「待て、レイ!、何処へ行くつもりだ!?」
父さん!?
シンジは射出口の側にあるコントロールルームに人影を見つけた。
(彼を倒すには、他に手がありません…)
「わかっているのか?、あれを起動すれば、お前は!?」
(エヴァリオンにはなれません、わたしも、あの人も、碇君とは心がすれ違ってしまったから…)
歩き、その奥にある通路へと向かうレイ。
まるでエヴァに合わせたかの様な高さの通路に。
「待て、待ってくれ、レイ!」
父さんが動揺してる!?
シンジは初めてここまで取り乱す父を見た。
(何ぼさぼさっとしてんのよ!)
アスカの声に叱咤される。
(え!?)
(あいつの破滅的な感情が見えてないの?、あいつ下手すりゃ…)
死ぬつもりよ?
そのイメージが、シンジを突き動かした。
(ダメだ、綾波!)
ズガァン!
壁をぶち抜き、黒い物がシンジに襲いかかった。
(ペンペン!?)
(どうして!?)
クケケケケケ!
ありがとう…
そんなレイのペンペンに向けられた言葉を、シンジもしっかりと聞いていた。
「エンジェリックインパクトを起こすつもりか、レイ」
ゲンドウは急ぎレイの後を追っていた。
「アダムに取り込まれていた時とは違うのだぞ!」
ゲンドウが向かっているのは、この施設の”最下層”にして”中心部”だ。
「ターミナルドグマへ降りて、ガフの部屋の扉を開くつもりか…」
レイとゲンドウ…、二人が向かっているのは、ゲンドウが初めて自分からユイに口付けた場所であった。
エヴァンゲリオンからエヴァテクターに変化する。
(だめ、それだけはしてはいけない…)
セカンドの必死の説得も無視する。
(碇君にはあなたが居るわ?、セカンド…)
(無意味、わかっているはずよ?、あなたはあなただもの)
心はその人のものだから。
(わたしは別のレイ、だからあなたでなければダメなのに…)
嬉しさが込み上げて来るレイ。
それは、わたしであることの証明…
エヴァテクターも解除し、元のレイに戻る。
その足元に転がるインターフェイス。
でも、だめ。
レイはユイが座っていた円筒形のものの中に潜り込んだ。
「今なら、碇君の気持ちが分かる…」
何故、命をかけてまで、守ろうとしてくれたのか?
他人が傷つくより、自分が死ぬことを選んだのか…
「恐かったのね…」
失うことが…
「好きじゃなかったのね…」
誰よりも、わたしのことを…
「だから守ってくれていたわけじゃない」
でも、代わりのいないわたしだから。
「碇君は、無くしたくないと思ってくれた」
それが同じだと感じるのだ。
「わたしも、恐い」
失うことが。
シンジが居なくなってしまうことが。
誰よりも強く繋がった今だから…
「わかるのよ」
レイは自分の手の平を見つめた。
シンジが捉まえてくれた手の平を。
「碇君は、怒るかもしれない…」
許してくれないかもしれない…
これからわたしのすることを知って。
「でも、傷つくなら、わたしが良い」
誰かが傷つくのを見るよりは。
「同じね…」
嬉しさが込み上げる。
わたしも、碇君と同じことを考えてる。
それが今は捨ててしまった考え方だとしても、だ。
わたしはあの人達を守るために、生まれて来たのかもしれない…
「お願い、碇君を守って…」
お願い。
レイはセカンドに想いの全てを送った。
周囲を取り巻く壁が、金色の光を輝かせる。
水槽になっていたのだ、そのさらに奥のライトが点灯していた。
インダクションレバーを握る、いくつものシステム起動処理が続き、そしてレベルメーターのような物が振り切られた。
「レイ!」
飛び込んで来るゲンドウ。
「遅かったか!?」
うふ、うふふ、ふふふふふ…
水槽の中には、無数の人影が浮いていた。
(なんや、これは!?)
(まさか、エンジェリックインパクト!?)
驚く二人に対して、シンジだけが違う反応をしていた。
(綾波だ!)
いつもと違う、灰色に染まらない。
うら寂しい薄い水色で塗り変えられていく。
(離してよ!)
クケケケケ!
だが頑固にもペンペンはシンジを壁に押さえて離そうとしない。
(これは、綾波の心なの!?)
エンジェリックインパクトって、一体!?
(なんや!?、力が…)
(沸いて来る!?)
アスカは覇気を取り戻し、逆にトウジは膝をつきそうになっていた。
(あいつやるじゃない!)
エヴァリオン並の力を引き出すアスカ。
(これなら勝てるわ!)
(ダメ!)
待ったを掛けたのはセカンドだった。
(なに?、あの子そん中にいるの!?)
(レイがインターフェイスの代わりになってくれてるんだ!)
シンジは簡潔に答えた。
心を物質に固定するインターフェイスの無い今、シンジはレイの肉体そのものを代用していた。
(それと教えてくれてる、アスカ、エヴァリオンだ)
(なに?、あたし達がなれるとでも…)
(なれるよ!)
シンジは強い口調で断言した。
(ど、どうして、そんなことがわかるの…)
(逃げちゃダメだからだ!)
シンジはまたも口調を強めた。
(アスカらしくなかったわけはもう良いよ!、でも逃げるのはやめてよ!)
シンジに言われると腹立つわねぇ…
かちんと来るアスカ。
(自分に振り向いてくれないからって…、離れようとするなんて、そんなのアスカらしくないよ!)
(じゃあどんなのがあたしらしいって言うのよ!)
そ、それは…
シンジは言葉につまった。
(言ったでしょ?、あたしの心に入り込まないでって!)
(でも、やだよ、そんなアスカ見たくないよ!、だってそれじゃまるで…)
逃げて来た時の僕みたいだ…
その想いは、アスカの心を打っていた。
「わかっているのか?、エンジェリックインパクトは心の解放を意味するのだぞ?、今のお前はまだ自己を作り上げている途中にある!」
レイは淡い光を放ちながら、ゲンドウに向かってニコッと微笑んだ。
「わたしが消えても、碇君は覚えていてくれます」
「しかし!」
レイは視線でゲンドウの口を塞いだ。
「感謝しています、ここに来れて…、きっとセカンドはわたしの想いを受け取ってくれます…」
そしていつかきっと、わたしと同じように、わたしになってくれる…
「それで良いのか?、頼む、これ以上…、わたしを悲しませるな!」
あの時と同じように!
ユイと同じように、お前までもが!
でも…、わたしとあなたとこの子が居る限り…、わたしは幸せなままでいられますもの…
「こんなものが幸せであるものか!」
ゲンドウはレイにユイを重ねていた。
「さよなら」
寂しげな一言が放たれる。
無に帰るのね、わたし…
碇君…
綾波の感情が、最後の悲鳴を上げていた。
(あたしのどこが同じだってぇのよ!)
連続でバク転する。
アスカはトウジを無視してペンペンに飛び蹴りをくれた。
ドガァン!
クケェ…
壁に頭を打ち、脳震頭を起こすペンペン。
(同じじゃないか!、僕はあの時アスカの気持ちを判らなかった)
どんな想いで、僕のことを気にしながら手紙を開いたのか…
(アスカだってそうだろ?、今の僕の気持ちなんて、まるで判ってないじゃないか!)
めり込んだ壁から体を引きぬく。
(ちゃんと判ってるわよ!)
(判ってないよ!、見ただけで何が判るって言うんだよ!)
はっとするアスカ。
そうだ…
ついこの間、ゲンドウに悟らされたことを思い出した。
嘘はないと知るだけじゃ意味が無いのよ…
心を見ただけでは…、理解しないと。
(でも…、だってあたしはあんたじゃないもの、判り合うなんて…、あんたの気持ちを理解するなんて、そんなのできない!)
(だから僕は触れ合いたいんだ!)
一つになりたいんだ!
シンジの叫びに、アスカはドキッとした。
(あたしで…、いいの?)
(口先だけじゃ意味がないんだよ、見せるだけじゃダメなんだ、綾波と一つになって、判ったことがあるんだよ…)
シンジは真っ直ぐにアスカを見た。
(本当に理解し合えた時、僕たちはエヴァリオンに至ることができるんだ)
アスカは、差し伸べられた手に抗うことができなかった。
(さあ、行こうよ?)
(あたしは…、あんたにはなれない)
(それでいい、アスカはアスカだよ、でも…)
((判り合えたら))
その想いが、二人を一つに融合させた。
絡み合う指と指。
シンジの指がアスカと。
アスカの指がセカンドと。
そしてセカンドの指がシンジと繋がっている。
互いに背を向け、瞳を閉じている。
「ようやくわかったよ、この世界の意味が…」
それは黄金色の世界。
「これが、エンジェリックインパクトの正体?」
アスカはレイに尋ねた。
「そう…、心と肉体の、ちょうど境目にある世界…」
心が生み出す、形の世界。
形が変わる、心の世界。
人と言う器を捨てる時、心の領域に至るまでの道のりがある。
「その世界のことをエヴァリオンって言うの?」
「そう、だからここでわたし達はお互いの心を覗いてしまうの」
「だから恐れていたり、隠し事をしようとすると濁っちゃうのね…」
境界線を作り出そうとして…
自分の形を失わないために、主張しようとする。
アスカは自分とレイが合体する寸前に見た世界を思い出していた。
「ずいぶんと濁ってたもんね、あの時は…」
今起こっているエンジェリックインパクトを見る。
「奇麗な色…、だけど悲しい、なんて寂しい色なの?」
うつむくレイ。
「汚れを知らなかったんだね?、純粋だから…」
これはその心象が生み出している風景…
「なに?、それってあたしが…」
「ち、違うよ、誤解だよ!」
「どうだか…」
アスカぁ〜〜〜っと、情けなく平伏するシンジ。
くすっと笑ってしまう。
「もういいわよ、あ〜あ、悩んでたあたしがバカみたい」
「そうね」
キッとセカンドを睨むアスカ。
「だからって、あんたに言われたかないわよ」
「もう!、ケンカはやめてよ…」
「そう、そんなことをしている暇は無いの」
レイは真剣な表情を浮かべた。
「どういう意味だよ、レイ」
「エンジェリックインパクトとは心の解放を意味するのよ?、”そこ”へ至るための道、でもわたし達の形はまだ完全に出来上がっていないの…」
出来上がる?
アスカには分からなかったが、シンジは理解していた。
造られた存在。
与えられた心。
生み出された感情。
しかし、自分の物にはなりきっていない”それ”は、無制限に解放されてしまうだろう。
「じゃあ!?」
こくりと頷くレイ。
「あの子は、あまりにも急激に感情を育み、育ててしまったから、戸惑いから抜け出せなくなってしまったのね…」
暴走しているのよ、あの子は…
「暴走…」
アスカは呆然として呟いた。
シンジは別の意味で唖然としている。
「…君は、誰?」
キョトンとするレイ。
「わたし?」
「レイじゃない、綾波でも無い、君は、誰?」
あまりにも大人びた少女に戸惑ってしまう。
彼女はレイの知らないような微笑みを浮かべた。
「わたしはレイ、あなたたちの心を分けてもらって、いつか本当に取り戻すはずのレイの心よ?」
シンジとアスカは、ただただ唖然と驚いてしまっていた。
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