「また夢を見ていたようね…」
しかし夢の内容は覚えていない。
どうせろくな夢じゃないんでしょうけど…
それは体に残った気だるさが証明してくれている。
リツコは体を引き起こした。
見渡せば、散乱した瓶と缶と、酒臭さ…
カシャッと、手をかけたブラインドが音を立てる。
差し込む光。
「もう日が昇っているのね…」
部屋の中は薄暗い、かなり散らかってしまっているようだ。
手を離すと、ブラインドは再び光を遮ってしまう。
ベッドから足を下ろす、皺だらけのシャツ一枚の姿、肉欲的な太股の間には黒い下着が見えている。
だがそれに欲情するような人間はいない。
「はぁ…、と、上をごまかすのも楽じゃないわね」
と言って、ノートタイプの携帯パソコンを開く。
万が一のことを考えて、外のネットには繋げていない。
そこに表示されているのは、セカンド、それにサードチルドレンの情報だ。
「…それにマスター、オリジナル、パトスの情報を重ねると?」
構成素材そのものの違いはあっても、固有波形パターンに差違は無かった。
「つまり、レイはエヴァと同じ物で作られていたということ?」
その事実をリツコは知らされていない。
そしてもう一つの隠されていた真実がある。
ユイさまとシンジくん、それにレイ、マスター、オリジナル…
全てが極近い情報体で構成されている。
「なんなの?、これは…」
冷静な科学者としての思考が、ゲンドウに対する憎しみの心を、一時凍結させ始めていた。
「どこまで行くのさ…」
無言で奥へ奥へと歩んでいく。
ゲンドウは歩みながら切り出した。
「シンジ…」
「なに?」
シンジは鋭い目をやわらげない。
「レイが好きか?」
シンジの両脇で、少女達は聞き耳を立てる。
「…好きだよ」
「誰よりもか?」
「…わからない」
だがシンジの声に迷いは無い。
「わからないけど、こんな離れ方は嫌だから…」
シンジは答える。
「ただ会いたいんだ、もう一度」
「そうか…」
ゲンドウはカードをスロットに通し、扉を開いた。
「ここは?」
恐る恐る、三人は入る。
ビクッと、シンジは震えた。
「シンジ?」
怪訝そうに覗き込むアスカ。
「どうしたの?」
がくがくと震え出している。
暗く電灯が付けられている、朽ち果てた病院の診察室、まさにそんな感じの部屋だった。
「…ここは?」
シンジを心配しながら見回すアスカ。
「シンジの産まれた場所だ」
「ここで!?」
「そうだ…」
シンジは顔面が蒼白になり、小刻みに体を震わせてしまっている。
ギュ…
レイが肩を貸している方の腕を、シンジの腰に少し落とした。
そして心配そうにシンジの体を抱き寄せる。
「大丈夫、大丈夫だから…」
シンジは誰にともなく呟いている。
しかしセカンドは恐怖を分かちやわらげようと、更に身を寄せようとする。
「先へ進もう…」
ゲンドウはみなを、奥の扉へと促した。
バン!
電気が付けられる。
「なんだよ、これ…」
巨大な空間だった、奥の方は闇に包まれていて何も見えない。
様々な機械が転がっていた、明らかに武器とおぼしきものもある。
「あれは、ポジトロンスナイパーライフル!?」
「その試作機だ」
アスカに答える、それに宇宙戦でアスカが使用したのと同じ兵器も、多数うち捨てられていた。
「鉱物資源、枯れた植物、それにあれは…、人の骨じゃないの!?」
アスカは驚き、目を見開く。
「他にもあらゆる動物のサンプルがある、いや、あったというべきか…」
おびただしいほどの数、一体どれだけの数の生き物を殺して来たのだろうか?
「これらは全てサンプルだ」
「サンプル?」
「オリジナルは、形を変えて存在している」
「おじ様…、まさか」
「一万二千もの次元階層に別たれてな」
それはエヴァンゲリオンが存在する為に必要な装甲の厚さと、まったく同じ数字であった。
エヴァンゲリオンがその瞳を輝かせた。
ひと睨みで大地のほとんどを焼き尽くす、えぐられた地面から姿を現したのはとてつもなく巨大な球体。
ゲンドウはエヴァンゲリオンの掌の上で、その景色を眺めていた。
「今行くぞ、ユイ…」
ゲンドウはエヴァと共に、その実験施設へと乗り込んで行った。
ウイイイィン…
二重螺旋を描く柱、その真ん中を光るボードに乗って降りていく。
「この下、何かあるわね…」
インターフェースを通じて何かを感じているアスカ。
「この下が最下層にして中心部だからな…」
ゲンドウは、いまだ何も語らない。
人が次々とその心の形を失っていく中を、エヴァンゲリオンは進んでいた。
ある者は惚け、ある者は倒れ伏し、または泣き、そして狂ったように笑っている。
やがてエヴァは巨大な竪穴へとたどり着いた。
ゴオオオオオ…
風が吹き上げている。
そこへ迷わず飛び降りる。
エヴァとゲンドウは何百秒もの時間を掛けて、ようやく最下層にたどり着いた。
ズゴォン…
巨大な空間に轟く着地音、そこは半円を描く何も無い空間であった。
踏み抜かれた床が歪んでいる、顔を上げたエヴァは、その一角にある通路へと向かって歩き出していった。
「ここは?」
シンジ達が連れてこられたのは、おかしな形をした部屋だった。
「全ての真実はここにある」
円を描く外壁、中央には斜めに固定されているエントリープラグ。
「ここは、おじ様とシンジのママがいた…」
「そうだ」
シンジに振り返る。
「お前に真実を見せてやろう」
バン!
水槽になっている外壁、その奥に明かりが灯された。
液体がその光をオレンジ色に変色させている。
くす、くすくすくすくす、くす…
その水槽の中には、無数の人影が浮かんでいた。
奥へ奥へと進んでいく、その先にあるのは…
「ヘヴンズドア…」
その扉は開かれてしまっている。
「ユイ!」
奥にあるのは巨大な十字架。
張り付けにされている白く巨大な肉人形。
両手に打ち込まれているのは杭。
血の代わりに流れ出している黄色い液体は、その真下に巨大な湖を作り上げていた。
下半身は存在していない、代わりに人間らしい小さな足が幾本も生えている。
幾つもの目が描かれた仮面を被せられている、アダムだ。
その前に一人の女性が立っている。
「ユイ!」
振り返る、その目は「どうして来たの?」と物語っている。
「エヴァはわたしと繋がっています…」
「しかしこれは!」
エヴァンゲリオンを指す。
「お前ではない!、お前の心を映す鏡にすぎん!」
エヴァを通じて投影されている心の形をまとった者。
ユイはわざと視線を外す。
「さよなら…」
「待て、待ってくれ、ユイ!」
ズシャ…
ゲンドウの意志を汲み取るかの様に、エヴァが足を前に踏み出す。
だがユイの歩みは止まらない、代わりに動きを止めたのは…
「どうした!?」
エヴァが足を止めてしまった。
「ユイ、エヴァは起動できたのだ、お前の代わりにすればこの悲劇は止められる!」
ユイは愛おしげに膨らんでいるお腹を撫でた。
エヴァを見上げるユイ。
「あなたも、わたしなのにね?」
グルルルル…
エヴァは低く唸っている。
「その人を、お願い…」
「ユイ!」
ユイの体が浮き上がる、そして肉人形に溶け込んでいく。
目に見えない力がユイを捉えて浮かび上がらせている。
「ユイー!」
ズガァン…
自ら戒めを解き放つ白い巨人。
仮面がずれ落ち、その素顔が晒される。
そこに居たのは…、ユイだった。
お腹の辺りの肉が「ズガン!」と伸び落ち、それは足に変化した。
自分の足で立ち歩く。
ぶよぶよとした体が引き締まり、女性の体つきを作り上げていく。
ふらついたのか?、倒れて一度両手を突いた。
「ユイ!」
既にエヴァンゲリオンよりも大きい。
エヴァは恐れるように後ずさる。
グルルルル…
呻きが、恐怖を現している。
ゲンドウは強く唇と噛み締めた後、眼鏡をくいっと持ち上げて、立ち上がった。
「…わかった」
その姿はいつもの冷徹なものに戻っている。
ゲンドウはエヴァの顔を見上げた。
「ターミナルドグマへ…」
エヴァは素直に従った。
黄色く発光する水槽。
ぐるりとシンジ達を取り囲むその中には、何十人とも思える人影が浮いていた。
「綾波、レイ?」
シンジの呟きに反応する少女達。
「ひっ!」
一斉に視線が集中する。
アスカは悲鳴を上げた。
うふ、うふふ、うふふふふ…
みなシンジに微笑みを投げかける。
上に、下に、横に、思い思いの方向を向いて漂っている。
何処か空虚で、輝きのないうつろな目…
そしてシンジは気がついた。
「違う、これは…」
母さん!?
そこに浮いていたのは、14・5歳の姿をしたユイだった。
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