?
 なれるの?、とレイは自分に訊ねていた。
(行くよ?、エヴァリオン!)
 シンジの叫び、だがレイの胸に去来したのは…
 あの人、泣いてる。
(ていりゃあああ!)
 やけっぱちな剣が閃いた。
(甘いわ!)
 あっさりと受け流すトウジ。
(レイ!?)
 はっと我に返るレイ。
(どうしたの?、気持ちを合わせてくれなくちゃ…)
 レイは首を振った。
(レイ?)
 怪訝そうにシンジ。
 ダメなのね、もう…
 レイはシンジよりも大切な物を見つけてしまっていた。
(それは、わたしの心…)
 作ってもらった心。
 だが今は自分だけの心だった。
 嫌なのよ、もう、わたしのために誰かが苦しむのは…
 レイは背を向けた。
 わたしが碇君の側に居れば、あの人が傷つくだけ…
 もう側に寄らないから、もう近寄ったりしないから…
 そんな顔、しないで。
 レイはここへ来た本当の目的を遂行しようと動きだした。



[BACK][TOP][NEXT]