(こないな…、こないなもんもエヴァリオンやっちゅうかい、こんな…)
 トウジは呆然としていた。
 赤いエヴァンゲリオンを、シンジのエヴァの装甲が覆っている。
 トウジと同じパターンだが、そのような偽物ではない。
(あたしはあたし!、シンジになんて流されないし、あたしはあたしのままでいたいのよ!)
(僕だってそうさ、僕は僕のままでアスカを守りたいし、アスカにも僕の憧れてたアスカで居てもらいたいんだ)
 贅沢な話よね?
 でも、これが僕たちの正しい形だと思うんだ。
 アスカをシンジが守っている。
 シンジをアスカが助けようとしている。
 それが今の二人のエヴァリオンの形になっていた。
(あたしはあたし、惣流・アスカ・ラングレー!)
(そして僕は碇シンジだ!)
(あたし達は永遠に一つになれないわね?)
(きっと、いつまでも壁を越えられないと思うよ)
 心の壁を。
 だがそれを寂しいとは感じない。
(でもいいの、それでもいいの)
(そうだよ、この想いは僕だけのものだし)
(あたしの想いは、あたしだけのものよ)
(永遠に、理解しあうことはないのかもしれない…)
((でも!))
 その差を埋めることはできるから…
 その努力を、きっと忘れちゃいけなかったのよね?
(僕たちは、きっと一番近い存在になれるから…)
(その時まで、シンジ!)
(うん!)
((行こう!!))
 二人は一歩を踏み出した。
 ビクリと、脅えるように後ずさるトウジ。
(やるよ?)
(いくわ、エンジェリックインパクト!)
(なんやて!?)
 トウジが思考に割り込んだ。
(正気か己ら、エンジェリックインパクトがどないなもんか知って、まだ…)
(だからこそやるんだよ!)
(あの子を見捨てるわけにはいかないのよ!)
 レイも…
 あたしの…
((大切な心の一部だから!))
 ゴウッ!
 直後エヴァリオンを中心に、極彩色の光が溢れ出していた…


 世界が真っ青になった。
(空の色ね?)
 足元に茶色が広がる。
(大地の色だ)
 今度は水色だ。
(海が広がるわ)
 緑色が陸地を覆う。
(そして森)
 少しずつ少しずつ、細かい彩りが増えていく。
(これが、世界なんだね?)
 アスカもシンジに共感していた。
(そうよ、あたし達の世界)
 あたし達の生まれて来た世界。
 僕たちが目指さなきゃいけない世界…
 二人は手を繋いで、その美しい自然の溢れる光景に魅入っていた。
「いつかたどり着ける場所?」
「きっと、僕たちはいま同じことを感じてる…」
 二人の鼓動が、同じリズムを刻んでいる、興奮が心を突き動かしている。
 アスカのように壊れやすくて…
 あんたのように、優しくて…
 とてもとても繊細で、大切にしなくちゃいけない世界。
 それは天使の眺める地平線の果てにある…
「「ここが、エンジェリックホライズン」」
 二人は同時に、頷き合った。
「母さんは、きっとこんな世界を求めていたのかもしれないね?」
「おじ様もでしょ?、でも諦めちゃって逃げ出したのよね?」
 月に…
 アスカはクスッと笑った。
「ほんと、あたし達にそっくり」
 ねえ?っと、アスカはシンジに抱きついた。
「アダムとイブになる?」
 シンジの胸に胸を押し付ける。
 豊かな乳房がつぶれた。
「ダメだよ、アスカ」
 だがシンジは余裕を持ってかわす。
「ほら、レイが泣いてるじゃないか」
 指差す、遥か彼方に感じる苦しみ。
 この世界において、二人は完全に一つになっていた。
 シンジの体はアスカの体だし、逆もまたそうだった。
 そして世界そのものも、だ。
 なのに異物のような存在を感じる。
「あんたもこっちに来なさいよ」
 呼び掛けて見る、だがダメだった。
「綾波じゃないか、信じられる人がいるのなら、死んではいけないって言ったのは綾波じゃないか…」
 信じる人のために生きなければいけないって言ったくせに…
「どうして?、二度と離さないって言ったじゃないか…」
 手を、繋いだ心を。
 レイはうずくまったままでかぶりを振った。
「知らなかったの、こんなに苦しいことだって知らなかったの…」
 レイの脳裏には、アスカの悲しみに満ちた微笑みが焼きついていた。
「碇君だけを求めればいいと思ってた、でもあなたも傷つけたくないの、誰も傷つけたくないの、傷つく人を見たくないの、辛いから…」
 苦しいから。
 だから無くすの、恐いから。
 心を壊すの、いらなくなるの。
 消えてしまうの、無に帰るの…
 レイは再び、殻に閉じこもった。
「ちえ、やっぱこっちから行かなきゃダメかぁ」
 派手にため息をついて、いたずらっ子のようにシンジから離れる。
「バカね、あたしのことなんて気にしないで、突っ走ってれば良かったのに…」
 ほんとにバカね…
 アスカの穏やかな心が、シンジにも優しく感じられた。
「じゃ、戻りましょうか?、あの子の暴走は押さえ込めたみたいだし」
「帰らなきゃね…」
「おしいけど、ね?」
 そこはあまりにも優しくて…、あまりにも去りがたい世界だった。
「でも…」
「これは、あたし達の心が生み出した世界なのよね?」
「心が風景になって見えているんだよ…」
 ならきっと…
 きっと、こんな風に付き合っていけるから…
 二人は、現実の世界へと帰っていった。


「やれやれ、本当にエンジェリックインパクトを起こすとはね…」
 肩をすくめるリョウジの映像。
 信じられない思いだった。
「奇麗…」
 いつもと変わらない風景のはずなのに、ヒカリはそこからにじみ出るような温かさを感じていた。
「これが真のエンジェリックインパクトなのよ」
 歓喜に打ち震えているミサト。
「凄い、凄過ぎるぅ〜〜〜」
 ケンスケは感動に涙しながらカメラを回していた。
 そしてこの近隣地域に居る者たちは皆、似たような感激を味わっていた。


(トウジィ!)
 エヴァリオンが拳を振り上げ、振り下ろした。
(ぬおおおおお!)
 一撃の元に装甲が吹き飛ぶ、ぐしゃぐしゃにひしゃげた白銀のエヴァが転がった。
(なんちゅう力や!)
 黒いエヴァが片膝立ちで驚愕に震えた。
 エヴァ・グロアールにとどめを刺そうとするエヴァリオン。
(あかん!)
 トウジはなりふりかまわず、シンジに向かって叫んだ。
(そいつを傷つけるのは!)
 パシッと、シンジの中を何かが駆け抜けた。
 なんだ、これ!?
 知っている感じがする。
 トウジ!?
 目の前の銀色に黒が重なる。
 違う、これはあの女の子だ!
 泣き、うずくまり続けていた、あの夢の中で見た小さな女の子がそこに居た。
(トウジの妹!)
 パシ!
 閃光が走った。
 中からたたらを踏むように飛び出して来たのは、シンジとアスカ、それぞれのエヴァンゲリオンだった。
(あーーー!、何やってんのよバカシンジ!、合体が解けちゃったじゃないのよ!!)
(ダメだ、このエヴァを傷つけちゃいけない、このエヴァは!)
 トウジの妹の魂が込められているから、傷つけちゃいけないんだ!
 シンジはアスカの拳に噛り付いた。
(感謝するでぇ!)
 ズガァン!
(きゃああああ!)
(トウジぃ!)
 二人は背後からの体当たりに突き飛ばされた。
 転がりながらもエヴァンゲリオンをエヴァテクターにチェンジするトウジ。
(あ!)
(こら、待ちなさいよ!)
 白銀のエヴァもシンクロしてエヴァテクターに戻る。
 トウジはそのエヴァの腰を抱いてかつぎ上げた。
「ほな、わしはやることがあるさかい、失礼するわ」
(待ちなさいよ!)
 二人も慌てて巨大化を解く、トウジが狭い通路に逃げ込んだために、エヴァテクターにならざるをえなかったのだ。
 同時にエンジェリックホライズンも消滅していく、世界の色彩が元に戻った。
「行くわよ、シンジ!」
「行くって…、でもどこへ?、何処に行ったかなんて分かんないんだよ?」
 その頭をゴカンッと本気でど突く。
「あんたバカぁ!?、あいつの行き先なんて、あの子の所以外に無いじゃないのよ!」
 シンジの顔面は、床に陥没していてしまっていた。


「防いでくれたか、しかし…」
 レイを抱き上げ、コントロールプラグから下ろしてやるゲンドウ。
 ATフィールドは、心を、自分の形にとどめるためのものでもある…
「レイには、まだ早過ぎた…」
 早熟な子供と同じで、バランスが取れていなかったのだ。
 暴走する想いを、うまく押さえることができなかった。
「全ては…」
「まだ遅うないわ!」
 ズガン!
 天井の一部がぶち抜かれた。
 飛び降りる黒いエヴァテクター。
「トウジ君か…」
 その右脇には、グロアールを抱いている。
「その女、もろてくで?、理由は言わんでもわかっとるやろ?」
 手を差し出す。
「妹さんのためかね?」
「そや!」
「…わかった」
 ゲンドウはレイを素直に差し出した。
 どさりと、その重さがトウジの腕にかかる。
「なんや?、えらい素直やな…」
 怪訝そうなトウジ。
「わたしには、君を止めるだけの力は無い、それに…」
 ゲンドウは天井を見上げた。
「帝国ならば、あるいは…」
「元に戻せる…、そう思とるんか?、甘いで」
 吐き捨てる。
「しかしわたし達には他に手段が無い、必ず取り返しに行く」
 必ずだ。
 赤い眼鏡の奥で、鋭い瞳がトウジを射貫く。
「わかった…」
 トウジは入って来たのとは逆に飛びあがっていった。
 だが、それも全てはシンジ次第か…
 ゲンドウは、ついにこの部屋の秘密を明かす時が来たと感じていた。



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