「トウジ!」
「しつこいで!」
 全力で走るエヴァテクターの速度は、下手な高速道路を全開走行する車よりも早い。
 衝撃波が左右の壁に亀裂を入れていた。
「綾波をどうするつもりなんだよ!」
「もろてく、悪う思うな」
 施設の廊下は決して広くは無い、だがゆっくりと曲がるように延々と直線が続いていた。
「思うに決まってるでしょ!」
 正面に立ちふさがる赤いエヴァ。
「あ、あほか!、急には止まれんのやで!?」
 にやっと、エヴァの口元が器用に歪んだ。
「ちや〜んす☆」
「アホおおおおおおおお!」
 ドガシ!
 アスカのラりアットは、見事に自分から突っ込んだトウジにヒットしてしまった。
 ドガァンッ、ゴロゴロゴロ!っと、転がりながら壁を突き破るトウジ。
「勝ったわ!」
「バカ!、綾波に何かあったらどうするんだよ!」
 慌てトウジを追いかける。
「バカって何よ、バカって言う自分こそバカシンジのくせにぃ!」
 わけの分からないことを言うアスカの目に、うわあああああっと流されて来るシンジが映った。
「うそ!?」
 水?、どうして!?
 トウジのぶち抜いた穴から流れ込んで来る。
 プール!?
 それはいつもレイが泳いでいたプールから流れ出して来ていた。


「まったく、無茶しおんで…」
 ザバァッと、トウジは水面に顔を出し、そのまま空中へと跳びあがった。
 ガシャアン!
 天窓を突き破る、割れたガラスの破片が、渦を巻くプールに落ちていった。
「ええタイミングや!」
 空から小型の円盤が降りて来た、いや、それは回転していたために円盤に見えていただけだった。
 第九使徒型偵察軌道艇、マトリエルだ。
 リツコを監視していたのと同型である、グロアールを運んで来たのも、これだった。
 その回転が止まる、下部に開いた蜘蛛のような足に、トウジは自分の足を引っ掛け、逆さにぶら下がった。
 グロアールとレイを抱いていたために、手が使えなかったのだ。
「頼むで!」
 マトリエルの下にある瞳から、何か粘液状のものが流れ出した、それはトウジ達を包み込む。
 大気圏での摩擦熱ですらもそれが防いでくれた、ほっとするトウジ。
 レイーーーー!
 そのトウジの脳裏に、シンジの叫びが聞こえてきた。
 すまんのぉ…
 トウジの目が、日本列島を捉える。
 マトリエルはぐんぐんと加速して、地球を離れていく。
 すまん…
 トウジはもう一度だけ、謝った。


 これは、夢だよね…
 遠くなる意識の中で、シンジはトウジの声を聞いていた。
「…ざけんな、ふざけんなや!」
 バキィ!
 トウジは本気で殴り飛ばしていた。
 目を白黒とさせて、トウジを見るシンジ。
 頬が、痛くて、熱かった。
 ぐいっと、胸倉をつかむトウジ。
「お前いま生きとんのやろが!、やったらちゃんと笑うて、怒って、泣いて!、人間らしいとこ見せてみいや!」
 そんなの…
 顔を伏せるシンジ。
 できるわけ…
「できる!」
 顔を近づけるトウジ。
「何を諦めとんのか知らん!、そやけどな、諦めるっちゅうことは、ちゃんと感じとる言うことや!」
 パン!っと頬を叩く。
「痛いか?、痛いやろ!?」
 頷くシンジ。
「そやけどな、そんなんすぐに忘れる痛みや、そやけど心の痛みはこんなもんと違う!」
 今なら分かるよ…
 過去と今の感情が交錯する。
 妹さんのことだったんだね?
 欠けている感情と、失った心。
 似てたんだ、僕は、妹さんに…
 でも違っている所もあった。
 作り上げた殻の奥に、ちゃんと自分の想いを持っていたこと。
「僕は…、泣いてもいいの?」
「当たり前や!、友達がおらへんのやったらワシがなったる!、これからお前をいじめるような奴がおったら、ワシがパチキかましたるわい!」
 だから、僕には救いがあった…
 だから、トウジは見ていられなかったんだね?
 妹とダブって。
 トウジはそして豪快に笑みを浮かべた。
「ありがと…」
 立ち上がるシンジ。
 そして何かを探すように辺りを見る。
「なんや?」
「あ…」
 猫がこっちを見ていた。
 ベンチの下から…
「無事だったんだ…」
 よかった。
 なんや、そいつのためやったんかいな…
 その後、何を話したんだっけ?
 覚えてはいない。
 けど、嘘だったなんて思いたくないよ…
 シンジの意識は、とても深い所へ沈んでいった。


 クス…、グス、ヒック…
 泣いている女の子が居る。
 ヒカリだ。
「どうして…、どうして?」
 答えられる者は誰もいない。
 ケンスケもただ呆然として座り込んでしまっている。
「裏切るなんて…、なんだよ、いまさら…」
 苦々しげに空を見上げるミサト。
 マルドゥク機関により創り出されし者、サードチルドレン、レイ…
「必ず会いに行くわ、もう一度…」
 決然として、ミサトは月に誓っていた。
 大きく天空に輝く、金色の満月に向かって。



続く



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